ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

一 ③

 左右衛門府えもんふ職掌しよくしようは帝都の、つまり皇京おうきようの『外』の警衛だ。所属人員もほとんどが皇京おうきようの出ではなく、帝都に下った末端・傍流の貴族官人家の出身。


『都落ち』をもう一度、入れてやるつもりなんて皇京おうきようにはない。


「……」「


 碧燈あおひはちょっと口の端をひん曲げる。言えた義理ではないが、いい気分はしない。

 到着した瑠璃殿るりでんそとみやでも飛びぬけて巨大な建物で、広々とした母屋から庇間おおひろまを今は細かく仕切ってに仕立てている。ついたて障子の光学・音声低減電磁障壁スクリーンの向こう、たちのシルエットがもの珍しげに、初めて見るだろう寝殿造り内部を見回しているのがうかがえた。


「どこだっけ」

「『檜垣ひがきに夕顔』のついたて

「あ、あれか」


 目的のつぼねを、目印を覚えてもいなくて尋ねた碧燈あおひに、これくらいならもう天茜あかねも文句を言わない。……が、そのまま無造作に電磁障壁スクリーンを抜けたら途中で後ろ襟をつかまれた。


「本部のオフイスじゃないんだぞ。入る前に扇くらい鳴らせ」「あっ、」


 しまったと思ったがもう遅い。体は半分つぼねに入ってしまっているし、中にいたも西国渡りの長椅子から立ちあがってしまう。

 今さら来意を告げ直すわけにもいかず、気まずく碧燈あおひは中に入り、嘆息しつつ天茜あかねも続く。

 で緊張しきっているようで、二人の無作法にもどうやら気づいていない。明るい黄色の武官袍ぶかんほう。腰の後ろに差した短い護身の打刀うちがたな。サイドを高い位置で結って残りは垂らした髪に、小柄な背丈と少女特有の細い肩。


の術師さま。──初めまして、よろしくお願いします!」


 天茜あかね碧燈あおひに向かってがばりと勢いよく頭を下げた、少女花鈿かざしは白いはなで、門府もんふの所属だ。位袍うわぎの黄色はとうじき、新人らしい。


門府もんふ・軽装機動隊のまつりかです。こっちは根付ねつけのピカ=ピカ」


 まさかの頭の上に乗っていた、蜜柑みかんサイズの丸っこい小鳥──カササギ型の根付ねつけをわたわたと下ろす。どうぞよろしくお願いいたします、と対照的に落ちついた物腰で、ピカ=ピカが全身で傾いて一礼する。

 まつりかは緊張のあまり、可愛かわいらしい顔立ちをこわばらせている。


皇京おうきようの術師さまと協同なんて光栄です。がんばります!」


 さすがに碧燈あおひが苦笑した。


「『さま』は無しでいいよ。敬語も。帝都は俺ら不案内だからいろいろ手ェ焼かせることになるだろうし、俺らこそ頑張るな」


 一方で天茜あかねは気づく。

 昨日の、夜の。


「踏破儀式場の結界の外で、警備をしていた?」


 ぱっとまつりかは顔を輝かせ、それから神妙にうなずいた。


「はい! 花鈿かざしを預けてくださいましたよね。今は該当者を探しているところです。絶対に届出がされているはずですから……ご家族はきっと、必死に探しているはずですから」


 七堕ナナエは夜ごとの破竜儀式に現れるだけでなく、国土全域のあらゆる場所、あらゆる時間で突如、出現しては人や獣をい殺して消える。

 というよりも、各地に出現しては生き物を殺してその死をらい、肥大化していく七堕ナナエの個体群のうち、成長しきった成体が破竜儀式に現れるというのが正しい。昨晩の大鮫メガロドンも儀式場に至るまでに数多あまたの鳥獣・臣民をらい、天茜あかねが回収した花鈿かざしの持ち主はその一人だ。

 七堕ナナエわれた者は、大抵は遺体も残らない。そうであるから残された家族はまずは行方不明者として、消えた犠牲者を探し求めることになる。

 まさか七堕ナナエわれたはずはない、無事でいるはずだと一抹の希望にすがるようにして。

 そうであるのだから、自分のしたことは両親に我が子の死を突きつけ、遺族の希望を無情に打ち砕く行為だったかもしれない。

 そう今更ながらに気づいて、忸怩じくじたる思いを抱いた天茜あかねに。


「だから、絶対に届けます。花鈿かざしだけでも帰ってくればご家族には救いになるはずですから。それだけのことを術師さまはしてくださったんですから」


 の娘は、まぎやくの言葉を告げた。

 はじかれたように見返した天茜あかねを、大きな深い色のそうぼうは見ない。

 痛みを堪えて伏せられて、淡く涙の膜が張るように曇る。


皇京おうきようは結界があるから七堕ナナエは現れないそうで、だから皇京おうきようの術師さまはご存じないと思いますけれど。七堕ナナエに家族をわれた人間は、いつまでもそこから逃れられないんです」


