「うん。だから現時点で襲撃目標と判明してる〈裾野〉の官僚用集合邸宅、大河重工業地帯の人型使役宿舎群、〈山裾〉の術師専門校には重装機動隊の全隊を配置するの。……それで二人には、わたしの隊と一緒にまた他の場所での迎撃と鎮圧を担当してもらいたくて、」
そう、〈神兵〉の襲撃先には衛門府最強の重装機動隊が待ちうける。彼らが、そして自分たち軽装機動隊も、必ず堕竜講の凶行を止めてみせる。七堕による犠牲を、父のような犠牲を望む人でなしの蜥賊どもの、思いどおりになんて決してさせるものか。
目も向けず片手を払う動きだけで、祭花はピカ=ピカに投影資料の切り替えを指示し。
不意に天茜がぽつりと言った。
「そういえばピカ=ピカは、投影時にピカピカ言うわけじゃないんだな。光ったりとか」
祭花は軽くずっこけた。
「……あの、天茜。ピカ=ピカは別にぴかぴか光るからピカ=ピカって名前じゃなくて」
そっとつっこんだが、当のピカ=ピカが天啓を受けた顔で目を見開いていたりする。
「仰るとおりです、天茜さま……! お待ちください、やり直します!」
「いやいいよやり直さねえで。こいつ真顔でボケるからつきあってるとキリがねえから」
はっきり呆れた顔で碧燈が止めて、天茜はともかくピカ=ピカは残念そうな顔をした。
やりたかったらしい。
それにしたってあんまりなタイミングで炸裂したボケに気が削がれてしまって、祭花はぼさっと言う。この先は……なんというか、険しい顔で説明する内容でもないのだ。そういえば。
「ええと。……それで二人に鎮圧担当してもらいたい所なんだけど、」
ピカ=ピカが投影しているホロウィンドウを改めて示す。もの堅い捜査資料とはうって変わって賑やかな色彩の、情報界上の各種交流サービスサイトの複写。
天茜と碧燈も、先ほどまでとは違った眉の寄せ方で同時に零した。
「……八千穂国滅亡前夜祭パレード?」
無能を街ごと処刑してドラゴン招喚。この国が全部吹っ飛ぶ前に、戦狼帝国を滅ぼした最強ドラゴンに拝謁して愚民どもに差をつけよう。仮装歓迎・ドリンク無料サービス!
「やっぱり九日の夜に帝都中の〈谷底〉で、みんなで七堕を招喚しようって。〈神兵〉が陽動か隠れ蓑にするつもりで呼びかけて、それですごい話題になってて。そう、だからテロも九日なの。もともと大勢が騒ぐ日だから紛れやすいし、煽りやすいから」
八千穂国の一月は十日ずつ上・中・下旬に分かれ、各旬の初日と末日が法定休日だ。連休前夜の九日の夜は多くの臣民が繁華街や歓楽街に繰りだし、常の勤勉の息抜きに羽目を外す。
ところで陽動のパレードではなく本命のテロこそが先に衛門府に察知されたあたり、たいへんお粗末な話だがそれはさておき。
「各サイトで最初に呼びかけたアカウントは捨て駒の代行で、依頼者は監視カメラと情報界の通信記録双方から割りだし中。妙に参加を煽ってるアカウントも抽出してるところ。……あ、仮装っていうのは〝羽化精〟のことね。これも知ってる? ここ何年か、資金稼ぎに堕竜講が若年層に出回らせてる、竜化精のダウングレード版」
変化の霊術を与えるのは同様だが、鳥の羽根が顔と、翼を模して肩口を覆うだけ。それでも顔は隠れるしシルエットも変わるので、若年層が悪い遊びの際の変装として好んで用いる。
なお、顔を隠した程度で監視カメラを欺けると思うのは衛門府や地方警察、なにより統制院の解析AIの性能を知らないからで、もちろん普通に個人特定されて摘発されている。
「違法薬物で高価なのが無償配布だし、今は〈墨染〉出現前のお祭りムードでしょ。参加しちゃう子も結構いるはずで、だから素人相手でもそれなりに戦力を整えないと……」
「……すまない祭花、ちょっと待ってくれ」
真剣な、そして少々情けない声で天茜が呻いた。
「セプテンコリスの滅亡も、滅ぼしたのが〈野辺ノ墨染〉だということも、報道されているから当然臣民も知っているだろう。それでどうして祭りになるんだ? 万一討滅に失敗すればこの国も滅ぶ、今はその瀬戸際なのに」
