こういうことになるから──誤作動や過負荷の危険があるから、正規規格の接続素子を含めBМIは入力・出力端子のいずれも頭蓋骨外に設けられ、脳実質には接触しない仕組みになっているのだ。特に脳への情報入力は、外部刺激を電気信号に変換する感覚器官か、その電気信号を伝達する感覚神経を流用した方がてっとりばやいのだし。
が、それを政府の束縛や監視目的と捉える人間はしばしば、脳内への接続素子増設だの機械脳増設だのを図っては感染や金属中毒、こうした交戦時の過負荷で自滅するのである。
まあ、接続素子経由の電子情報界上の行動監視は実際、しているのだが。
その監視結果も含め、国民全員の最新容姿から経歴から遺伝的素質から賞罰履歴から、ありとあらゆる情報が記録更新されている、統制院の国民データベースを参照して顔写真と首領の顔を照合。ついでに経歴も確認する。──元は〈裾野〉の大企業の技術者だが退職、失踪。以降は裏歌流街にて機械強化者専門の闇医者を営む。
「その裏で客丸めこんで堕竜講に引き入れて、ちまちま機巧自在作ってたってわけか」
「元技術者なら充分に可能だろうな。そもそもどうして裏社会に堕ちたのかは不明だが」
ちょうどそのタイミングで、首領がうわごとを零した。
無意識に二人の会話が聞こえたのかもしれない。
「僕は〈愛し子〉に裁きを……不正で僕の上に立った奴らに膺懲の一撃を下すんだ……」
碧燈と天茜は顔を見合わせた。
「あー、そういう」「要するに元〈愛し子〉の同僚かなにかに負けたわけか」
〈愛し子〉とは優秀な人材を再生産する政府の施策であり、才能ある人間だけが遺伝上の親に選ばれている、という噂が臣民社会ではまことしやかに囁かれているのだ。他にも典薬省の遺伝子操作実験だの、真の八千穂国人の遺伝子を根絶やしにする朝廷の陰謀だの。
こっちはさすがにそんなわけあるかというか、真の八千穂国人ってなんなんだよというか。
「ともあれ、これだけ口が利けるなら情報源には問題ないな」
「だな。そんならきっちり持って帰らねえと……」
言いさしてはたと碧燈は、それで気づいて天茜も、倒れ伏したままの首領を見やった。
まだ背の伸びきらない二人よりも背の高い、意識のない成人男性一名。
「……天茜。もしかして、偶然〈月滴子〉持ってたりとかしないよな?」
「持ってるわけないだろ、他の官司の備品だぞ。どんな偶然があればそうなるんだ」
強化された動体視力と思考速度を無駄に駆使した厳正なるじゃんけん勝負の結果、碧燈が担ぐことになった。
八重の術師の膂力からすれば重くはないが、垂れた手足が邪魔な意識不明者一名を肩に担ぎあげて碧燈がふと口の端を下げる。首領をこのように、一発で行動不能にした祭花の狙撃は。
「……三令里くらい先だったよな?」
「三令里先の一尺サイズの機巧自在を、無誘導で一発必中はおかしいだろう……」
二令里を超える狙撃は横風や空気密度の差、銃弾自身の回転などで弾道が大きく逸れるため難度が高い。それくらいは二人も知っている。加えて三令里もの長距離を移動するには、弾速の極めて速い電磁加速銃でも半秒はかかる。それだけあれば目標は──揚力確保のためにそれなりに高速の航空機械は、元の場所からまったく移動してしまう。
二人に限らず、現代の戦闘職の術師ならば間違いなく誘導式かつ軌道変更可能な砲撃系霊術を使う距離で目標だ。無誘導の上にほぼ直線を描く低伸弾道の銃弾で、どうして撃墜できるのか天茜にも碧燈にもさっぱりわからない。
祭花が飛行型機巧自在を撃墜した際、二人が戦慄していたのはこのことだったのだが、どうも当の祭花は気づいてもいなかったようだ。彼女にとっては当たり前の成果で、だから驚くことでもないのだろう。それがまた天茜と碧燈には信じがたい。
だいたい首領を探す時も、封印森林の地図を見ただけで「ここか、ここか、あとはこの辺りにいると思う」と平然と絞りこんで。地形からして人間が進むならどうこうで、無線通信を良好に保つなら方角からして植生がなんたら。とりあえず森林内の精霊に居場所を訊いて回ればいいかと雑な考えでいた二人には、もう口を挟む余地すらなかった。
