ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

二 ⑮

 ほら見なさい、だいたい動かなくて邪魔だからと外すものでもないといつも言っているでしょう、と女性医官が天茜あかねをひっぱっていって、戻ってきた天茜あかねは今度は左腕をっていて。

 つまり外した左腕をつけ直したのだろうが、全くの部品扱いにまつりかはむしろ胸が悪くなる。


「……痛くないの?」

「痛覚は遮断できるから、特には」


 おそるおそる聞いて、平然と言われる。まつりかはけれどぎゅっと顔をゆがめた。

 天茜あかねはもう慣れてしまっているのか、そうやってなんでもないことのように言うけれど。


「遮断してるんならそうするくらい痛いんじゃないの。それは痛くないって言わないよ……」


 天茜あかねは一瞬、虚をつかれた顔をした。

 それからなんだか、肩の力が抜けるみたいに笑った。


「そうだな」


 かたわらの碧燈あおひはなにやら露骨になんていせんざいに目をやり、ピカ=ピカはおもむろに羽づくろいをはじめて、気づいた風もなく天茜あかねが続ける。


「それと、さっきは悪かった。手当てをしてくれようとしたのに拒否して」

「えっ、ううん! だってに触らないようにって考えてくれたんでしょ。わたしこそありがとう。助けてくれて」


 ところで碧燈あおひが今度は扇で自分をあおぎ始めたのはなんなのだろう。寝殿はまだ鋼蔀はがねじとみ硝子ガラスじとみも降ろしてなくて、涼しく夜風が吹き抜けてるんだから暑いわけないのに。


碧燈あおひさま……わたくしどもはこっそり席を外した方がよろしいような」

「俺もそうしたいけど、そういうわけにもいかないだろ。まだ話の途中なんだから」


 挙句ひそひそと言いあっている。きょとんと見つめるまつりかと、不審げに見やった双子の兄に、嫌そうに息を吐いて碧燈あおひは言った。


「そろそろ話戻すけど。……状況が変わったって?」


 天茜あかねはまだ怪訝けげんそうなままだったが、とりあえずうなずく。


「ああ。先ほどの七堕ナナエの出現が単なる偶然ならいいが、こちらの把握していない招喚手段によるものだったらまずいと思って。斎王府さいおうふに霊力分布の記録を確認してもらったんだ」


 八千穂国やちほのくに全域の霊脈を──国土全体の霊力生成と循環を管理する霊術官司かんし斎王府さいおうふ。管理のために霊脈出力の常時観測も行っている彼らの、その観測結果。


七堕ナナエ出現に先立って、会場一帯の霊力総量が異常低下していたそうだ。沙町いさごちようだけでなく他のパレード会場でも、七堕ナナエが出現しなかっただけで同様の霊力総量の低下が──くらいの低下が見られたとか」


 七堕ナナエを招喚するのに、ぎりぎりで足りなくもない死者数だ。まつりか碧燈あおひもぴんとくる。

 羽人うじんが──羽化精うかせい服用者が集まっていた、七堕ナナエ招喚パレード。


「服用者本人の生命力を、死ぬ寸前まで削って幻影の霊術にするドラッグだから、」

「大勢が羽化精うかせいを使えばそれだけ、その場の生命力と霊力の総量が下がるってことか」

「加えて、羽化精うかせいが含有する霊力は一咲ひとえが飲むには危険な量だ。全身でを誘発したはずだし、その細胞死が更なる生命力低下の要因になる。……羽化精うかせいの乱用で資金源にされるなんてものじゃない。悪意しかないな」


 ひとしお鎮酒しづきを、さかずき三つまで。

 過ぎればどうなるかは、説明されずともまつりかにも想像がついた。霊力の少ない一咲ひとえの体は、霊力の器としてもきっと小さい。水を入れすぎた袋のように、張り裂けるのだろう。

 その羽化精うかせいよりもにんぎよしゆの濃度が高いりゆうかせいは、だから、封印保存瓶アンプルを割り、中の液体をことで《》をまとうのだ。当然、だりゆうこうにんぎよしゆ大量摂取の弊害をも知っているはずで、にもかかわらず羽化精うかせいを製造、まんえんさせている。

 遊びの連中など死んでも構わない、むしろ死んでしまえとそういうつもりで。


「……ただ、最初っから七堕ナナエ招喚薬として作ったにしては筋が通らないよな?」


 そんなものがあったなら〈纐纈染しぼりぞめ〉以来、ひたすらに追いつめられる各地のだりゆうこうはとっくに七堕ナナエ招喚に踏みきっていたろう。千人単位の服用者が必要なら、資金もなければ交友関係も狭い若年層は顧客として不適切だし、そもそも外部にまんえんさせて捜査機関の目を引く必要もない。同様に〈シンへイ〉のパレードも、ただ服用者の数をそろえる目的だけなら。