「あー……えっとね、天茜。落ちついて聞いてね」
日々、七堕と対峙する破竜術師の彼には、およそ信じがたい話だろうが。
「七堕のことを脅威だなんて、ほとんどの人は思ってないの」
「……は?」
天茜はぽかんとなった。
一方で碧燈はわかってしまったようで、半眼で遠い目をしながらげんなりと言う。
「七堕に行き触れた一咲は死んじまうから、生きてる奴は誰も七堕を見てないから、だよな」
「そうなの」
各地に出現する七堕の未成熟個体は瞬間的にしか現れない上、居合わせた一咲は堕素の侵蝕で全滅する。つまり生者には誰一人、七堕やその殺戮の様子を目撃した者がいないのだ。
夜ごと七堕が出現する破竜儀式場や海岸一帯も、立入も視認すらも禁じる結界の向こう。七堕の姿も凶暴さも見たことがないのだから、それは脅威と実感しようがない。
「七堕招喚だって、ほとんどの堕竜講は政府の戦力を削る目的でやってるんだし。七堕に世界を滅ぼさせようとか本気で考えてるのなんて、本当にごく一部の七堕信者だけだよ」
どんな七堕も最後には政府が処分してくれるものだと、……その政府や皇家の転覆を目論むテロ組織としては盛大に矛盾した想定の下で。
「だから七堕テロなんかヘラヘラやっちまえるわけか。甘ったれてんなぁ……」
「それにしても衝撃の認識だな……犠牲者数は日計でも相当な数になるのに……」
未だ衝撃の冷めやらぬ顔で天茜が呻く。祭花は悲しく微笑んだ。
それも、……だってそのたくさんの犠牲者も、ほとんどの人間には赤の他人だから。
家族や知人が死んだのでない限り、『相当数の犠牲者』とは数字ですらない。存在していないものだ。意識することもないのだから。
「ほんとう。……ひどい話だよね」
ともあれ今日の明日である。さっそく担当のパレード会場の下見に行こうと三人は決める。
で、皇京と帝都以下とではけっこう服飾が違うので、祭花はそれが心配だ。
衛士や呪禁師、祓使なんかは帝都でも位袍着装だから臣民にも見慣れた服装ではあるけれど、上質な手織りの絹に澄んだ色彩の天然染料の、贅沢な直衣姿はさすがに目立つ。
……と、思っていたが二人が自邸から持ってこさせて着替えたのは、単衣の上に自由連邦風のラフな服装を重ねる帝都で流行りの恰好だった。
「……意外と着慣れてるね?」
安物の合成繊維と機械縫製が思いきり負けているなとは思うものの、違和感はそれくらいだ。どこから調達したのか、伝統として臣民が携帯する護身刀まで用意して、最近流行りの天神差しにしている……ではなく、これはいつもの釼の外装を打刀風に変えただけか。
ちなみに祭花も持参した私服の、壺装束風のラップワンピース姿だ。
けろりと碧燈は肩をすくめた。
「普段から家だとこのカッコか小袖だし。布がひらひら多くて邪魔なんだよな、直衣」
ところが天茜は顔をしかめる。
「お前だけだ。言っておくが、だらしないと家司にも女房たちにも不評だからな」
「知ってるよ、前に家令にまで言われたもん。それとなくじゃなくてはっきりきっぱり」
「あの家令がそこまで言ったなら相当だ。直せ。だらしない」「やだよ」
「……二人ってもしかして、幼なじみとか同じ家門の出とかなの?」
少し呆れて祭花は問う。互いの家の使用人とも顔見知りなことといい、祭花もそろそろ見飽きるくらい、なにかというと言いあいから睨みあい、どつきあいに発展する仲の良さといい。
碧燈は、それどころか天茜まできょとんとした。
「あれ、言ってなかったっけ?」「俺とこれは兄弟だ。双子の」
「えっ!?」
愕然と祭花は二人を見比べた。兄弟はともかく、双子!?
「そっくりじゃないよ!?」
「二卵性だからな。同時に生まれたというだけで、遺伝子的には単なる兄弟と一緒だ」
「ちなみに俺が兄貴です」
「噓をつくな」