ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

一 ⑪

 こういうことになるから──誤作動や過負荷の危険があるから、正規規格の接続素子を含めBМIブレイン・マシン・インタフエースは入力・出力端子のいずれも頭蓋骨に設けられ、脳実質には接触しない仕組みになっているのだ。特に脳への情報入力は、外部刺激を電気信号に変換する感覚器官か、その電気信号を伝達する感覚神経を流用した方がてっとりばやいのだし。

 が、それを政府の束縛や監視目的と捉える人間はしばしば、脳内への接続素子増設だの機械脳増設だのを図っては感染や金属中毒、こうした交戦時の過負荷で自滅するのである。

 まあ、接続素子経由の電子情報界ウエブネツトワーク上の行動監視は実際、しているのだが。

 その監視結果も含め、国民全員の最新容姿から経歴から遺伝的素質から賞罰履歴から、ありとあらゆる情報が記録更新されている、とうせいいんの国民データベースを参照して顔写真と首領の顔を照合。ついでに経歴も確認する。──元は〈裾野すその〉の大企業の技術者だが退職、失踪。以降はうらかりゆうがいにて機械強化者シンヤ専門の闇医者を営む。


「その裏で客丸めこんでだりゆうこうに引き入れて、ちまちま機巧自在からくりじざい作ってたってわけか」

「元技術者なら充分に可能だろうな。そもそもどうして裏社会にちたのかは不明だが」


 ちょうどそのタイミングで、首領がうわごとをこぼした。

 無意識に二人の会話が聞こえたのかもしれない。


「僕は〈めぐ〉に裁きを……不正で僕の上に立ったやつらに膺懲ようちようの一撃を下すんだ……」


 碧燈あおひ天茜あかねは顔を見合わせた。


「あー、そういう」「要するに元〈めぐ〉の同僚かなにかに負けたわけか」

めぐ〉とは優秀な人材を再生産する政府の施策であり、才能ある人間だけが遺伝上の親に選ばれている、といううわさが臣民社会ではまことしやかにささやかれているのだ。他にも典薬省てんやくしようの遺伝子操作実験だの、真の八千穂国やちほのくにじんの遺伝子を根絶やしにする朝廷の陰謀だの。

 こっちはさすがにそんなわけあるかというか、真の八千穂国やちほのくにじんってなんなんだよというか。


「ともあれ、これだけ口がけるなら情報源には問題ないな」

「だな。そんならきっちり持って帰らねえと……」


 言いさしてはたと碧燈あおひは、それで気づいて天茜あかねも、倒れ伏したままの首領を見やった。

 まだ背の伸びきらない二人よりも背の高い、意識のない成人男性一名。


「……天茜あかね。もしかして、偶然〈月滴子げつてきし〉持ってたりとかしないよな?」

「持ってるわけないだろ、他の官司かんしの備品だぞ。どんな偶然があればそうなるんだ」


 強化された動体視力と思考速度を無駄に駆使した厳正なるじゃんけん勝負の結果、碧燈あおひかつぐことになった。

 の術師の膂力りよりよくからすれば重くはないが、垂れた手足が邪魔な意識不明者一名を肩にかつぎあげて碧燈あおひがふと口の端を下げる。首領をこのように、一発で行動不能にしたまつりかの狙撃は。


「……三令里一・五キロくらい先だったよな?」

「三りようり先の一尺三十センチサイズの機巧自在からくりじざいを、無誘導で一発必中はおかしいだろう……」


 を超える狙撃は横風や空気密度の差、銃弾自身の回転などで弾道が大きくれるため難度が高い。それくらいは二人も知っている。加えて三令里もの長距離を移動するには、弾速の極めて速いでも半秒はかかる。それだけあれば目標は──揚力確保のためにそれなりに高速の航空機械は、元の場所からまったく移動してしまう。

 二人に限らず、現代の戦闘職の術師ならば間違いなく誘導式かつ軌道変更可能な砲撃系霊術を使う距離で目標だ。無誘導の上にほぼ直線を描く低伸弾道の銃弾で、どうして撃墜できるのか天茜あかねにも碧燈あおひにもさっぱりわからない。

 まつりかが飛行型機巧自在からくりじざいを撃墜した際、二人が戦慄していたのはこのことだったのだが、どうも当のまつりかは気づいてもいなかったようだ。彼女にとっては当たり前の成果で、だから驚くことでもないのだろう。それがまた天茜あかね碧燈あおひには信じがたい。

 だいたい首領を探す時も、封印森林シールド・テラリウムの地図を見ただけで「ここか、ここか、あとはこの辺りにいると思う」と平然と絞りこんで。地形からして人間が進むならどうこうで、無線通信を良好に保つなら方角からして植生がなんたら。とりあえず森林内の精霊に居場所をいて回ればいいかと雑な考えでいた二人には、もう口を挟む余地すらなかった。

