ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

一 ⑩

 同僚の凜(りん)雪(ぜつ)が操作する鳶(とび)型(がた)機巧自在(からくりじざい)から観測情報が共有。バイザーに表示される輝(ブリ)点(ツプ)の進行を見やり、到達予定を確認した。──一五秒後に射撃ゾーンに進入。

 背後のリビングでは、封鎖担当の人型使役(ハシタ)衛(え)士(じ)の斑(まだ)牙(らき)の向こうに住人一家と近隣住民が群れていて、上下階のベランダにも人が鈴なりだ。幼い兄妹(きようだい)が目をきらきらさせて祭(まつ)花(りか)の『変身』を見つめているのに、祭(まつ)花(りか)は笑って小さく手を振った。兄妹(きようだい)がきゃーっと高い声をあげ、二人を抱える両親が、衛(え)士(じ)さんにお邪魔だから静かになさいと優しくたしなめる。

 子供二人くらいなら飛びつかれたって〈十一式〉の緩衝系(アブソーバ)・姿勢維持系(スタビライザ)は受けとめるし、周りできゃあきゃあ言われたくらいで気が散るような鍛錬はしてないんだけど。

 と、苦笑ぎみに思うけれど口には出さない。

 今度は両親にじゃれついている幼子たちの、愛情たっぷりに育てられた翳(かげ)りのない笑顔を羨ましく感じてしまう幼い自分も、今は邪魔だと追いやった。

 鳶(とび)型(がた)機巧自在(からくりじざい)〈金鵄(きんし)〉から目標接近の連絡。ガソリンエンジン特有の咆哮(エキゾースト)が耳に届く。

 軽く息を吸い、長く細く吐いた。

 そのように絞りこまれた集中力が、即座に周囲の全てを意識の外に追いやった。

 祭(まつ)花(りか)と〈八郎〉、そして目標のトラックだけが、何もない世界に取り残される。

 時間はひどく、遅く進む。低い排気音が、タイヤの悲鳴が、大気を伝わる振動が、目標の挙動と一瞬後の環境の変化をあますところなく祭(まつ)花(りか)に伝える。

 ああ、風が来る。タイヤが空転して横滑りする。

 銃身を微動させて照準を調整。〈十一式〉の火器管制系(FCS)には自動で姿勢を制御し、照準を補正する機能もあるが、ここまでの予測はできないので祭(まつ)花(りか)は自動照準補整はオフにしている。

 イメージした射線に自ら飛びこむように、トラックは進みくる。倍率の高いスコープには入らない。けれど今。

 羽のように極限まで軽くしたトリガを、そのとおりにごくわずかに絞った。

 撃ち下ろされた徹甲弾がまっすぐに、トラックのエンジンをぶち抜いた。

 機械類の詰まったエンジンは非(ソフ)装(トス)甲(キン)の車輛(しやりよう)で唯一、生半な銃弾には貫徹されない頑強な部位だが、対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)の一二・七ミリ徹甲弾はその生半の範疇(はんちゆう)にはない。まして極めて弾速の速い電(レ)磁(ー)加(ル)速(ガ)銃(ン)だ。ひとたまりもなくエンジンは破壊され、トラックは無力に停止する。

 衝撃でひん曲がった運転席の扉が開き、まろび出た蜥賊(トカゲ)どもがへたりこむ。街路で待ち構えていた衛(え)士(じ)たちが即座に駆け寄り、機械強化者(シンヤ)用(よう)の電気刺(さす)又(また)でてきぱきと取り押さえた。

 トラックを追いこんできた碧燈(あおひ)と天茜(あかね)は、その様子に目を丸くしたようだ。


『すっげ、一発』

『そのうえ無傷か。対下法士(げほうし)装備の電(A)磁(М)加(レ)速(ー)狙(ル)撃(ガ)銃(ン)を使う以上、衛門府(えもんふ)としても多少の負傷は許容範囲なのかと思っていたんだが』


 ふぅっと息を吐いて集中を解いて、祭(まつ)花(りか)は微笑(ほほえ)んだ。

 術師の彼らを驚かせることができたのが、誇らしくそして嬉(うれ)しくて。


「衛門府(えもんふ)の基本は捕縛であって現場処刑じゃないもの。それに下法士(げほうし)を狙撃するならトラックなんかよりもっとずっと的が小さいんだから、これくらいは簡単だよ」


 霊力を纏(まと)う二華(ふたえ)は、その霊力が防壁となるから火器の類(たぐい)にめっぽう強い。軽装機動隊には最強の想定敵である堕(だり)竜(ゆう)講(こう)の下法士(げほうし)など、電(A)磁(М)加(レ)速(ー)狙(ル)撃(ガ)銃(ン)でようやく制圧に足る衝撃を与えられるほどその防護は強靱(きようじん)だ。……本来、対人用には威力過剰だから対物火器というのだが。


『右衛門府通信本部へ(ウミネコHQ)、軽機十三小隊長より(エナガ一三一)。軽(ウ)機(ミ)十(ネ)三(コ)小(一)隊(三)は制圧を完了』

『通信本部(ウミネコHQ)了解。未制圧の〈飛蝗〉実働部隊(サバエ)はサバエ五のみ』


 との、報告と応答が聞こえたタイミングで遠くから〈八郎〉の連射音、あと連続射撃で制御AIのテンションがあがる謎のバグを持つ〈十一式〉の蛮声(ヒャッハ──────ッ!!)。ややあってその未制圧の蜥賊(サバエ五)を迎撃した第十四小隊からの制圧完了報告。

