ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

一 ⑧

「それも頭のてっぺんからつま先まで改造してる、いわゆる〝九割五分〟ってやつな」


 碧燈あおひもあっけらかんと補足する。身体改造の度合を示すスラングで、九割は脳神経系を人工パーツに置換した者を、九割五分はそれに加えて補助脳を導入した改造者を指す。

 ともあれまつりかは目を丸くする。全身機械強化者シンヤは重装機動隊の隊員で見慣れているが、彼らのような金属やセラミックのパーツも人工皮膚特有ののっぺりした光沢も見当たらないから。


全身生体強化者タケルってこと? ……初めて見た」

「おう。手足も内臓も神経も、ぜんぶ典薬省てんやくしよう謹製の機能強化型生体パーツ」

「構造から設計し直して、主に高分子プリンタで製造してる。設計し直してるだけで材料は培養した改造自己細胞かその一部だから、血は通ってるし代謝もあるな」

「まあ、その血も改造骨髄製の、酸素運搬能とか免疫機能とかの強化版なんだけどな」


 まつりかとしては反応に困るたぐいの補足を、からから笑いながらのたまう。当人たちにとっては気軽な雑談程度の話題であるらしく、天茜あかねもたしなめないどころか平然と続ける。


「それを言うなら皮膚も筋肉も骨も強化版だしな。未加工なのはもう髪とうろこくらいか?」


 ……うろこ?


「一応顔も自前っちゃ自前じゃね? 骨とか筋肉とかの分子構造はいじってるけど、顔の骨格自体は変えてねえんだし」

「その論法だと全身自前になら……ないか。だいたい骨格形状から変えてるな」

「だからお前のが三センチでかいのはプリンタの設定ミスか何かなんだからな」

「改造とはいえ自己細胞なんだから成長の差だろ。それと二寸にすんだ、自分にうそをつくな」


 なんのプライドなのか、またしてもにらみあいを始める二人にまつりかはあっと息をむ。全身強化なら──体中を人工パーツに入れ替えているなら。


「今更だけど、社会保障食なんて食べて平気だったの? それに術師ならけつさいとか」


 内臓まで機械に置換した重装機動隊員は専用の食事を必要とする。億年単位で洗練された生物の内臓を、同サイズの機械で完全に代替するのはまだ難しいのだ。また、術師は食事を含めた普段の生活に厳しいけつさいを課すことで霊力を維持しているとうわさに聞くが。


「俺ら生体強化者タケルだもん。内臓も機能強化型だから、むしろ非改造よか食えるもんは多いよ」

「儀式前後のみそぎはするが、けつさいはしないな。霊力生成は人間の場合、呼吸と血流が主な生成源だから生活制限はむしろ妨げになる。同じ理屈で、たとえば覚者教かくしやきようのように肉類を断つのは食事からの霊力摂取が不足するからあまりよくない」


 植物は植物で天地の霊力をめる性質が強いから、肉ばかりもよくないが。

 ぱちりとまつりかはまばたいた。総合すると。


「運動してしっかり寝て、好き嫌いせずにバランスよくなんでも食べるのが大事ってこと?」


 そう、と二人はうなずいた。なるほどいいことを聞いたとばかり、やや睡眠不足の気はあるが毎日帝都中を動き回って肉も米も大好きなたちが顔を輝かせた。

 高層ビルディングが林立する近代的な帝都は、一方で緑の気配が極端なまでに色濃い。

 帝都大改造から千年、同じだけの年月を経て怪物じみた巨木と化した街路樹の群。そしてビルや街路の合間に傲然ときつりつし、まがまがしい圧迫感をらす四方三十丈百メートル、高さ百丈三百メートルこみどりの建造物──硝子張ガラスばりのフロアに草木から小動物までの森林環境を濃密につめこみ、二十層近くも積み重ねた〝積層スタツク・森林テラリウム〟。

 人の正気を失わせるという原初の森の闇、帝都住民に日々、本能的な恐怖と不安を提供する自然の暴威の欠片かけらに、まるで駆りたてられたかのようにガソリン・トラックが爆走する。

 陽光の加護が失われる夜間は七堕ナナエの出現数が激増するため、臣民の外出は推奨されない。そのとおり人けのない夜の〈裾野すその〉の街に、けれどエキゾースト哄笑こうしようを響き渡らせて。

 まっしぐらに向かう先、目についたというだけの理由で選んだ超高層集合邸宅ゲーテツドマンシヨンが、つっこんでくるを検知、自衛機構が作動。鋼鉄のやりさきも鋭い馬防柵ばぼうさくが道路を割って出現。

