ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

二 ⑧

 ばっさり天茜あかねが切り捨てた。もう一度見比べてまつりかはうなずく。


「うん、どう見てもうそだよね」

「えっなんで!?」


 なんで、もなにも。

 せっかくだからと今日はやかたぐるまに乗せてもらって登星橋エレベータに行って、降りた帝都。

 その街並みと暮らす住民は、北から南へと三つに分かれる。

 政治や経済、研究などの各方面で臣民社会全体をけんいんする指導層、特級臣民の〈やますそ〉。

 高度な専門知識・技能をもつて社会や組織を支える高級職、上級臣民の〈裾野すその〉。

 企業や行政機関に雇われ、その指示のもと働く大多数、中級臣民の〈ののひら〉。

 超高層ビル群はどの街も同じだけれど、建物の密集具合と塵霧じんむの濃さは南に下るほどひどくなる。自動運転の電気駆動タクシーでまつりかたちが抜けるこの〈裾野すその〉も、瀟洒しようしや集合邸宅ゲーテツドマンシヨンが整然と並ぶ裕福な街なのだが空は狭く道は薄暗く、とうろうじゆがぼぅともやともる。今日もまがまがしい圧迫感を放つ積層森林スタツク・テラリウムの前の、合成樹脂置換固定プラステイネーシヨンされた〈飛蝗ヒコウ〉首領の梟首さらしくび

 タクシーの客席で、碧燈あおひ情報界ウエブネツトワークの検索結果を左目に表示しているらしい。


七堕ナナエと交信する占いとか、七堕ナナエの力を借りる儀式とか。旧地下街には七堕ナナエの巣があって選ばれた人間だけ会えるとか零時ぴったりに首ると七堕ナナエを呼べるとか、そんで認められれば下法げほうになれるとか。ほんとに七堕ナナエって気軽なおまじないみたいな扱いなんだな。いてっ」


 隣席の天茜あかねか軽くすねを蹴飛ばして、碧燈あおひが黙る。


「それはだって、やっぱり霊術には憧れるもん。だからって七堕ナナエはどうかと思うけど。……他にも、二華ふたえ珀玉はくぎよくを持ってないんだからつまり珀玉はくぎよくは霊力の封印で、壊せば霊力が得られるとか。そうじゃなくて飲んで吸収すれば以下同文とか」


 一咲ひとえなら誰もが、それどころか鳥獣に虫に草木ですら生まれ持つ珀玉はくぎよくを、なぜか二華ふたえは持たないのである。

 それを理由に、二華ふたえを〝こころ無き鬼〟と忌避する一咲ひとえもまぁ、それなりに多い。


「……飲むくらいならいいが、壊すのは危ないな。物理的に割ったくらいで本当に壊れるものじゃないが、消えている間はそれだけ防護まもりが弱くなる」


 と、天茜あかねが言うからには、珀玉はくぎよくの正体はやはり朝廷の霊術かなにかであるらしい。言うとおり、故意でもうっかりでも破壊すると一度消えて、翌日には元に戻っているのだから尋常な物質ではないとは思っていたが。つい置き忘れても気づくと手元に来ているし。

 ちなみにそういう性質なので、実は朝廷の監視霊術といううわさもあったりする。


「あとは大気浄化幻獣ヒロサモは実は朝廷の監視装置で清掃用機巧自在アラニコは粛清装置だとか。封印森林シールド・テラリウムでは実は七堕ナナエ製造の研究がされてるとか、積層森林スタツク・テラリウムは幻獣の失敗作の捨て場だとか。うらかりゆうがいには合成亜人スサビヒナの自治区があるとか輸送路下の暗黒地区には裏世界への入口があるとか。根付はっとくと寂しくて死んじゃうとか」

「……ああ! なるほど、清掃用だから粛清そうじか」

「朝廷、どんだけ監視と粛清と禁断の研究大好きだと思われてんの」

まつりか! 何度も言いますがそれはデマです! 根付の沽券こけんに関わるでたらめです!」


 得心した天茜あかねがうなずいて碧燈あおひが口をひん曲げて、ピカ=ピカがぴよぴよと抗議する。だってあんなに街じゅう監視カメラだらけにして、とまつりかは茶化して、タクシーは封印森林シールド・テラリウムにさしかかる。帝都を南北に全く分断する人工の森に、わずかに設けられた通行路。

 超高層ビルが林立する帝都にあって、広大な土地を占有するこの封印森林シールド・テラリウムは全く異様だ。

 同じ首都だというのに帝都とはまるきり別世界の、皇京おうきようの広い青い空も。


「……術師の二人には馬鹿馬鹿しいおまじないでしかないだろうけど。一度くらいはみんな、信じてる時があるんだよ。自分には本当は霊力とか、そうじゃなくても何か特別な力があって、まだ表に出せてないだけなんだって。だって特別じゃないのは」


