ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

一 ⑤

 この時点で天茜あかねは先ほどの発言をさらに後悔し、碧燈あおひはうわぁとあきれた。


「テロを予告したのはだりゆうこう飛蝗ヒコウ〉。帝都の全〈めぐの家〉を標的に、子供たちをいけにえにして七堕ナナエを招喚する、って」


 死をらって成長する七堕ナナエは、人や生き物の大量の死をにえとしての招喚が可能だ。

 確実に、ではない。強い霊性を帯びる火や爆風は死の虚無をうち消してしまうから虐殺の手段は刃物や銃器や毒に限られ、仮に招喚に成功したところで七堕ナナエが招喚者の命令を受けつけるわけもない。無差別に周囲をさつりくする七堕ナナエに、真っ先に殺されるのが当の招喚者だ。

 それでも、一度に無数を殺すというそれだけの手順で誰でも──霊術を扱えない一咲ひとえであっても、滅びの竜ナナエを招喚することができる。


失政を咎める蝗害てんばつきどりはまだしも、ちびっこ狙って『ざんかん』はねえだろ……」

「というか、さすがに芝居気しばいけが過ぎるだろう。帝都全ての〈家〉どころか一つ二つをせんめつするにも、だりゆうこう一つが一日で用意できる人数じゃ足りない。よほど強力な機械強化者シンヤか、それこそ下法士げほうしでもいるならまだしも」


 七堕ナナエによる膨大な死者を補う人口維持施策として、全国民の登録遺伝子から無作為に『親』を選出、国営の代理母施設で生まれて国家に育てられる子供が〈めぐ〉だ。今や総人口の三割強が〈めぐ〉か元〈めぐ〉であり、それぞれ数千人の幼子を抱える〈家〉が帝都だけで数百施設も稼働かどうしている。

 もちろん常駐・通いの職員もいる以上は一つの〈家〉でも七堕ナナエにえには充分だが、それだけの住民を逃がさず殺し尽くすためには封鎖要員だけでもそれなりの人数が必要になる。


「その頭数もいなくて、機械強化者シンヤはともかく下法士げほうしなんかとっくに全滅させてるのに、そのうえ予告出してを呼ぶのは不自然ってことか」

「うん。だから全ての〈家〉っていうのは衛門府えもんふの戦力を分散させるためのうそで、人数を補う切り札も持ってるはずなの。わざわざ予告なんてしたのも偽装の一環。〈スミゾメ〉の報道直後の予告なんだから前々から準備していたテロの前倒しとみるべきで、手製の毒ガスなり簡単な火器なりの『切り札』はあると思った方がいいだろうって隊長が」


 ちらりと視線を上げた天茜あかねに、苦い顔でまつりかはうなずく。


「〈纐纈染しぼりぞめくのつき〉からもう六年だもの。新しいだりゆうこうはどんどん生まれてて中には慎重な結社もいて、そいつらは何年も潜伏して機会をうかがいながら、テロの準備をしてきたはず」


 朝廷の監視と摘発をくぐるべく、と無関係の犯罪には手を染めず表立っての活動も行わず、ただ一度のテロの準備を何年もかけて。


スミゾメ〉の襲来は、そうした慎重なだりゆうこうにもまたとない好機と見えただろう。政府の戦力が迎撃に割かれる。一国をも滅ぼした大災厄を前にしておうぞく恐慌きようこうし、目先の超級だけに意識が集中する。

 そうであるのだから、てんゆうさえ得たのだから決起するには今しかないと。

 潜伏していただりゆうこうは、予定を前倒してでもこの機に動く。その先駆けが〈飛蝗ヒコウ〉だ。

 ふん、と天茜あかねは鼻を鳴らした。


「その〈スミゾメ〉でも動かない賊まで引きずり出すための、ヤエブキ機関の投入か」

スミゾメならまだ他国の支援と予備戦力、なにより皇家おうけきっての化物である茨宮いばらのみやの存在により対処できるが、予備戦力を使用する分、更なる不測への対応の余裕は損なわれる。その不測の種を事前に、全て芽吹かせて摘みとる目的で注がれた水がヤエブキ機関だ。


纐纈染しぼりぞめ〉の苛烈なせんめつにより、みかど直属の粛清部隊と恐れられたヤエブキ機関。

 その再度の征伐使せいばつし投入は、どれほど慎重なだりゆうこうにとっても動くに値する脅威だ。手をこまねいて無力に粛清されるくらいなら、拙速にでも決起を図る方がまだマシなのだから。

