「あの冗談未満の設計案が通って製造も量産も承認されてる以上、提案した陰陽方も止めなかった暦方も天文方も漏刻方も、承認した陰陽頭さままで全員バカに変わりはないだろ」
「そのうえ毎日苦情いれられても一切改善しないんだから、いい根性してるよなー……」
折しも陰陽寮の殿舎あたりでは庁舎間伝書幻獣〝チヨ郎〟の「一筆啓上仕り候!」が高らかに響き渡ったところだ。それも一羽だけではなく繰り返し。
重要扱いの紙の書類で苦情を入れられるくらい、全官司から嫌がられているらしい。
なおチヨ郎の書類到着時としては間違った口上は改造元の頰白鳥に由来するもので、舌足らずなのは仕様である。改造生体作成を一手に担う典薬省のこだわりポイントだそうだ。
すっかり呆れた眼差しで、祭花とピカ=ピカはその光景を眺める。
御所って、皇京ってもしかして。外から見て憧れてたよりもだいぶ……ダメかも。
今日も陰陽師どもに適当にあしらわれた小鳥が、突っ返された苦情を抱えてしおしおと自庁に戻ったあたりでようやく、三人と一羽は気を取り直してがやがやとソファセットに座った。
「ええと。まず。──堕竜講征伐使の結成と投入が正式に決定されました。よって、左右衛門府は改めて〈八重山吹〉への協同・補佐を宣言します」
右衛門府の使いの一人として、姿勢を正して祭花は言う。征伐使を最終的に承認するのは高位皇族から成る御前会議で、ヤエブキ機関はその御前会議の直属だ。当然知っていたのだろう天茜がうなずき、忘れていたらしい碧燈が、あ、そうだったとか言った。
「参加官司は他に警察、呪禁寮、祓使、密務省で、国軍は今回不参加。捜査は衛門府と警察、密務省が担当して、霊術官司には術師戦力が必要な時に出動してもらうことになります。鎮圧とか突入とか制圧とか。……そのうちそっちも忙しくなるから、覚悟しといた方がいいよ」
げそっとつけ加えた祭花に、天茜が笑う。
「衛門府はだいぶ忙しそうだな」「おかげさまでね……」
〈野辺ノ墨染〉をきっかけに全国の堕竜講が一気に動きだし、……激増した活動量と通信量を捜査機関の捜査網と朝廷の監視網に捕捉されて一気に逮捕されまくっているのだ。
余談だが、こういう時の堕竜講や犯罪結社の連絡手段は古式ゆかしい書状の手渡しである。電子情報界は密務省の監視下で、当然各種メッセージサービスも検閲されているので。
「〈野辺ノ墨染〉出現までの十日程度で、テロを実行しようとすればそれは無理も出るか」
「捕まった蜥賊の自供で、芋づるにされると思って動く連中も出てくるしね。……それで、」
ずいと祭花は身を乗りだした。
「そんなだから、これからは忙しくなるだろうから。……よければそうなる前に、少し帝都を見て回らない? 今日この後はわたし時間空けてあるから、案内するよ」
二人には初日以来、暇を見て皇京を案内してもらっているのである。お返しをしたい。
けれど天茜は気まずげな顔をした。
「ありがたいが……悪い。今日は俺も碧燈も、踏破儀式の当番だ」
午前零時を針が指す。機械仕掛けの遠雷が轟く。
万々の金剛石を糸と紡ぎ、精緻に織り成した幾何学模様の塔が薄雲を割り、月光を煌びやかに反射しながら地上へと迫る。絢爛にして幻想的な、異界の魔神の幻夢めいたその情景。
正確には降下ではなく、建造時の光景を超高速で再現しているのだと天茜は知っている。
「千万丈塔の顕現を確認」
超高層ビルと積層森林が軒を連ねる帝都にあって、なお異質な積層森林だけの街。密林めいた臣民禁足区域〝涙町〟。その中心に、破竜儀式場は二令里四方のコンクリートの平原という姿で横たわる。地上へ向けて編み下がる巨塔の、底面が三十余丈上空で完成すると同時に儀式場の四隅からアンカーの幻影が起きあがり、先端を塔の外壁に嚙ませて固定。
