祭花だけではない。おそらくは、宮家当主の孫という身分ながら帝都に下った父君もまた、突然変異の一咲だ。そうした子供は例外なく皇籍から抹消され、臣籍に下される。皇京への居住権を含む相応の身分・待遇は残されるものの、皇族には決して戻れない。
九重の皇家は全員が、強力な術師だ。術師でなければならない。
霊能の血を維持するため皇族同士でのみ婚姻を結び、臣下とは一切通婚しない九重の皇家には、その霊能を失わせる要因は血族だろうと排除の対象だ。
世が世なら、などと間違った言い回しをあえて使ったのも、──冗談とすることで臣籍降下の事実を傷や弱みだと周りに思わせない、祭花なりの処世術なのだろう。
そして気づいてしまったのだから、冗談として応じる以外に天茜には出来ることがない。
触れられたくもないと隠した傷を、無遠慮に暴いて触れることは彼にはできない。
同じ結論に至ったらしい碧燈と目くばせを交わして、同時に大路に片膝をついた。
「これは失礼を、祭花姫」「これまでの無礼お許しください」
冗談が過ぎたようで、えっやめてやめて! と祭花は全力でうろたえた。
ところでそろそろおいでですよ、と機械仕掛けの鉄機馬を引いて従う雑色の一人がそっと口を挟んで、なあに? ときょろきょろする祭花に見ていろと天茜は大路の中央を示す。
道行く兵衛士たちが下馬して道の端に寄る。屋形車──貴人が身をかがめず乗降するために背の高い皇京特有の車輛が、正面を大路中央に向けて低頭するように車体前方を下げる。
前駆を務める改造生体の、警蹕代わりの歌声が大路中央の水路を渡った。
「《白璧沈くや》」「《真白璧沈くや》──……」
わあ、と祭花が目を見開いた。
ゆったりと大きな羽ばたきで、人の目の高さの低空を迦陵頻伽の群が飛来する。
優美な冠羽と豪奢に長く曳く尾羽は改造元の孔雀の特徴だ。一方で羽毛の色彩は橙から朱、緋と真紅を経て紅紫に至る五彩で、初夏の新緑にその対比は艶やかに映える。
「《おおしとと としとんと》」「《おおしとんと としとんと》」
皇京上空の結界を補強する詠唱幻獣〝迦陵頻伽〟。常には複数の群で皇京の空を周回する人造霊獣が、前駆を務めるのは月に一度のその方の巡行の時だ。
白瑪瑙を連ねた鳴珂をちりちりと鳴らし、白銀をした月光毛の飾馬の背に身を預けて、世にも美しい巫覡皇女が姿を現す。
花鈿代わりに山百合の大輪を挿し、そして彼女自身がまるで咲き誇る山百合だ。青葉匂の五衣に白く領巾を重ね、やはり領巾を纏った巫覡の男女が水晶飾りの玉翳をさしかける。
斎王府長官・斎王宮。月ごとの皇京結界点検の巡行を終え、御所に戻る行列だ。
水路の左右に設けられた専用路を、斎王行列は壮麗に進む。祭使専用路と一般の路とを区切る楠木の大樹、皇京の二千年の平穏をその身を以て物語る古木群の合間を、葉影の翠緑と木漏れ日の白金に染まって進むその行列は、どこか神代の森を歩んでゆくかのようだ。
祭花は魅入られたように、目を輝かせてその光景に見入っている。──彼女の出自を聞いた時には選択を誤ったかと思ったが、幸い喜んでくれたようだ。
思いつつ、碧燈はそそくさと天茜に近寄った。周囲には聞こえない声量でこそこそ問う。
「天茜」
「ん」
「お前いつ知りあってたの。祭花と」
「昨日、破竜儀式の後に」
端的に応じる天茜はこちらに目も向けない。そういうところも。
訳知り顔の半笑いで、碧燈はうなずく。
「ふーん……」
「なんだ」
「いやだってお前、普段の破竜儀式じゃ衛士とかいちいち覚えてねえじゃん」
それに、いくら皇京は初めての衛士だからってわざわざ遠回りの緋華大路なんか通って斎王さまの行列を見せてやったり、普段ノリは悪いくせに冗談に乗ってみたり。今だって話しかけた碧燈ではなく、子供みたいにはしゃぐ祭花の背を見ていて。
