ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

二 ④

 かいせきがたによる推奨の直線が、いびつ螺旋らせんを円柱のホールに描く。角膜上に表示されているだけ、実際には存在しない光の回廊を見上げつつ、碧燈あおひは次の経由点ウエイポイントへと跳び移る。

 破竜儀式場は四街区一キロメートル四方を占有し、周囲を三重の結界、また五百メートル幅の霊木林が囲む。左右門府もんふが警衛を務めるのは、総計十六街区二キロ四方にも及ぶその更に外側だ。

 その警衛の一員であるまつりかからは、だから、天茜あかねたちの戦闘は全く見えない。

 今日はだりゆうこうの襲撃への備えとして、強化外骨格エクサスケルトンAMに身を固める。全域が臣民禁足区域である涙町なんだちようの、積層森林スタツク・テラリウム外周に設けられた無骨な銃座。この近さでも中が見えないほどに枝葉の重なる人工森林の硝子ガラスへきの向こう、予想外の近さで獣の息遣いが過ぎる。

 配属以来もう何度も、こなした儀式場の警衛任務だ。

 それなのに今日は、ひどく胸底がざわつく。

 儀式場にいるのが自分の知った人間で、その人が今まさに七堕ナナエとの死闘に身を投じていて自分はそれを見守ることもできないという現状が、胸底を焦燥と不安で絞りあげる。


「──じよう。警衛任務中だ。気を散らすな」


 狙撃の間のまつりかの護衛を務める、人型使役ハシタまだらきが特有の端的な言葉で言ってよこす。人型使役ハシタとしては珍しく無愛想な偉丈夫いじようぶは、新人のまつりかのサポートも行うベテランだ。


「っ、ごめん」


 慌ててまつりかは余計な感情を脳裏から追い出し、担当する射界に目を戻す。そう、だって立派な天茜あかねたちの支援だ。六年前にはやはりだりゆうこうが破竜儀式場を襲撃し、の術師に犠牲者さえ出たという。だりゆうこうが再び蠢動しゆんどうを始めた今、同じことを目論もくろまないわけがない。

 そして──今度は、そんなことには決してさせない。

 胴を裂かんとがれたたちに、側方回転バレルロールの慣性を瞬時に殺して即応したのは空戦の覇者たる蜻蛉トンボきようじというものだろう。逆方向への再反転により〈夢路ユメヂ〉はとがった六足を天茜あかねに向け、六足全てを斬り砕かれるのと引換に胴体を守った。

 失速を利用し、大蜻蛉メガネウラは急速降下して離脱。

 追撃の砲撃系霊術──光の霊性を帯びるがゆえに七堕ナナエには特に有効な《》をつむぎかけ、天茜あかねは小さく舌打ちした。上空、〈ノウゼン〉がその鋼鉄の翼を空振りさせる気配。


夢路ユメヂ〉がこぼした血のごとき闇が、六足が崩れて変じた無音が、夜の大気を侵蝕しんしよくする。

 ビルの壁面がぐずりと朽ちる。虫の足先が伝うような微細な痛みが、けれど、装束と皮膚の二重の《》、さらには強大な霊力そのものにまもられた天茜あかねはだにたしかに届き──


「《ゆらけ》」


》をキャンセルして放った《ことだま》が侵蝕しんしよくはらい、夜気が清澄せいちようを取り戻す。大気の侵蝕しんしよくによる失速から解放され、鋼鉄のおおたかが改めて〈夢路ユメヂ〉を猛追する。

 七堕ナナエとは滅びの化身、その身を構成するのは滅びそのものである〝〟だ。七堕ナナエが振りまくものは攻撃の霊術も傷つきこぼす血肉も、全てが万物への呪詛じゆそであり侵蝕しんしよくとなる。

 触れれば朽ち、ろけ落ち、じんかいと化してせる。それは生き物もそうでないものも、水も大気もほのおさえもが同様に。

 七堕ナナエとの戦闘は、だから、その身を構成するを霊術をもつぎ落としつつ、こぼされては天地を侵すを折に触れてはらい清める、その繰り返しになる。

 間合いを広く取って再び上空に舞い戻った〈夢路ユメヂ〉の裂けた左目が、斬られた六脚が、あふれるを材料として元の形を取り戻す。垂れた脳髄は形を変え、いびつな第二の大顎と化した。そうであるからはねを狙うのは、機動力を奪うには意味がない。