 霊能という強力で有為な才を持つ、生まれながらに選ばれた存在の二華ふたえでないことは。

 生まれながらに無力と無益を定められ、一生特別にはなれない一咲ひとえの人生は。


「やっぱり、……つらいから」


 この国の公立教育機関は、義務教育校から大学まで全寮制で学費も無償だ。つまりは学資の有無や出自にかかわらず、素質と努力次第で誰もが高等教育を受けることができる。

 だからこそ、努力ではくつがえせない生まれついての格差が際立きわだつ。

 たとえば超高額の遺伝子操作により、人工の天才として生まれる遺伝子操作者サキハの特級臣民。たとえば臣民の出自では唯一、皇京おうきようへと召しあげられる二華ふたえ。同じ高みにはどれだけいても到達できない非操作者の一咲ひとえは、だからせめて、自分が特別だというが欲しい。

 それが数々のおまじないで羽化精うかせいの乱用で、だりゆうこう下法士げほうし七堕ナナエへの憧れだ。禁忌を犯し規範をわらう自分の特別さを楽しむための、ささやかな悪い遊びとしての滅びの竜のほうたいだ。

 碧燈あおひの言葉どおり、甘ったれているのだろう。

 けれどその程度には一咲ひとえはみんな、やるせなさと鬱屈を抱えている。

 それからはたと気がついて、慌てて両手を振った。


「あっ、だからってテロやったり人を傷つけたりするのが仕方ないって言ってるわけじゃないからね! それはぜったい駄目なことだから!」

「ああ、それはわかってる。まつりかがそれを是認できる性格じゃないのはわかることだから」


 さらりと天茜あかねが言って、まつりかは頰が熱くなる。

 そういう人間だと見てくれたことが、なんだろう。すごくうれしい。


「それに、禁止されたことほどやりたくなる気持ちも知らないわけじゃないからな。危ないから登るなと庭師に言われた木ほど、あとで登ってみたりとか」

「木登りはいいけど屋根に登ったら駄目って言われたら登ったり、子供だけでかまくら作っちゃ駄目って言われたらこっそり作ってみたりな。……ところで天茜あかね、そのとき登ったのが柿の木で枝が根元からぽっきり折れて、みごと落っこちて泣いたことまで明かそうぜ」

「軒先の檜皮ひわだが崩れて一緒に落ちて大泣きして、作りかけのかまくらが崩れて埋もれそうになって大泣きしたやつが何か言ってるな」


 む、とまたにらみあう二人に、まつりかは思わず吹きだした。いったい何歳の時の話なのか、たいへん微笑ほほえましい腕白坊主ぼうずエピソードである。

 ちょっと無理な話題転換だなとも思ったけれど、自分のせいで生まれてしまった妙な空気を変えたかったのでそのままくすくす笑う。


「そういう平和なので解消してくれたらいいのにね。テロなんかじゃなくて」

「いえ……どれも無事だったから笑い話にできるだけで、かなり危なかったことでは……」


 そっとピカ=ピカがつっこんだが、当の天茜あかね碧燈あおひはもちろんまつりかも流した。似たような経験はまつりかにもあるし、それはたしかにひやっとしたけど、大事な冒険の思い出だし。


「ほんとはやっちゃ駄目なことを、今回だけってやらせてもらうのも楽しいよね。むかしじいやが、明障子あかりしようじ貼りかえる前に好きなだけ破らせてくれて」

「あー! わかる! もう大喜びで穴だらけにして最後にはびりっびりにして!」

「そして落ちがわかったが、後で枠から剝がすのまでやらされたろう。俺たちもそうだった」

「そうなの! ……二度と破らないよね」

「二度と破らないな」


 びりびりの障子紙は剝がすのが大変なのである。破いたのは自分なので文句も言えない。

 水路と二重のフェンスを越えて、封印森林シールド・テラリウムの緑陰をタクシーは抜ける。超高層ビルと狭い空、押しこめられた緑がいびつにひしめく街並みが再び広がる。

 最も人口の多い階層の街だから、ビル群は林立を通りこして壁のようだ。帝都の制限いっぱいの百丈三百メートル級──みかどいま皇京おうきようを恐れ多くも見下ろさない高さに抑えられた集合賃貸住宅アパートメントが、精一杯の小洒落こじやれた装飾とにぎやかな生活感で薄い塵霧じんむにじむ。

 帝都中南部〈ののひら〉。帝都人口の過半を占める中級臣民、企業勤めの雇われ歯車サラリーマンの街だ。