巻きこまれるのを嫌って普段の客層は皆無、店も臨時休業だ。店名の無い屋台が淡翠色の羽化精を配り、即席の天使ばかりが続々と増えて、ついに白翼の百鬼夜行が始まった。
あと十日もせずに、この国は〈野辺ノ墨染〉なる七堕に滅ぼされるのだという。
なんて素敵なことなんだろう。だってみんな死ぬ。いっとう特別な二華も不正をした特級臣民も、それにもかかわらずまるで無意味に。自分たち一咲みたいに無意味に。
そしてどうせみんな死ぬのだから、その前に思いきり好きなことをしたい。やっても無駄な努力なんかやめて、政府の監視なんてせせら笑って、思うさま暴れて壊してみたい。
それぞれの護身刀を抜いて突きあげ、振り回し、歓声と蛮声を張りあげて。天使たちは、沙町のパレードは七堕招喚の贄、怠惰で無力な〈谷底〉へと突き進む。
待ち受けていた官憲の軍勢と対峙して、ひととき足を止めた。
輸送専用路の分岐にずらと並ぶ、アルミ合金の楯の群。鉄機馬にうち跨る衛門府騎馬隊。
そして武官装束に釼をひっさげた、八重山吹の花鈿の二人の術師。
ヤエブキ機関。
理性の飛んだ顔と肩口だけを羽毛に覆った、半端な天使の軍勢を見据えて碧燈は低く呟く。
「……うわぁ。けっこういる」
それはもう、露骨にうんざりと。
「若年層の一部にでも流行してるならそれはそうだろ」
淡々と返す天茜も、淡々とはしつつもはっきり呆れた様子だ。
首都圏である皇畿の膨大な人口の、やっぱり膨大な若年層、の一部の七堕信奉者・羽化精乱用者が母数だ。それなりの数の参加者がいると予測はつく。が、一会場にざっくり千人ほどは集まるほど、乱用者におけるバカの割合が多いとは。
「……天茜、こいつら《禁呪》でまとめて止められねえ?」
この数なら物理的暴力より《禁呪》の方が迅速なのだが、あいにくと天茜は難しい顔だ。
「これだけの人数を《禁じる》には、俺程度じゃ細かい調整がきかない。潰しそうで怖いな」
「あー……」
二華の中でも霊力量の多い八重の術師が、一咲に下手に術をかけるとそうなるのである。
で、天茜と比べた場合、碧燈の方がだんぜん霊力量は多いしその割に細かい調整はもっと苦手なので、彼が《禁呪》をかけるのは更にダメだ。
「……地道に制圧するしかねえってことか」「残念ながら」
やりとりが一段落したのを待っていたわけでもなかろうが、特に昂奮した天使の数人がついにばらばらと駆けだす。たまたま近い側にいた碧燈に、抜き身の護身刀を振りかざして肉薄。
「死ね、悪の手先!」「裁きを受けろ!」「珀玉もない二本角め!」
いくらなんでも雑すぎる罵倒にも思いきり嘆息して、碧燈は応じた。
「はいはいよいしょー」
やる気のない掛け声と共に、解放前で刃も封じた状態の釼を片手で横薙ぎ。
いまどきの護身刀の例に漏れず、木製か刃引きの刀身をまとめてぶち折りつつ、天使──気取りの羽人どもを無造作に殴り飛ばした。
ぎゃんとかぐえぇとか鳴いて、羽人たちは吹っ飛んで転がる。
生体強化者の一撃とはいえ、踏みこみもせず腰も入っていない完全なる手打ちの一撃で、パレードの足元までごろごろ転がって戻っていった。
竜の戦闘力だとか強靱さだとか、そんなもの一切感じられないひ弱さで。
取り締まる側なのでもちろん知っていた衛士はともかく、羽人の集団は揃って愕然となる。これは一体どういうことだ。天使とは竜人に次ぐ選ばれた戦士じゃないのか!?
