「祭花たちが注目してた、妙にパレードに参加煽ってたアカウント。あれ当たりだったよ。みんな〈秦吉了〉のメンバーだった。パレードとテロ現場にも、同じ面子が偵察に出てる」
「それってつまり……!」
〈山裾〉の私立校なら特級臣民専用、高等学校の生徒も上級臣民候補だ。その彼らが下位層への慈善を隠れ蓑に、その下位層の若者をテロに煽動したのか。彼らを贄として、七堕を招喚しようとしたというのか。
祭花はきつく歯を嚙みしめる。胃の腑の底、冷たい熱がごろりと蠢いた気がした。
「〈製薬〉はすでに七堕招喚に足る羽化精を保有しているはずだ。七堕招喚の贄にも鉛華町に加え、〈秦吉了〉が関係する初等学校、あるいは高等学校を利用できる。──実行されれば先の同時多発テロ以上の脅威だ。動きだす前に関係者全員の一挙制圧が必要になる」
そのための追加戦力として、衛門府からの衛士の派遣を。
了解、と強くうなずいて。
それから祭花はちょっと気の抜けた笑みを浮かべた。
調べてくれと言われてから……パレードでの七堕出現から、まだ数日と経っていないのに。
「なんていうか、さすがは朝廷。さすがはココノエ機関だね……」
九重の皇家、中でも政権運営にたずさわる超高位皇族たちの俗称である。
正式には御前定、〝御前会議〟。臣下では最高位の左右・内大臣と総理大臣ですら参上できない帝の御前に伺候し、政策を奏上するを許されたこの国の最高権力者たち。
比べるべき相手ではないとはわかっているのだけれど、……もう衛門府の立場がない。
碧燈が苦笑する。
「その呼び方といい、帝都とかじゃ謎の秘密結社みたいに思われてるらしいけど」
「……衆議院と枢密院の議決も最終決定権はココノエ機関にあるし、それなのに属してる方々は滅多に皇京から出御しなくて、お顔を拝することもないから……」
ちなみに八千穂国の国会は、成人した国民全員の普通選挙にて選出される衆議院と、皇族・貴族からなる枢密院の二院制である。
たしかに、と天茜が宙を仰いだ。
「公開可能な政務や儀式の様子は報道や広報院の動画配信で紹介していて、摂政宮さまも国務卿宮さまも定期的に政策を解説なさっているが。聞き流すことも多いだろうな」
「てか祭花、再生回数上位で優先配信される動画も見ない方? 斎王宮さまの祭儀とか兵部卿宮さまの儀仗とかうちっとこの長官の政務儀式とか、毎回やたらと大人気だぜ。一昨日だって長官が衆議院での用事帰りに迷子の参内童みっけて、抱きあげて宥めながら引率係のとこ連れてってやる一部始終、記者に激写されて配信されたのがダントツ一位だったし」
ピカ=ピカが吹きだし、祭花は口を半開きにして凍りついた。なんだそれは。
「〈八重山吹〉長官というと、〝護国の雷霆〟帥宮殿下が、ですか!? それはまた……」
ヤエブキ機関長官・茨宮は国境守護の官司たる辺塞府の長官を兼任し、公には帥宮と呼ばれることが多い。辺塞府は皇京官司でも格の高い、バカでかい官司なので。
「というか、それは長官の職務の一環である儀式動画とはまた別なんじゃないか?」
「国境防衛戦に毎晩遠隔参戦するよりはあの人の仕事らしいんじゃねえの。辺塞府帥ってホントは、摂政宮候補の皇子女が臣下への顔見せで就任するだけの名誉職なんだから」
ピカ=ピカが苦笑する。帝の御子である茨宮に対し、根付の疑似人格風情が抱くにはあまりに畏れ多い感想ではあるけれど。
「たしかに親しみの持てる、帥宮殿下のお人柄が窺えるエピソードではありますね」
仮にも帝の警護長官の、お面かぶって絶叫しながら放送体操とかいう奇行とは違って。
