会敵した竜人(これが真実だ! とか叫んでた方)の顔面を、碧燈は靴底で踏みつける。
脳震盪を起こしてぶっ倒れる肩口を逆の足で踏み、蹴りだして再び跳躍。羽人の先頭に一跳びに到達し、わっ、と身を引く彼らのやっぱり顔面を踏んづけながら疾走する。
生体強化はそこまで重量は増加しないが、十代の少年の全体重という時点で頭にぶつけたら駄目である。竜化精の簡易《駆動装甲》──《加速竜鎧》が多少の衝撃なら分散する竜人も、装甲自体持たない羽人も等しく気絶。なんなら羽人に至っては、踏む瞬間に膝と足首で衝撃を吸収してやる気遣いつきだ。
それなりに速度が出ているので、弾けはしなくとも若干潰れる可能性はあるので。
人波の中に竜人を見つけたならそいつに、いない場合にはとりあえず進路上にいた羽人に頭上からの踏みつけをお見舞いし、失神した彼らの屍を累々と残して碧燈は駆ける。
なお、軍靴の底面全体で踏みつけているのはうっかり顔の骨を割らないための用心であって、別に馬鹿にしているわけではない。
馬鹿にしているわけではないのだが、顔面を踏んづけられたあげく靴跡をべったりつけられて倒れる側からすれば、あまりにも人を虚仮にした攻撃ではある。
「くそっ、ふざけるなよ!」「これだから二本角は──!」
竜人に加えて血の気の多い羽人まで、むきになってつっこんでくる。
なにしろ獲物の方から近づいてくれるのだから、碧燈からすれば倒すのがむしろ楽になる。
「よいせ。……っと、」
いかにも頑健な体軀の、大柄な竜人が衝撃に耐え、足を摑まんと鉤爪鋭い両手を伸ばす。
見てとるなり、碧燈は前方への跳躍を即座に真上へと切り替えて飛びあがった。
小さく体を丸めての後方宙返りで両手ともを空振りさせ、回転半径を縮めて回転速度をあげた、その速度をそのままに突き蹴り。
空振って交差した竜人の両腕の、交点に一撃を加えて鉄槌さながら叩き折った。
時速数百令里もの速度で疾走し、曲芸よりも躍動するのが踏破術師だ。その当代として動体視力も姿勢制御能も猛禽以上に強化された碧燈には、竜人などはあまりにも遅い。
両腕を蹴り折られ、竜人は悲鳴もあげられずにうずくまる。
その無惨を平然と捨て置き、碧燈は次の足場へと飛び移った。
踏破方の碧燈と破竜方の天茜とは設計思想が異なり、単純な疾走速度なら碧燈の方が速い。飛びだしてきた竜人の顔面を踏みつけて気絶させ、そのままパレード本隊を踏んづけて走る双子の弟の様は、後続する天茜の目にも映る。
「また器用なことを……」
そしてちょっと呆れる。本気で殴るなとはたしかに言ったが、軽めに踏めとも人の頭の上を走れとも言った覚えはないのだが。
まあ、高速かつ精密な疾走能力を第一に改造された踏破術師の碧燈には、対人戦闘に転用するにもアレが一番楽ではある。倒される側のプライドには気の毒だが。
あいにくと、七堕との戦闘を主目的に改造された破竜術師の天茜には、手加減をするにもあんな優しいやり口は存在しない。
もう一人の竜人(惑わされるなとか叫んでいた方)の間合いに一足で侵入、はっきり遅れて竜人が反応。護身刀を改造した長巻を振りかぶり、天茜めがけて打ち下ろす。
その軌道を強化された動体視力で捉え、天茜もまた釼を振るう。切りあげの太刀筋で、長巻の軌道に精確に割りこみ。刀の棟同士が接触した瞬間に、刀身の角度を変えて絡めとるや。
受けとめるでも弾き飛ばすでもなく、相手の斬撃の方向を変えて上方へと擦り飛ばした。
「がっ……!?」
両手の骨と腱を破断された竜人が、激痛に白目を剝いて棒立ちになる。
打撃・斬撃武器は、打ちあった際に武器の重量と速度が使い手自身に跳ね返る。耐えるには鍛錬による筋骨の頑健化が不可欠で、己が得物の間合いも把握していない──素振りもろくにしたことのない素人が怪我をせずに済むものではない。まして素手でヒグマや虎を以下略の、八重の術師の超強化された身体が相手では。
