ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

二 ②

「あの冗談未満の設計案が通って製造も量産も承認されてる以上、提案した陰陽方おんみようがためなかったれきがたてんもんがたこくがたも、承認した陰陽頭うらのかみさままで全員バカに変わりはないだろ」

「そのうえ毎日苦情いれられても一切改善しないんだから、いい根性してるよなー……」


 折しも陰陽寮おんみようりようの殿舎あたりでは庁舎間伝書幻獣〝チヨロー〟の「一筆ぴつぴちゆ啓上けいちよう仕りちゆかまちゆちちよろ!」が高らかに響き渡ったところだ。それも一だけではなく繰り返し。

 重要扱いの紙の書類で苦情を入れられるくらい、全官司かんしから嫌がられているらしい。

 なおチヨローの書類到着時としては間違った口上は改造元の頰白鳥ほおじろに由来するもので、舌足らずなのは仕様である。改造生体げんじゆう作成を一手にになてん薬省やくしようのこだわりポイントだそうだ。

 すっかりあきれた眼差まなざしで、まつりかとピカ=ピカはその光景を眺める。

 御所って、皇京おうきようってもしかして。外から見て憧れてたよりもだいぶ……ダメかも。

 今日もおんみようじどもに適当にあしらわれた小鳥が、突っ返された苦情を抱えてしおしおと自庁に戻ったあたりでようやく、三人と一は気を取り直してがやがやとソファセットに座った。


「ええと。まず。──だりゆうこう征伐使せいばつしの結成と投入が正式に決定されました。よって、左右衛門えもんは改めて〈八重山吹ヤエヤマブキ〉への協同・補佐を宣言します」


 右衛門府うえもんふの使いの一人として、姿勢を正してまつりかは言う。征伐使せいばつしを最終的に承認するのは高位おうぞくから成る御前ごぜん会議かいぎで、ヤエブキ機関はその御前会議ごぜんかいぎの直属だ。当然知っていたのだろう天茜あかねがうなずき、忘れていたらしい碧燈あおひが、あ、そうだったとか言った。


「参加官司かんしは他に警察、呪禁寮じゆごんりようはら使えしみつむしようで、国軍は今回不参加。捜査は衛門府えもんふと警察、みつむしようが担当して、霊術官司かんしには術師戦力が必要な時に出動してもらうことになります。鎮圧とか突入とか制圧とか。……そのうちそっち忙しくなるから、覚悟しといた方がいいよ」


 げそっとつけ加えたまつりかに、天茜あかねが笑う。


衛門府えもんふはだいぶ忙しそうだな」「おかげさまでね……」

スミゾメ〉をきっかけに全国のだりゆうこうが一気に動きだし、……激増した活動量と通信量を捜査機関の捜査網と朝廷の監視網に捕捉されて一気に逮捕されまくっているのだ。

 余談だが、こういう時のだりゆうこうの連絡手段は古式ゆかしい書状の手渡しである。電子情報界ウエブネツトワークみつむしようの監視下で、当然各種メッセージサービスも検閲されているので。


「〈スミゾメ〉出現までの十日程度で、テロを実行しようとすればそれは無理も出るか」

「捕まった蜥賊トカゲの自供で、芋づるにされると思って動く連中も出てくるしね。……それで、」


 ずいとまつりかは身を乗りだした。


「そんなだから、これからは忙しくなるだろうから。……よければそうなる前に、少し帝都を見て回らない? 今日この後はわたし時間空けてあるから、案内するよ」


 二人には初日以来、暇を見て皇京おうきようを案内してもらっているのである。お返しをしたい。

 けれど天茜あかねは気まずげな顔をした。


「ありがたいが……悪い。今日は俺も碧燈あおひも、踏破儀式の当番だ」


 午前零時を針が指す。機械けの遠雷がとどろく。

 ばんばんの金剛石を糸とつむぎ、精緻に織り成した幾何学模様の塔が薄雲を割り、月光をきらびやかに反射しながら地上へと迫る。けんらんにして幻想的な、異界の魔神の幻夢めいたその情景。

 正確には降下ではなく、を超高速でしているのだと天茜あかねは知っている。


千万丈塔せんまんじようとうの顕現を確認」


 超高層ビルと積層森林スタツク・テラリウムが軒を連ねる帝都にあって、なお異質な積層森林スタツク・テラリウム街。密林めいた臣民禁足区域〝涙町なんだちよう〟。その中心に、破竜儀式場は二令里一キロメートル四方のコンクリートの平原という姿で横たわる。地上へ向けて編み下がる巨塔の、底面が三十余丈百メートル上空で完成すると同時に儀式場の四隅からアンカーの幻影が起きあがり、先端を塔の外壁にませて固定。

