ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

二 ⑨

 街路樹の大榎おおえのきの群はのしかかるように街路にかぶさり、飛び交うオオムラサキは数が多すぎて不気味な鬼火のようで。何かの小動物の眼光すらけいきらめく葉叢はむらの下、なるほど、と天茜あかねは思考に沈む。何度粛清されても絶えないだりゆうこう跳梁ちようりようも、臣民の七堕ナナエへの憧れも。

 破壊とは、ある種の支配だ。

 現行秩序の破壊を望むのも自己破壊につながる嗜好しこうも、──他者に奪われた自分自身の支配権を、どうにかして己が元に取り戻したい願望の表れでもある。

 それがわかってしまったのが、……少しだけ、嫌だった。

 パレード会場の一つ・沙町いさごちようは〈ののひら〉南端の、治安の良くない商業地区だ。原色の看板とやっぱり育ちすぎの街路樹でごみごみとした繁華街を、ファストフードチェーンの一杯百つぎの安いドリンクを片手に、いかにも放課後遊びにきた学生みたいな顔でまつりかたちは歩く。

 この辺りは塵霧じんむが特に濃くて、北から南へ、社会階層と共に海抜も下る帝都は湿気と大気汚染も南へ流れてまるせいだ。こんな場末でも歩道の一部は透明パネルで、下の水路を景観維持のはなごいなどが泳ぐのだがそれさえもか真っ黒な真鯉まごいどじよう山椒魚さんしよううおばかり。

 一口ごとに味の変わるドリンクの紙コップを、変わる仕組みが気になったのか碧燈あおひが開けて見ようとしたからまつりかは止める。


「見ない方がいいよ。こう、すごい見た目してるから」


 言ってるそばから天茜あかねがプラスチックの蓋を開けて、見なかったことにしてそっと閉じた。

 なるほど碧燈あおひが言うとおり、天茜あかねって真顔で変なボケを飛ばすなぁとまつりかは思う。

 御所ではどう見ても碧燈あおひが弟だと思ったけれど、今だとよくわからない感じだ。天茜あかねはときどき抜けているというかずれているし、碧燈あおひはそんな天茜あかねをよく見ていて把握しているし。

 そしてなんとなく、そう言ったら碧燈あおひこんしんの得意顔をして天茜あかねは真剣にショックを受けるんだろうなとも思って、まつりかは黙っておくことにした。

 見なかったことにしているくらいなのだから聞かなければいいのに、碧燈あおひが問う。


「なんだったの」

「強いて言うなら原色で七色のウミウシだが……微妙にけいれんしていたのはなんなんだ……?」

「え、だってまだ生きてるから」


 きょとんとまつりかは答えて、二人はそろって沈黙した。まだ?

 無造作に捨てられている紙コップやらきようぎやら竹の皮やらをよけつつ、まだ明るいうちからにぎわう繁華街のその外れへ。火のついた煙草たばこすいがらだけはないのは、高温多湿の気候がら草鞋わらじ草履ぞうり革サンダルカリガ履きが多い八千穂国やちほのくにじんの最低限のマナーだ。

 隣区となりまちへと続くから、眼下に広がる画一的なコンクリートの街並みを見下ろした。


沙町いさごちようのパレードの襲撃目標はこの〝なげすてだに〟だったな」

「うん。〈たにぞこ〉は他のみんなから嫌われてて、だから気楽に排除しろとか言えちゃうから」

ののひら〉各地に分散配置された、無業の下級臣民の居住地区〈たにぞこ〉。

 かんおけほどの個室しかない社会保障住宅。例の無味乾燥な社会保障食。日常の世話をするからくり自在じざい。それらを拡張現実で豪邸と美食ときよ姿うしの従者に変え、これも社会保障として提供される刺激的な仮想現実に日がな一日たんできするばかりの棄民の街だ。

 どんな出自でも素質と努力次第で高等教育を受けられるこの国で、その努力を怠って〈たにぞこ〉にちた怠惰無能の穀潰しと、強烈に侮蔑される下級臣民の。

 それにしたってあまりに無機質にうちてられた街に、天茜あかねは険しく目をすがめている。


「〈シンヘイ〉の襲撃先はまだしも朝廷関係だが、パレードは無関係の弱者にらしをしたいだけか。みっともない」

「うん。……だから絶対とめなきゃ」


 ドラッグも使ってこうふんした群衆なんか、

 紙コップをつい握り潰してしまって、少し残っていた中身がこぼれてあっと声をあげる。

 懐紙かいしを出そうとおたつくまつりか天茜あかねが今日は彼のてぬぐいをさしだし、声を検知した〈ニコモ〉──半丈一・五メートルほどの饅頭まんじゆう型の筐体きようたいにふわふわの毛並みの清掃機巧自在からくりじざいが近づく。同型だが一万余斤十トンサイズでごわごわの〈アラモ〉、空を巡る大気浄化幻獣・ジンベエザメ型の〈ヒロモ〉とトビエイ型の〈サモノ〉と共に、帝都や各都市で親しまれる働き者の掃除係だ。