 七堕ナナエに特有の火焰かえんからくさの霊術陣が再び展開。より威力を高めた《ミツハノホコ》の多重起動。

 ……今度はさすがに、容易たやすような出力ではないか。

 解放したグリア系を霊術の演算に割りあて、天茜あかねもまた《》を多重展開する。の術師固有の霊術陣・臥鴉丸ふせからすまると《照準呪サキトメ》の四巴よつどもえが組みあわさった状態で複数出現。

 斉射された光条とはいえんが夜風を焼き、あるいは侵蝕しんしよくして、かれあうように激突した。

 千万丈塔せんまんじようとうによる経由点ウエイポイント通過の判定はちょっとどうかと思うくらい厳しく、直径一尺三十センチの範囲からいつすん踏み外しただけでも床面にたたとされ、その階最初の経由点ウエイポイントからやり直すことになる。経由点ウエイポイントが光ってくれるような親切さは、もちろんあるはずがない。

 そんでもって各経由点ウエイポイントを順序どおりに、最短距離で回るべく算出されたかいせきがたの推奨ルートは、踏破専用に設計された碧燈あおひでさえも無茶言うなよと言いたくなるような代物だ。

 ……ここで背面宙返りでバルコニー裏の経由点ウエイポイント踏んで。そのまま蹴りだして一気に五階まで降りて。そこの円柱の経由点ウエイポイントクリアして、その次の経由点ウエイポイントが真上の電灯……ってまたひでぇルートだな。垂直の柱踏んで垂直跳びしろってか。できるけどさぁ。

 曲芸をしつつの綱渡りのようなもの、それも全力疾走での曲芸綱渡りだ。くだんの電灯を軍靴ブーツで踏みつつ次の踏破路を確認、──また面倒極まりない。

 頭の隅はげんなりしつつも、体は停滞なく踏み出してなおも速度をあげていく。狩猟豹チーターのトップスピードを、ハヤブサの降下速度さえもとうに踏み越え、獣にも鳥にも慮外の高速へ。

 踏破儀式は三つの手順からなり、それぞれに専門の術師が置かれる。

 一つは開城。総計三十五万八千階を下から順に、各階をとざす〝門番〟を破壊して上階への道行きを切り開く先兵。

 二つ目は解析。各階層でそれぞれ異なる経由点ウエイポイントと通過順序、トラップや敵性仮想精霊の出現位置を洗いだし、最も効率的な踏破路を算出して踏破方とうはがたに提示する水先案内。

 最後の一つが踏破だ。開城方かいじようがたが切り開いた各階層を、かいせきがたが割りだした踏破路に従って駆けあがる、千万丈塔せんまんじようとう『踏破』儀式の仕上げにしてかなめ

 道をひらくは開城方かいじようがたに、調べるはかいせきがたに任せる踏破方とうはがたは一見、駆け登るだけのようだ。

 けれど、その『だけ』こそが、踏破方とうはがたに課される過酷だ。

 開城方かいじようがたかいせきがたも、その成果は世代を越えての蓄積が可能だ。一度開城方かいじようがたが倒した門番は復活することはなく、かいせきがたが割りだした踏破路とトラップ配置は変化することがない。最下層から一層ずつ、千年をかけて開城と解析とを積みあげていくことができる。

 一方で踏破方とうはがたの成果は、他者への引き継ぎができない。

 すなわち先代の跡を継いだ踏破術師は、先代が最後に到達した階層ではなく踏破を行わねばならない。最終的には一階から最上階まで、そのために必要な踏破速度は一晩におよそ二百階層。踏破路次第では数百令里キロメートルにもなる道のりを、ウロトキの二時間で走破するかたちだ。

 なるほど瞬間的になら、その速度に至る鳥獣もいる。数時間を駆ける持久力なら鍛錬した人間も持つ。だが、瞬間的にしか出せないはずの高速をもつて数時間を疾走する、それは専用に設計された踏破術師の身体機能をしてもなお、己の限界に挑む過酷だ。

 ホールを登り、下り、フロアを駆けぬけて、やがて碧燈あおひまんげきよう天井の真下へと至る。

 人工角膜の表示機能が、注意喚起の点滅でメッセージを示す。

 幾度目とも知れぬ《》と《ミツハノホコ》が、またしても激突して対消滅する。