 同時に儀式場の灰色の平面が塗り替わる。

 一面のコンクリートは広い車道と歩道へ。には主流だった三十余丈百メートルほどの無骨なビル群がきつりつする。置き忘れられたトラックが、今日もぽつりと車道の端に出現した。

 千万丈塔せんまんじようとう。地上からはるか高き最上階を目指す踏破儀式の、起点としての地上階。

 そして踏破儀式が開始されたまさにその夜の、九百年前の涙町なんだちようの再現だ。

 ただし人の姿はない。九百年前にも儀式場は封鎖されたし、加えて儀式場は千万丈塔せんまんじようとう出現と同時に、の術師ほどの霊力を持たない生命は全てかき消されてしまうのだ。


「じゃあ行くな、天茜あかね」「ああ、気をつけろ。碧燈あおひ


 一歩を踏み出した碧燈あおひ、──この塔をただ独り登りつめるべき踏破の術師がかき消える。前回彼が踏破を終えた階層の、その次の階層まで自動的に転送される。

 そして破竜術師である天茜あかねの、になう儀式もまた始まる。

 同様に、儀式場の残る三方からも三名が千万丈塔せんまんじようとうに突入、ペアを組む三人が地上に残る。

 突入したのは、踏破術師が儀式に加わる今宵は開城方かいじようがたの術師が一名、かいせきがたが二名。地上に残る四名は全員がはりゆうがた。総勢四組八名が、一度の踏破儀式に参加するの術師だ。

 開城と解析、踏破の三段階で構成される踏破儀式の手順を、同時並行で進めるのは儀式の基本だ。最短でも千年という儀式完遂までの時間を、可能な限り短縮するための。

 一方で地上に残る、四名のはりゆうがたの役割は。

 碧燈あおひ千万丈塔せんまんじようとう内部に転送された直後、ビル街の夜景にひびが入る。破竜儀式にて討滅されるべき、ちたる竜がぞろりと飛び出す。

 よりも更に巨大な、三丈十メートル余りの体長。六本の鋭い脚と、しみやくの走る二対のはね。高速機動時にも獲物を見失わない巨大な複眼が、天茜あかねをきろりと見下ろす。

 巨大なる翅脈メガネウラ・モニイ

 太古の昔に生息した史上最大の蜻蛉トンボ──の、醜悪なカリカチユアだ。

 複眼を宿す頭部は、きだしになった灰色の脳髄。透明なはずのはね毒蛾どくがめいた五色ごしきが渦を巻き、毛虫が長い毛を波打たせてうような不快なテンポで色彩と紋様を変化させる。


七堕ナナエの出現を確認、飛空型。〈夢路ユメヂ〉と呼称。──交代がなければ討滅に入る」


 第一階層展開中は、再現されたビルに邪魔されて他の破竜術師の戦局は見えない。無線よりも制約の少ない通信霊術ごしの連絡に、今日のはりゆうがた四名の隊長である槍時雨やりしぐれが応答。


『了解、交代はなし。〈カエゴト〉〈ナミダフル〉〈ミチシルベ〉〈夢路ユメヂ〉、全て担当術師が討滅する』


 破竜儀式場には毎晩四体の七堕ナナエが出現し、四名の破竜術師が討滅にあたる。

 数の一致は偶然ではなく、出現する七堕ナナエは塔に突入した四人の術師に対応している。破竜術師が敗北し、破竜儀式場に七堕ナナエが残存した場合、踏破儀式終了時に七堕ナナエとの戦闘用の設計ではなく、また踏破儀式により消耗した踏破や開城や解析の術師は、破竜術師をもらって力を増した七堕ナナエにはまず勝てない。

 だから破竜術師には、破竜儀式における敗北は許されない。苦手な敵種が出現した場合には共に破竜儀式に臨む同僚と、時には予備待機の破竜術師と交代することもある。

 けれど天茜あかねにはそれは、可能な限りけたい事態だ。相対する敵はなるべく譲りたくない。

 これは自分の──破竜術師であり兄である自分の役目なのだから。

 大蜻蛉メガネウラ七堕ナナエ、識別名〈夢路ユメヂ〉の四枚のはねの、毒々しい紋様がひときわ激しくうごめく。濁った黄色の目玉模様がぎゅると巻き、数十もの霊術陣が同時に展開。霊術特化、砲戦仕様の七堕ナナエ

 見返して、天茜あかねは短く唱えた。