ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

三 ⑥

まつりかたちが注目してた、妙にパレードに参加あおってたアカウント。あれ当たりだったよ。みんな〈〉のメンバーだった。パレードとテロ現場にも、同じ面子メンツが偵察に出てる」

「それってつまり……!」

やますそ〉の私立校なら特級臣民専用、高等学校の生徒も上級臣民候補だ。その彼らが下位層への慈善をかくみのに、その下位層の若者をテロにせんどうしたのか。彼らをにえとして、七堕ナナエを招喚しようとしたというのか。

 まつりかはきつく歯をみしめる。の底、冷たい熱がごろりとうごめいた気がした。


「〈セイヤク〉はすでに七堕ナナエ招喚に足る羽化精うかせいを保有しているはずだ。七堕ナナエ招喚のにえにもけわいちように加え、〈〉が関係する初等学校、あるいは高等学校を利用できる。──実行されれば先の同時多発テロ以上の脅威だ。動きだす前に関係者全員の一挙制圧が必要になる」


 そのための追加戦力として、衛門府えもんふからのの派遣を。

 了解、と強くうなずいて。

 それからまつりかはちょっと気の抜けた笑みを浮かべた。

 調べてくれと言われてから……パレードでの七堕ナナエ出現から、まだ数日とっていないのに。


「なんていうか、さすがは朝廷。さすがはココノエ機関だね……」


 ここのえ皇家おうけ、中でも政権運営にたずさわる超高位おうぞくたちの俗称である。

 正式には御前定ごぜんのさだめ、〝御前会議〟。臣下では最高位の左右・ないだいじんと総理大臣ですら参上できないみかど御前ごぜん伺候しこうし、政策を奏上するを許されたこの国の最高権力者たち。

 比べるべき相手ではないとはわかっているのだけれど、……もう衛門府えもんふの立場がない。

 碧燈あおひが苦笑する。


「その呼び方といい、帝都とかじゃ謎の秘密結社みたいに思われてるらしいけど」

「……衆議院とすうみついんの議決も最終決定権はココノエ機関にあるし、それなのに属してる方々は滅多に皇京おうきようから出御しゆつぎよしなくて、お顔を拝することもないから……」


 ちなみに八千穂国やちほのくにの国会は、成人した国民全員の普通選挙にて選出される衆議院と、おうぞく・貴族からなるすうみついんの二院制である。

 たしかに、と天茜あかねが宙を仰いだ。


「公開可能な政務や儀式の様子は報道や広報院の動画配信で紹介していて、摂政宮せつしようのみやさまもこく務卿宮むきようのみやさまも定期的に政策を解説なさっているが。聞き流すことも多いだろうな」

「てかまつりか、再生回数上位で優先配信される動画も見ない方? 斎王宮さいおうのみやさまの祭儀とかひようぶ卿宮きようのみやさまのぎじようとかうちっとこの長官の政務儀式とか、毎回やたらと大人気だぜ。一昨日おとといだって長官が衆議院での用事帰りに迷子の参内童さんだいわらわみっけて、抱きあげてなだめながら引率係のとこ連れてってやる一部始終、記者に激写されて配信されたのがダントツ一位だったし」


 ピカ=ピカが吹きだし、まつりかは口を半開きにして凍りついた。なんだそれは。


「〈というと、〝護国ごこくらいてい帥宮そちのみや殿下が、ですか!? それはまた……」


 ヤエブキ機関長官・茨宮いばらのみやは国境守護の官司かんしたる辺塞府へんさいふを兼任し、公には帥宮そちのみやと呼ばれることが多い。辺塞府へんさいふ皇京おうきよう官司かんしでも格の高い、バカでかい官司かんしなので。


「というか、それは長官の職務の一環である儀式動画とはまた別なんじゃないか?」

「国境防衛戦に毎晩遠隔参戦するよりはあの人の仕事らしいんじゃねえの。へんさいふのそちってホントは、摂政宮せつしようのみや候補の皇子女おうじじよが臣下への顔見せで就任するだけの名誉職なんだから」