 予告状を囮(おとり)にした集合邸宅(ゲーテツドマンシヨン)襲撃、を更に囮(おとり)にした〈家〉襲撃を、ちょうどその〈家〉付近に配置されていたのでそのまま迎撃した小隊である。ので、〈十一式〉も〈八郎〉もばっちり展開ずみだった。


『あー、軽機十四小隊支援班(ヤブサメ一四)だ。……聞いてくれ、俺も舞(まい)孔(くじ)雀(やく)も何もしてないぞ。やたら出てきた戦闘用機巧自在(からくりじざい)も機械強化者(シンヤ)も、全部衛(え)士(じ)が狙撃して倒した』

『数(数)千(ト)斤(ン)級の軽戦闘用機巧自在(からくりじざい)はともかく、人間サイズを無誘導で全弾命中ってなんだ?』


 ついでにその第十四小隊と協同した術師ペアが、半ば呆(ぼう)然(ぜん)と天茜(あかね)と碧燈(あおひ)にぼやいている。

 そうは言っても街中でせいぜい百丈(三百メートル)先の人(ヒユ)間(ーマ)サ(ンタ)イ(ーゲ)ズ(ツト)、軽装機動隊の選抜射手(マークスマン)なら必中が当然だし、術師ならもっと遠い標的だって霊術で仕留めるのだろうにと祭(まつ)花(りか)は思う。


『──祭花(エナガ一三七)』「うん、凜雪(スズガモ二一六)。見えた」


 応じるや〈八郎〉の長大な銃身を旋回、トリガ。三令里(一・五キロ)ほど先の汚れた夜空で、〈金鵄(きんし)〉が検知した小型飛行物体が墜落する手ごたえ。

 銃口の減光器(フラツシユハイダー)にかき消されてなお眩(まぶ)しいアーク放電の閃(せん)光(こう)と強烈な銃声に、慣れている衛(え)士(じ)仲間はせいぜい視線をよこした程度だったが天茜(あかね)と碧燈(あおひ)はぎょっとした様子で振り仰いだ。ここからでは豆粒みたいなその二人に、祭(まつ)花(りか)はひらひらと手を振る。


「多分、〈飛蝗(ヒコウ)〉の観測兼指揮中継機。飛行経路未申請だし動きも不自然だし、その割に光る部品がそのままなんてやっぱり素(しろ)人(うと)だよね」


 光を発するものは、特に夜間は非常に目立つ。だからこそ申請漏れの配達業者の回転四翼機(クアツド)あたりなら警告灯と広告で派手に光るし、射落とした小型機のように延々と一か所を旋回してもいない。衛門府(えもんふ)も警察も申請のない小型無人機は問答無用で撃墜するから(有人機サイズなら軍の戦闘機が緊急(スクラ)発進(ンブル)してもっと大(おお)事(ごと)になる)、申請忘れ自体まずありえないのだし。

 ので、見事な鳳蝶(あげはちよう)でも捕まえたかのような屈託のなさで祭(まつ)花(りか)は言う。より高速の蜻蛉(トンボ)を捕らえたわけでもないから得意げというほどでもない、無邪気な子供の喜びで。


「今の機巧自在(からくりじざい)を操作してた蜥賊(トカゲ)がいるはずだから、一緒に回収に行ってくれる?」


 帝都・封(シー)印(ルド)大(・テ)森(ラリ)林(ウム)。

 南北幅二十令里(十キロメートル)、東西の幅は百令里(五十キロ)にもなる、帝都大改造で作られた人工森林である。

 管理担当者以外は立入禁止の場所だが、文字どおりに千古(せんこ)、斧(おの)の入らぬこの森は今や人間がまともに歩ける場所でもない。絡(から)みあって厚く地を覆い、足を捉える無数の根と下草。鬱(うつ)蒼(そう)と重なって行く手も視界も阻(はば)む藪(やぶ)と蔓(つる)と枝と葉叢(はむら)。陽光と大地を奪いあい、締めあげ、引き倒し、覆いかぶさることで殺しあう草木が、そのまま人間にも牙を剝(む)いたかたちだ。

 樹冠が厚く重なりすぎて星も見えない、それでいて夜行性の生き物の気配が無数にうごめく、無明の夜の封印森林(シールド・テラリウム)で。


「おっ、いたいた」「これは……大丈夫か……?」


 人の背丈ほどもある笹(ささ)藪(やぶ)の中、倒れ伏した痩軀(そうく)の青年を見つけて碧燈(あおひ)と天茜(あかね)は覗(のぞ)きこむ。

 祭(まつ)花(りか)が撃墜した機巧自在(からくりじざい)の操作者であり、監視網が捕捉した〈飛蝗(ヒコウ)〉の最後の一人。〈銅猪(あかがねじし)〉のコンテナ群を蜥賊(トカゲ)どもに受け渡していた、〈飛蝗(ヒコウ)〉首領と目される人物だ。

 機械強化者(シンヤ)のトラックと別れたのち、封印森林(シールド・テラリウム)に進入する様子がやはり監視カメラに捉えられていたので、そのまま潜伏しているものと推測されていたのだが。

 首領は白目を剝(む)いて細かく痙(けい)攣(れん)していて、情(ネ)報(ツ)界(ト)接続素子経由で操作していた機巧自在(からくりじざい)がいきなり撃墜されたために何か良くない刺激が脳に跳ね返ったらしい。