半ば失神してよたつく竜人の、棒立ちの横をすり抜けて天茜は釼から左手を放す。空けた左手で竜人の後ろ襟首を引っ摑み。
布人形でもそうするように、軽々と持ちあげてぶん投げた。
竜人の後続のパレードに。
人間一人の重量を頭上にくらった羽人どもが周囲を巻きこんで転倒。大きく崩れた人波に、天茜は踏みこむ。中にいた別の竜人の肩口を疾走の勢いのまま飛び越え、空中で釼を振るって背後から肺に刃をさしこんだ。──片肺破壊による酸素交換の阻害。
激痛と酸欠でまともに動けなくなるが、肺は二つあるから窒息死まではしない。開放創であるから血と空気が心臓を圧迫する恐れもない。天茜の膂力で突きこむとそれこそ胸郭が弾けるので、力の入りづらい空中で後ろ手に刺した。
着地と同時に抜いた釼を払い、首根っこを摑んで今度は薙ぎ払うように眼前の集団に叩きこむ。横殴りの投擲にまたしても羽人どもが転倒、さすがに周囲が泡をくって逃げだした。
一挙に崩壊した隊列の中、踏み留まった次の竜人を狙い。天茜は壊乱の狭間を疾走する。
八重の術師二名に斬りこまれたパレードは、瞬く間に壊乱。
てんでに逃げだす羽人どもは、回りこんだ騎馬隊に逃げ道を封じられる。重軍馬並みの巨体を誇る馬型機巧自在〝鉄機馬〟の、本物の馬とは違って一切の怯懦を持たない威圧に腰を抜かし、また無謀にも立ち向かって馬上から棒やら槍やらで叩き伏せられる。
そして往生際悪くもなおも逃げた者は、残された唯一の逃げ道。
前方、楯の壁と得物の先端を揃えて待ち構える衛士たちの下へと。
隊列を維持していればまだしも、散り散りの烏合の衆だ。間合いに入るなりかっとんでくる警棒や六尺棒に、体重を乗せた楯ごとの体当たりに、羽人どもは脆くもうち伏せられる。
そして梅喰鳥の霊術陣が展開するや宙を走る、雷撃や風の塊や衝撃波に。
「ああもう、ヤエブキ機関の坊やたちは本当に出力が無茶苦茶なんだから!」
「明日から俺らの立場がなくなる……」
《言霊》を唱えたり釼を向けたり殴ったり蹴ったり、何故かシャベルでどついたり。次々に羽人らをぶちのめすのは、やはりパレード鎮圧に駆りだされた呪禁寮の呪禁師たちだ。
彼ら自身がぼやくとおり、八重の術師ほどの理不尽な霊力も身体能力もないけれど、体表に刺青として施した《身体強化》と体術の心得、鍛錬を積んで精密な各種攻撃霊術。特に大柄な一人など、鬼神さながら金砕棒をぶん回して羽人どもを空に打ちあげている。
進む者は衛士や呪禁師が、踵を返した者は騎馬隊が無力化する暴力の嵐の中、すり抜けた一人の羽人が不意に加速して楯の列へと突進。取りだした硝子瓶を胸元に叩きつけて割り、蒼黒く光る竜化精を浴びると同時に竜鱗の鎧を全身に纏う。無力な羽人から、強靱なる竜人へ。
「せめて一矢報いてやる! 死ね、官憲!」
受けて正面、進路上にいた衛士が飛びだして咆哮する。
「来いやぁあああああああああああ!」
猛然と迫る竜人に楯を向け、両足を前後に開いて重心を前に置いた盤石の構え。その大きな、成人男性の背丈ほどもあるアルミ合金の楯で、竜人の吶喊を真っ向から受けとめた。
角で。
「えっ」
軽量とはいえ金属である。きっぱり硬い。しかも角。
人体から聞こえたらダメな感じの、それはそれは生々しい衝突音が響き渡った。
なにしろ《加速竜鎧》が生みだした人外の速度で、よりにもよって楯の角に──狭い分だけ力が集中する箇所に頭から激突したのである。一発でひっくり返ったところに、件の衛士と周囲の同僚一同が容赦なく追撃。両手で楯を振りかぶって思いきりぶん殴る、衛門府伝統の暴徒制圧術でぼかすか叩きのめす。
身も蓋もないが、凶賊の類に対処するなら集団の方が安全だし、帝都の治安維持を名誉とする衛士たちには一騎打ちの誉れなんぞ知ったことではないのである。