 つぶらな光学センサをまつりかに、ついで天茜あかね碧燈あおひにも向けて大口を開けるのに、それぞれご苦労さまとねぎらいつつ飲み終えた紙コップを渡す。げろりとみこんでふよふよと去る、白い背中を見送ってから碧燈あおひが話を元に戻す。

 ……そういえばまだ生きてるのに捨てて良かったのか? とか天茜あかねつぶやいたのは、碧燈あおひは聞かなかったことにしたようで、まつりかは問題ないので流した。飲み終えたなら


「迎撃戦力置くなら、あっちの輸送専用路の分岐のとこかな。てか、他に降りる道ないし。沙町いさごちようみちは狭すぎて戦闘に向かねえし」


 指したのは〈たにぞこ〉へと下るガソリン・トラック専用路だ。帝都外周にまとめられた輸送専用路の高架群から延び、繁華街と〈たにぞこ〉へと分かれる分岐点。

 外周部にほど近いこの沙町いさごちようからは巨獣の群とも帝都を囲むてつおりとも見える、輸送専用路の高架群を塵霧じんむごしに見やりつつまつりかはうなずく。


「〈たにぞこ〉の人たちはの外にも出ないし、中級以上の臣民は〈たにぞこ〉に用事とかないから、社会保障食配達のトラック以外出入りしないんだよね。だから道も輸送専用路しかないの」

「それでこの道も、〈たにぞこ〉には降りない高架道路なわけか……」

たにぞこ〉の頭上を全く通り過ぎて隣区となりまちへと続く、高架の向こうに視線をやって天茜あかねが嘆息する。三人の間にしばし、落ちた沈黙に、不意に第三者の声が飛びこむ。


「──信徒諸君! 諸君はなぜ緋衣あけごろもせんしゆに、僭神カミガタリつのへびに諾々と従うのか!?」


 繁華街へ向け演説するのは初老の男性だ。信徒の平等を掲げる救世主教の、……平等を追求しすぎて極端まで突っ走った結果、の思想に至った異端会派の僧服。

 当然、特権階級おうけなどは絶対滅殺対象、存在すら許されない大罪人である。


「王侯とは神をかたる詐欺師、なかでもみかどは〈たにぞこ〉をにえらって不老長寿を保つおぞましき怪物であり、ココノエ機関とはその血を引くけがらわしきつのへびである! ──信徒諸君! 今こそ正しき思想に目覚め、我らと共に暴虐の蛇を滅ぼそうではないか!」


 反応は、〈たにぞこ〉からも繁華街からも皆無だ。内容以前にたぶん誰も聞いてない。

 そして反政府活動もこんな演説だけなら、普段は厳重注意と国民データベースへの要注意記載くらいで済む。捜査機関のリソースも無限ではないのだ。同様に、でいちいち不敬罪に問うほど、ここのえ皇家おうけも暇ではない。

 ただし、〈スミゾメ〉迎撃に備え、だりゆうこう征伐使せいばつしが編成されている今は話が別だ。

 天茜あかねささやく。他愛もない不穏分子だが、情報源になる可能性を考慮して。


「捕らえるか?」

「ううん、から大丈夫」


 近隣から通報がいったようだ。通信本部からピカ=ピカを経由してが通達。

 特徴的なつるばみほうの一団が僧侶を取り囲み、一人が身分証を提示。花鈿かざしはな右衛門府うえもんふ


「続きはとんじよで聞かせてもらう。同行を」


 長身に鋭利な容貌の、大型の猟犬を思わせる偉丈夫だ。ほとんど人間と変わらない外見の、ただし長い犬歯とかかとが浮いた趾行性しこうせいの足、強膜しろめの見えない虹彩くろめばかりのそうぼうは元のままの。

 汎用使役幻獣〝人型使役ハシタ〟。

 危険な、あるいは過酷な仕事を人に代わってになうため。有史以前から人類の忠実な相棒であった獣──犬をベースに、人の姿と言語能力、人間並みの知能を付与した改造生体である。

 まつりかは一つまばたいた。知りあいだ。というか狙撃の際に彼女の護衛を務めてくれている、


「あれ、まだらき?」