 急ブレーキを踏まされたトラックはぎりぎりで串刺しをまぬがれ、その間に集合邸宅ゲーテツドマンシヨン瀟洒しようしやなフェンスと門扉もんぴが無骨な鋼板シヤツターに置き換わる。侵入者に対しては電気銃テイザーによる致死的排除を実施するむねを自動音声が警告。集合邸宅ゲーテツドマンシヨンではごく自衛外構エクステリア

 乗り手の男女──〈飛蝗ヒコウ〉のは、けれどその防衛を鼻でわらう。には狭い運転席から、箱型荷台の上からぞろぞろ降り、積荷つみにの金属コンテナをひっぱり出した。


「──まあ、そりゃそうだよな」


 現着げんちやくするなり見て取れたそれら状況に、碧燈あおひが言った。蜥賊トカゲどもがぎょっと振り返った。


「公共施設でそのぶん警備も厳しい〈家〉なんかわざわざ狙わなくったって、帝都の高層住宅ならどこも千人からの住人がいる。目的が七堕ナナエの招喚ならこっちのが楽だよな」

「輸送専用路しか走れないガソリン・トラックの設定変更と遠隔停止装置の解除、型落ちとはいえ機械強化者シンヤのメンテナンスが可能な技術者がいるなら、もありうる。封鎖要員の不足を補うからくりはそれか」


 機械の四肢にセンサ化した目元の男女と、その群がるコンテナを見やって天茜あかねも続ける。あからさまに違法な戦闘仕様の、そしてあからさまに古びた金属部品の機械強化者シンヤども。

 裏社会の崩れ。それも末端の、さかずきも与えられない安いだ。

 甘言に乗せられて改造を受け、型落ちとなるや切り捨てられて、──けれど今さら高額の生体再生医療も受けられず、不便な機械の体で生きるしかない廃残者たち。

 薬物や機械脳増設による思考の高速化は行っていないようで、突然現れた天茜あかねたちに目を白黒させている。単に通報を受けて急行しただけなのだが、最短経路を選んで過程を見ていなければ突如出現したと感じるかもしれない。

 それにしたって鉄火場ではあまりにも悠長な驚愕きようがくをひととおりこなしてからようやく、二人の武官装束に気づいてうめいた。


皇京おうきようの武官!?」「つのへびが、なんだってこんなに早く!?」

「特務霊術機関〈八重山吹ヤエヤマブキ〉。現在は蜥賊とぞく征伐使せいばつしとして活動している」

「むしろお前らが遅いんだよ、蜥賊トカゲ野郎。誅殺ちゆうさつされたくないなら投降しろ」


 帝都に限らず、八千穂国やちほのくにの公共空間は朝廷の無数のカメラの監視下にある。〈飛蝗ヒコウ〉が帝都外周の輸送専用路を襲い、運転手の人型使役ハシタを殴り倒してトラックを奪った時点でそのむねが左右門府もんふに自動通報され、も、協力する碧燈あおひたちの術師も動きだしている。


「ヤエブキ機関……!」「〈纐纈染しぼりぞめ〉の二本角おに」「みかど直属の粛清部隊!」


 蜥賊トカゲどもはおののき、思わずといった様子で後ずさり──そして自分たちがおびという事実に勝手に逆上して肩を怒らせた。


「くそっ……いけ! 〈銅猪あかがねじし〉!」


 爆発ボルトが作動。金属コンテナが爆散。

 らされる金属片の向こう、人工のあかい光がぎらりとともる。

 四対のそうぼうめいた、それは赤いレンズ状の光学センサだ。モーターのうなりで立ちあがる体軀たいくは象ほども大きく、質感は硬質、金属の肌。艶消しの装甲表面が次の瞬間赤熱し、己の光で己が細部を照らしだす。二対の牙。角竜トリケラトプスじみた三本の角。たけって舗装をく金属製のひづめ

 生き物ではない。機巧自在からくりじざい

 それも民間人には製造も保有も違法の、殺傷能力を持つ独自仕様の。


「はっはァ! こいつがの切り札・機巧自在からくりじざい銅猪あかがねじし〉だァ!」

「あたしらの邪魔しやがった罰だ、踏み潰されちまいな術師ども!」


 民生品のていしゆ人工知能が敵性存在を認識。金属のきし雄叫おたけびで〈銅猪あかがねじし〉が猛然ととつかん

 碧燈あおひ天茜あかねはその様に、慌てるどころか緊迫さえもしなかった。


「「──《ゆらけ》」」


 瞬時に展開された装甲霊術──《》が二人の半身、指先から肩口、同じ側の胴から両脚までを包みこむ。碧燈あおひは左腕側、天茜あかねたちを持ち換えて右腕の側を。