ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

二 ⑤

 大顎をみ鳴らして〈夢路ユメヂ〉は霊術陣を再展開し、天茜あかねもまたたちを鳴らして霊術陣を構築。からみあう火焰かえんからくさと、四からすが翼を広げて円を描く臥鴉丸ふせからすまるが同時に完成、斉射。

 互いに互いを撃墜しあう光条とはいえんの下、駆けぬけた天茜あかねと高空から落ちかかった〈ノウゼン〉が上下から大蜻蛉メガネウラを挟撃する。の血をらしながらも逃れた〈夢路ユメヂ〉が続けざまの《ミツハノホコ》を天茜あかねに放ち、たちの一振りではらい散らして天茜あかねは応射の光条を放つ。

 こぼれた血と《ミツハノホコ》のを、袖につけた瓊音ぬなとでまとめてはらった。

 斬り飛ばしても即座に再生する七堕ナナエを相手の戦闘は、けれど今や明確に天茜あかねの優勢へと傾いている。〈ノウゼン〉も含めた手数はすでに〈夢路ユメヂ〉を上回り、七堕ナナエばかりが輝く闇の血を流す。

 筋力増強に伴う敏捷性びんしようせいは無論、神経反応速度も思考速度もの術師は強化されている。

 加えてニューロン系の支援と全身の戦闘機能の制御を行うグリア演算系。酸素の運搬能を強化した血液と大量の酸素を取りこむ強靱きようじんな心肺。戦闘解放時のみ稼動かどうする細胞内小器官ミトコンドリアを無数に追加され、ばくだいなエネルギーを生みだす全身の細胞。消費される大量のグリコーゲンを貯蔵しまた吸収するために、肝臓を含む消化器系までもが多大な改造を施されている。

 全ては七堕ナナエとの戦闘と、その確実なる討滅のために。

 そして七堕ナナエとの戦闘で、敗死することのないように。

 破竜儀式はりゆうぎしきにて七堕ナナエを討滅する破竜術師は、同時に、踏破儀式とうはぎしきにおいては千万丈塔せんまんじようとうつなぎとめるアンカーの役割を果たす。

 七堕ナナエとの戦闘で破竜術師全員が死亡すれば、塔はウロトキの終了を待たずにへと戻る。一人の戦死くらいならば残る三人で耐えられるが、それを超えれば残る破竜術師もまた負担に耐えかね、死亡する危険が高くなる。

 そして塔がかくりよに沈む際、塔内部の術師はうつしよかくりよの境界に擦り潰されて死亡する。

 共に戦う仲間を、ペアを組む相方を生還させるために、はりゆうがたには敗北も死も許されない。

 ビル街上空は、ここも千万丈塔せんまんじようとうの第一階としてまんげきよう天井の繚乱りようらんの光だ。彩霞さいかあけに輝く空を背に跳躍・滞空した天茜あかねは〈夢路ユメヂ〉を見下ろす。

 幾度もの血をこぼし、消耗し、もはやさえ振り払えない滅びの竜。

 これなら 


「もうちろ。──《ゆらけ》」


 

 周囲の大気が瞬時に凍りついたかのように、大蜻蛉メガネウラがぎしりと硬直した。

きんじゆ》。すなわち、禁ずるまじない。

 鳥を禁じればかず、水を禁じれば流れず、獣を禁じたなら身動きもかなわぬ。万物の動作や効力を封じて自他への害を防ぐ術であり、天茜あかねが最も得意とする霊術だ。

 宙を飛ぶ大蜻蛉おおとんぼを禁じたならば、当然。

 飛ぶことあたわず、地にちる。

 外骨格が砕ける生々しい響きで、〈夢路ユメヂ〉は舗装路にたたきつけられた。

 踏破路の回廊上に示された八重山吹やえやまぶきの紋様は、経由点ウエイポイントとも異なる停止位置の指示だ。各階の踏破において経由点ウエイポイント通過と共に必須の、もう一つの手順。

 まんげきよう天井のちょうど真下のその場所で、結界の足場を構築して碧燈あおひは空中に足を止める。速度を緩い回転に変えて逃がし、その動作で風を生みだしのようにその風をまとう。


