「歌流街に入ったら監視が戻る。悪い遊びに行く態を崩さないでくれよ。──これから鉛華町で、いよいよ羽化精を受け取る。明日の合同報告会で他校の同志たちに受け渡して、明後日に各自の支援先の校舎と寮に設置。その夜には、全てが変わる」
実際には、羽化精を各高等学校の同志に受け取らせた明日の夜に。お前たちが当然の犠牲と考えている最低位校ではなく、お前たち自身を高等学校ごと贄として。
「革命の黒き竜を招喚し、支配者を滅ぼしてこの国を救う。──さあ、これがその第一歩だ」
製造した亜人に、直剣は出荷前に花鈿を贈ることにしている。
きれいだと、かわいいと、無邪気に喜んでくれた彼らはたいてい、戻った時にはその花鈿さえも奪われてしまっている。
「……若」「いつもどおりだ。生きている者も死んだ者も」
地下工場二層、人魚酒生成の霊術機械の前に運びこまれた元商品には、まだ息のある者もいるがどうせ長くはなくて、直剣は痛ましく顔を歪めつつも目を逸らさない。獣や鳥や魚や虫、時には植物の要素さえ混ざりこんだ、美しいか珍奇といえる姿の亜人たち。
〈製薬〉が商う亜人には、廃棄時の秘密回収サービスが付随する。
そして頻繁に利用される。たしかに、胎芽から子供・若者の姿まで一年足らずで成長させられた亜人たちは、知能の成長同様に免疫系も未熟だ。怪我や病には極端に弱い──けれどそれ以上に、顧客どもが飽きて捨てる方がなお早いのだ。
〈山裾〉や富裕な〈裾野〉住民、噂では皇京の皇族・貴族すら存在するという、この国の支配層から成る顧客どもには、亜人などは惜しげもなく取り換える花瓶の花でしかない。
死体でも新しいものならば、変換効率はかなり悪いが人魚酒に変えることはできる。亜人たちをまとめて霊術機械の原料槽に運びこませながら、直剣はけれど、憤りに肩を震わせた。
「そしていつもどおり、……また、摘発もされなかったのか」
国中を、民の内心すらも見張る監視網を持つはずの朝廷は、皇家は、それにもかかわらず。
老ブッキリの言葉のとおりだ。犯罪結社の商売は、法の上では禁じられながら実際には目溢しされている。民のガス抜きとしての歪んだ欲望の発散、非合法の娯楽を提供させるため。清廉なる皇家が許すはずもないそれらを、裏で負わされた下請け業者が犯罪結社だ。
支配層の陵虐に供されたこの亜人たちは、だから、この国の歪みの最も醜い具現だ。この国では有為の者には不法さえもが許され、無価値の者には短い生と苦痛しか与えられない。
けれど、だからこそ。
薄く目を開け、直剣を見つけて嬉しそうに微笑んだ亜人に──せめて出荷まではと兄のように接した彼を見つけて嬉しそうな瀕死の彼女に、どうにか笑い返して直剣は囁く。
「君たちという力を、〈製薬〉は手に入れられた。君たちこそが俺たちに、九重の皇家への復讐手段を与えてくれたんだ」
〈製薬〉が他の堕竜講に供給した竜化精は、全て廃棄胎児とその母体が原料だ。脳幹しか持たない〈人魚〉と、どうせ意志を持つほどには成長できない廃棄胎児が原料だ。
回収した亜人から製した人魚酒は、もともとは彼らの墓標代わりに製造・保存してきたもの──けれどその墓標の人魚酒だけでこの決起の、鉛華町と地下工場、十を数える高等学校での七堕招喚をまかなえてしまうほどに、その総量は膨大だ。
それほどの死が積み重なった。
それほどの長きに亘り、皇家は亜人の犠牲を黙認してきた。
「その復讐を、俺はせめて君たちにさせてやれる。君たちの呼ぶ七堕と〈野辺ノ墨染〉の力をあわせ、──帝直属の粛清機関〈八重山吹〉を、その長官たる茨宮を誅殺する」
超級迎撃直前の今、戦闘準備はまだ完了できていないだろう今この時に、七堕の複数招喚により彼らを討ち取れれば。悪くとも損害を与えさえすれば、あとは直後に襲来する〈野辺ノ墨染〉がとどめを刺してくれる。皇家は臣民支配の粛清組織をまるごと失い、一咲は九重の皇家が、その皇子すらもが侵し得ぬ神裔ではなく、殺せば死ぬ只の蛇だと気づく。
僭神の化物は黒竜と民に逐われ、──千年、一咲を支配してきた二華は滅ぼされる。
「そうして俺たちはようやく、……君たちに償いができる」
〈製薬〉もまた長い、長い間、女郎と亜人を食い物にして生きてきた。
父祖の復讐のために、埋伏して牙を研ぐために、無力な彼らを食い物としてきた。
お前はこんな罪を継がなくてもいいと、生前、父は言った。自分の代で〈製薬〉は終わりにして、直剣は曲鉤楼も鉛華町も離れて、自由に生きてもいいのだと。
それでも直剣は、この悪行を継ぐことを選んだ。哀れな亜人たちの犠牲をなおも積みあげながらも復讐の術を探る道を選んだ。
だって直剣が継がずとも、皇家が斃れぬ限りは他の犯罪結社が哀れな亜人を造るだけだ。
だって直剣が継がなければ、これまで犠牲とされてきた亜人は全くの無駄死にだ。
そして選択は──犠牲は、報われた。亜人たちの犠牲の象徴、人魚酒こそが復讐の鍵となるのだと、教えてくれた人がいた。
幼なじみで、彼女もまた切見世や〈谷底〉の境遇に心を痛めて〈秦吉了〉を設立した銀木犀との会合に、あるとき忽然と、姿を現した〝かの教団〟の使徒。
──直剣くんは、これでわかりますか。『御前の使いです』
固く唇を引き結んで、直剣は顔をあげて亜人たちを見る。達成感ではない。満足感ではまして無い。贖罪の術をようやく見出した罪人の覚悟と壮烈で、直剣は宣言した。
「いよいよ明日だ。どうか──楽しみにしていてくれ」
霊術機械の中、直剣には原理もわからない効果で、亜人たちが人魚酒へと熔け変わる。
その様子を。
機材の陰に隠れた鼠や百足型の機巧自在が高感度のセンサで記録し、送信していた。
猫に鼬に狸に蝙蝠、小鳥に鴉に蜂に蛾。都市のあらゆる小動物を模した機巧自在からの監視情報が集約される本部の、官人たちの花鈿は鈴蘭。〈猫にも鼠にも無論人にも、全てに鈴をつけよ〉──情報統制と不穏分子の摘発を司る密務省被管・統制院の花鈿。
そして監視情報を受けとる黒衣の花鈿は繊細なレース状の白花。夜にだけ咲く烏瓜。
すなわち〈闇に潜み、人の目に触れぬ〉──長官・密務卿宮直属の秘匿戦闘部隊、裏部。
〈八重山吹〉長官・茨宮と鏡四宮・綾水蓮は、ともに帝の御子で腹違いの兄妹だ。
「各国踏破機関による、封印結界内での〈野辺ノ墨染〉弱体化は予定どおりに進捗。十六日の日没までに二割は削ぐと、〈冬眠庫〉の指揮教授よりご報告をいただいております」
内廷は翠雨殿の寝殿母屋。日没直後の透明な青い闇に身を沈めて綾水蓮は言う。身分高い兄宮を迎える礼儀として、五衣に裳と唐衣までを纏った正式の女装束。