ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

三 ⑤

 地下二層、だりゆうこうとしての隠し工場からにんぎよしゆ封印保存瓶アンプルを運び出していた、三十人ほどの男女が──ブッキリにして蜥賊トカゲでもある〈セイヤク〉構成員たちが直剣すぐみを見る。

 その無数の──無数の、壁の一面をぎっしり埋めて積みあがり、ほのあかく輝くにんぎよしゆの山。


「待たせた、みんな。俺たちの決起の、最後の準備を始めよう」


◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

 詳細は実のところ、あまり覚えていない。

 より正確に言うなら、思いだせない。記憶を辿たどってもその数分間は知覚も思考も感情もひどさくそうして、記憶の体を成していない。

 覚えているのはむしろ、その後のことだ。

 霊術のこんすいの中で、生命維持槽の眠りの中で、なお認識していた自身の状態。思いだせないくせに眠りの底で、繰り返し夢に見るあの数分間の最後の記憶。

 何度か覚醒を促されていたのはわかっていたが、気がつかないふりをした。

 と同じ状況に、本当はまだいるのではないかと恐ろしくて。目が覚めてまた、同じ事態に突き落とされたらと恐ろしくて。目覚めたくなかった。

 寝苦しい夢から覚めて、薄くまぶたを持ちあげるとれいめいの暗さだ。設定した起床時刻に合わせて帳台のあかりが再現する、にせの夜明けの薄闇と光。

 もうじき起きる時間で、でもまだ、その時間ではない。

 だったらまだ眠っていようと、碧燈あおひはまどろみの誘惑に従って目を閉じる。覚醒を促す薄明うすあかりにあらがうように、夏用の薄いに潜りこんだ。

 まだ眠りたい。起きたくない。

 だって眠っていれば、起きずにいれば、天茜あかねが起こしに来る。

 双子の兄が起こしに来たなら、天茜あかねが確実にそこにいるとわかったなら、起きてもいい。

 そうじゃないなら起きたくない。


「──天茜あかね


 機関本部の天茜あかねを呼びとめたのは同僚のまいくじやくで、電子書類表示用のデバイスをふところから取りだし、起動してついとさしだす。


みつむしようから最終報告。お前らが『あたり』だ」


 先日とは反対に、ヤエブキ機関からの要請でまつりかたち補佐のが呼ばれて。

 今回は例のニワトリ機巧自在からくりじざいが絶叫する終業時刻のだいぶ前だから、気にせずまつりか電磁でんじの前で扇を鳴らしたのだが振り返った二人はやっぱりぎょっとなる。


まつりかぁ! なんでそうタイミング悪いの!?」「とりあえず目を閉じて耳を塞げ!」


 えっなんで!? と思いつつまつりかは耳を塞いだが、そんなこと言われて目まで閉じるのは怖かったし今度は天茜あかねも飛び出すのが間にあわなかった。


「放送体操・第一ィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」


 で、鬼のおめんをかぶった禿頭スキンヘツドじようら魁偉かいいな豪傑が、か本人は放送体操第一ではなく特殊部隊も落伍らくごする伝説の第七を、三倍速で演武しながら築地ついじべいの上を爆走していった。


「──いや本当になんなのあれ!?」「もう完全に意味不明なのですが!?」

「アレ、みかど御在所ございしよこんごう殿でん警備長官・〝不死身〟の笹竹さたけさまです。各省の事務方の健康増進に、毎日この時間に放送体操第一・第二を実施してて」

「それこそ放送でも流せばいいものを、毎日わざわざ絶叫しながら実演してるのはご本人の趣味だ。終わったら戻ってくるが絶対に目を合わせるな。うっかり構ってやるとなつかれるぞ」

皇京おうきようって────!」


 ハイッイチ、ニ! とかいう野太い掛け声を電磁でんじを遮音モードに切りかえて排除し、何も見なかったことにして三人と一は会議スペースに収まる。うすぎぬ几帳パーテイシヨンで仕切った曹司ぞうしの、ごしの午後の陽光で明るいのソファセット。