 うん、とまつりかもうなずいた。


「そいつらも今まで動かなかったから摘発されなかったわけで、テロなんかで動いたらもちろん捜査網にひっかかる。だから一網打尽にできるし、その捜査と捕縛は衛門府えもんふ職掌しよくしようだから今後は任せてもらって大丈夫。ただ、今日の〈飛蝗ヒコウ〉のテロだけは標的とか切り札とか、時間が足りなくて調べきれないだろうから……」


 大半は、もしかしたら全てがおとりだとしても〈家〉の警備を固めないわけにはいかない。別の標的があった場合に備えて予備戦力は残しつつ、切り札に対処するための人員も必要だ。

 兵器なみの大火力と、少人数ゆえの機動性とを併せ持つそんな特殊な人員が。


「たとえばヤエブキ機関、か」「安心しろまつりか、俺らならだ」

「ありがとう! もちろんわたしと、わたしと同じ軽装機動隊のみんなも戦うから!」

「頼らせてもらう。……それじゃあ、」


 周囲のつぼねでも、それぞれにの術師ととの話が終わったらしい。立ちあがる気配と衣擦きぬずれの音を感じつつ、天茜あかねもまたすらりと立ちあがった。


「行こうか。今日この後のテロなら、時間もそうないだろう」


 顔合わせの間に機関本部の装備方が戦闘装束を一式そろえて持ってきてくれていて、天茜あかねたちが着替えている間、まつりかたちは瑠璃殿るりでんなんていをてんでに見て回ったようだ。

 戻ってきたまつりかは、初めて見た御所の風景にそれはもう大興奮だった。


「話には聞いてたけど、ほんとに帝都とは全然違うんだね! 建物は広いしそらだきものでいい香りだし、の水晶飾りも軒飾りのもびっくりするくらい綺麗きれいな音で! 庭だってお花も葉っぱも水もまでキラキラしてて──んだね!」


 あけはな大路おおじを南下しながら、まつりかはまだぶんぶん両手を上下させている。子供みたいにぴょんぴょん跳ねてさえいるのに、天茜あかねも隣の碧燈あおひも苦笑を堪えながらも制止はしない。実際、皇京おうきようと帝都とは街の景色がまったく異なるのだ。

 皇京おうきようは大小のみちが南北と東西に走る碁盤の目状の都市であり、あけはな大路おおじは北の御所から南のらじようへと至る目抜き通りの一方だ。左右には豪壮な寝殿造りの邸第やしきがゆったりと並び、清流と新緑に洗われた大気が甘く大路おおじを満たす。道行く貴人を見下ろさぬために二階建ての住宅は存在しない皇京おうきようの、空は澄み渡ってどこまでも広く、輝く初夏のこんぺきだ。

 樹齢千年を優に越す桜並木の見事な満開、緑の葉とくれないの花とが引きたてあう夏の山桜の大樹を飽かず見上げているまつりかに、碧燈あおひがふと問うた。御所はともかく、どうやら皇京おうきよう自体も初めてのようだけれど。


ってことは、貴族か官人家の傍流じゃねえの?」


 皇京おうきようは無位無官の臣民に対しとざされた街だが、帝都に下った傍流の貴族官人家系は例外だ。本家への年賀やら反対にまつりか自身のはかまぎや元服やらで、訪れる機会はあったろうに。


「お父さまは元のおうちから出されて帝都に下って、わたし帝都で生まれたから。お父さまも以来一度も、皇京おうきようには戻らなかったし」

「あー……」


 失言に碧燈あおひが天を仰いで、察していたから触れずにいた天茜あかねは無言で背中を小突く。これについては反論するつもりはないようで、碧燈あおひも甘んじて受けた。

 まつりかは気にした風もなく、それどころかなにやらいたずらっぽく胸を張る。


「それとわたし、貴族家系でも官人家系でもないの。お父さまは二十四宮家の──せつかのみやの四世王で、つまりおうぞくだったの。世が世ならわたし、五世によおうのお姫さまなんだから!」

「はっ!?」


 さすがに碧燈あおひが目をいた。──おうぞくが官務以外で帝都に下る例は滅多にない。

 天茜あかねも驚きはしたものの、それ以上に苦いものを感じて目をすがめる。

 まつりかは、霊力を持たない一咲ひとえだ。

 一方でこの国をべる〝ここのえ皇家おうけ〟は、太古の神代かみよには管理神群カミとさえ感応した祭祀さいしの一族であり、今なお全員が強大な霊力を有する二華ふたえの血統である。