天茜は怪訝な顔をした。
「衛士は全員、結界の外にいるんだから当たり前だろ。覚える以前に見えないんだから」
「なんで出たのお前」
「花鈿を回収したと、聞いてなかったのか」
そういえば祭花がそう言っていたか。
じゃあそれは置いといて。
「なんでソレ黙ってたのお前。特に俺に」
天茜はいよいよ、わけがわからない、という顔になる。
「いちいち共有するほどのことじゃないだろ。踏破儀式にはなんの関係もないのに」
「いや踏破儀式はいま関係なくてさ」
やれやれと碧燈はため息をつく。本当にこいつは、悪い意味でバカなんだから。
「じゃなくて。祭花のことどう思ってんのって聞いてんの」
「……は?」
馬鹿を見る目で見返された。
そのくらいでは今更、碧燈はめげなかった。
「可愛いなーとか、美人だなーとか、そういうの。どうなの?」
天茜は大変いやそうな横目で、これ見よがしにため息をつく。
「子供だ子供だとは思ってたけど、子供どころか幼児だったか……」
「なんだよ」
「女童と話してたから懸想してる、なんて、参内したての童でもなければ言わないだろ」
「いやだってお前、」
他の衛士は覚えてないのは、たしかにそもそも見えないのだから覚えてないのも当然で。
儀式場の外に出たのは犠牲者の遺品を預けるためで、話さなかったのは……そういえば昨日の儀式の終わりから今日の起床まで、碧燈は居眠りしていたかしっかり寝ていたかで、話す時間がそもそもなかったか。ともかく。
「今。つーか顔合わせから今までずっと。お前俺のこと見ねえで祭花ばっか見てんじゃん」
「顔合わせの相手なんだからそれはそうだろ。それに普段からお前の顔なんかいちいち見てない。正直もう見飽きてるんだから」
言われてみれば。
なにしろ双子なのである。互いの顔はそれこそ生まれた時から見慣れている。……以前、生まれる前から見慣れてる、とうっかり言って、双子でもたいてい羊膜は別なんだからそんなはずないだろと返されたことまで思いだして碧燈はちょっとムカついた。知るかそんなこと。
ともあれ、碧燈はしばらく考える。ここまでの情報を総合すると。
「……もしかして、本っ当にまだ全然、意識とかしてない?」
「もしかしなくてもそうだ。それとまだは余計だ」
「余計にすんなよ。……ともかく、つまり」
「全部お前の邪推だ、この幼児」
碧燈はかちんとくる。勘ぐりすぎたのは悪かったが、人が真面目に話しているのに。
「幼児幼児ってお前、俺とお前双子なんだぞ。俺が童参内したてのちびっこだってんなら、お前だってちびのガキんちょなんだからな」
「お前が俺と同じ年なのは、なにかの間違いだと思ってる」
「てめえ」
……と。
つい、いつもの口喧嘩に移行して、二人ともが目を離していた間に。
去りゆく斎王行列を無意識に追おうとして、そして何かに糸鞋の先をひっかけたらしい。
「ひゃっ!?」
祭花が派手にすっこけた。
慌てて天茜が抱きとめて拍子にすっとばされたピカ=ピカを碧燈が追いかけて、屋形車から扇を伸ばして受けとめてくれた初老の公卿が、もう満面の笑みで何故か飴をくれた。
皇京市街と同じ南北十四令里の長さを持つ緋華大路は徒歩には長く、斎王行列を見送った後は用意の鉄機馬に乗って三人は南下して、そして祭花は馬上で顔を赤くする。
「はずかしい……」
もちろん、浮かれてはしゃいだ挙句に派手にすっ転んだことが、である。
悪いと思いつつもつい笑ってしまっている顔で天茜が言う。
「今日はこのままテロ対応に向かうからそうもいかないけど、これからも暇を見つけて外廷なり皇京なりを案内するから。見ものはまだたくさんある」
「ほんと!?」