この時点で天茜は先ほどの発言をさらに後悔し、碧燈はうわぁと呆れた。
「テロを予告したのは堕竜講〈飛蝗〉。帝都の全〈愛し子の家〉を標的に、子供たちを生贄にして七堕を招喚する、って」
死を喰らって成長する七堕は、人や生き物の大量の死を贄としての招喚が可能だ。
確実に、ではない。強い霊性を帯びる火や爆風は死の虚無をうち消してしまうから虐殺の手段は刃物や銃器や毒に限られ、仮に招喚に成功したところで七堕が招喚者の命令を受けつけるわけもない。無差別に周囲を殺戮する七堕に、真っ先に殺されるのが当の招喚者だ。
それでも、一度に無数を殺すというそれだけの手順で誰でも──霊術を扱えない一咲であっても、滅びの竜を招喚することができる。
「失政を咎める蝗害きどりはまだしも、ちびっこ狙って『斬奸』はねえだろ……」
「というか、さすがに芝居気が過ぎるだろう。帝都全ての〈家〉どころか一つ二つを殲滅するにも、堕竜講一つが一日で用意できる人数じゃ足りない。よほど強力な機械強化者か、それこそ下法士でもいるならまだしも」
七堕による膨大な死者を補う人口維持施策として、全国民の登録遺伝子から無作為に『親』を選出、国営の代理母施設で生まれて国家に育てられる子供が〈愛し子〉だ。今や総人口の三割強が〈愛し子〉か元〈愛し子〉であり、それぞれ数千人の幼子を抱える〈家〉が帝都だけで数百施設も稼働している。
もちろん常駐・通いの職員もいる以上は一つの〈家〉でも七堕の贄には充分だが、それだけの住民を逃がさず殺し尽くすためには封鎖要員だけでもそれなりの人数が必要になる。
「その頭数もいなくて、機械強化者はともかく下法士なんかとっくに全滅させてるのに、そのうえ予告出して衛士を呼ぶのは不自然ってことか」
「うん。だから全ての〈家〉っていうのは衛門府の戦力を分散させるための噓で、人数を補う切り札も持ってるはずなの。わざわざ予告なんてしたのも偽装の一環。〈野辺ノ墨染〉の報道直後の予告なんだから前々から準備していたテロの前倒しとみるべきで、手製の毒ガスなり簡単な火器なりの『切り札』はあると思った方がいいだろうって隊長が」
ちらりと視線を上げた天茜に、苦い顔で祭花はうなずく。
「〈纐纈染の九月〉からもう六年だもの。新しい堕竜講はどんどん生まれてて中には慎重な結社もいて、そいつらは何年も潜伏して機会を窺いながら、テロの準備をしてきたはず」
朝廷の監視と摘発を搔い潜るべく、目的と無関係の犯罪には手を染めず表立っての活動も行わず、ただ一度のテロの準備を何年もかけて。
〈野辺ノ墨染〉の襲来は、そうした慎重な堕竜講にもまたとない好機と見えただろう。政府の戦力が迎撃に割かれる。一国をも滅ぼした大災厄を前にして皇族どもは恐慌し、目先の超級だけに意識が集中する。
そうであるのだから、天祐さえ得たのだから決起するには今しかないと。
潜伏していた堕竜講は、予定を前倒してでもこの機に動く。その先駆けが〈飛蝗〉だ。
ふん、と天茜は鼻を鳴らした。
「その〈野辺ノ墨染〉でも動かない賊まで引きずり出すための、ヤエブキ機関の投入か」
〈野辺ノ墨染〉だけならまだ他国の支援と予備戦力、なにより皇家きっての化物である茨宮の存在により対処できるが、予備戦力を使用する分、更なる不測への対応の余裕は損なわれる。その不測の種を事前に、全て芽吹かせて摘みとる目的で注がれた水がヤエブキ機関だ。
〈纐纈染〉の苛烈な殲滅により、帝直属の粛清部隊と恐れられたヤエブキ機関。
その再度の征伐使投入は、どれほど慎重な堕竜講にとっても動くに値する脅威だ。手をこまねいて無力に粛清されるくらいなら、拙速にでも決起を図る方がまだマシなのだから。
うん、と祭花もうなずいた。
