ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

一 ⑥

 まつりかだけではない。おそらくは、宮家当主の孫四世王という身分ながら帝都に下った父君もまた、突然変異の一咲ひとえだ。そうした子供は例外なく皇籍から抹消され、臣籍に下される。皇京おうきようへの居住権を含む相応の身分・待遇は残されるものの、おうぞくには決して戻れない。

 ここのえ皇家おうけは全員が、強力な術師だ。

 霊能の血を維持するためおうぞく同士でのみ婚姻を結び、臣下とは一切通婚しないここのえ皇家おうけには、その霊能を失わせる要因は血族だろうと排除の対象だ。

 世が世なら、などと間違った言い回しをあえて使ったのも、──冗談とすることで臣籍降下の事実を傷や弱みだと周りに思わせない、まつりかなりの処世術なのだろう。

 そして気づいてしまったのだから、冗談として応じる以外に天茜あかねには出来ることがない。

 触れられたくもないと隠した傷を、無遠慮に暴いて触れることは彼にはできない。

 同じ結論に至ったらしい碧燈あおひと目くばせを交わして、同時に大路おおじに片膝をついた。


「これは失礼を、まつりかひめ」「これまでの無礼お許しください」


 冗談が過ぎたようで、えっやめてやめて! とまつりかは全力でうろたえた。

 ところでそろそろおいでですよ、と機械けの鉄機馬くろこまを引いて従うぞうしきの一人がそっと口を挟んで、なあに? ときょろきょろするまつりかに見ていろと天茜あかね大路おおじの中央を示す。

 道行く兵衛士ひようえじたちが下馬して道の端に寄る。やかたぐるま──貴人が身をかがめず乗降するために背の高い皇京おうきよう特有の車輛しやりようが、正面を大路おおじ中央に向けて低頭するように車体前方を下げる。

 さきがけを務める改造生体げんじゆうの、けいひつ代わりの歌声が大路おおじ中央の水路を渡った。


「《しらたましづくや》」「《しらたましづくや》──……」


 わあ、とまつりかが目を見開いた。

 ゆったりと大きな羽ばたきで、人の目の高さの低空を迦陵頻伽かりようびんがむれが飛来する。

 優美な冠羽とごうしやに長くく尾羽は改造元のくじやくの特徴だ。一方で羽毛の色彩はだいだいから朱、と真紅を経て紅紫べにむらさきに至る五彩で、初夏の新緑にその対比はあでやかに映える。


「《おおしとと としとんと》」「《おおしとんと としとんと》」


 皇京おうきよう上空の結界を補強する詠唱幻獣げんじゆう迦陵頻伽かりようびんが〟。常には複数の群で皇京おうきようの空を周回する人造霊獣が、さきがけを務めるのは月に一度の巡行の時だ。

 しろ瑪瑙めのうを連ねた鳴珂くつわかざりをちりちりと鳴らし、はくぎんをした月光毛の飾馬かざりうまの背に身を預けて、世にも美しい巫覡皇女かんなぎのひめみこが姿を現す。

 花鈿かざし代わりに山百合やまゆりの大輪をし、そして彼女自身がまるで咲き誇る山百合やまゆりだ。あおばにおい五衣いつつぎぬに白くを重ね、やはりまとったかんなぎの男女が水晶飾りの玉翳さしはをさしかける。

 斎王府さいおうふ長官・斎王宮さいおうのみや。月ごとの皇京おうきよう結界点検の巡行を終え、御所に戻る行列だ。

 水路の左右に設けられた専用路を、さいおう行列は壮麗に進む。祭使専用路と一般のみちとを区切るくすのきの大樹、皇京おうきようの二千年の平穏をその身をもつて物語る古木群の合間を、葉影の翠緑すいりよくと木漏れ日のに染まって進むその行列は、どこか神代かみよの森を歩んでゆくかのようだ。

 まつりかは魅入られたように、目を輝かせてその光景に見入っている。──彼女の出自を聞いた時には選択を誤ったかと思ったが、幸い喜んでくれたようだ。

 思いつつ、碧燈あおひはそそくさと天茜あかねに近寄った。周囲には聞こえない声量でこそこそ問う。


天茜あかね

「ん」

「お前いつ知りあってたの。まつりかと」

「昨日、破竜儀式の後に」


 端的に応じる天茜あかねはこちらに目も向けない。そういうところも。

 訳知り顔の半笑いで、碧燈あおひはうなずく。


「ふーん……」

「なんだ」

「いやだってお前、普段の破竜儀式じゃとかいちいち覚えてねえじゃん」


 それに、いくら皇京おうきようは初めてのだからってわざわざ遠回りのあけはな大路おおじなんか通ってさいおうさまの行列を見せてやったり、普段ノリは悪いくせに冗談に乗ってみたり。今だって話しかけた碧燈あおひではなく、子供みたいにはしゃぐまつりかの背を見ていて。