「ああ。だから当のだりゆうこう七堕ナナエ招喚薬の用途には気づいていなかったんだろう。ただ、だからこそ朝廷も後手に回った。〈シンへイ〉のパレードを招喚用途のけんでんに利用されたかたちだ」


 まつりかは表情を険しくする。それはつまり。


「……まだ生き残ってるだりゆうこうが、起死回生の手段として羽化精うかせいを利用するかも」

羽化精うかせいを作る程度のにんぎよしゆなら、りゆうかせいよりはるかに小規模な設備でも量産できる。りゆうかせい工場は撲滅したと判明している場所も、全て調査しなおすことになるな」


 より危険なりゆうかせいの撲滅を優先し、無力な羽化精うかせいは二の次としてきたがために。

 虐殺が七堕ナナエ招喚の儀式となるといっても、必要な犠牲は最低でも千人単位。確実を期すなら万の単位だ。テロどころか戦争や災害の域である。けれど、薬物の服用なら場所はいくらでもあるし、服用だって構わない。


羽化精うかせいの製造元をたたかないと、七堕ナナエテロ対策にならないってことか」

「そういうわけだ、まつりか右衛門府うえもんふでも再調査をしてくれ。……それと、」


 うなずきかけたまつりかは、続いた言葉に顔をあげる。


「〈シンへイ〉が羽化精うかせいによる招喚を知らなかったなら、彼らとは別に七堕ナナエ招喚薬の用途を知っていた黒幕がいる可能性が高い。そいつらとのつながりも、あわせて追ってくれ」

「──偵察から連絡だ。〈かわぎし〉に向かった〈シンへイ〉本隊も完全に鎮圧されたよ」

「そうか。これで〈シンへイ〉の同時多発七堕ナナエテロは、全部失敗したことになるな」


 夜目にも端麗な娘が言い、謹直に背筋を伸ばした青年が応じる。詰襟姿の男装の麗人と、インバネスに合口こしらえの護身刀を差した若者の組合わせは、なにか活劇の宣伝絵ポスターのようだ。

 そして立つ場は、いかにも謹厳な青年と潔癖な麗人には相応ふさわしからぬわいざつだ。

 帝都最大の歓楽街・〝かりゆうがい〟。その『裏街』。

 さえも立ち入らない治外の街にして、非合法の娯楽・サービスの楽園。迷宮なす街並みは濃い霧にとざされ、裏賭博とばくに闇闘技、違法薬物屋や人体改造医が軒を連ねる。

 二人の足元など遺伝子合成の亜人スサビヒナを商う『』であり、数軒先の違法妓楼ぎろうの壁面には現斎王宮さいおうのみやを再現した合成映像のポルノ動画がでかでかとホログラム投影されている。

 おうぞく、それもなんとかの宮の称号を持つ高位おうぞくを組み敷くのはAI生成のポルノでも仮想現実でも生体素材の人形遊女でも、裏かりゆうがいの根強い人気商品だと青年はよく知っている。


「だけど俺たちの実験は成功した。〝御前ごぜん〟がおおせたとおり、羽化精うかせいにより七堕ナナエを招喚できる」


 麗人がうなずく。決然とこうしんをひき結んで。


「それじゃあ、直剣すぐみ

「ああ、ぎんもくせい。──我ら〈セイヤク〉はこれより決起する」


 青年、直剣すぐみは堂々と宣言した。酒と煙草たばこと安いこうが混じる苦い夜霧にそれは硬質に落ちる。

 頭上にはまるで帝都を押しひしぐように、いつもの塔が降りている。

 塵霧じんむに沈む帝都にはまるで異質なけんらんの塔がさんぜんと、傲然と、けがれた夜空に君臨している。

 世界救済の大霊術と、ここのえ皇家おうけうたう金剛の巨塔。千万丈塔せんまんじようとう

 眼下の民も顧みず、そのくせ民から搾り取り、それのみに皇家おうけが注力してきたけんらんの塔。天の彼方かなたより降り来たる、まるで誰かを──おうぞくどもを、天の彼方かなたへと至らせる梯子はしごのような。

 皇家おうけが固執するこの塔も。己ひとり清浄を保ち天空を目指す、高慢なる皇家おうけそのものも。


「……見ていろ。今にたたとしてやる」