輻射熱に耐えて隠れ、間合いに入るなり突きかかってきた竜人を、天茜は釼の一撃で腰骨をぶち折って裏部の回収班に投げ渡す。円柱の狭間を駆け回った捜索班が、循環パイプ群からそれを見つけて取り外した。仄耀く翠の液体を収めた封印保存瓶。
「術師さま、ありました、羽化精です!」「こちらから処分願います!」
振り返ってかざしてみせる彼らに、天茜は軽くうなずきを返して。
「碧燈、あとは任せていいか? 逃走中の銀木犀の捜索支援に、祭花たちと合流する」
銀木犀が捕縛を逃れ、工場内に逃げこんだとはすでに通達が回っている。竜人と違って戦闘に拘束されていない分、長時間放置するのは少し危険だ。
一方で工場内の七堕招喚の贄はこうして排除し、羽化精処分の目途もついて、そして竜人ふぜいに双子の弟と裏部が苦戦するはずもないのだから。
竜人を容赦なく蹴倒していた碧燈が、ちらりと横目を返してから肩をすくめる。
「おーよ。行ってこい」
竜人とて呼吸はする。《加速竜鎧》で人外の手数を誇ればそれだけ、中の人間は無理な速度に息が荒れる。
ブッキリが息を吐き、連撃が途切れた刹那に祭花はいきなり顔面への突きをぶちかます。丸棒である四尺棒は、手の中で滑らせることで予備動作なしの刺突を放てる。
先端近くを握る左手がそのまま照準だ。両目を狙う棒先に、生き物の本能でブッキリは身を逸らす。一方で避けられた棒先を祭花は引き戻さず、そのまま叩き落として刀を狙う。手の甲側から刀の峰を打撃する太刀落とし。
取り落とすのは耐えても、下手をすれば刀身が折れる。得物を守るためにブッキリはなおも身を引かざるを得ず、崩れたままの体勢を整える暇を与えず今度は祭花が攻撃に移る。
防戦一方で敵の目を慣らしてからの不意打ちの突き、太刀落とし。そして敵の眼前に先端を突きつけ、その陰に得物の大半を隠して間合いを把握させなかった四尺棒の取り回し。
鋭く踏みこんでその勢いを棒先に乗せ、真下からのかち上げ。残した左足を前に引きつけつつ棒を半回転させて膝を打ち、引き落として喉への刺突、をフェイントにした縦の打ちこみ。再びの踏みこみで、今度は前進の勢いを乗せた突きを水月に叩きこむ。
全て、四尺棒の間合いだ。
両手で握っても三尺の秋水の間合いより広く、ブッキリは一方的に打ちこまれるばかりで己の間合いに踏みこめない。得物の長さはそのまま間合いの広さであり、間合いの広さはそのまま有利だ。負け知らずの剣術の達人を、けれど敗北せしめた逸話を持つのが四尺棒だ。
加えて穂先も刃も持たず、どの面でも打つことができ両端どちらでも突ける丸棒は、攻撃がそのまま次の一撃の予備動作となる。小柄な少女の、なんの強化もしない生身にもかかわらず息をもつかせぬ連撃がブッキリを翻弄する。
「くっ、そぉおおおおお!」
奥歯を嚙み、打刀を腰だめに構えてブッキリが突撃。長物は懐に入られれば取り回しが悪いというセオリーに従い、《加速竜鎧》の防御力を恃んでの被弾覚悟の前進だ。
まともに入った打撃にサングラスが砕け散る。籠手代わりの腕時計が割れて吹っ飛ぶ。頭部への衝撃と下腕の亀裂骨折を代償にブッキリは己が間合いに踏みこみ──祭花は慌てず騒がず、重心を後ろに残した左足に移動。浮いた右足を下げると共に上体を右に半回転。
その回転を利用した横薙ぎで──後退して距離を開けつつも体重と回転を乗せる技で、そして長物の不利を左手側の吹き抜けで解消する気転で、ブッキリのこめかみを殴り飛ばした。
たたらを踏んだブッキリが、傍らの明障子をぶち破って倒れこむ。
それでも刀は手放すことなく、切った口中の血を吐き捨て、ふらつきつつも立ちあがった。
「くっ、は、は、軽い! 軽いぞ木端役人ゥ! 所詮そんな細腕じゃァ竜化精の鎧は、」
