ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

二 ⑪

 巻きこまれるのを嫌って普段の客層は皆無、店も臨時休業だ。店名の無い屋台フードワゴン淡翠色たんすいしよく羽化精サービスドリンクを配り、即席の天使ばかりが続々と増えて、ついに白翼のが始まった。

 あと十日もせずに、この国は〈スミゾメ〉なる七堕ナナエに滅ぼされるのだという。

 。だってみんな死ぬ。いっとう特別な二華ふたえをした特級臣民も、それにもかかわらずまるで無意味に。自分たち一咲ひとえみたいに無意味に。

 そしてどうせみんな死ぬのだから、その前に思いきり好きなことをしたい。やっても無駄な努力なんかやめて、政府の監視なんてせせら笑って、思うさま暴れて壊してみたい。

 それぞれの護身刀を抜いて突きあげ、振り回し、歓声と蛮声を張りあげて。天使たちは、沙町いさごちようのパレードは七堕ナナエ招喚のにえ、怠惰で無力な〈たにぞこ〉へと突き進む。

 待ち受けていた官憲の軍勢と対峙たいじして、ひととき足を止めた。

 輸送専用路の分岐にずらと並ぶ、アルミ合金ジユラルミンたての群。鉄機馬くろこまにうちまたが衛門府えもんふ騎馬隊。

 そして武官装束にたちをひっさげた、やまぶき花鈿かざしの二人の術師。

 ヤエブキ機関。

 理性の飛んだ顔と肩口だけを羽毛に覆った、半端はんぱな天使の軍勢を見据えて碧燈あおひは低くつぶやく。


「……うわぁ。けっこういる」


 それはもう、露骨にうんざりと。


「若年層の一部にでも流行してるならそれはそうだろ」


 淡々と返す天茜あかねも、淡々とはしつつもはっきりあきれた様子だ。

 首都圏である皇畿おうきの膨大な人口の、やっぱり膨大な若年層、の一部の七堕ナナエ信奉者・羽化精うかせい乱用者が母数だ。それなりの数の参加者がいると予測はつく。が、一会場にざっくり千人ほどは集まるほど、乱用者におけるバカの割合が多いとは。


「……天茜あかね、こいつら《きんじゆ》でまとめて止められねえ?」


 この数なら物理的暴力より《きんじゆ》の方が迅速なのだが、あいにくと天茜あかねは難しい顔だ。


「これだけの人数を《禁じる》には、俺程度じゃ細かい調整がきかない。潰しそうで怖いな」

「あー……」


 二華ふたえの中でも霊力量の多いの術師が、一咲ひとえに下手に術をかけるとそうなるのである。

 で、天茜あかねと比べた場合、碧燈あおひの方がだんぜん霊力量は多いしその割に細かい調整はもっと苦手なので、彼が《きんじゆ》をかけるのは更にダメだ。


「……地道に制圧するしかねえってことか」「残念ながら」


 やりとりが一段落したのを待っていたわけでもなかろうが、特にこうふんした天使の数人がついにばらばらと駆けだす。たまたま近い側にいた碧燈あおひに、抜き身の護身刀を振りかざして肉薄。


「死ね、悪の手先!」「裁きを受けろ!」「たましいもない二本角め!」


 いくらなんでも雑すぎる罵倒にも思いきり嘆息して、碧燈あおひは応じた。


「はいはいよいしょー」


 やる気のない掛け声と共に、解放前でやいばも封じた状態のたちを片手でよこぎ。

 いまどきの護身刀の例に漏れず、木製か刃引きの刀身をまとめてぶち折りつつ、天使──気取りの羽人うじんどもを無造作に殴り飛ばした。

 ぎゃんとかぐえぇとか鳴いて、羽人うじんたちは吹っ飛んで転がる。

 生体強化者タケルの一撃とはいえ、踏みこみもせず腰も入っていない完全なる手打ちの一撃で、パレードの足元までごろごろ転がって戻っていった。

 竜の戦闘力だとか強靱きようじんさだとか、そんなもの一切感じられないひ弱さで。

 取り締まる側なのでもちろん知っていたはともかく、羽人うじんの集団はそろってがくぜんとなる。これは一体どういうことだ。天使とは竜人に次ぐ選ばれた戦士じゃないのか!?

