「では、茨宮のお兄さまが雷など落とさず済むよう、わたくしも心してお話ししますわね。──羽化精を用いた七堕招喚につきまして。密務省より経過報告が参りました」
諜報と情報統制、不穏分子粛清を司る皇京官司である。あと広報。
「〈神兵〉の羽化精購入先は全て把握、そこから辿って羽化精工場を洗いだしているところですわ。……そう、〈神兵〉構成員はいずれも七堕招喚薬としての効能を認識していませんでした。天茜の推測どおり、パレードを実験・喧伝とした黒幕が別におりましたわ」
風に揺れるのは認識阻害機能もない水晶御簾で、けれど綾水蓮は声も潜めない。内廷は強固な結界に護られ、部外者は無論《使い羽》──使役用人造精霊さえも侵入できない。
「パレードが実験であった以上、黒幕は本番用の羽化精をすでに有していると見るべきです。近日中に動くと見て、現在、保有戦力と羽化精の在処を最優先で調査しています」
「経過報告というより最終報告一歩手前だな。調査数日でもう黒幕まで行きついたのか」
「相変わらず仕事早ぇなー。……まあけど、そりゃそうか」
「ええ、そりゃそうですわ」
逮捕者からの情報取得は容易かつ確実、加えて密務省は全国に張り巡らされた数々の監視網を統括する機関だ。この国に朝廷の──皇家の目の届かぬところなどない。
ころころ笑って綾水蓮は言う。紅と白の一品親王の禁色。桜の花鈿。
四季を通じて咲く性質から永遠の繁栄の象徴とされ、九重の皇家の紋章でもある桜の花の。
「我らココノエ機関を舐めてもらっては困りますわ。なにしろ最高権力者ですもの」
祭花の同期の凜雪は、サイドテールと金色の狐耳がトレードマークの長身の娘だ。
骨格は有機プラスチック、外装は合成毛皮でまったくの飾りだが、電子情報界接続素子経由でぴこぴこ自由に動かせる。歌流街最高の大見世で伝説上の傾国を模し、狐型の生体部品で身を飾って人気を博した元最高級遊女の祖母にちなんでのアクセサリーだ。
「それで、どうなの祭花。ヤエブキ機関との協同は」
今日明日は天茜が左腕の治療で動けないそうで、だから祭花も休みをもらった。やはり非番の凜雪と一緒に買い物に来た〈裾野〉の高級百貨店の、ちょっぴりお高めの食事処。
八千穂国の外食では一般的な、一汁三菜の御膳である。植物工場製の水生米に、今日はいい培養魚が入ってるよと勧められたので焼鮭。お汁は豚肉と鶏肉と鉄砲肉と悩んで、野菜もたっぷりの豚汁にした。凜雪は鉄砲肉のつみれ汁だ。
「すごい順調に進んでるよ。ココノエ機関ってやっぱりすごいんだね」
残る堕竜講の摘発も、羽化精工場の捜索も。衛門府の全力の捜査はもちろんだが、それを補佐する密務省の情報提供がやたらと正確な上に潤沢なのである。
あー、と凜雪は淡く苦笑する。
「監視カメラも接続素子も国民データベースも、ぜんぶ密務省の管轄だもんね」
公共空間全体に配され、自宅を一歩出るなり個人特定する監視カメラ網。あらゆる公共・民間サービスの利用と同様に国民番号と紐づけられた情報界接続素子。収集されたそれら監視記録から最新容姿と思想傾向と要注意度を抽出し、随時更新される国民データベース。
捜査には大きな力となるこれらは、それ以外にも国家の大権に関わる業務は皆、御所に置かれた皇京官司の管轄だ。左右衛門府のような帝都官庁には預けられない。
ただ、凜雪が訊きたかったのはそんなことではないのだ。椀を置いてずいと身を乗りだす。
「あのね祭花。そうじゃなくて、術師さまたちとはどうなの?」
「ん? 仲良くやってるよ?」
「だからそうじゃなくて。……端的に言って、かっこよかったりするの?」
なにしろ、祭花のおしゃれレベルが別人みたいに上がっているのである。
着任以来ずっと身だしなみ程度で済ませていたのが、今や化粧はもちろん、髪も肌も爪も念入りに手入れされている。さりげなく袖香、それも季節と字名に合わせた茉莉花の甘く柔らかな香りまで忍ばせているのだからこれはもう一大事だ。
「さんざん言っても目についた物を適当に使っていただけのヘアケアとスキンケアとメイクを、ついに替えました。帝都百貨店のブースで、相談して合うものを選んで」
「ピカ=ピカ!」
「あら。思った以上に気合入ってた」
「年頃だしせっかく美人なんだし、磨かないのもったいなかったもんな。いいこった」
凜雪の根付のカチ=カチ(カササギ型)まで続けるから、真っ赤になって祭花はうつむく。
「だって。二人ともいい匂いするんだもん……」
なにかの拍子にふわりと薫る、あえかな香。天茜は清雅な白檀で、碧燈は涼しい不言花の。
それに羨ましくなるくらいさらさらの髪や、些細な動作でも余計な音を立てないからこそ際立つ衣擦れの音や。立居振舞だって、特に天茜は上品だし。
「皇京の術師さまなら位階持ちだものね。何位の方なの?」
祭花はしばし考えた。
「……わかんない」
「わかんないって。そんなの、袍の色見れば一発でわかるでしょ」
官人が仕事中に纏う袍の色はその者の位階に対応している。ゆえに位袍というのだが。
「わかんない。だって、二人ともいつも直衣着てるから」
形こそ位袍と同じだが、自由な色彩に染めているのだからあれは直衣だろう。制服のようにいつも桜重ねを着ている天茜はともかく、碧燈はしばしば重ね色目を変えてさえいる。好きな色なのか青系が多くて、先日は青の濃淡の水色重ねだった。
凜雪がぎょっとなる。
「ちょ、ちょっと待って。直衣? ……それ雑袍聴許賜ってるってことじゃない!」
祭花はきょとんとなる。
「ざっぽうちょうきょ?」
「正装の位袍じゃない、普段着の雑袍のままで出仕していい特権! 筒花の一門とか檀の一門とか、そういう大貴族の家長とか御曹司とかでもなきゃまず出ないやつ!」
まくしたててから、凜雪は呆然と宙を仰いだ。
「なるほど……さすがは御前会議直属のヤエブキ機関、皇京の精鋭術師さまね……。あたしら下っ端とは文字どおり住む世界が違うわ……」
そういえば、二人がどこの家門なのか聞いたことないなと祭花は思う。
聞くまでもなく術師家門のどれかなのだろうけれど、──他の兄弟や両親の話も、一度も。
「そりゃあ一緒にいたら、いろいろ気になっちゃうわよね。服とか髪とか香とか。あたしたち普段外回りだし、やっぱり日焼けとか汗とか」
それだけじゃないんだろうけど、と見やったが、純朴を通り越して鈍々な祭花は気づかない。あげく、外回りに反応してのほほんと訊いてきたりする。
「そっちはどう?」
凜雪は軽装機動隊ではなく、飛行型機巧自在を扱う航空二課の所属だ。ついでにヤエブキ機関との連絡要員でもない。
「そりゃ大変よー。主だった堕竜講が次々捕まるもんだから捨鉢になってあたふた動く小物は絶えないし、他の堕竜講が動いてるからじゃあ自分たちもって今さら動くバカも絶えないし」
言いながらちろりと、凜雪は奥の席に視線をやった。
「ああいうのとか」
追ってこちらはうんざりと、祭花が目を向けた先。