ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

二 ⑦

「うん。だから現時点で襲撃目標と判明してる〈裾野すその〉の官僚用集合邸宅ゲーテツドマンシヨン大河重工業地帯かわぎし人型使役ハシタ宿舎群、〈やますそ〉の術師専門校には重装機動隊の全隊を配置するの。……それで二人には、わたしの隊と一緒にまた他の場所での迎撃と鎮圧を担当してもらいたくて、」


 そう、〈シンへイ〉の襲撃先には衛門府えもんふ最強の重装機動隊が待ちうける。彼らが、そして自分たち軽装機動隊も、必ずだりゆうこうの凶行を止めてみせる。七堕ナナエによる犠牲を、父のような犠牲を望む人でなしの蜥賊トカゲどもの、思いどおりになんて決してさせるものか。

 目も向けず片手を払う動きだけで、まつりかはピカ=ピカに投影資料の切り替えを指示し。

 不意に天茜あかねがぽつりと言った。


「そういえばピカ=ピカは、投影時にピカピカ言うわけじゃないんだな。光ったりとか」


 まつりかは軽くずっこけた。


「……あの、天茜あかね。ピカ=ピカは別にぴかぴか光るからピカ=ピカって名前じゃなくて」


 そっとつっこんだが、当のピカ=ピカが天啓を受けた顔で目を見開いていたりする。


おつしやるとおりです、天茜あかねさま……! お待ちください、やり直します!」

「いやいいよやり直さねえで。こいつ真顔でボケるからつきあってるとキリがねえから」


 はっきりあきれた顔で碧燈あおひが止めて、天茜あかねはともかくピカ=ピカは残念そうな顔をした。

 やりたかったらしい。

 それにしたってあんまりなタイミングでさくれつしたボケに気ががれてしまって、まつりかはぼさっと言う。この先は……なんというか、険しい顔で説明する内容でもないのだ。そういえば。


「ええと。……それで二人に鎮圧担当してもらいたい所なんだけど、」


 ピカ=ピカが投影しているホロウィンドウを改めて示す。もの堅い捜査資料とはうって変わってにぎやかな色彩の、上の各種交流サービスサイトの複写。

 天茜あかね碧燈あおひも、先ほどまでとは違った眉の寄せ方で同時にこぼした。


「……八千穂国やちほのくに滅亡前夜祭パレード?」


 無能を街ごと処刑してドラゴン招喚。この国が全部吹っ飛ぶ前に、戦狼帝国セプテンコリスを滅ぼした最強ドラゴンに拝謁して愚民どもに差をつけよう。仮装歓迎・ドリンク無料サービス!


「やっぱり九日くのひの夜に帝都中の〈たにぞこ〉で、みんなで七堕ナナエを招喚しようって。〈シンヘイ〉が陽動かかくみのにするつもりで呼びかけて、それですごい話題になってて。そう、だからテロも九日くのひなの。もともと大勢が騒ぐ日だから紛れやすいし、あおりやすいから」


 八千穂国やちほのくにひとつき十日とおかずつ上・中・下じゆんに分かれ、各旬かくじゆんの初日と末日が法定休日だ。連休前夜の九日くのひの夜は多くの臣民が繁華街や歓楽街に繰りだし、常の勤勉の息抜きに羽目を外す。

 ところで陽動のパレードではなく本命のテロこそが先に衛門府えもんふに察知されたあたり、たいへんお粗末な話だがそれはさておき。


「各サイトで最初に呼びかけたアカウントは捨て駒の代行で、依頼者は監視カメラとの通信記録双方から割りだし中。妙に参加をあおってるアカウントも抽出してるところ。……あ、仮装っていうのは〝せい〟のことね。これも知ってる? ここ何年か、資金稼ぎにだりゆうこうが若年層に出回らせてる、りゆうかせいのダウングレード版」


 変化へんげの霊術を与えるのは同様だが、鳥の羽根が顔と、翼を模して肩口を覆うだけ。それでも顔は隠れるしシルエットも変わるので、若年層が悪い遊びの際の変装として好んで用いる。

 なお、顔を隠した程度で監視カメラを欺けると思うのは衛門府えもんふや地方警察、なによりとうせいいんの解析AIの性能を知らないからで、もちろん普通に個人特定されて摘発されている。


違法薬物イリーガルドラツグで高価なのがドリンクサービスだし、今は〈スミゾメ〉出現前のお祭りムードでしょ。参加しちゃう子も結構いるはずで、だからしろうと相手でもそれなりに戦力を整えないと……」