 やっぱりやる気なくたちかついで、碧燈あおひは容赦なく宣告する。


「はいこのとおり。羽化精うかせいってのは飲んで変身したって強くならない。なんなら変身前よりもクッッッッッッッソ弱い」


 酸素の交換効率は無論、肺活量も底上げされた肺腑はいふから、声は朗々と一帯に響き渡る。


「なんでかっていうと、その羽って実は単なる幻影の霊術なんだよな。着た上からホログラム投影して色変える服あるだろ。あれをちゃちにしたようなもん」


 羽化精うかせいとは所詮、りゆうかせいのダウングレード版──劣化品だ。

 まとう翼は無意味な幻でしかなく、力を与えも身を守りもしてくれない。


「で、その幻影霊術を霊力のない一咲ひとえの体でムリヤリ発動するために、霊力の代わりにする仕組みになってる。──ホログラム着てるだけで人間の体のまま、生命力までごっそり削られちゃそりゃ飲む前より弱くなるよな?」


 それはもう、本人は薬物の興奮で自覚できていないだけで今すぐ安静にすべきくらいに。


「つーわけで、これは善意の忠告。今すぐ全員投降しろ。羽化精うかせい使ったってだけなら、しっかり食って何日か休めばまぁ回復する。違法薬物イリーガルドラツグ使用も、この一回だけならそこまでヤバい刑にはならない。けど、降伏しねえで暴れて、俺らとやりあうってんなら」


 衰弱しきった体を戦闘に酷使する危険性からも。国家機関への抵抗という罪状からも。


「命の保証はしてやれねえぞ」


 一部始終をたりにした特に最前列付近は、その宣告にはっきりとひるむ。

 そのきようだをかき消さんと、群衆から人影が飛び出す。獣めいた速度。全身によろう鉄色のうろこ


「惑わされるな天使たち、そんなものはうそだ!」「私を見ろ、これが真実だ!」


 りゆうかせい。こちらは本物の、だりゆうこうの戦闘用霊術薬。


「……〈シンヘイ〉のか。そりゃこっちにもいるよな」

シンヘイ〉にはパレードは陽動だが、烏合うごうの衆を陽動に使う以上は誘導要員は必要だ。またの本隊捕縛に備えるなら最低限、七堕ナナエ招喚が可能な程度の戦力も配置する。

 迫る竜人どもから視線は外さぬまま、天茜あかねが背後のたちに告げる。


「打合わせどおり、竜人は我々が無力化します。騎馬隊は逃げたやつらの確保に回ってください。の隊員は崩れた連中を」


 ちょうど近くにいた血気盛りの、若いたちが輝く笑顔で力強く応じる。


「任せといてください、の術師さま!」

「一山いくらの凡人ならではの、統制された数の暴力ってやつを見せてやりますよ!」

「……お、おう」


 ガッツポーズで応じるたちに、碧燈あおひは戸惑う。本人がそれでいいならいいが。


「えっと。……ともかく行くか」

「手加減はしてやれよ。解放状態で本気で殴ると


 何が、とは言わないが。


「へいへい、っと。《このたちは 我がにはあらず》」「《鬼を狩る 大口狼おおぐちまがみの いつたちなり》」


 かっ、と真紅に月白の桜重ねの、青に薄青のつきくさがさねのこうぼうが広がったのは一瞬。

 りんこうの尾を引くからまつりかの目にもかろうじて留まる、それほどの速度で天茜あかね碧燈あおひが疾駆する。竜人の獣速度など児戯にもならぬ、急降下するハヤブサの速度で二体の竜人と交錯。

 追うようにまつりかたての列を越えて飛び出す。相手が生身の羽人うじんばかりなら、AM強化外骨格エクサスケルトン威力過剰オーバーキルだ。制服である黄色の位袍いほう姿すがたで、まつりかは暴徒の前に立つ。

 精鋭たる軽装機動隊所属の彼女は、狙撃以外でもしろうとになど遅れはとらない。


「ピカ=ピカ、三番!」

「はいまつりか、じゃなくて、ピカピカ・ピカーッ!」


 ……やめろって言われたのに。

 だいたい当の天茜あかねは、たった今とつかんしていったのだから見てもいないのだが。

 ともあれピカ=ピカが(さすがに全身ではなく目だけ光らせて)観測演算の三番を

 武装格納亜空間ストレージ──式神同様、観測演算を受けている間だけ存在する亜空間が消失し、格納していた武装を吐き出す。歩兵用双節根フツトマンズフレイル長柄ながえこんぼうを鎖で連結し、回転半径の大きな長柄ながえの遠心力とこんぼうの重量をたたきつける打撃武器だ。

 長物の威圧を携えて立ち、まつりかは腹の底から声を張った。彼女の役割は竜人につられ、また天茜あかねたちに切り崩されて前方へと潰走してくる羽人うじんの制圧だ。


「さぁ来なさい、堕竜信奉者トカゲども!」


 本気で殴ったら駄目、なら、本気で蹴るのももちろん駄目だ。本気じゃない殴る蹴るも、けた方がおそらく無難。

 というわけで。


「ていっ」