 ピカ=ピカが苦笑する。みかどである茨宮いばらのみやに対し、根付の疑似人格インタフエース風情ふぜいが抱くにはあまりに畏れ多い感想ではあるけれど。


「たしかに親しみの持てる、帥宮そちのみや殿下のお人柄がうかがえるエピソードではありますね」


 仮にもみかどの警護長官の、おめんかぶって絶叫しながら放送体操とかいう奇行とは違って。

 というかアレ、みかどは何も言わないのだろうか。……もう触れたくもないのかも。


「殿下といえばどうしても六年前の、不尽山つきずやまの大噴火を霊術で封じ、代償に帝都中の河川をてつかせた逸話が有名ですから。殿下が民を大切にお思いだからこその逸話とはわかっておりますが……どうしてもまず隔絶を覚えてしまいます。不敬ながら、おそろしい、とも」

「そのへん払拭ふつしよくするための、斎王宮さいおうのみやさまとかの動画配信なんだろうしな」

「ところで、凍ってると言えばまつりかはいつまで凍っているんだ? さっきから」


 はっとまつりかは我に返る。


「だって、あの。茨宮いばらのみや殿下に、ずいぶん気安いからびっくりしちゃって」


 なにしろ碧燈あおひはともかく、天茜あかねまでもがほとんど敬語を使っていないのである。


「そんなの、いちいちかしこまってちゃ仕事になんねえじゃん。長官ってつまり上司なんだから」

「普段の儀式の指揮は執らないが、儀式前の御贄みにえの儀では必ず会うからもう見慣れてるな」

「えぇぇぇぇ……」


 まつりかの感覚ではまったく信じられない。少なくとも臣民からすればみかどやそのは神にも等しいおんかたがただ。最敬礼をもつて対すべき相手だし、見慣れることがあるはずもないのだが。


「ああ、でも、ぞうにんとかはいまだにみくるまを見てうっかりへいふくしてるな。そういえば」

「あー! それに事務方も、出仕してきたの見たら全員立ちあがって直立不動になるし報告する時はさま経由で絶対に直接話さないし! 面倒じゃねえのかなアレ」

「だよね!? やっぱりそうだよね!?」


 皇京おうきようでも一般的には最敬礼の対象だった、よかった。この二人がおかしいだけだった。

 さりげなくひどい安堵あんどの仕方をして、まつりかは大きく息をつく。

 帝都最大の歓楽街として各国の建築様式が乱立し、無秩序な増築により街全体が迷路と化したかりゆうがいは、幻惑と隔絶感の演出として夜間には香りをつけたミストが散布される。

 その発生装置に臨時メンテナンスと称し、羽化精うかせいの散布装置を仕掛ける直剣すぐみたちをけわいちようの住民は疑いもしない。彼らにとって〈セイヤク〉は、頼りになる顔役で用心棒だ。

 作業を終えて階下に降りた直剣すぐみに、ご苦労さまです若、とこのかげろう──男娼だんしようたちが頭を下げる。お暑かったでしょうみなさんでどうぞ、と隣のの女郎が少し雑なきりくち西瓜すいかをさしだした。突然のメンテナンスに慌てて買いに行き、急いで切ってくれたようだ。

 陽気で気のいい、小さな頃から目いっぱい可愛かわいがってくれた故郷のけわいちようの住民たち。

 大見世そうまがきにおいでの御大尽おだいじんには切見世きりみせなんかはお目汚しだと、かりゆうがい中の積層森林スタツク・テラリウムを押しつけられて隔離されたこの閉塞の泥犂ないりのどん底で、けれど精一杯に明るく。


「……若、この分なら予定どおり、明日のまでに散布装置は全て設置できます」

「うん、ありがとう。……急がなくていいならひるめしにしようか。一度曲鉤楼まがりろうに帰ろう」


 本拠である切見世きりみせ曲鉤楼まがりろうに戻ると女郎たちがてんこ盛りの焼きそばによく冷やした麦茶、遣手婆やりてばあさんお得意のき卵とてつぽうにくのシソ挟み揚げを準備して待ち構えていて、有無を言わさず座敷ざしきにひっぱりあげられる。


「ほらほら直剣すぐみおとこしも。おなか空いたでしょ。特に直剣すぐみは食べ盛りなんだから」

「それに直剣すぐみ、学校はいいの? ちゃんとおべんきよしないと私たちみたいになっちゃうわよ?」

「もー、おとこしが頼りないせいだからね。あたしら自慢の若旦那にこんなに駆け回らせて」

「あの、ねえさんたち。学校は大丈夫なんですがそれより一枚ってもらえると……」


 部屋着の薄い夏小袖こそでから、体の線がそれはもうはっきりと見えるのである。

 ねえさんたちはケラケラと笑う。