同時に儀式場の灰色の平面が塗り替わる。
一面のコンクリートは広い車道と歩道へ。その頃には主流だった三十余丈ほどの無骨なビル群が屹立する。置き忘れられたトラックが、今日もぽつりと車道の端に出現した。
千万丈塔・第一階層。地上から遥か高き最上階を目指す踏破儀式の、起点としての地上階。
そして踏破儀式が開始されたまさにその夜の、九百年前の涙町の再現だ。
ただし人の姿はない。九百年前にも儀式場は封鎖されたし、加えて儀式場は千万丈塔出現と同時に、八重の術師ほどの霊力を持たない生命は全てかき消されてしまうのだ。
「じゃあ行くな、天茜」「ああ、気をつけろ。碧燈」
一歩を踏み出した碧燈、──この塔をただ独り登りつめるべき踏破の術師がかき消える。前回彼が踏破を終えた階層の、その次の階層まで自動的に転送される。
そして破竜術師である天茜の、担う儀式もまた始まる。
同様に、儀式場の残る三方からも三名が千万丈塔に突入、ペアを組む三人が地上に残る。
突入したのは、踏破術師が儀式に加わる今宵は開城方の術師が一名、解析方が二名。地上に残る四名は全員が破竜方。総勢四組八名が、一度の踏破儀式に参加する八重の術師だ。
開城と解析、踏破の三段階で構成される踏破儀式の手順を、同時並行で進めるのは儀式の基本だ。最短でも千年という儀式完遂までの時間を、可能な限り短縮するための。
一方で地上に残る、四名の破竜方の役割は。
碧燈が千万丈塔内部に転送された直後、ビル街の夜景に罅が入る。破竜儀式にて討滅されるべき、堕ちたる竜がぞろりと飛び出す。
本来よりも更に巨大な、三丈余りの体長。六本の鋭い脚と、翅脈の走る二対の翅。高速機動時にも獲物を見失わない巨大な複眼が、天茜をきろりと見下ろす。
巨大なる翅脈。
太古の昔に生息した史上最大の蜻蛉──の、醜悪な戯画像だ。
複眼を宿す頭部は、剝きだしになった灰色の脳髄。透明なはずの翅は毒蛾めいた五色が渦を巻き、毛虫が長い毛を波打たせて這うような不快なテンポで色彩と紋様を変化させる。
「七堕の出現を確認、飛空型。〈夢路〉と呼称。──交代がなければ討滅に入る」
第一階層展開中は、再現されたビルに邪魔されて他の破竜術師の戦局は見えない。無線よりも制約の少ない通信霊術ごしの連絡に、今日の破竜方四名の隊長である槍時雨が応答。
『了解、交代はなし。〈返リ言〉〈涙降ル〉〈路ノ標〉〈夢路〉、全て担当術師が討滅する』
破竜儀式場には毎晩四体の七堕が出現し、四名の破竜術師が討滅にあたる。
数の一致は偶然ではなく、出現する七堕は塔に突入した四人の術師に対応している。破竜術師が敗北し、破竜儀式場に七堕が残存した場合、ペアを組む術師もまた踏破儀式終了時にその七堕に喰い殺される。七堕との戦闘用の設計ではなく、また踏破儀式により消耗した踏破や開城や解析の術師は、破竜術師をも喰らって力を増した七堕にはまず勝てない。
だから破竜術師には、破竜儀式における敗北は許されない。苦手な敵種が出現した場合には共に破竜儀式に臨む同僚と、時には予備待機の破竜術師と交代することもある。
けれど天茜にはそれは、可能な限り避けたい事態だ。相対する敵はなるべく譲りたくない。
これは自分の──破竜術師であり兄である自分の役目なのだから。
大蜻蛉の七堕、識別名〈夢路〉の四枚の翅の、毒々しい紋様が一際激しく蠢く。濁った黄色の目玉模様がぎゅると巻き、数十もの霊術陣が同時に展開。霊術特化、砲戦仕様の七堕。
見返して、天茜は短く唱えた。