ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

一 ②

千万丈塔せんまんじようとうへの〈かがみ〉の避難は完了したと、最後に連絡があったそうだ。あとは頼む、と」

「…………」


 碧燈あおひはそっと目を伏せる。


「九百年も積みあげたところで踏破失敗して、俺らみたいなの国にあと頼むしかなくなって。……無念だったろうな」


 湿っぽいのは碧燈あおひは嫌いだ。自分がこぼした哀悼の気配を吹き飛ばして、努めてなんでもないような声を出す。


「にしても、超級か。んな規模のが発生するって久しぶりじゃね」

「この国だと四百年前の〈スミゾメ〉以来だな。その時はヤエブキ機関に他霊術官司かんし、出撃可能な笹竹さたけさまの残機全員が出撃してなお、壊滅寸前まで追いこまれたはずだ」

「うわー……」


 破竜・踏破儀式専門のヤエブキ機関はともかく、国境や国内の霊的防衛をつかさどる他の霊術官司かんしからは全術師が出撃できたわけではないとはいえ。

 そして碧燈あおひは思い至る。


「で、その〈スミゾメ〉と同じ超級が、次に出るって予測されたのが──この国?」

「さっきからそう言ってるだろ」


 数秒ほど碧燈あおひは考えた。

 正確には、あまり認めたくないたぐいの結論をごまかそうと思考を巡らせて、結局失敗した。


「……ヤバくね?」


 天茜あかねは額を押さえた。ようやくか。


「だからみんな、緊迫してるんだ」

「セプテンコリスの超級は、げんさく四九七年と同じ〈スミゾメ〉のコールサインで呼称します」


 ヤエブキ機関本部の寝殿で、碧燈あおひたちの術師全員を前に言うのは琉璃揚羽るりあげははりゆうがたの局長である二十歳すぎの女性術師だ。


「現在は〈冬眠庫B・D・F〉がくじやくよう上に封印結界を展開し、〈スミゾメ〉を拘束。我が国の迎撃準備期間を確保するべく、各国踏破とうは機関きかんが結界要員の抽出を行っています」

「──セプテンに続いて八千穂国うちまでちたら、次は各国総出の最終決戦だもんな」

「他国にも同格の方々はいる、勝てるは勝てるだろうが……戦場になった国は確実にな」


 そっとつぶやいた碧燈あおひに、天茜あかねも小さく返す。

 踏破儀式と七堕ナナエへの対処では、全ての国が歴史的な確執を越えて緊密な協力関係にある。

 討滅されずにその国を滅ぼした七堕ナナエは、それで消滅することなくまた別の国に出現するためだ。──国家一つ分の死をらうたびに、その力を増して。


「拘束限界は十四日、よって我が国での〈スミゾメ〉迎撃は十二日後の六月ろくのつき十六日とあまりむいかに行います。討滅をになう〈八重山吹ヤエヤマブキ〉はの術師全員を予備戦力とし、迎撃戦闘の主力としては長官・茨宮いばらのみや殿下がお出ましになります」


 うわ、と碧燈あおひは思わずうめいた。

 ヤエブキ機関長官・茨宮いばらのみやはその宮号のとおりおうぞくで、平たく言うとばけものだ。六年前の霊峰・不尽山つきずやまの大噴火では住民避難の間、山体崩落の衝撃波から山麓一帯に駆け下る大火砕流、無数の火山弾までのあらゆる暴威を《きんじゆ》で押し留めた逸話さえある。

 そこまでいくともう皇京おうきよう結界から大被害が生じるので──くだんの《きんじゆ》では非効率を承知で皇京おうきようから術を飛ばした──、なるべくお出ましにはならないでほしい御方だ。

 その化物殿下をいきなり、出撃させねばならぬほどの危機だというのに。


「なお、セプテンコリスの消滅と〈スミゾメ〉襲来の発表以降、国内の反政府勢力の活性化が確認されています。よって、ヤエブキ機関は〈スミゾメ〉迎撃準備の一環としてこれら叛徒はんとへのを実施。……まずは本日夜と予告された、帝都七堕ナナエ招喚テロへの対応を」


 碧燈あおひ天茜あかねも、の術師全員がぴりっと表情を険しくした。誰かが吐き捨てる。


「──〝だりゆうこう〟」

「ええ。先年には不尽山つきずやま噴火に乗じて七堕ナナエを招喚し、今また七堕ナナエを利用して〈スミゾメ〉迎撃を妨害せんとする逆賊の堕竜信奉者トカゲども」


 旧秩序の破壊者にして新世界の神、として七堕ナナエを奉じる結社の総称である。

 言葉どおりに七堕ナナエを神とあがめる宗教結社もあれば、革命の象徴として七堕ナナエを掲げる政治結社もある。多くは殺人その他の犯罪行為をもいとわぬ凶悪なテロ組織であり、神の顕現のため、政府転覆の兵器とするために、繰り返し七堕ナナエの招喚を試みている。