「そいつらも今まで動かなかったから摘発されなかったわけで、テロなんかで動いたらもちろん捜査網にひっかかる。だから一網打尽にできるし、その捜査と捕縛は衛門府の職掌だから今後は任せてもらって大丈夫。ただ、今日の〈飛蝗〉のテロだけは標的とか切り札とか、時間が足りなくて調べきれないだろうから……」
大半は、もしかしたら全てが囮だとしても〈家〉の警備を固めないわけにはいかない。別の標的があった場合に備えて予備戦力は残しつつ、切り札に対処するための人員も必要だ。
兵器なみの大火力と、少人数ゆえの機動性とを併せ持つそんな特殊な人員が。
「たとえばヤエブキ機関、か」「安心しろ祭花、俺らなら適任だ」
「ありがとう! もちろんわたしと、わたしと同じ軽装機動隊のみんなも戦うから!」
「頼らせてもらう。……それじゃあ、」
周囲の局でも、それぞれに八重の術師と衛士との話が終わったらしい。立ちあがる気配と衣擦れの音を感じつつ、天茜もまたすらりと立ちあがった。
「行こうか。今日この後のテロなら、時間もそうないだろう」
顔合わせの間に機関本部の装備方が戦闘装束を一式揃えて持ってきてくれていて、天茜たちが着替えている間、祭花たちは瑠璃殿の南庭をてんでに見て回ったようだ。
戻ってきた祭花は、初めて見た御所の風景にそれはもう大興奮だった。
「話には聞いてたけど、ほんとに帝都とは全然違うんだね! 建物は広いし空薫物でいい香りだし、御簾の水晶飾りも軒飾りの風鐸もびっくりするくらい綺麗な音で! 庭だってお花も葉っぱも水も白沙までキラキラしてて──空が広いってこんなに明るいんだね!」
緋華大路を南下しながら、祭花はまだぶんぶん両手を上下させている。子供みたいにぴょんぴょん跳ねてさえいるのに、天茜も隣の碧燈も苦笑を堪えながらも制止はしない。実際、皇京と帝都とは街の景色がまったく異なるのだ。
皇京は大小の路が南北と東西に走る碁盤の目状の都市であり、緋華大路は北の御所から南の羅城へと至る目抜き通りの一方だ。左右には豪壮な寝殿造りの邸第がゆったりと並び、清流と新緑に洗われた大気が甘く大路を満たす。道行く貴人を見下ろさぬために二階建ての住宅は存在しない皇京の、空は澄み渡ってどこまでも広く、輝く初夏の紺碧だ。
樹齢千年を優に越す桜並木の見事な満開、緑の葉と紅の花とが引きたてあう夏の山桜の大樹を飽かず見上げている祭花に、碧燈がふと問うた。御所はともかく、どうやら皇京自体も初めてのようだけれど。
「衛士ってことは、貴族か官人家の傍流じゃねえの?」
皇京は無位無官の臣民に対し鎖された街だが、帝都に下った傍流の貴族官人家系は例外だ。本家への年賀やら反対に祭花自身の袴着や元服やらで、訪れる機会はあったろうに。
「お父さまは元のお家から出されて帝都に下って、わたし帝都で生まれたから。お父さまも以来一度も、皇京には戻らなかったし」
「あー……」
失言に碧燈が天を仰いで、察していたから触れずにいた天茜は無言で背中を小突く。これについては反論するつもりはないようで、碧燈も甘んじて受けた。
祭花は気にした風もなく、それどころかなにやらいたずらっぽく胸を張る。
「それとわたし、貴族家系でも官人家系でもないの。お父さまは二十四宮家の──雪華宮家の四世王で、つまり皇族だったの。世が世ならわたし、五世女王のお姫さまなんだから!」
「はっ!?」
さすがに碧燈が目を剝いた。──皇族が官務以外で帝都に下る例は滅多にない。
天茜も驚きはしたものの、それ以上に苦いものを感じて目を眇める。
祭花は、霊力を持たない一咲だ。
一方でこの国を統べる〝九重の皇家〟は、太古の神代には管理神群とさえ感応した祭祀の一族であり、今なお全員が強大な霊力を有する二華の血統である。