「それも頭のてっぺんからつま先まで改造してる、いわゆる〝九割五分〟って奴な」
碧燈もあっけらかんと補足する。身体改造の度合を示すスラングで、九割は脳神経系以外を人工パーツに置換した者を、九割五分はそれに加えて補助脳を導入した改造者を指す。
ともあれ祭花は目を丸くする。全身機械強化者は重装機動隊の隊員で見慣れているが、彼らのような金属やセラミックのパーツも人工皮膚特有ののっぺりした光沢も見当たらないから。
「全身生体強化者ってこと? ……初めて見た」
「おう。手足も内臓も神経も、ぜんぶ典薬省謹製の機能強化型生体パーツ」
「構造から設計し直して、主に高分子プリンタで製造してる。設計し直してるだけで材料は培養した改造自己細胞かその一部だから、血は通ってるし代謝もあるな」
「まあ、その血も改造骨髄製の、酸素運搬能とか免疫機能とかの強化版なんだけどな」
祭花としては反応に困る類の補足を、からから笑いながらのたまう。当人たちにとっては気軽な雑談程度の話題であるらしく、天茜もたしなめないどころか平然と続ける。
「それを言うなら皮膚も筋肉も骨も強化版だしな。未加工なのはもう髪と鱗くらいか?」
……鱗?
「一応顔も自前っちゃ自前じゃね? 骨とか筋肉とかの分子構造はいじってるけど、顔の骨格自体は変えてねえんだし」
「その論法だと全身自前になら……ないか。だいたい骨格形状から変えてるな」
「だからお前のが一寸でかいのはプリンタの設定ミスか何かなんだからな」
「改造とはいえ自己細胞なんだから成長の差だろ。それと二寸だ、自分に噓をつくな」
なんのプライドなのか、またしても睨みあいを始める二人に祭花はあっと息を吞む。全身強化なら──体中を人工パーツに入れ替えているなら。
「今更だけど、社会保障食なんて食べて平気だったの? それに術師なら潔斎とか」
内臓まで機械に置換した重装機動隊員は専用の食事を必要とする。億年単位で洗練された生物の内臓を、同サイズの機械で完全に代替するのはまだ難しいのだ。また、術師は食事を含めた普段の生活に厳しい潔斎を課すことで霊力を維持していると噂に聞くが。
「俺ら生体強化者だもん。内臓も機能強化型だから、むしろ非改造よか食えるもんは多いよ」
「儀式前後の禊はするが、潔斎はしないな。霊力生成は人間の場合、呼吸と血流が主な生成源だから生活制限はむしろ妨げになる。同じ理屈で、たとえば覚者教のように肉類を断つのは食事からの霊力摂取が不足するからあまりよくない」
植物は植物で天地の霊力を溜める性質が強いから、肉ばかりもよくないが。
ぱちりと祭花はまばたいた。総合すると。
「運動してしっかり寝て、好き嫌いせずにバランスよくなんでも食べるのが大事ってこと?」
そう、と二人はうなずいた。なるほどいいことを聞いたとばかり、やや睡眠不足の気はあるが毎日帝都中を動き回って肉も米も大好きな衛士たちが顔を輝かせた。
高層ビルディングが林立する近代的な帝都は、一方で緑の気配が極端なまでに色濃い。
帝都大改造から千年、同じだけの年月を経て怪物じみた巨木と化した街路樹の群。そしてビルや街路の合間に傲然と屹立し、禍々しい圧迫感を撒き散らす四方三十丈、高さ百丈の濃緑の建造物──硝子張りのフロアに草木から小動物までの森林環境を濃密につめこみ、二十層近くも積み重ねた〝積層森林〟。
人の正気を失わせるという原初の森の闇、帝都住民に日々、本能的な恐怖と不安を提供する自然の暴威の欠片に、まるで駆りたてられたかのようにガソリン・トラックが爆走する。
陽光の加護が失われる夜間は七堕の出現数が激増するため、臣民の外出は推奨されない。そのとおり人けのない夜の〈裾野〉の街に、けれど排気音と哄笑を響き渡らせて。
まっしぐらに向かう先、目についたというだけの理由で選んだ超高層集合邸宅が、つっこんでくる加害物体を検知、自衛機構が作動。鋼鉄の槍先も鋭い馬防柵が道路を割って出現。
