ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

二 ⑫

 会敵した竜人(これが真実だ! とか叫んでた方)の顔面を、碧燈あおひは靴底で

 のうしんとうを起こしてぶっ倒れる肩口を逆の足で踏み、蹴りだして再び跳躍。羽人うじんの先頭に一跳びに到達し、わっ、と身を引く彼らのやっぱり顔面を踏んづけながら疾走する。

 生体強化は重量は増加しないが、十代の少年の全体重という時点で頭にぶつけたら駄目である。りゆうかせいの簡易《駆動装甲》──《》が多少の衝撃なら分散する竜人も、装甲自体持たない羽人うじんも等しく気絶。なんなら羽人うじんに至っては、踏む瞬間に膝と足首で衝撃を吸収してやる気遣いつきだ。

 それなりに速度が出ているので、はしなくとも若干可能性はあるので。

 ひとなみの中に竜人を見つけたならそいつに、いない場合にはとりあえず進路上にいた羽人うじんに頭上からの踏みつけをお見舞いし、失神した彼らのしかばねを累々と残して碧燈あおひは駆ける。

 なお、軍靴ブーツの底面全体で踏みつけているのはうっかり顔の骨を割らないための用心であって、別に馬鹿にしているわけではない。

 馬鹿にしているわけではないのだが、顔面を踏んづけられたあげく靴跡をべったりつけられて倒れる側からすれば、あまりにも人をにした攻撃ではある。


「くそっ、ふざけるなよ!」「これだから二本角は──!」


 竜人に加えて血の気の多い羽人うじんまで、むきになってつっこんでくる。

 なにしろ獲物の方から近づいてくれるのだから、碧燈あおひからすれば倒すのがむしろ楽になる。


「よいせ。……っと、」


 いかにも頑健な体軀たいくの、大柄な竜人が衝撃に耐え、足をつかまんとかぎづめ鋭い両手を伸ばす。

 見てとるなり、碧燈あおひは前方への跳躍を即座に真上へと切り替えて飛びあがった。

 小さく体を丸めての後方宙返りで両手ともを空振りさせ、回転半径を縮めて回転速度をあげた、その速度をそのままに突き蹴り。

 空振って交差した竜人の両腕の、交点に一撃を加えててつついさながらたたき折った。

 時速数百もの速度で疾走し、曲芸よりも躍動するのが踏破術師だ。その当代として動体視力も姿勢制御能ももうきん以上に強化された碧燈あおひには、竜人などはあまりにも

 両腕を蹴り折られ、竜人は悲鳴もあげられずにうずくまる。

 その無惨を平然と捨て置き、碧燈あおひは次のへと飛び移った。

 踏破方とうはがた碧燈あおひはりゆうがた天茜あかねとは設計思想が異なり、単純な疾走速度なら碧燈あおひの方が速い。飛びだしてきた竜人の顔面を踏みつけて気絶させ、そのままパレード本隊を踏んづけて走る双子の弟の様は、後続する天茜あかねの目にも映る。


「また器用なことを……」


 そしてちょっとあきれる。本気で殴るなとはたしかに言ったが、軽めに踏めとも人の頭の上を走れとも言った覚えはないのだが。

 まあ、高速かつ精密な疾走能力を第一に改造された踏破術師の碧燈あおひには、対人戦闘に転用するにもアレが一番楽ではある。倒される側のプライドには気の毒だが。

 あいにくと、七堕ナナエとの戦闘を主目的に改造された破竜術師の天茜あかねには、手加減をするにもあんな優しいやり口は存在しない。

 もう一人の竜人(惑わされるなとか叫んでいた方)の間合いにいつそくで侵入、はっきり遅れて竜人が反応。護身刀を改造したながまきを振りかぶり、天茜あかねめがけて打ち下ろす。

 その軌道を強化された動体視力で捉え、天茜あかねもまたたちを振るう。切りあげの太刀筋で、ながまきの軌道に精確に割りこみ。刀のむね同士が接触した瞬間に、刀身の角度を変えてからめとるや。

 受けとめるでもはじばすでもなく、相手の斬撃の方向を変えて上方へと


「がっ……!?」


 両手の骨とけんを破断された竜人が、激痛に白目をいて棒立ちになる。

 打撃・斬撃武器は、打ちあった際に武器の重量と速度が使い手自身に跳ね返る。耐えるには鍛錬による筋骨の頑健化が不可欠で、己が得物の間合いも把握していない──素振りもろくにしたことのないしろうとをせずに済むものではない。まして素手でヒグマや虎を以下略の、の術師の超強化された身体からだが相手では。