 天茜あかね怪訝けげんな顔をした。


は全員、結界の外にいるんだから当たり前だろ。覚える以前に見えないんだから」

「なんで出たのお前」

花鈿かざしを回収したと、聞いてなかったのか」


 そういえばまつりかがそう言っていたか。

 じゃあそれは置いといて。


「なんでソレ黙ってたのお前。特に俺に」


 天茜あかねはいよいよ、わけがわからない、という顔になる。


「いちいち共有するほどのことじゃないだろ。踏破儀式にはなんの関係もないのに」

「いや踏破儀式はいま関係なくてさ」


 やれやれと碧燈あおひはため息をつく。本当にこいつは、悪い意味でバカなんだから。


「じゃなくて。まつりかのことどう思ってんのって聞いてんの」

「……は?」


 馬鹿を見る目で見返された。

 そのくらいでは今更、碧燈あおひはめげなかった。


可愛かわいいなーとか、美人だなーとか、そういうの。どうなの?」


 天茜あかねは大変いやそうな横目で、これ見よがしにため息をつく。


「子供だ子供だとは思ってたけど、子供どころか幼児だったか……」

「なんだよ」

女童めのわらわと話してたから懸想けそうしてる、なんて、さんだいしたてのわらわでもなければ言わないだろ」

「いやだってお前、」


 他のは覚えてないのは、たしかにそもそも見えないのだから覚えてないのも当然で。

 儀式場の外に出たのは犠牲者の遺品を預けるためで、話さなかったのは……そういえば昨日の儀式の終わりから今日の起床まで、碧燈あおひは居眠りしていたかしっかり寝ていたかで、話す時間がそもそもなかったか。ともかく。


「今。つーか顔合わせから今までずっと。お前俺のこと見ねえでまつりかばっか見てんじゃん」

「顔合わせの相手なんだからそれはそうだろ。それに普段からお前の顔なんかいちいち見てない。正直もう見飽きてるんだから」


 言われてみれば。

 なにしろ双子なのである。互いの顔はそれこそ生まれた時から見慣れている。……以前、生まれる前から見慣れてる、とうっかり言って、双子でもたいていようまくは別なんだからそんなはずないだろと返されたことまで思いだして碧燈あおひはちょっとムカついた。知るかそんなこと。

 ともあれ、碧燈あおひはしばらく考える。ここまでの情報を総合すると。


「……もしかして、本っ当にまだ全然、意識とかしてない?」

「もしかしなくてもそうだ。それとまだは余計だ」

「余計にすんなよ。……ともかく、つまり」

「全部お前の邪推だ、この幼児」


 碧燈あおひはかちんとくる。勘ぐりすぎたのは悪かったが、人が真面目に話しているのに。


「幼児幼児ってお前、俺とお前双子なんだぞ。俺が童参内わらわさんだいしたてのちびっこだってんなら、お前だってちびのガキんちょなんだからな」

「お前が俺と同じ年なのは、なにかの間違いだと思ってる」

「てめえ」


 ……と。

 つい、いつもの口喧嘩くちげんかに移行して、二人ともが目を離していた間に。

 去りゆくさいおう行列を無意識に追おうとして、そして何かにいとぐつの先をひっかけたらしい。


「ひゃっ!?」


 まつりかが派手にすっこけた。

 慌てて天茜あかねが抱きとめて拍子にすっとばされたピカ=ピカを碧燈あおひが追いかけて、屋形車から扇を伸ばして受けとめてくれた初老のくぎようが、もう満面の笑みであめをくれた。

 皇京おうきよう市街と同じ南北十四令里七キロメートルの長さを持つあけはな大路おおじは徒歩には長く、さいおう行列を見送った後は用意の鉄機馬くろこまに乗って三人は南下して、そしてまつりかは馬上で顔を赤くする。


「はずかしい……」


 もちろん、浮かれてはしゃいだ挙句に派手にすっ転んだことが、である。

 悪いと思いつつもつい笑ってしまっている顔で天茜あかねが言う。


「今日はこのままテロ対応に向かうからそうもいかないけど、これからも暇を見つけてそとみやなり皇京おうきようなりを案内するから。見ものはまだたくさんある」

「ほんと!?」