ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

三 ⑧

かりゆうがいに入ったら監視が戻る。悪い遊びに行くていを崩さないでくれよ。──これからけわいちようで、いよいよ羽化精うかせいを受け取る。明日の合同報告会で他校の同志たちに受け渡して、明後日あさつてに各自の支援先の校舎と寮に設置。その夜には、


 実際には、羽化精うかせいを各高等学校の同志に受け取らせた明日の夜に。お前たちが当然の犠牲と考えている最低位校ではなく、お前たち自身を高等学校ごとにえとして。


「革命の黒き竜を招喚し、を滅ぼしてこの国を救う。──さあ、これがその第一歩だ」


 製造した亜人スサビヒナに、直剣すぐみは出荷前に花鈿かざしを贈ることにしている。

 きれいだと、かわいいと、無邪気に喜んでくれた彼らはたいてい、時にはその花鈿かざしさえも奪われてしまっている。


「……若」「いつもどおりだ。生きている者も死んだ者も」


 地下工場二層、にんぎよしゆ生成の霊術機械の前に運びこまれた商品には、まだ息のある者もいるがどうせ長くはなくて、直剣すぐみは痛ましく顔をゆがめつつも目をらさない。獣や鳥や魚や虫、時には植物の要素さえ混ざりこんだ、美しいか珍奇といえる姿の亜人スサビヒナたち。


セイヤク〉が商う亜人スサビヒナには、廃棄時の秘密回収サービスが付随する。

 そして頻繁に利用される。たしかに、胎芽から子供・若者の姿まで一年足らずで成長させられた亜人スサビヒナたちは、知能の成長同様に免疫系も未熟だ。や病には極端に弱い──けれどそれ以上に、顧客どもが飽きて捨てる方がなお早いのだ。


やますそ〉や富裕な〈裾野すその〉住民、うわさでは皇京おうきようおうぞく・貴族すら存在するという、顧客どもには、亜人スサビヒナなどは惜しげもなく取り換える花瓶の花でしかない。

 死体でも新しいものならば、変換効率はかなり悪いがにんぎよしゆに変えることはできる。亜人スサビヒナたちをまとめて霊術機械のに運びこませながら、直剣すぐみはけれど、いきどおりに肩を震わせた。


「そしていつもどおり、……また、摘発もされなかったのか」


 国中を、民の内心すらも見張る監視網を持つはずの朝廷は、皇家おうけは、それにもかかわらず。

 老ブッキリの言葉のとおりだ。商売シノギは、法の上では禁じられながら実際には目溢めこぼしされている。民のガス抜きとしてのゆがんだ欲望の発散、非合法の娯楽を提供させるため。清廉なる皇家おうけが許すはずもないそれらを、裏で負わされた下請け業者がだ。

 支配層の陵虐に供されたこの亜人スサビヒナたちは、だから、この国のゆがみの最も醜い具現だ。この国では有為の者には不法さえもが許され、無価値の者には短い生と苦痛しか与えられない。

 けれど、だからこそ。

 薄く目を開け、直剣すぐみを見つけてうれしそうに微笑ほほえんだ亜人スサビヒナに──せめて出荷まではと兄のように接した彼を見つけてうれしそうな瀕死ひんしの彼女に、どうにか笑い返して直剣すぐみささやく。


「君たちという力を、〈セイヤク〉は手に入れられた。君たちこそが俺たちに、ここのえ皇家おうけへの復讐ふくしゆう手段を与えてくれたんだ」

セイヤク〉が他のだりゆうこうに供給したりゆうかせいは、全て廃棄胎児とその母体が原料だ。脳幹しか持たない〈人魚〉と、どうせ意志を持つほどには成長できない廃棄胎児が原料だ。

 回収した亜人スサビヒナから製したにんぎよしゆは、もともとは彼らの墓標代わりに製造・保存してきたもの──けれどその墓標のにんぎよしゆだけでこの決起の、けわいちようと地下工場、十を数える高等学校での七堕ナナエ招喚をまかなえてしまうほどに、その総量は膨大だ。

 それほどの死が積み重なった。

 それほどの長きにわたり、皇家おうけ亜人スサビヒナの犠牲を黙認してきた。


「その復讐ふくしゆうを、俺はせめて君たちにさせてやれる。君たちの呼ぶ七堕ナナエと〈スミゾメ〉の力をあわせ、──みかど直属の粛清機関〈八重山吹ヤエヤマブキ〉を、その長官たる茨宮いばらのみや誅殺ちゆうさつする」