急ブレーキを踏まされたトラックはぎりぎりで串刺しを免れ、その間に集合邸宅の瀟洒なフェンスと門扉が無骨な鋼板に置き換わる。侵入者に対しては電気銃による致死的排除を実施する旨を自動音声が警告。集合邸宅ではごく標準的な自衛外構。
乗り手の男女──〈飛蝗〉の構成員は、けれどその防衛を鼻で嗤う。彼らの体には狭い運転席から、箱型荷台の上からぞろぞろ降り、積荷の金属コンテナを力任せにひっぱり出した。
「──まあ、そりゃそうだよな」
現着するなり見て取れたそれら状況に、碧燈が言った。蜥賊どもがぎょっと振り返った。
「公共施設でそのぶん警備も厳しい〈家〉なんかわざわざ狙わなくったって、帝都の高層住宅ならどこも千人からの住人がいる。目的が七堕の招喚ならこっちのが楽だよな」
「輸送専用路しか走れないガソリン・トラックの設定変更と遠隔停止装置の解除、型落ちとはいえ機械強化者のメンテナンスが可能な技術者がいるなら、それ以上もありうる。封鎖要員の不足を補うからくりはそれか」
機械の四肢にセンサ化した目元の男女と、その群がるコンテナを見やって天茜も続ける。あからさまに違法な戦闘仕様の、そしてあからさまに古びた金属部品の機械強化者ども。
裏社会の犯罪結社崩れ。それも末端の、盃も与えられない安い荒事要員だ。
甘言に乗せられて改造を受け、型落ちとなるや切り捨てられて、──けれど今さら高額の生体再生医療も受けられず、不便な機械の体で生きるしかない廃残者たち。
薬物や機械脳増設による思考の高速化は行っていないようで、突然現れた天茜たちに目を白黒させている。単に通報を受けて急行しただけなのだが、最短経路を選んで超高層ビルの上を駆け抜け、飛び降りた過程を見ていなければ突如出現したと感じるかもしれない。
それにしたって鉄火場ではあまりにも悠長な驚愕をひととおりこなしてからようやく、二人の武官装束に気づいて呻いた。
「皇京の武官!?」「角蛇の手先が、なんだってこんなに早く!?」
「特務霊術機関〈八重山吹〉。現在は蜥賊征伐使として活動している」
「むしろお前らが遅いんだよ、蜥賊野郎。誅殺されたくないなら投降しろ」
帝都に限らず、八千穂国の公共空間は朝廷の無数のカメラの監視下にある。〈飛蝗〉が帝都外周の輸送専用路を襲い、運転手の人型使役を殴り倒してトラックを奪った時点でその旨が左右衛門府に自動通報され、衛士も、協力する碧燈たち八重の術師も動きだしている。
「ヤエブキ機関……!」「〈纐纈染〉の二本角」「帝直属の粛清部隊!」
蜥賊どもは慄き、思わずといった様子で後ずさり──そしてこの自分たちが怯えさせられたという事実に勝手に逆上して肩を怒らせた。
「くそっ……いけ! 〈銅猪〉!」
爆発ボルトが作動。金属コンテナが爆散。
撒き散らされる金属片の向こう、人工の紅い光がぎらりと灯る。
四対の双眸めいた、それは赤いレンズ状の光学センサだ。モーターの唸りで立ちあがる体軀は象ほども大きく、質感は硬質、金属の肌。艶消しの装甲表面が次の瞬間赤熱し、己の光で己が細部を照らしだす。二対の牙。角竜じみた三本の角。猛って舗装を搔く金属製の蹄。
生き物ではない。機巧自在。
それも民間人には製造も保有も違法の、殺傷能力を持つ独自仕様の。
「はっはァ! こいつが先生の切り札・重機巧自在〈銅猪〉だァ!」
「あたしらの邪魔しやがった罰だ、踏み潰されちまいな術師ども!」
民生品の丁種人工知能が敵性存在を認識。金属の軋る雄叫びで〈銅猪〉が猛然と吶喊。
碧燈と天茜はその様に、慌てるどころか緊迫さえもしなかった。
「「──《響け》」」
瞬時に展開された装甲霊術──《駆動装甲》が二人の半身、指先から肩口、同じ側の胴から両脚までを包みこむ。碧燈は左腕側、天茜は釼を持ち換えて右腕の側を。