「──《ひと》」


 りん、と鈴音が鳴る。

 すらりと宙をいだ真神まがみたちの、青い光が残像のように軌跡に残る。


「《ふたいつなな》」


 唱える、それは天地の霊性を我が身に取りこむ《鎮魂たましずめ》。そして己が霊力を振るわせ、震わせ、ふるうことで天地をも奮いたたせる《鎮魂みたまふり》のことだまだ。数を重ねるごとに存思ぞんしするのはこの国の八つの神宝、ここのえ皇家おうけとその流れをむ術師家門の血脈に今なお宿り息づく神威しんい

 内なるその神宝を。その霊威を。

 るえ。ふるえ。ふるえ。ふるえ。


「──《ふるえ》!」


 りんれつたちが鳴る。あるいは放射された膨大な霊力が。碧燈あおひの体そのものが。

 青く輝く臥鴉丸ふせからすまるの霊術紋が展開、霊力の波紋と化してフロア全体に広がる。百貨店の階層に満ちていた千万丈塔せんまんじようとうの霊性に浸透し、行き渡って混ざりあい満ちる。今や一つとなった両者の霊力は、寄せた波が返るように碧燈あおひへと流れこみ、その霊体に満ちてけた。

 二十二万五千七百三十五階と碧燈あおひとが、一つの音響でゆらき震えて奮わせあう。

 頭上、まんげきようと回転する天井が中央に分断を走らせ、流動する幾何学模様の花弁かべんに変わる。

 うつむいたつぼみほころぶように開いて、この階層の踏破を終えた術師に次階層への通路を示した。

 花弁の扉の向こう、続くはずの次の階層は、けれど見えない。

 千万丈塔せんまんじようとうは霊術により構築された儀式の場、人の造った最大の建造物をしているだけでその建造物そのものではなく、内部もまた階層ごとに別空間だ。

 提示された、見えない先に。けれどひるむことなく碧燈あおひは飛びこんだ。

 ヤエブキ機関・開城方かいじようがたの最前線。三十四万五千九百九十八階。

 開城未了階層の純白の空間で、開城術師は門番との激闘を繰り広げる。停止している今はまどめいたまんげきよう天井、対峙たいじするのは頭頂高六丈十八メートルパワーパツクほうこうをあげる金属の巨人。

 各階層の門番とは、古今の戦場で用いられた兵器だ。

 それこそ古代の二輪戦車チヤリオツトから千年前の戦艦、最新鋭の無人群体戦闘機スウオームフアイター。この階の門番である人型兵器・ヴイルデイエーガや、騰化竜機ワイヴアンのような兵器さえ。

 強化改造されているとはいえ生身の人間が、対峙たいじするべき敵では本来ない。七堕ナナエとの死闘をこなす破竜術師と同程度に、殉職率が高いのが開城術師だ。

 開城方かいじようがたの少年術師に、けれど恐れの色はない。笑みすら浮かべて彼はヴイルデイエーガを相手取る。

 かいせきがたは踏破儀式で唯一、複数階層で同時に手順を進めることが可能だ。《しゆくち》の霊術陣を経由し、二人の解析術師は三十四万五千とんで五百二十二階と二十三階へ。

 千万丈塔せんまんじようとう内部は階層ごとに情景がまるで異なり、ある階層は太古の密林、ある階層は化石をさらす峡谷。核融合発電所に古代の神殿といった人工物も、時代も国もまるでたがえて様々に。

 かいせきがたの少女術師が担当する二十二階は連合王国の王立図書館の再現だ。改造により極限まで高められた霊的知覚で霊性の偏在を確認し、まずは隠された経由点ウエイポイントを探して少女は歩く。

 周囲を旋回する〈凰尾ほうび〉からの警告に、はじかれたように振り返った。

 高温を帯びた霊体反応が急速に接近。燃焼の敵性仮想精霊。千万丈塔せんまんじようとうの防衛機構だ。

 それも──探査と精密分析に特化され、戦闘向きの設計ではないかいせきがたには厳しい強さの。

 破竜儀式場を覆う呪禁師じゆごんじの《きんそく》と《認識阻害キリゴモリ》、外部への流れ弾を防ぐ霊木林の《アオ場隔壁ミズガキ》の三重の結界は電波をも遮断し、だからの通信は上空の機巧自在からくりじざいを経由する。

 その無線網が突如、騒然となるからまつりかは息をむ。

 誰か負傷したようだ。《きんそく》の一部解除の連絡。予備待機の破竜術師が出動する通達。

 ただし直近の呪禁師じゆごんじらには動きがない……負傷者は天茜あかねでも碧燈あおひでもない。

 そのことに少し安堵あんどしつつも、氷の手で内腑ないふつかまれるような恐怖は去っていかない。