というかアレ、帝は何も言わないのだろうか。……もう触れたくもないのかも。
「殿下といえばどうしても六年前の、不尽山の大噴火を霊術で封じ、代償に帝都中の河川を凍てつかせた逸話が有名ですから。殿下が民を大切にお思いだからこその逸話とはわかっておりますが……どうしてもまず隔絶を覚えてしまいます。不敬ながら、おそろしい、とも」
「そのへん払拭するための、斎王宮さまとかの動画配信なんだろうしな」
「ところで、凍ってると言えば祭花はいつまで凍っているんだ? さっきから」
はっと祭花は我に返る。
「だって、あの。茨宮殿下に、ずいぶん気安いからびっくりしちゃって」
なにしろ碧燈はともかく、天茜までもがほとんど敬語を使っていないのである。
「そんなの、いちいち畏まってちゃ仕事になんねえじゃん。長官ってつまり上司なんだから」
「普段の儀式の指揮は執らないが、儀式前の御贄の儀では必ず会うからもう見慣れてるな」
「えぇぇぇぇ……」
祭花の感覚ではまったく信じられない。少なくとも臣民からすれば帝やその御子は神にも等しい御方々だ。最敬礼を以て対すべき相手だし、見慣れることがあるはずもないのだが。
「ああ、でも、雑人とかは未だに御車を見てうっかり平伏してるな。そういえば」
「あー! それに事務方も、出仕してきたの見たら全員立ちあがって直立不動になるし報告する時は護衛武官さま経由で絶対に直接話さないし! 面倒じゃねえのかなアレ」
「だよね!? やっぱりそうだよね!?」
皇京でも一般的には最敬礼の対象だった、よかった。この二人がおかしいだけだった。
さりげなくひどい安堵の仕方をして、祭花は大きく息をつく。
帝都最大の歓楽街として各国の建築様式が乱立し、一見無秩序な増築により街全体が迷路と化した歌流街は、幻惑と隔絶感の演出として夜間には香りをつけたミストが散布される。
その発生装置に臨時メンテナンスと称し、羽化精の散布装置を仕掛ける直剣たちを鉛華町の住民は疑いもしない。彼らにとって〈製薬〉は、頼りになる顔役で用心棒だ。
作業を終えて階下に降りた直剣に、ご苦労さまです若、とこの下等妓楼の陰郎──男娼たちが頭を下げる。お暑かったでしょう皆さんでどうぞ、と隣の見世の女郎が少し雑な切口の西瓜をさしだした。突然のメンテナンスに慌てて買いに行き、急いで切ってくれたようだ。
陽気で気のいい、小さな頃から目いっぱい可愛がってくれた故郷の鉛華町の住民たち。
大見世においでの御大尽には切見世なんかはお目汚しだと、歌流街中の積層森林を押しつけられて隔離されたこの閉塞の泥犂のどん底で、けれど精一杯に明るく。
「……若、この分なら予定どおり、明日の稼働までに散布装置は全て設置できます」
「うん、ありがとう。……急がなくていいなら昼飯にしようか。一度曲鉤楼に帰ろう」
本拠である切見世・曲鉤楼に戻ると女郎たちがてんこ盛りの焼きそばによく冷やした麦茶、遣手婆さんお得意の出汁巻き卵と鉄砲肉のシソ挟み揚げを準備して待ち構えていて、有無を言わさず座敷にひっぱりあげられる。
「ほらほら直剣、男衆も。おなか空いたでしょ。特に直剣は食べ盛りなんだから」
「それに直剣、学校はいいの? ちゃんとお勉強しないと私たちみたいになっちゃうわよ?」
「もー、男衆が頼りないせいだからね。あたしら自慢の若旦那にこんなに駆け回らせて」
「あの、姐さんたち。学校は大丈夫なんですがそれより一枚羽織ってもらえると……」
部屋着の薄い夏小袖から、体の線がそれはもうはっきりと見えるのである。
姐さんたちはケラケラと笑う。