纏う霊術装甲が駆動系を兼ねる、装甲外骨格に似た機能の霊術だ。駆動霊術としては生体強化改造も身体強化霊術をも超える大出力を発揮し、同時に霊術装甲がその強烈な反動を吸収する。本来の体ほどには精密に動かせないものの、硬くて重いものを無理やり破壊しつつ身体への損傷は避けたい時には重宝する霊術だ。
そう、たとえば重量数千斤はあろうかという金属製の猪を思いきり打撃する時などに。
「せーの」
碧燈が告げて、同時に間合い。
猪の頭を碧燈は下から上に殴り飛ばして、そして天茜は上から下に殴りつけた。
拳の先に展開した《駆動装甲》の平面に、機巧自在の頭部はプレス機さながら上下から挟みこまれる。猛烈な圧力に瞬時に屈した頭部が紙風船のようにくしゃりと潰れ、胴体深くに置かれていた制御系が回路短絡で沈黙。
首を失った胴体があっけなく、鈍い地響きで倒れ伏す。
捨ておいて、碧燈は双子の兄を振り返った。
「ちょ、天茜! せーのって言ったのになんで合わせねぇで打ち下ろしてるんだよ! こういう時は華麗に打ち上げとくもんだろ!?」
天茜は眉をひそめる。
「打ち下ろしを合わせるからそう言ったんじゃなかったのか、碧燈。というか打ち上げてどうするんだ。周りのビルにでもぶつかったら危ないだろ」
せーのとか言っておいて、ぜんぜん意思の疎通は図れていなかった。
焦げくささを漂わせる残骸を前に、二人はいつものように睨みあう。
想定外の方向から打撃を加えられたせいで、お互いちょっと痛かったのである。
「く……くそぉおおおおおっ!」
そして二人がいつもの睨みあいなど出来てしまうくらい、またしても悠長に驚愕などしていた蜥賊どもがようやく、それぞれの凶器を構えた……やはり所詮は、安く使われて切り捨てられる程度の人間だ。弱者に一方的な暴力を振るうことはできても、戦闘には──強者同士の暴力の応酬にはまるで向いていない。
汎用機関銃で片腕を置き換えた、両の上腕と大腿から短機関銃をせり出させた、小型の迫撃砲をなぜか背部にマウントした蜥賊が照準を向ける。巨大な杭打機でひときわ歪な腕をした巨漢が蒸気を噴きあげて迫る。
次の瞬間、まずは汎用機関銃と迫撃砲が、使い手の金属の手足と共に宙を舞った。
「……え?」「は?」
ついで杭打機の巨漢が舗装に亀裂を入れて轟沈。もぎ取られた杭打機が、巨漢自身の肩口を串刺しにして縫い留める。──釼の一閃で沈めたのが天茜で、力任せにもぎ取ったのが碧燈だ。炸薬式の杭打機を作動もさせず、膂力だけで舗装ごと貫通させたのも。
八重の術師の身体は、霊術強化無しの素手のみでヒグマや虎をねじ伏せる性能を基本として設計されている。
雄牛の頑強な頭蓋骨をも一撃でへし折るヒグマの膂力、三百斤もの自重ながら一跳びで象の背骨に喰らいつく虎の俊敏をも上回る、最新生体工学の頂点捕食者が八重の術師だ。手足を武装化した程度の機械強化者などは鈍重な獲物でしかない。
まして骨格表面の《身体強化》の霊術陣を稼働させた戦闘解放状態とあっては。
はっきり怯えた顔で後ずさりつつ、短機関銃の蜥賊がようやく乱射。
至近距離の九ミリ弾の嵐を、いっさい無視して二人は残党どもに迫る。霊力量の極めて多い八重の術師は〝常在防護〟──纏った霊力の層だけで電磁加速狙撃銃の至近弾を弾く。解放状態の今なら装束と体表の防護霊術も合わせ、戦艦の四〇センチ連装砲の直撃さえ防ぎきる。短機関銃の拳銃弾など、豆鉄砲どころか紙鉄砲だ。
短機関銃の蜥賊その他が、なす術もなく打ち倒されて地に伏せる。
くっ、殺せえぇ! だのと巨漢(ではなくどうも女性らしかった)が喚く中、──最後の数人が非人情にも運転席に逃げこみ、そのままトラックを急発進させて逃走に移った。