なるほどだから、まだ新人の祭花が精鋭部隊である軽機動隊に配属されて、そしてヤエブキ機関との協同にも選ばれたのだろうと改めて天茜は悟る。
それだけの技量を備えた彼女の研鑽と、決意と悲哀の深さを思った。
父君の死を。
「あっ、いたの? こんな笹藪のど真ん中で、こんなにすぐによく見つけたねぇ……!」
途中で待機状態の〈銅猪〉その他の機材を見つけ、確認に残っていた祭花が二人の踏み跡を追ってがさがさとやってきて、それから驚嘆の顔で見通しゼロの笹叢を見回した。
獣道しかなく星明かりも入らないほぼ原始の封印森林の夜は、精霊の声を聞き、霊力探査の可能な二華でもなければ迷うし獣に襲われるしで危険なため、術師の天茜と碧燈、行動班を組む祭花とで回収に来た次第である。
感嘆にきらきらした目を向けられるから、天茜が覚えた戦慄は淡雪のように消えてしまう。
無意識に笑い返していた。
「あらかじめ捜索範囲を絞りこんでもらってたから。ずいぶん助かった」
事実である。精霊は生まれた環境からは大きく移動できないため、これだけ広大な森の中から人一人を探しだすにはそれなりに聞きこみの手間がかかる。また霊圧の小さな一咲は、八重の術師ほどの霊的感知能を以てしてもごく近距離でしか探知できない。
「えへへ。でも実際きてみたら、ちょこちょこ予測と違うところはあったんだけど」
照れて謙遜しつつも祭花は得意そうだ。傍らの碧燈は何故か半眼で黙りこくっていて、祭花の頭の上のピカ=ピカもあさっての方につぶらな目を向けている。
ところで。
「……祭花」
「なぁに?」
「肩に虫が」
それも夜行性でやたらと逃げ足が速くて、本来の生息地はこうした森の落葉などの下だから平べったい体の、……ご家庭では食器にかぶりつくことから名のついた例のアレが。
どうでもいいが黒ではなく赤っぽい色の、八千穂国在来種である。本当にどうでもいいが。
視線を追って祭花は肩口に目を落とし、状況の理解を脳が拒んだようで一瞬硬直する。
「──ひゃあぁっ!?」
そんでもって悲鳴をあげた。一応夜の森の中なので、どうにか押し殺した短い叫びで。
跳びあがりたいのも懸命に我慢して、涙目で訴えてくる。
「あ、あ、あ、天茜ぇ……」
これで察せないほど、天茜も鈍くはなかった。
彼自身は虫など平気なので(実は結構、山育ちなのだ)指摘がてら払ってやろうという軽いいたずら心だったのだが、……これは相当に嫌いらしい。黙って取ってやればよかった。
「……すまない。取ろうか?」
「お願いぃいいいい……」
縋りつかんばかりの祭花と、なにか大きな生き物に乗ってしまったと気づいてあたふたしている件の虫に、間違っても潰さず、かつ逃がしもしないように天茜は慎重に手を伸ばす。まかり間違って位袍の中にでも逃げこまれたら大惨事だ。
それにしたってあんまり真っ青になって凍りついているのに、天茜はおかしくなる。つい先ほど、戦鬼めいた射撃を披露した選抜衛士とはとてもではないが思えない。
「そんなに苦手なのか? 虫」
「そ、狙撃ポジションなら集中してるから気にならないし、そうじゃなくても蝶々とかは平気なんだけど、これは駄目ぇえ……! あと足がいっぱいあるのも嫌ぁあああ……!」
具体的には、彼女の後ろの笹の葉に張りついてるでっかいゲジゲジみたいなやつか。
と、思ったが指摘はしなかった。多分、現時点で限界ギリギリの祭花は今度こそ泣きだす。
泣かせるのはなんだか、こんな些細なことでも良くない気がした。
「ん。取れた」
「あっ、ありがと……」
衝撃と安堵にへたりこみかけて、天茜が投げ捨てたアレの同族がうろうろしているだろうことに気がついて祭花は目の前の天茜に縋りつく。咄嗟に支えてやろうとして、天茜は虫を払った方の手の所在に思案する顔になった。
一部始終をつい見守ってしまった碧燈はぽつりと呟く。
「てか、別に天茜が取らなくってもピカ=ピカが払ってやりゃよかったんじゃねえの?」