ばっさり天茜が切り捨てた。もう一度見比べて祭花はうなずく。
「うん、どう見ても噓だよね」
「えっなんで!?」
なんで、もなにも。
せっかくだからと今日は屋形車に乗せてもらって登星橋に行って、降りた帝都。
その街並みと暮らす住民は、北から南へと三つに分かれる。
政治や経済、研究などの各方面で臣民社会全体を牽引する指導層、特級臣民の〈山裾〉。
高度な専門知識・技能を以て社会や組織を支える高級職、上級臣民の〈裾野〉。
企業や行政機関に雇われ、その指示のもと働く大多数、中級臣民の〈野平〉。
超高層ビル群はどの街も同じだけれど、建物の密集具合と塵霧の濃さは南に下るほど酷くなる。自動運転の電気駆動タクシーで祭花たちが抜けるこの〈裾野〉も、瀟洒な集合邸宅が整然と並ぶ裕福な街なのだが空は狭く道は薄暗く、灯籠樹がぼぅと靄に灯る。今日も禍々しい圧迫感を放つ積層森林の前の、合成樹脂置換固定された〈飛蝗〉首領の梟首。
タクシーの客席で、碧燈は情報界の検索結果を左目に表示しているらしい。
「七堕と交信する占いとか、七堕の力を借りる儀式とか。旧地下街には七堕の巣があって選ばれた人間だけ会えるとか零時ぴったりに首吊ると七堕を呼べるとか、そんで認められれば下法士になれるとか。ほんとに七堕って気軽なおまじないみたいな扱いなんだな。いてっ」
隣席の天茜が何故か軽く脛を蹴飛ばして、碧燈が黙る。
「それはだって、やっぱり霊術には憧れるもん。だからって七堕はどうかと思うけど。……他にも、二華は珀玉を持ってないんだからつまり珀玉は霊力の封印で、壊せば霊力が得られるとか。そうじゃなくて飲んで吸収すれば以下同文とか」
一咲なら誰もが、それどころか鳥獣に虫に草木ですら生まれ持つ珀玉を、なぜか二華は持たないのである。
それを理由に、二華を〝魂無き鬼〟と忌避する一咲もまぁ、それなりに多い。
「……飲むくらいならいいが、壊すのは危ないな。物理的に割ったくらいで本当に壊れるものじゃないが、消えている間はそれだけ防護が弱くなる」
と、天茜が言うからには、珀玉の正体はやはり朝廷の霊術かなにかであるらしい。言うとおり、故意でもうっかりでも破壊すると一度消えて、翌日には元に戻っているのだから尋常な物質ではないとは思っていたが。つい置き忘れても気づくと手元に来ているし。
ちなみにそういう性質なので、実は朝廷の監視霊術という噂もあったりする。
「あとは大気浄化幻獣は実は朝廷の監視装置で清掃用機巧自在は粛清装置だとか。封印森林では実は七堕製造の研究がされてるとか、積層森林は幻獣の失敗作の捨て場だとか。裏歌流街には合成亜人の自治区があるとか輸送路下の暗黒地区には裏世界への入口があるとか。根付は放っとくと寂しくて死んじゃうとか」
「……ああ! なるほど、清掃用だから粛清か」
「朝廷、どんだけ監視と粛清と禁断の研究大好きだと思われてんの」
「祭花! 何度も言いますがそれはデマです! 根付の沽券に関わるでたらめです!」
得心した天茜がうなずいて碧燈が口をひん曲げて、ピカ=ピカがぴよぴよと抗議する。だってあんなに街じゅう監視カメラだらけにして、と祭花は茶化して、タクシーは封印森林にさしかかる。帝都を南北に全く分断する人工の森に、わずかに設けられた通行路。
超高層ビルが林立する帝都にあって、広大な土地を占有するこの封印森林は全く異様だ。
同じ首都だというのに帝都とはまるきり別世界の、皇京の広い青い空も。
「……術師の二人には馬鹿馬鹿しいおまじないでしかないだろうけど。一度くらいはみんな、信じてる時があるんだよ。自分には本当は霊力とか、そうじゃなくても何か特別な力があって、まだ表に出せてないだけなんだって。だって特別じゃないのは」
霊能という強力で有為な才を持つ、生まれながらに選ばれた存在の二華でないことは。