 大切な人を失った悲しみから。……大切な人の喪失そのものから。


「だって、遺体もない。滅多にないんです。何年も探して、帰りを待って。七堕ナナエによる死だと推定宣告がされてからも、なにかの間違いじゃないかって諦められなくて……だから死んですぐ弔ってあげることもできないし、御山おやまに遺灰をいてあげることもできないんです。お花やお酒を供えることも」


 唇をみ、潤んだそうぼうに痛みとをいっぱいにたたえて語る、それは。

 誰の痛みで、後悔で、──喪失の経験だったろうか。

 言葉もなく見返す天茜あかねの前で、まつりかとつとつと語る。彼女自身その喪失を負い、今なおとらわれ、傷の痛みにさいなまれているからこその言葉を。

 それゆえにこそ、知っている一抹の救いを。


七堕ナナエに襲われた時には助けてあげられなくて、死んだ後にも何もしてあげられない。いつまでも何も終わらない。だからずっと悲しいんです。ずっと苦しい。だから、」


 花鈿かざしという形見が、せめて帰ってくることは。

 形見だけでもせめて弔ってやれる、何かしてやれることがあるのは。


「ご遺族にとってはとてもとても、大きな救いになるはずなんです。……ありがとうございました。わたしからも」


 わたしたちを、救ってくれて。

 深く頭を下げて、あげられた瞳は痛みを帯びてけれど強い、りんとした眼差まなざしで。

 その光の強さを前に後悔ばかり抱いているのは、間違いだと思わされる眼差まなざしで。


「なら、……少しは良かった、のかな」


 助けることはできなかったけれど、わずかでも救いになれたのなら。

 応じた天茜あかねに、まつりか微笑ほほえむ。


「はい。このことをきちんとお伝えできたのも、そう言ってくださる優しい方と組ませていただけたのも」


 それからあっと息をんだ。


「すみません! 皇京おうきようの術師さまに、ぶしつけですよね!」

「いや。そう、碧燈あおひが言ったとおり俺たちに敬語はいらない。年もさして離れてないだろう」

「今年元服で、十六です」


 同い年だった。

 そう言うと、まつりかは少し親しみを覚えた顔をした。


「じゃあ、今年元服なのも同じですね……じゃなくて。同じだね」

「ああいや、それは」


 いくつか離れたつぼねから、電磁障壁スクリーンの音声軽減をも越えてでかい声が飛びこんできた。

 ──えっ十二歳!? ほんとに!? 小柄で童顔とかそういうのじゃなくて!?

 今年元服した珠兎たまうさぎ星雀ほしすずめの双子と組んだらしい。向けた視線を戻して天茜あかねは言う。


の術師は元服が早いから。俺もも着任から数年になる」


 これ、は紙張扇かわほりで、所在なさげに黙っていた碧燈あおひを指した。

 同じく扇で、ばしっと払いのけつつ碧燈あおひが続ける。


「官人としてはちょっと先輩だよな。あっ、だからって敬語に戻さなくていいからな! 別に偉いわけじゃないんだから」

「物理的に高所にいるだけだな。特にこいつは踏破方とうはがただから」

「誰が高いとこが好きで、そんで煙じゃない方だよ」


 ついいつもの口喧嘩くちげんかに突入しかけたところで、こらえきれない様子でくすくすと笑みをこぼしたまつりかに二人とも我に返って口をつぐむ。そんな場合じゃないというか、そもそも。


「すまない、こちらの名乗りがまだだった。〈八重山吹ヤエヤマブキはりゆうがた天茜あかねだ」

踏破方とうはがた碧燈あおひ。むしろ高いとこが好きなのペアです」

「誰が馬鹿だこの馬鹿。──千万丈塔せんまんじようとうを攻略する踏破儀式は、七堕ナナエの討滅を行う破竜儀式と必ずついになっていて、だからの術師は二人一組でどちらかがはりゆうがただ」


 またしても紙張扇かわほりの応酬などしながら補足する。

 お茶を出すタイミングを失ってつぼねの外で困っていた行儀見習いの参内童さんだいわらわが、あのぅ……と控えめな声を出した。