ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

三 ⑪

 ふくしやねつに耐えて隠れ、間合いに入るなり突きかかってきた竜人を、天茜あかねたちの一撃で腰骨をぶち折って裏部うらべの回収班に投げ渡す。円柱の狭間はざまを駆け回った捜索班が、循環パイプ群からそれを見つけて取り外した。仄耀ほのかがやみどりの液体を収めた封印保存瓶アンプル


「術師さま、ありました、羽化精うかせいです!」「こちらから願います!」


 振り返ってかざしてみせる彼らに、天茜あかねは軽くうなずきを返して。


碧燈あおひ、あとは任せていいか? 逃走中のぎんもくせいの捜索支援に、まつりかたちと合流する」


 ぎんもくせいが捕縛を逃れ、工場内に逃げこんだとはすでに通達が回っている。竜人と違って戦闘に拘束されていない分、長時間放置するのは少し危険だ。

 一方で工場内の七堕ナナエ招喚のにえはこうして排除し、羽化精うかせい処分のもついて、そして竜人ふぜいに双子の弟と裏部うらべが苦戦するはずもないのだから。

 竜人を蹴倒していた碧燈あおひが、ちらりと横目を返してから肩をすくめる。


「おーよ。行ってこい」


 竜人とて呼吸はする。《》で人外の手数を誇ればそれだけ、中の人間は無理な速度に息が荒れる。

 ブッキリが息を吐き、連撃が途切れた刹那にまつりかはいきなり顔面への突きをぶちかます。丸棒である四尺棒は、手の中で滑らせることで予備動作なしの刺突を放てる。

 先端近くを握る左手がそのまま照準だ。両目を狙う棒先に、生き物の本能でブッキリは身をらす。一方でけられた棒先をまつりかは引き戻さず、そのままたたとして刀を狙う。手の甲側から刀の峰を打撃する太刀落としデイスアーム

 取り落とすのは耐えても、下手をすれば刀身が折れる。得物を守るためにブッキリはなおも身を引かざるを得ず、崩れたままの体勢を整える暇を与えず今度はまつりかが攻撃に移る。

 防戦一方で敵の目を慣らしてからの不意打ちの突き、太刀落とし。そして敵の眼前に先端を突きつけ、その陰に得物の大半を隠して間合いを把握させなかった四尺棒の取り回し。

 鋭く踏みこんでその勢いを棒先に乗せ、真下からのかち上げ。残した左足さそくを前に引きつけつつ棒を半回転させて膝を打ち、引き落として喉への刺突、をフェイントにした縦の打ちこみ。再びの踏みこみで、今度は前進の勢いを乗せた突きをみぞおちたたきこむ。

 全て、四尺棒の間合いだ。

 両手で握っても三尺の秋水カタナの間合いより広く、ブッキリは一方的に打ちこまれるばかりで己の間合いに踏みこめない。得物の長さはそのまま間合いの広さであり、間合いの広さはそのまま有利だ。負け知らずの剣術の達人を、けれど敗北せしめた逸話を持つのが四尺棒だ。

 加えて穂先もやいばも持たず、どの面でも打つことができ両端どちらでも突ける丸棒は、攻撃がそのまま次の一撃の予備動作となる。小柄な少女の、なんの強化もしない生身にもかかわらず息をもつかせぬ連撃がブッキリを翻弄する。


「くっ、そぉおおおおお!」


 奥歯をみ、打刀うちがたなを腰だめに構えてブッキリが突撃。長物はふところに入られれば取り回しが悪いというセオリーに従い、《》の防御力をたのんでの被弾覚悟の前進だ。

 まともに入った打撃にサングラスが砕け散る。代わりの腕時計が割れて吹っ飛ぶ。頭部への衝撃と下腕の亀裂骨折を代償にブッキリは己が間合いに踏みこみ──まつりかは慌てず騒がず、重心を後ろに残した左足に移動。浮いた右足を下げると共に上体を右に半回転。

 その回転を利用したよこぎで──後退して距離を開けつつも体重と回転を乗せる技で、そして長物の不利を気転で、ブッキリのこめかみを殴り飛ばした。

 たたらを踏んだブッキリが、かたわらの明障子あかりしようじをぶち破って倒れこむ。

 それでも刀は手放すことなく、切った口中の血を吐き捨て、ふらつきつつも立ちあがった。


「くっ、は、は、軽い! 軽いぞゥ! 所詮そんな細腕じゃァりゆうかせいよろいは、」

「ピカ=ピカ!」


 哄笑こうしようはまるきり無視して叫んだ。踏みこんだまつりかの周囲で武装格納亜空間ストレージ開いた。

 手放した四尺棒が畳に落ちて鈍く跳ねる。じゃらっ! と重く鳴る太い鎖とそれで連結された三本の金属棒──さんせつこんまつりかの手につかまれる。

 そしてさんせつこんを振りかぶった彼女の両腕から背にかけてを、その中から伸びた強化外骨格エクサスケルトン〈十一式〉の主腕骨格メインアームが──主腕メインアーム覆った。


『十一式:それがし得手は弓箭きゆうせんなれど。ご命令なれば〈くみうちつかまつりまする』


 見たこともない光景に一瞬、ぽかんとなったブッキリのどてっ腹を、まつりか駆動系アクチユエータが生みだす大出力と伸ばせば九尺にもなる金属製さんせつこんの重量でぶっ飛ばした。

 くの字に折れてばされたブッキリが、今度は隣とのりのをぶち破る。今度こそ立ちあがれずに、尻でって後ずさった。


「ちょっ、ちょっと待っ……!」


 やっぱり無視してたたきつけ、たたきつけ、たたきつけてたたきつけてたたきのめした。

 観測演算を終了せず維持したまま、主腕メインアーム以外を内に残すことで反動も本体重量もに負担させる軽装機動隊伝統の裏技〈くみうち〉である。


くみうち〉状態では重量も反動も強烈なAMは撃てないしピカ=ピカの負担は激増するし、維持の専用燃料──霊術なのだから多分鎮酒しづきだろう──の消費も跳ねあがるのでごく短時間しか使用できないが、格闘戦の切り札にはその短時間で充分だ。

 長さに伴う重さと遠心力を存分にたたきこめるさんせつこんは、生身で使っても強力な打撃武器だ。まして強化外骨格エクサスケルトンによる膂力りよりよくと速度。続けざまにぶちこまれる衝撃に、打ちのめされ振り回されてブッキリはまりのようにつぼねの中を跳ね回る。

 ……ご自慢の、りゆうかせいの《》は。

 なるほど、出力は高い。装甲としても刃物は通さないし、ちょっとした衝撃なら分散する。だが、強化外骨格エクサスケルトンならあるべき緩衝系シヨツクアブソーバがない。一定以上の衝撃は吸収できないし、なにより慣性を殺せない。吹っ飛ばされればそれだけで、中の人間はダメージを受ける。

 碧燈あおひが言っていた。一咲ひとえに飲ませてもいい鎮酒しづきの量。

 大量の霊力を受け入れられない一咲ひとえの体は、おそらく体外にまとうのにも限度がある。一咲ひとえが耐えられる程度の人魚酒れいりよくでは《》に衝撃緩衝の霊術まで付与できないのだろう。同様に、神経反応速度や動体視力の強化の霊術も。

 多少速くて硬いだけ、中身の耐久力と反応速度がそのままなら、勝てない相手ではない。

 決して無敵のよろいではないのに、無闇にたのんで勝ち誇るような敵になど自分は負けない!


「くