ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

三 ⑩

 地震にしては震源が浅い。そして近い。地震大国の八千穂国やちほのくにじんならではの判断でぎんもくせいは視線を跳ねあげ、その時には曲鉤楼まがりろう一帯ですでに捕り物が始まっている。


直剣すぐみ……!?」


 同時に切見世きりみせの大扉が外から破られ、きごろもまとった武官がなだれこむ。夜間の現場を照らすからくり自在じざい高張提灯たかはりちようちん〉が、サーチライトと警告灯をぎらつかせて〈〉をにらみおろした。

 左右衛門府えもんふ。──もう追いつかれた!?

 扉のそばにいた学生らがまたたたたせられる。驚愕きようがくと、その仮借ない暴力に身すくんでしまったぎんもくせいを、背後から番頭が一喝する。


「お嬢ちゃん! こっちだ逃げろ!」「俺たちが相手だ、来やがれ刈安黄染の木端カリヤスども!」


 地下から羽化精うかせいを運び出していた〈セイヤク〉のブッキリが、ぎんもくせいかばって前に飛び出す。地下工場への昇降機エレベータに彼女一人を押しこみ、番頭もまた広間に残る。

 無骨な金属の扉が閉まる中、言葉だけをぎんもくせいに託した。


「お嬢ちゃん頼む、──若と俺たちの悲願をかなえてくれ!」


 けわいちようは全体が〈セイヤク〉の縄張りで、地下工場を隠す擬装カモフラージユだ。仕出し料理屋の集まるだいのやビルは日々の食材搬入に地下工場の資材を紛れこませ、運び入れる搬入口だ。

 発見した地下への昇降機エレベータを、二人がかりの《》で外扉を蹴り破ってケージを上階で緊急停止。あらわにした昇降路シヤフトから天茜あかねたちは突入する。入口からの突入エントリーける、というセオリーは、わなも待ち伏せも強大な霊力でねじ伏せるの術師には無関係だ。

 地下に降りると同時に、工場へと続く扉が開いて黒い武人礼装スーツの男女が駆け出る。サングラスにごつい腕時計、つばのない打刀うちがたな竜鱗りゆうりんの《》。──〈セイヤク〉の戦闘要員。

 見てとるや天茜あかね碧燈あおひは《ことだま》を唱え、地下を崩したのと同じ《》を解放。

 澄みきった鈴の音と霊力の矢の斉射が、〈セイヤク〉地下工場での戦闘の号砲を告げる。


セイヤク〉本拠の曲鉤楼まがりろう。商品搬出口である切見世きりみせすうすんどう。資材搬入口のだいのやビル。

 地下工場への出入り口を有し、ゆえに制圧すべき三か所のうち、衛門府えもんふの担当は曲鉤楼まがりろうすうすんどうで、まつりかの隊のそれは曲鉤楼まがりろうだ。吹き抜けのホールを螺旋らせんじように囲む廊下を、捕縛対象を探してまつりかは駆ける。蜥賊トカゲと確定している妓夫ぎゆうと、取り調べのため拘束する女郎と客と。

 女郎や客の抵抗はたいしたことはない。ただ、改めるべき部屋数がとにかく多い。安いこうみて薄く焦がれた明障子あかりしようじを引き開け、薄いしとね衣桁屛風いこうびようぶばかりの無人のを見渡したまつりかは、背後で生じた刃鳴りに即座に身をかがめてその斬撃をけた。

 けの一撃が頭上を行き過ぎ、明障子あかりしようじどころか鴨居かもい欄間らんままでもがばっさり斬られて後方に吹っ飛ぶ。回避しつつ反転して襲撃者に相対したまつりかは、抜き身を手に仁王立つ竜人をたりにする。

 鉄色の《》に黒い武人礼装スーツそうぼうをやはり真っ黒なサングラスに覆い、八千穂国やちほのくにでは罪人の髪型と嫌われる刈り上げ、特徴的なつばのない木のつか打刀うちがたな

 典型的なブッキリの服装だ。

 そして実戦用のこしらえでもある。サングラスは視線を隠すための。短髪とは敵につかまれないための。武官袍ぶかんほうと異国の軍装を折衷した武人礼装スーツは動きを阻害しないための。黒一色の装束は流血を気取られないための。