「あっと」「右衛門府通信本部、軽機十三小隊支援班です。無力化した蜥賊の回収を」
軽機十三小隊が向かっています、との応答を確認し。
「了解。軽機十三支援班は残党を追跡します」
二人もまた地を蹴った。
獣のように低い姿勢で、強烈な踏みこみで舗装を割って。足跡の形のひび割れを背後に点々と残し、逃走するトラックに猛然と追いすがる。
サイドミラー越しの蜥賊の顔が血の気を失い、必死の形相でどうやらアクセルをベタ踏み。ぐんぐん加速してやがて全速に達するが、追跡する二人は振りきらせない。ばかりか次第に距離を縮めていく。
ビルを足場に駆けあがった碧燈がトラックの進路上に回りこみ、目的の交差点で進路を変えさせる。トラックにぴったり追随して天茜が追いあげ、運転手にプレッシャーを与え続ける。言葉も交わさず、けれど息の合った連携で、二人はトラックを追いこんでいく。
子供の頃、兄弟たちとの鬼ごっこで培った連携の要領だ。おとなげなくも空中を足場に逃げる先代踏破方の姉以外に、追いつめられない相手なんかいなかった双子の弟との連携。
懐かしい記憶についつい楽しくすらなってきながら、天茜は通信の向こうの相手に問う。戦闘用の機械強化者は、機械の四肢を壊したくらいでは死なないとはいえ。
「祭花、さすがにトラックごと止めるとなると殺しかねないから任せたい。状況は?」
「ポジション確保。装備展開には二〇秒」
一時接収した集合邸宅の一室、そのベランダで祭花は応じる。
襲撃現場には、ビルすら無視した最短経路を進める八重の術師に先行してもらい、すぐに壊乱するだろう蜥賊をまとめて確保するための伏撃地点である。祭花が有する軽装機動隊最大の火力は、急行したその場での即時展開にはあまり向いていないのだ。
なお軽機十三小隊本隊は地上から天茜たちに追従していったのだが、到着したらもう回収任務しか残ってなかったと現在、しょんぼり意気消沈中である。
〈飛蝗〉は分散して〈裾野〉の各地を襲撃していて、一帯での捕り物にこの集合邸宅の自衛外構も作動している。が、高層階のここは敷地外周の鋼板に射線を遮られることはない。
「ピカ=ピカ。観測演算の一番、二番を終了」
「了解、祭花。武装格納亜空間・一番、二番、解放します」
祭花の周囲で空間が『開く』。
虚空から滲み出るように現れるのは、装甲を持たない軽量級強化外骨格だ。
駆動系を内蔵した金属骨格系が祭花を背後から抱きすくめ、また手足に強靱な植物の蔓のように寄り添う。強化外骨格自身と兵装の全重量を支える背部骨格から、駐鋤が一対、展開されて兵装の強烈な反動に備えた。
妖艶で獰猛な上﨟蜘蛛か、異国の神話の凜々しい半人半馬めいたシルエットの傍らで、それほどの備えを必要とするもう一つの装備が姿を現す。
祭花の身長を頭二つ分も越える、槍のように長大な銃身。大口径を示して冗談のように分厚い弾倉と、その大口径弾を吞みこむ頑強な機関部。付属する大出力の冷却装置と蓄電装置。
両腕の外側を覆う主腕、背部骨格から伸びる副腕がその桁外れの長銃を保持し、部品が嚙みあって固定。左目前に降りたバイザーがメッセージを表示する。
『十一式:兵装認識。強化外骨格〈十一式〉、電磁加速対物狙撃銃〈八郎〉、正常起動』
『十一式:姫御前・祭花。今宵もご機嫌麗しう。良き狙撃月夜にござりまするな』
『八郎:銃身冷却開始。銃弾装塡。認識・徹甲弾』
『十一式:外部環境情報の取得を開始。完了。火器管制系補正。完了』
『八郎:銃身冷却完了。最終安全装置解除。トリガ解放』
「射撃準備完了。──天茜、碧燈、いつでもいいよ」
了解、と通信を経由して天茜が応答。祭花の眼下、交差点の手前に設定した射撃ゾーンに向かって目標のトラックを追いこんでいる二人。