「あ、そう天茜あかねした左手って、もう大丈夫なの?」

「ん」


 傷一つない左手をひらひらと振られる。やっぱりひっかかるものはありつつもほっと息を吐いたまつりかに、おそらく無意識に微笑ほほえんでから天茜あかねは本題に入る。


「今日、来てもらった用事だけど。──先のパレードで七堕ナナエ招喚の実験を行った首謀者と、その本拠が判明した。最優先で誅殺ちゆうさつするから、衛門府えもんふからも人員を提供してほしい」


 まつりかはぽかんとなった。


「も……もうそこまでわかったの? 首謀者って、」


 一つうなずいて、天茜あかねは閉じた扇をかたわらの情報表示屛風ホロスクリーンに向ける。何十名もの顔写真と簡易なプロフィールが表示され、指し示した扇の先で一つが拡大。


「登録直剣すぐみ。職業は学生、帝都ていといちこう在籍。十八歳」


 謹厳な顔立ちの、意志の強い目をした青年だ。帝都一高ていといちこう──公立トップの高等学校在学という身元も相まって、とてもテロなどたくらむようには見えない。


「出生登録はかりゆうがい。同区の切見世きりみせ町〝けわいちよう〟を差配する〈ヘキホウトウセイヤク〉の先代トウシユの実子だ。就学中でまだ襲名はせず、先代のトウテイ筆頭に実務を任せていることになっているが、実質的にはこの直剣すぐみが現トウシユとして活動している」


 は多くの伝統的組織と同様、構成員間で疑似的な家族関係を結んでいる。打刀うちがたなかぎようの象徴とすることから『刀』の字を呼称につけるのが彼らの特徴だ。


「〈セイヤク〉は〈寒卑かんひかんてい〉の傘下さんか組織で、表向きにはけわいちようの管理を、裏では〈かんてい〉が商う亜人スサビヒナの製造を担当。けわいちよう擬装カモフラージユとした地下工場を保有していると推測される」


 大勢のしようぎと従業員が居住し、人と物品の出入りも多いのが花街だ。工場の電力消費は街のそれに、資材類は酒や食材の仕入れに、出荷品は残飯の廃棄に紛れさせられる。

 そこまで聞いてまつりかも気づく。先日彼女が捕らえた蜥賊トカゲがその名前を口にしていた。

 ──〈〉からカイハクを。

 昨日の今日だ。連中はまだ取調室で、彼らの言う〈セイヤク〉までは辿たどりつけなかったけれど。


亜人スサビヒナの工場を持ってるならにんぎよしゆも──羽化精うかせいの材料も量産できる」

「ああ。〈セイヤク〉にはだりゆうこうとしての活動の記録はなかったが、みつむしようの追加調査により所属するブッキリ全員がそのままだりゆうこうの一員でもあると判明した」

りゆうかせいにんぎよしゆ灰白鼠カイハクネズミの生産専門の組織として他のだりゆうこうに保護されてたみたいだ。遺伝子合成なんて特殊技術持ってるやつ蜥賊トカゲには貴重だもんな」


 碧燈あおひが補足した。技術者として保護され隠されていたのが、今回、パレードに際して自ら動いたことで初めて、捜査のそじようにあがったということか。

 まつりかは繰り返しうなずき、天茜あかねが説明の続きを引き取る。扇を横に振って次の画像へ。


「登録ぎんもくせい。同じく学生で十八歳、鹿院しかのいん学園在籍。〈セイヤク〉の構成員ではないが、直剣すぐみと行動を共にしている。活動の内容からして首謀者格と推定」


 流し見た経歴の、居住地の項目にまつりかはぎょっとなる。


「〈やますそ〉の……特級臣民のお嬢さまじゃない……!」

「出生登録はかりゆうがいだ、養子だろうな」


 遺伝子操作で才と美を得た特級臣民は、だからこそ『天然もの』の美人・才人を尊び、しばしば配偶者や養子に迎える。美貌と教養を併せ持つ大見世おおみせ太夫たゆうやその子供は、常に〈やますそ〉からひっぱりだこだ。


「初等校への学習支援の奉仕活動会ボランテイアクラブを校内で立ちあげ、その裏でだりゆうこう活動をしている。他の高等学校の奉仕活動会ボランテイアクラブとも活発に交流し、このだりゆうこう〉に引きこんでいるようだ」