「……すまないまつりか、ちょっと待ってくれ」


 真剣な、そして少々情けない声で天茜あかねうめいた。


「セプテンコリスの滅亡も、滅ぼしたのが〈スミゾメ〉だということも、報道されているから当然臣民も知っているだろう。それでどうして祭りになるんだ? 万一討滅に失敗すればこの国も滅ぶ、今はその瀬戸際せとぎわなのに」

「あー……えっとね、天茜あかね。落ちついて聞いてね」


 日々、七堕ナナエ対峙たいじする破竜術師の彼には、およそ信じがたい話だろうが。


七堕ナナエのことを脅威だなんて、ほとんどの人は思ってないの」

「……は?」


 天茜あかねはぽかんとなった。

 一方で碧燈あおひはわかってしまったようで、半眼で遠い目をしながらげんなりと言う。


七堕ナナエれた一咲ひとえは死んじまうから、生きてるやつは誰も七堕ナナエを見てないから、だよな」

「そうなの」


 各地に出現する七堕ナナエの未成熟個体は瞬間的にしか現れない上、居合わせた一咲ひとえ侵蝕しんしよくで全滅する。のだ。

 夜ごと七堕ナナエが出現する破竜儀式場や海岸一帯も、立入も視認すらも禁じる結界の向こう。七堕ナナエの姿も凶暴さも見たことがないのだから、それは脅威と実感しようがない。


七堕ナナエ招喚だって、ほとんどのだりゆうこうは政府の戦力を削る目的でやってるんだし。七堕ナナエに世界を滅ぼさせようとか本気で考えてるのなんて、本当にごく一部の七堕ナナエ信者だけだよ」


 どんな七堕ナナエも最後には政府が処分してくれるものだと、……その政府や皇家おうけの転覆を目論もくろむテロ組織としては盛大に矛盾した想定の下で。


「だから七堕ナナエテロなんかヘラヘラやっちまえるわけか。甘ったれてんなぁ……」

「それにしても衝撃の認識だな……犠牲者数は日計でも相当な数になるのに……」


 いまだ衝撃の冷めやらぬ顔で天茜あかねうめく。まつりかは悲しく微笑ほほえんだ。

 それも、……だってそのたくさんの犠牲者も、ほとんどの人間には赤の他人だから。

 家族や知人が死んだのでない限り、『相当数の犠牲者』とは数字ですらない。だ。意識することもないのだから。


「ほんとう。……ひどい話だよね」


 ともあれ今日の明日である。さっそく担当のパレード会場の下見に行こうと三人は決める。

 で、皇京おうきようと帝都以下とではけっこう服飾が違うので、まつりかはそれが心配だ。

 呪禁師じゆごんじはら使えしなんかは帝都でも位袍いほう着装だから臣民にも見慣れた服装ではあるけれど、上質な手織りの絹に澄んだ色彩の天然染料の、ぜいたく直衣のうし姿すがたはさすがに目立つ。

 ……と、思っていたが二人が自邸から持ってこさせて着替えたのは、単衣スキンスーツの上に自由連邦風のラフな服装を重ねる帝都でりのかつこうだった。


「……意外と着慣れてるね?」


 安物の合成繊維と機械縫製が思いきりいるなとは思うものの、違和感はそれくらいだ。どこから調達したのか、伝統として臣民が携帯する護身刀まで用意して、最近りの天神差しにしている……ではなく、これはいつものたちの外装を打刀うちがたな風に変えただけか。

 ちなみにまつりかも持参した私服の、つぼ装束しようぞく風のラップワンピース姿だ。

 けろりと碧燈あおひは肩をすくめた。


「普段から家だとこのカッコか小袖こそでだし。布がひらひら多くて邪魔なんだよな、直衣のうし


 ところが天茜あかねは顔をしかめる。


「お前だけだ。言っておくが、だらしないと家司けいしにも女房にようぼうたちにも不評だからな」

「知ってるよ、前に家令かれいにまで言われたもん。それとなくじゃなくてはっきりきっぱり」

「あの家令がそこまで言ったなら相当だ。直せ。だらしない」「やだよ」

「……二人ってもしかして、幼なじみとか同じ家門の出とかなの?」


 少しあきれてまつりかは問う。互いの家の使用人とも顔見知りなことといい、まつりかもそろそろ見飽きるくらい、なにかというと言いあいからにらみあい、どつきあいに発展する仲の良さといい。

 碧燈あおひは、それどころか天茜あかねまできょとんとした。


「あれ、言ってなかったっけ?」「俺とこれは兄弟だ。双子の」

「えっ!?」


 がくぜんまつりかは二人を見比べた。兄弟はともかく、双子!?


「そっくりじゃないよ!?」

「二卵性だからな。同時に生まれたというだけで、遺伝子的には単なる兄弟と一緒だ」

「ちなみに俺が兄貴です」

うそをつくな」