ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

三 ②

「では、茨宮いばらのみやのお兄さまが雷など落とさず済むよう、わたくしも心してお話ししますわね。──羽化精うかせいを用いた七堕ナナエ招喚につきまして。みつむしようより経過報告が参りました」


 諜報ちようほうと情報統制、不穏分子粛清をつかさど皇京おうきよう官司かんしである。あと広報。


「〈シンへイ〉の羽化精うかせい購入先は把握、そこから辿たどって羽化精うかせい工場を洗いだしているところですわ。……そう、〈シンへイ〉構成員はいずれも七堕ナナエ招喚薬としての効能を認識していませんでした。天茜あかねの推測どおり、パレードを実験・けんでんとした黒幕が別におりましたわ」


 風に揺れるのは認識阻害機能もない水晶で、けれどあやすいれんは声も潜めない。うちみやは強固な結界にまもられ、部外者は無論《使つか》──使役用人造精霊さえも侵入できない。


「パレードが実験であった以上、黒幕は用の羽化精うかせいをすでに有していると見るべきです。近日中に動くと見て、現在、保有戦力と羽化精うかせい在処ありかを最優先で調査しています」

「経過報告というより最終報告一歩手前だな。調査数日でもう黒幕まで行きついたのか」

「相変わらず仕事はえぇなー。……まあけど、か」

「ええ、


 逮捕者からの情報取得は、加えてみつむしようは全国に張り巡らされた数々の監視網を統括する機関だ。この国に朝廷の──皇家おうけの目の届かぬところなどない。

 ころころ笑ってあやすいれんは言う。くれないと白のいつぽんしんのうきんじき。桜の花鈿かざし

 性質から永遠の繁栄の象徴とされ、ここのえ皇家おうけの紋章でもある桜の花の。


「我らココノエ機関をめてもらっては困りますわ。なにしろ最高権力者ですもの」


 まつりかの同期のりんぜつは、サイドテールと金色のきつねみみがトレードマークの長身の娘だ。

 骨格は有機プラスチック、外装は合成毛皮でまったくの飾りだが、電子情報界ウエブネツトワーク接続素子経由でぴこぴこ自由に動かせる。かりゆうがい最高の大見世そうまがきで伝説上の傾国を模し、きつねがたの生体部品で身を飾って人気を博した元最高級遊女たゆうの祖母にちなんでのアクセサリーだ。


「それで、どうなのまつりか。ヤエブキ機関との協同は」


 今日明日は天茜あかねが左腕ので動けないそうで、だからまつりかも休みをもらった。やはり非番のりんぜつと一緒に買い物に来た〈裾野すその〉の高級百貨店の、ちょっぴりお高めの食事どころ

 八千穂国やちほのくにの外食では一般的な、一汁三菜の御膳ごぜんである。植物工場製の水生米すいしようまいに、今日はいいが入ってるよと勧められたのでやきざけ。おつゆは豚肉ととりにくてつぽうにくと悩んで、野菜もたっぷりのとんじるにした。りんぜつてつぽうにくのつみれ汁だ。


「すごい順調に進んでるよ。ココノエ機関ってやっぱりすごいんだね」


 残るだりゆうこうの摘発も、羽化精うかせい工場の捜索も。衛門府えもんふの全力の捜査はもちろんだが、それを補佐するみつむしようの情報提供がやたらと正確な上に潤沢なのである。

 あー、とりんぜつは淡く苦笑する。


「監視カメラも接続素子も国民データベースも、ぜんぶみつむしようの管轄だもんね」


 公共空間全体に配され、自宅を一歩出るなり個人特定する監視カメラ網。あらゆる公共・民間サービスの利用と同様に国民番号とひもづけられた接続素子。収集されたそれら監視記録から最新容姿と思想傾向と要注意度を抽出し、随時更新される国民データベース。

 捜査には大きな力となるこれらは、それ以外にも国家の大権に関わる業務はみな、御所に置かれた皇京おうきよう官司かんしの管轄だ。左右衛門府えもんふのような帝都官庁には預けられない。