 なるほど、まだ新人のまつりかが精鋭部隊である軽機動隊に配属されて、そしてヤエブキ機関との協同にも選ばれたのだろうと改めて天茜あかねは悟る。

 それだけの技量を備えた彼女のけんさんと、決意と悲哀の深さを思った。

 父君の死を。


「あっ、いたの? こんなささやぶのど真ん中で、こんなにすぐによく見つけたねぇ……!」


 途中で待機状態の〈銅猪あかがねじし〉その他の機材を見つけ、確認に残っていたまつりかが二人の踏み跡を追ってがさがさとやってきて、それから驚嘆の顔で見通しゼロのささむらを見回した。

 獣道しかなく星明かりも入らないほぼ原始の封印森林シールド・テラリウムの夜は、精霊の声を聞き、霊力探査の可能な二華ふたえでもなければ迷うし獣に襲われるしで危険なため、術師の天茜あかね碧燈あおひ行動班スリーマンセルを組むまつりかとで回収に来た次第である。

 感嘆にきらきらした目を向けられるから、天茜あかねが覚えた戦慄は淡雪のように消えてしまう。

 無意識に笑い返していた。


「あらかじめ捜索範囲を絞りこんでもらってたから。ずいぶん助かった」


 事実である。精霊は生まれた環境からは大きく移動できないため、これだけ広大な森の中から人一人を探しだすにはそれなりに聞きこみの手間がかかる。また霊圧の小さな一咲ひとえは、の術師ほどの霊的感知能をもつてしてもごく近距離でしか探知できない。


「えへへ。でも実際きてみたら、ちょこちょこ予測と違うところはあったんだけど」


 照れて謙遜しつつもまつりかは得意そうだ。かたわらの碧燈あおひか半眼で黙りこくっていて、まつりかの頭の上のピカ=ピカもあさっての方につぶらな目を向けている。

 ところで。


「……まつりか

「なぁに?」

「肩に虫が」


 それも夜行性でやたらと逃げ足が速くて、本来の生息地はこうした森の落葉おちばなどの下だから平べったい体の、……ご家庭ではにかぶりつくことから名のついた例のアレが。

 どうでもいいが黒ではなく赤っぽい色の、八千穂国やちほのくに在来種である。本当にどうでもいいが。

 視線を追ってまつりかは肩口に目を落とし、状況の理解を脳が拒んだようで一瞬硬直する。


「──ひゃあぁっ!?」


 そんでもって悲鳴をあげた。一応夜の森の中なので、どうにか押し殺した短い叫びで。

 跳びあがりたいのも懸命に我慢して、涙目で訴えてくる。


「あ、あ、あ、天茜あかねぇ……」


 これで察せないほど、天茜あかねも鈍くはなかった。

 彼自身は虫など平気なので(実は結構、山育ちなのだ)指摘がてら払ってやろうという軽いいたずら心だったのだが、……これは相当に嫌いらしい。黙って取ってやればよかった。


「……すまない。取ろうか?」

「お願いぃいいいい……」


 すがりつかんばかりのまつりかと、なにか大きな生き物に乗ってしまったと気づいてあたふたしているくだんの虫に、間違っても潰さず、かつ逃がしもしないように天茜あかねは慎重に手を伸ばす。まかり間違って位袍いほうの中にでも逃げこまれたら大惨事だ。

 それにしたってあんまり真っ青になって凍りついているのに、天茜あかねはおかしくなる。つい先ほど、戦鬼せんきめいた射撃を披露した選抜衛士マークスマンとはとてもではないが思えない。


「そんなに苦手なのか? 虫」

「そ、狙撃ポジションなら集中してるから気にならないし、そうじゃなくても蝶々ちようちよとかは平気なんだけど、これは駄目ぇえ……! あと足がいっぱいあるのも嫌ぁあああ……!」


 具体的には、彼女の後ろのささの葉に張りついてるでっかいゲジゲジみたいなやつか。

 と、思ったが指摘はしなかった。多分、現時点で限界ギリギリのまつりかは今度こそ泣きだす。

 泣かせるのはなんだか、こんな些細ささいなことでも良くない気がした。


「ん。取れた」

「あっ、ありがと……」


 衝撃と安堵あんどにへたりこみかけて、天茜あかねが投げ捨てたアレの同族がうろうろしているだろうことに気がついてまつりかは目の前の天茜あかねすがりつく。咄嗟とつさに支えてやろうとして、天茜あかねは虫を払った方の手の所在に思案する顔になった。

 一部始終をつい見守ってしまった碧燈あおひはぽつりとつぶやく。


「てか、別に天茜あかねが取らなくってもピカ=ピカが払ってやりゃよかったんじゃねえの?」