「六年前と同じてつを踏むわけには参りません。まして此度こたびは超級迎撃を控えた国家存亡の瀬戸際せとぎわ、万が一にも蜥賊トカゲどもの暴挙を許さぬよう、御前ごぜん会議かいぎは〝蜥賊とぞく征伐使せいばつし〟の編成を決定。──我ら〈八重山吹ヤエヤマブキ〉は征伐使せいばつしの一翼として、帝都のだりゆうこうの掃討を行います」

「……つっても、六年前からこのかただりゆうこうの摘発は強化してるんだし。いまさら掃討なんて銘打っても、実質はみたいなもんなんじゃねえの」


 今日の帝都でのテロ対応協力は、別の官司かんしからの要請だ。そのかんの人員が待機する場所へと、御所のそとみやを北から南へ歩みながら碧燈あおひは言って、隣を歩く天茜あかねが横目を向ける。


「その仕上げのせんめつ戦闘になら戦闘特化のの術師でも役立たなくもないから、つまり六年越しのあだちというところだろ」

「勝手に殺すなよ。……六年前の〈纐纈染しぼりぞめくのつき〉で堕竜講構成員トカゲ連中は一旦壊滅させたってのに、懲りずに新しいのがぞろぞろ湧いて出てくるもんだよな」


 六年前、帝都での七堕ナナエ招喚テロを契機として朝廷は国軍まで含めた大戦力を投入。帝都のみならず全国のだりゆうこうを根絶やしにした。

 当時のヤエブキ機関もまた帝都のせいばつに参じ、そして粛清の猛威を振るった。七堕ナナエテロにより踏破儀式場が襲われたことへの──同じの術師を害されたことへの報復として。

 一連のせいばつを指して〈〉と、無関係の臣民からも恐れられるほどに。


「新しいから……粛清された当人とは別人だから、懲りてもいないんじゃないか。〈纐纈染しぼりぞめ〉では蜥賊トカゲの大半が、処刑か現場処刑か永久きんろうになったそうだから」

「たった六年でもう、〝ココノエ機関〟の怖さを忘れちまったってわけか」


 やれやれと碧燈あおひは嘆息する。そうやってすぐに、喉を過ぎた熱さを忘れるから。


「今回は衛門府えもんふと協同ってんだから、つまりじゃできねえ蜥賊トカゲせんめつやれってことなんだろうけど。……御所にが入るのって、そういえば何十年ぶりとかだよな」


 八千穂国やちほのくに首都・千桜京ちくらのみやこは、おうぞく・貴族の住まう北の皇京おうきようと、臣民が暮らす南の帝都に分かれ、左右衛門府えもんふは帝都全域を管轄する警察機構だ。本部も皇京おうきようではなく帝都に置かれ、したは御所に入ることすらまず無い。

 そんでもって協同の決定がなにしろ今日の今日なので、それなりに機密度の高いヤエブキ機関本部への入場コード発行が間にあわなかったのである。よってたちは現在、機密度の低い饗宴きようえん用殿舎の瑠璃殿るりでんで待機しており、碧燈あおひたちの術師がそとみや南端の瑠璃殿るりでんまで、数々の官庁が軒を連ねてバカ広いそとみやをてくてく歩いて移動する破目になっている次第だ。

 ちなみにいわゆるの霊術もあるにはあるのだが、徒歩移動が原則の御所内でむやみに使っていいかと言えばもちろんダメだ。


「……前の入場が何年前だったかは、さすがに知らないな」

「いや天茜あかね、俺も別に知ってると思って言ったわけじゃねえから……」


 そんなことまで知ってたら、ちょっと怖い。

 基本的には怜悧れいりであるくせに、しばしば変なボケをかます双子の兄──そう、認めたくないが天茜あかねが兄なのである、認めたくないが──に、碧燈あおひは半眼になる。

 双子の弟の微妙な屈託など意にも介さず、天茜あかねは淡々と続ける。


「まあ、言うとおり何十年というところだろう。式部省・情報司システム担当が誰も、瑠璃殿るりでん以外への入場許可コードの発行経験がなくて慌ててマニュアルを探しているくらいだ」

「許可出す想定なんかずっとなかった、ってやつだよなそれ」