 ただ、りんぜつきたかったのはそんなことではないのだ。わんを置いてずいと身を乗りだす。


「あのねまつりか。そうじゃなくて、術師さまたちとはどうなの?」

「ん? 仲良くやってるよ?」

「だからそうじゃなくて。……端的に言って、かっこよかったりするの?」


 なにしろ、まつりかのおしゃれレベルが別人みたいに上がっているのである。

 着任以来ずっと身だしなみ程度で済ませていたのが、今や化粧はもちろん、髪も肌も爪も念入りに手入れされている。さりげなくそでこう、それも季節と字名あざなに合わせた茉莉花まつりかの甘く柔らかな香りまで忍ばせているのだからこれはもう一大事だ。


「さんざん言っても目についた物を適当に使っていただけのヘアケアとスキンケアとメイクを、ついに替えました。帝都百貨店のブースで、相談して合うものを選んで」

「ピカ=ピカ!」

「あら。思った以上に気合入ってた」

「年頃だしせっかく美人なんだし、磨かないのもったいなかったもんな。いいこった」


 りんぜつの根付のカチ=カチ(カササギ型)まで続けるから、真っ赤になってまつりかはうつむく。


「だって。二人ともいい匂いするんだもん……」


 なにかの拍子にふわりと薫る、あえかなこう天茜あかね清雅せいが白檀びやくだんで、碧燈あおひは涼しい不言花くちなしの。

 それに羨ましくなるくらいさらさらの髪や、些細ささいな動作でも余計な音を立てないからこそ際立きわだ衣擦きぬずれの音や。立居振舞たちいふるまいだって、特に天茜あかねは上品だし。


皇京おうきようの術師さまなら位階持ちきぞくだものね。何位の方なの?」


 まつりかはしばし考えた。


「……わかんない」

「わかんないって。そんなの、ふくの色見れば一発でわかるでしょ」


 官人が仕事中にまところもの色はその者の位階に対応している。ゆえに位袍いほうというのだが。


「わかんない。だって、二人ともいつも直衣のうし着てるから」


 形こそ位袍いほうと同じだが、自由な色彩に染めているのだからあれは直衣のうしだろう。制服のようにいつも桜重ねを着ている天茜あかねはともかく、碧燈あおひはしばしば重ね色目を変えてさえいる。好きな色なのか青系が多くて、先日は青の濃淡の水色重ねだった。

 りんぜつがぎょっとなる。


「ちょ、ちょっと待って。直衣のうし? ……それざつぽう聴許ちようきよたまわってるってことじゃない!」


 まつりかはきょとんとなる。


「ざっぽうちょうきょ?」

「正装の位袍いほうじゃない、普段着の雑袍のうしのままで出仕していい特権! 筒花つつじの一門とかまゆみの一門とか、そういう大貴族の家長とか御曹司おんぞうしとかでもなきゃまず出ないやつ!」


 まくしたててから、りんぜつぼうぜんと宙を仰いだ。


「なるほど……さすがは御前会議ごぜんかいぎ直属のヤエブキ機関、皇京おうきようの精鋭術師さまね……。あたしらしたとは文字どおり住む世界が違うわ……」


 そういえば、二人がどこの家門なのか聞いたことないなとまつりかは思う。

 聞くまでもなく術師家門のどれかなのだろうけれど、──他の兄弟や両親の話も、一度も。


「そりゃあ一緒にいたら、いろいろ気になっちゃうわよね。服とか髪とかこうとか。あたしたち普段外回りだし、やっぱり日焼けとか汗とか」


 それだけじゃないんだろうけど、と見やったが、純朴を通り越してにぶにぶまつりかは気づかない。あげく、外回りに反応してのほほんといてきたりする。


「そっちはどう?」


 りんぜつは軽装機動隊ではなく、飛行型機巧自在からくりじざいを扱う航空二課の所属だ。ついでにヤエブキ機関との連絡要員でもない。


「そりゃ大変よー。主だっただりゆうこうが次々捕まるもんだからになってあたふた動く小物は絶えないし、他のだりゆうこうが動いてるからじゃあ自分たちもって今さら動くバカも絶えないし」


 言いながらちろりと、りんぜつは奥の席に視線をやった。


「ああいうのとか」


 追ってこちらはうんざりと、まつりかが目を向けた先。