「ピカ=ピカ!」
哄笑はまるきり無視して叫んだ。踏みこんだ祭花の周囲で武装格納亜空間が二つ開いた。
手放した四尺棒が畳に落ちて鈍く跳ねる。じゃらっ! と重く鳴る太い鎖とそれで連結された三本の金属棒──三節棍が祭花の手に摑まれる。
そして三節棍を振りかぶった彼女の両腕から背にかけてを、格納亜空間を開きっぱなしにしてその中から伸びた強化外骨格〈十一式〉の主腕骨格が──主腕だけが覆った。
『十一式:それがし得手は弓箭なれど。ご命令なれば〈組打〉仕りまする』
見たこともない光景に一瞬、ぽかんとなったブッキリのどてっ腹を、祭花は駆動系が生みだす大出力と伸ばせば九尺にもなる金属製三節棍の重量で思いっきりぶっ飛ばした。
くの字に折れて撥ね飛ばされたブッキリが、今度は隣との間仕切りの襖障子をぶち破る。今度こそ立ちあがれずに、尻で這って後ずさった。
「ちょっ、ちょっと待っ……!」
やっぱり無視して叩きつけ、叩きつけ、叩きつけて叩きつけて叩きのめした。
観測演算を終了せず維持したまま、主腕以外を格納亜空間内に残すことで反動も本体重量も格納亜空間に負担させる軽装機動隊伝統の裏技〈組打〉である。
〈組打〉状態では重量も反動も強烈な電磁加速狙撃銃は撃てないしピカ=ピカの負担は激増するし、格納亜空間維持の専用燃料──霊術なのだから多分鎮酒だろう──の消費も跳ねあがるのでごく短時間しか使用できないが、格闘戦の切り札にはその短時間で充分だ。
長さに伴う重さと遠心力を存分に叩きこめる三節棍は、生身で使っても強力な打撃武器だ。まして強化外骨格による膂力と速度。続けざまにぶちこまれる衝撃に、打ちのめされ振り回されてブッキリは鞠のように局の中を跳ね回る。
……ご自慢の、竜化精の《加速竜鎧》は。
なるほど、出力は高い。装甲としても刃物は通さないし、ちょっとした衝撃なら分散する。だが、強化外骨格ならあるべき緩衝系がない。一定以上の衝撃は吸収できないし、なにより慣性を殺せない。吹っ飛ばされればそれだけで、中の人間はダメージを受ける。
碧燈が言っていた。一咲に飲ませてもいい鎮酒の量。
大量の霊力を受け入れられない一咲の体は、おそらく体外に纏うのにも限度がある。一咲が耐えられる程度の人魚酒では《加速竜鎧》に衝撃緩衝の霊術まで付与できないのだろう。同様に、神経反応速度や動体視力の強化の霊術も。
多少速くて硬いだけ、中身の耐久力と反応速度がそのままなら、勝てない相手ではない。
決して無敵の鎧ではないのに、無闇に恃んで勝ち誇るような敵になど自分は負けない!
「くぅ、くそぉおおおおおおオオオオァアアアアア!!」
苦し紛れの斬撃を棍の一端で払い飛ばし、逆端で刀身を絡めとって体ごと回転して奪い取る。投げ飛ばした抜き身が壁に突き立つ音が聞こえた時には、回転そのまま叩きつけた三節棍が、竜人の横っ面を猛烈に張り飛ばしている。
鉄色をした《加速竜鎧》が、ダメージの累積に砕け散った。
元の人間の姿に戻ったブッキリが、そそけた畳に顔面を叩きつけて沈黙する。
手足を投げだして伸びたその背中を見下ろし、大規模演算の負荷に高熱を帯びたピカ=ピカを片手で支えて、祭花はふぅっと鋭く息を吐いた。
数寸堂の真下、出荷直前の亜人の檻が並ぶ倉庫を過ぎて、銀木犀は独り工場管理室に駆けこむ。今日のような日に備えた、籠城仕様の管理室。
「散布装置のスイッチは……!? あれか……!」
工場内の羽化精散布装置はもう設置が完了していると、工場への増援に向かうブッキリに教えられた。地上の鉛華町のミスト発生装置への仕掛けも、三分の一ほどが。
あとは自分がスイッチを押せば、鉛華町の地上と地下で七堕が招喚される。
一方的に制圧されるばかりのこの形勢を、逆転できる。