 超級迎撃直前の今、戦闘準備はまだ完了できていないだろう今この時に、七堕ナナエの複数招喚により彼らを討ち取れれば。悪くとも損害を与えさえすれば、あとは直後に襲来する〈スミゾメ〉がとどめを刺してくれる。皇家おうけは臣民支配の粛清組織をまるごと失い、一咲ひとえここのえ皇家おうけが、その皇子おうじすらもが侵し得ぬではなく、殺せば死ぬただの蛇だと気づく。

 僭神カミガタリの化物はと民にわれ、──千年、を支配してきたは滅ぼされる。


「そうして俺たちはようやく、……君たちに償いができる」

セイヤク〉もまた長い、長い間、女郎と亜人スサビヒナを食い物にして生きてきた。

 父祖の復讐ふくしゆうのために、埋伏して牙を研ぐために、無力な彼らを食い物としてきた。

 お前はこんな罪を継がなくてもいいと、生前、父は言った。自分の代で〈セイヤク〉は終わりにして、直剣すぐみ曲鉤楼まがりろうけわいちようも離れて、自由に生きてもいいのだと。

 それでも直剣すぐみは、この悪行を継ぐことを選んだ。哀れな亜人スサビヒナたちの犠牲をなおも積みあげながらも復讐ふくしゆうすべを探る道を選んだ。

 だって直剣すぐみが継がずとも、皇家おうけたおれぬ限りは他のが哀れな亜人スサビヒナを造るだけだ。

 だって直剣すぐみが継がなければ、これまで犠牲とされてきた亜人スサビヒナは全くの無駄死にだ。

 そして選択は──犠牲は、報われた。亜人スサビヒナたちの犠牲の象徴、にんぎよしゆこそが復讐ふくしゆうの鍵となるのだと、教えてくれた人がいた。

 おさななじみで、彼女もまた切見世きりみせや〈たにぞこ〉の境遇に心を痛めて〈〉を設立したぎんもくせいとの会合に、あるときこつぜんと、姿を現した〝かの教団〟の使徒。

 ──直剣すぐみくんは、これでわかりますか。『御前ごぜんの使いです』


 固く唇を引き結んで、直剣すぐみは顔をあげて亜人スサビヒナたちを見る。達成感ではない。満足感ではまして無い。贖罪しよくざいの術をようやく見出みいだした罪人の覚悟と壮烈で、直剣すぐみは宣言した。


「いよいよ明日だ。どうか──楽しみにしていてくれ」


 霊術機械の中、直剣すぐみには原理もわからない効果で、亜人スサビヒナたちがにんぎよしゆへとけ変わる。

 その様子を。

 機材の陰に隠れたネズミ百足ムカデ型の機巧自在からくりじざいが高感度のセンサで記録し、送信していた。

 猫にいたちたぬきこうもり、小鳥にからすに蜂に。都市のあらゆる小動物を模した機巧自在からくりじざいからの監視情報が集約される本部の、官人たちの花鈿かざしすずらん。〈猫にもネズミにも無論人にも、全てに鈴をつけよ〉──情報統制と不穏分子の摘発をつかさどみつむしよう被管ひかんとうせいいん花鈿かざし

 そして監視情報を受けとる黒衣こくえ花鈿かざしは繊細なレース状の白花。夜にだけ咲く烏瓜からすうり

 すなわち〈闇に潜み、人の目に触れぬ〉──長官・密務卿宮みつむきようのみや直属の秘匿戦闘部隊、裏部うらべ


八重山吹ヤエヤマブキ〉長官・茨宮いばらのみや鏡四宮かがみのしのみやあやすいれんは、ともにみかどで腹違いの兄妹きようだいだ。


「各国踏破機関とうはきかんによる、封印結界内での〈スミゾメ〉弱体化は予定どおりに進捗。十六日の日没までに二割はぐと、〈冬眠庫B・D・F〉の指揮教授プロフエツサー・コマンドよりご報告をいただいております」


 うちみや翠雨殿すいうでんの寝殿。日没直後の透明な青い闇に身を沈めてあやすいれんは言う。身分高いあにみやを迎える礼儀として、五衣いつつぎぬからぎぬまでをまとった正式の女装束。