やっぱりやる気なく釼を担いで、碧燈は容赦なく宣告する。
「はいこのとおり。羽化精ってのは飲んで変身したって強くならない。なんなら変身前よりもクッッッッッッッソ弱い」
酸素の交換効率は無論、肺活量も底上げされた肺腑から、声は朗々と一帯に響き渡る。
「なんでかっていうと、その羽って実は単なる幻影の霊術なんだよな。着た上からホログラム投影して色変える服あるだろ。あれをちゃちにしたようなもん」
羽化精とは所詮、竜化精のダウングレード版──劣化品だ。
纏う翼は無意味な幻でしかなく、力を与えも身を守りもしてくれない。
「で、その幻影霊術を霊力のない一咲の体でムリヤリ発動するために、生命力を死ぬ一歩手前まで削って霊力の代わりにする仕組みになってる。──ホログラム着てるだけで人間の体のまま、生命力までごっそり削られちゃそりゃ飲む前より弱くなるよな?」
それはもう、本人は薬物の興奮で自覚できていないだけで今すぐ安静にすべきくらいに。
「つーわけで、これは善意の忠告。今すぐ全員投降しろ。羽化精使ったってだけなら、しっかり食って何日か休めばまぁ回復する。違法薬物使用も、この一回だけならそこまでヤバい刑にはならない。けど、降伏しねえで暴れて、俺らとやりあうってんなら」
衰弱しきった体を戦闘に酷使する危険性からも。国家機関への抵抗という罪状からも。
「命の保証はしてやれねえぞ」
一部始終を目の当たりにした特に最前列付近は、その宣告にはっきりと怯む。
その怯懦をかき消さんと、群衆から人影が飛び出す。獣めいた速度。全身に鎧う鉄色の鱗。
「惑わされるな天使たち、そんなものは噓だ!」「私を見ろ、これが真実だ!」
竜化精。こちらは本物の、堕竜講の戦闘用霊術薬。
「……〈神兵〉の構成員か。そりゃこっちにもいるよな」
〈神兵〉にはパレードは陽動だが、烏合の衆を陽動に使う以上は誘導要員は必要だ。また万一の本隊捕縛に備えるなら最低限、七堕招喚が可能な程度の戦力も配置する。
迫る竜人どもから視線は外さぬまま、天茜が背後の衛士たちに告げる。
「打合わせどおり、竜人は我々が無力化します。騎馬隊は逃げた奴らの確保に回ってください。徒歩の隊員は崩れた連中を」
ちょうど近くにいた血気盛りの、若い衛士たちが輝く笑顔で力強く応じる。
「任せといてください、八重の術師さま!」
「一山いくらの凡人ならではの、統制された数の暴力ってやつを見せてやりますよ!」
「……お、おう」
ガッツポーズで応じる衛士たちに、碧燈は戸惑う。本人がそれでいいならいいが。
「えっと。……ともかく行くか」
「手加減はしてやれよ。解放状態で本気で殴ると弾ける」
何が、とは言わないが。
「へいへい、っと。《この釼は 我がにはあらず》」「《鬼を狩る 大口狼の 威の釼なり》」
かっ、と真紅に月白の桜重ねの、青に薄青の月草重ねの光芒が広がったのは一瞬。
燐光の尾を引くから祭花の目にも辛うじて留まる、それほどの速度で天茜と碧燈が疾駆する。竜人の獣めいた速度など児戯にもならぬ、急降下する鶻鳥の速度で二体の竜人と交錯。
追うように祭花も楯の列を越えて飛び出す。相手が生身の羽人ばかりなら、電磁加速狙撃銃も強化外骨格も威力過剰だ。制服である黄色の位袍姿で、祭花は暴徒の前に立つ。
精鋭たる軽装機動隊所属の彼女は、狙撃以外でも素人になど遅れはとらない。
「ピカ=ピカ、三番!」
「はい祭花、じゃなくて、ピカピカ・ピカーッ!」
……やめろって言われたのに。
だいたい当の天茜は、たった今吶喊していったのだから見てもいないのだが。
ともあれピカ=ピカが(さすがに全身ではなく目だけ光らせて)観測演算の三番を終了。
武装格納亜空間──式神同様、観測演算を受けている間だけ存在する亜空間が消失し、格納していた武装を吐き出す。歩兵用双節根。長柄と棍棒を鎖で連結し、回転半径の大きな長柄の遠心力と棍棒の重量を叩きつける打撃武器だ。
長物の威圧を携えて立ち、祭花は腹の底から声を張った。彼女の役割は竜人につられ、また天茜たちに切り崩されて前方へと潰走してくる羽人の制圧だ。
「さぁ来なさい、堕竜信奉者ども!」
本気で殴ったら駄目、なら、本気で蹴るのももちろん駄目だ。本気じゃない殴る蹴るも、避けた方がおそらく無難。
というわけで。
「ていっ」