生まれながらに無力と無益を定められ、一生特別にはなれない一咲の人生は。
「やっぱり、……つらいから」
この国の公立教育機関は、義務教育校から大学まで全寮制で学費も無償だ。つまりは学資の有無や出自にかかわらず、素質と努力次第で誰もが高等教育を受けることができる。
だからこそ、努力では覆せない生まれついての格差が際立つ。
たとえば超高額の遺伝子操作により、人工の天才として生まれる遺伝子操作者の特級臣民。たとえば臣民の出自では唯一、皇京へと召しあげられる二華。同じ高みにはどれだけ足搔いても到達できない非操作者の一咲は、だからせめて、自分が特別だという錯覚が欲しい。
それが数々のおまじないで羽化精の乱用で、堕竜講や下法士や七堕への憧れだ。禁忌を犯し規範を嗤う自分の特別さを楽しむための、ささやかな悪い遊びとしての滅びの竜の奉戴だ。
碧燈の言葉どおり、甘ったれているのだろう。
けれどその程度には一咲はみんな、やるせなさと鬱屈を抱えている。
それからはたと気がついて、慌てて両手を振った。
「あっ、だからってテロやったり人を傷つけたりするのが仕方ないって言ってるわけじゃないからね! それはぜったい駄目なことだから!」
「ああ、それはわかってる。祭花がそれを是認できる性格じゃないのはわかることだから」
さらりと天茜が言って、祭花は頰が熱くなる。
そういう人間だと見てくれたことが、なんだろう。すごく嬉しい。
「それに、禁止されたことほどやりたくなる気持ちも知らないわけじゃないからな。危ないから登るなと庭師に言われた木ほど、あとで登ってみたりとか」
「木登りはいいけど屋根に登ったら駄目って言われたら登ったり、子供だけで雪洞作っちゃ駄目って言われたらこっそり作ってみたりな。……ところで天茜、そのとき登ったのが柿の木で枝が根元からぽっきり折れて、みごと落っこちて泣いたことまで明かそうぜ」
「軒先の檜皮が崩れて一緒に落ちて大泣きして、作りかけの雪洞が崩れて埋もれそうになって大泣きした奴が何か言ってるな」
む、とまた睨みあう二人に、祭花は思わず吹きだした。いったい何歳の時の話なのか、たいへん微笑ましい腕白坊主エピソードである。
ちょっと無理な話題転換だなとも思ったけれど、自分のせいで生まれてしまった妙な空気を変えたかったのでそのままくすくす笑う。
「そういう平和なので解消してくれたらいいのにね。テロなんかじゃなくて」
「いえ……どれも無事だったから笑い話にできるだけで、かなり危なかったことでは……」
そっとピカ=ピカがつっこんだが、当の天茜と碧燈はもちろん祭花も流した。似たような経験は祭花にもあるし、それはたしかにひやっとしたけど、大事な冒険の思い出だし。
「ほんとはやっちゃ駄目なことを、今回だけってやらせてもらうのも楽しいよね。むかし爺やが、明障子貼りかえる前に好きなだけ破らせてくれて」
「あー! わかる! もう大喜びで穴だらけにして最後にはびりっびりにして!」
「そして落ちがわかったが、後で枠から剝がすのまでやらされたろう。俺たちもそうだった」
「そうなの! ……二度と破らないよね」
「二度と破らないな」
びりびりの障子紙は剝がすのが大変なのである。破いたのは自分なので文句も言えない。
水路と二重のフェンスを越えて、封印森林の緑陰をタクシーは抜ける。超高層ビルと狭い空、押しこめられた緑が歪にひしめく街並みが再び広がる。
最も人口の多い階層の街だから、ビル群は林立を通りこして壁のようだ。帝都の制限いっぱいの百丈級──帝の坐す皇京を恐れ多くも見下ろさない高さに抑えられた集合賃貸住宅が、精一杯の小洒落た装飾と賑やかな生活感で薄い塵霧に滲む。
帝都中南部〈野平〉。帝都人口の過半を占める中級臣民、企業勤めの雇われ歯車の街だ。