 半ば失神してよたつく竜人の、棒立ちの横をすり抜けて天茜あかねたちから左手を放す。空けた左手で竜人の後ろ襟首をつかみ。

 布人形でもそうするように、軽々と持ちあげてぶん投げた。

 竜人の後続のパレードに。

 人間一人の重量を頭上にくらった羽人うじんどもが周囲を巻きこんで転倒。大きく崩れた人波に、天茜あかねは踏みこむ。中にいた別の竜人の肩口を疾走の勢いのまま飛び越え、空中でたちを振るって背後から肺にやいばをさしこんだ。──片肺破壊による酸素交換の阻害。

 激痛と酸欠でまともに動けなくなるが、肺は二つあるから窒息死まではしない。かいほうそうであるから血と空気が心臓を圧迫する恐れもない。天茜あかね膂力りよりよくで突きこむとそれこそ胸郭きようかくはじけるので、力の入りづらい空中で後ろ手に刺した。

 着地と同時に抜いたたちを払い、首根っこをつかんで今度ははらうように眼前の集団にたたきこむ。横殴りのとうてきにまたしても羽人うじんどもが転倒、さすがに周囲が泡をくって逃げだした。

 一挙に崩壊した隊列の中、踏み留まった次の竜人を狙い。天茜あかねは壊乱の狭間はざまを疾走する。

 の術師二名に斬りこまれたパレードは、またたに壊乱。

 てんでに逃げだす羽人うじんどもは、回りこんだ騎馬隊に逃げ道を封じられる。重軍馬デストリア並みの巨体を誇る馬型機巧自在からくりじざい鉄機馬くろこま〟の、本物の馬とは違って一切のきようだを持たない威圧に腰を抜かし、また無謀にも立ち向かって馬上から棒やらやりやらでたたせられる。

 そして往生際おうじようぎわ悪くもなおも逃げた者は、残された唯一の逃げ道。

 前方、たての壁と得物の先端をそろえて待ち構えるたちの下へと。

 隊列を維持していればまだしも、散り散りの烏合うごうの衆だ。間合いに入るなりかっとんでくる警棒や六尺棒に、体重を乗せたたてごとの体当たりに、羽人うじんどもはもろくもうち伏せられる。

 そしてうめくいどりの霊術陣が展開するや宙を走る、雷撃や風の塊や衝撃波に。


「ああもう、ヤエブキ機関の坊やたちは本当に出力が無茶苦茶なんだから!」

「明日から俺らの立場がなくなる……」


ことだま》を唱えたりたちを向けたり殴ったり蹴ったり、かシャベルでどついたり。次々に羽人うじんらをぶちのめすのは、やはりパレード鎮圧に駆りだされた呪禁寮じゆごんりよう呪禁師じゆごんじたちだ。

 彼ら自身がぼやくとおり、の術師ほどの理不尽な霊力も身体能力もないけれど、体表にいれずみとして施した《》と体術の心得、鍛錬を積んで精密な各種攻撃霊術。特に大柄な一人など、鬼神さながらかなさいぼうをぶん回して羽人うじんどもを空に打ちあげている。

 進む者は呪禁師じゆごんじが、きびすかえした者は騎馬隊が無力化する暴力の嵐の中、すり抜けた一人の羽人うじんが不意に加速してたての列へと突進。取りだした硝子瓶アンプルを胸元にたたきつけて割り、あおぐろく光るりゆうかせいを浴びると同時に竜鱗りゆうりんよろいを全身にまとう。無力な羽人うじんから、強靱きようじんなる竜人へ。


「せめて一矢いつし報いてやる! 死ね、官憲!」


 受けて正面、進路上にいたが飛びだしてほうこうする。


「来いやぁあああああああああああ!」


 猛然と迫る竜人にたてを向け、両足を前後に開いて重心を前に置いた盤石の構え。その大きな、成人男性の背丈ほどもあるアルミ合金ジユラルミンたてで、竜人のとつかんを真っ向から受けとめた。

 かどで。


「えっ」


 軽量とはいえ金属である。きっぱり硬い。しかもかど

 人体から聞こえたらダメな感じの、それはそれは生々しい衝突音が響き渡った。

 なにしろ《》が生みだした人外の速度で、よりにもよってたてかどに──狭い分だけ力が集中する箇所に頭から激突したのである。一発でひっくり返ったところに、くだんと周囲の同僚一同が容赦なく追撃。両手でたてを振りかぶって思いきりぶん殴る、衛門府えもんふ伝統の暴徒制圧術でぼかすかたたきのめす。

 身も蓋もないが、凶賊のたぐいに対処するなら集団の方が安全だし、帝都の治安維持を名誉とするたちには一騎打ちの誉れなんぞ知ったことではないのである。