 なによりの特徴である合口こしらえの打刀うちがたなは〝ぶっ斬り庖丁ブツキリ〟の呼び名の由来、──かつて皇家おうけの力をぐべく社から武器を奪わんとした武家に対し、つばもなければ木のつかのこれは庖丁ほうちようだ、武者さまは庖丁ほうちようなんか怖がるのかと言い放って追い返した時からの伝統の武装。

 皇家おうけへの忠誠を誇る得物を手に、けれど朝廷のの前に立ち塞がる。


「マガイモノ……!」「おうとも」


 吐き捨てたまつりかに低く応じる。おうとも、我らマガイモノ。誰がつのへびなどあがめるか。誰が。


「我らの悲願、邪魔させるものか!」


 気合声と足音とをいんいんと反響させ、ブッキリがまつりかに突きかかる。

 背後のつぼねに逃げこめばそのままかべぎわに追いつめられる。人外のごうりきを誇る竜人の斬撃は受けとめられない。刀を持つ右手の外側めがけて転がり、立ちあがりざまにすねを打つ。

 片手持ちの刀で無造作に受けたブッキリが、狭い廊下で長物を構えるまつりかに鋭くわらう。

 そのまま四尺棒を弾き、ひるがえしてからたけわりの斬撃。予期していたから即座に得物を引き寄せたまつりかに、けれど反撃のいとまもない猛烈な連撃が襲いかかる。


「くっ……!」

「ジャァアアアアアアッ!」


 濁った気合声、旋風のごとく振り回される凶刃きようじんぎんせん。ずらりと並ぶつぼね明障子あかりしようじが、欄干が、あんどんが、を測るための線香の香炉が、床板さえもが斬り飛ばされて乱れ飛ぶ。

 りゆうかせいによる力任せの、けれど刃筋の通った斬撃。そして暴力にも闘争にも慣れた、躊躇ちゆうちよきようだもないとつかんだ。仮にも花街一つを仕切るの一員、ごっこ遊びの学生や革命家きどりのだりゆうこうなどとは踏んだ場数がまるで違う。

 対するまつりかは、ブッキリが見抜いたとおり狭い廊下では攻撃手段が限られる。非改造の彼女は速度でも膂力りよりよくでも竜人に劣り、だからといって安普請やすぶしんのこの切見世きりみせで、重い強化外骨格エクサスケルトンをまさかまとうわけにもいかない。

 ただ四尺棒の先端近くを握り、コンパクトに振るって突きや斬撃を防ぐので精一杯だ。

 


「……ピカ=ピカ」


 視線はブッキリに向けたまま呼びかけたまつりかに、首筋にしがみつく忠実な根付が応じる。根付とその持ち主専用の、近距離赤外線通信。


「ええ。スタンバイしています」


 天茜あかねたちがではなく裏部うらべと共に、地下工場に突入したのにはいくつか理由がある。


「──《夜は螢の》」「《燃えこそわたれ》」


 見渡す限りの硝子ガラス円柱──培養槽のその内部が一挙にほのおの朱に埋まる。

 その中の〈人魚〉と、人にも獣にもなれなかった無数の無惨むざんな胎児ごと。

 見届けて天茜あかね真神まがみたちを下ろした。

 霊性の高いほのおによる死は七堕ナナエの出現にはつながらない。またそれ自体が霊力である霊術のほのおは、仮に周辺で大量死が発生してもそれによる霊力低下を一時的にそうさいする。

 決起日は明日でも、工場内の羽化精うかせい散布の仕掛けはとうに終わっているだろう。その工場で破れかぶれの七堕ナナエ招喚を試みさせるわけにはいかないから。

 人工子宮の中の胎児は、子宮外では生きてはいけないと一目でわかるありさまだ。それでも気分のいいものではない。それは同行する裏部うらべも同様のようで。

 人工羊水の水蒸気爆発に突き飛ばされ、円柱の陰から転げ出た竜人どもの四肢を、裏部うらべ鋼糸こうしを投げ撃って拘束。、霊術で傷口を焼いて止血される絶叫をあげさせながら昇降機エレベータへと引きずっていく。情報取得まで生きていればいい、その酷薄を隠しもせずに。

 叛逆はんぎやくざいはたとえ死刑をまぬがれても永久きんろう、人格抹消措置の上での禁固刑の対象だ。パレードの時のような気遣いは、ここではもう必要ない。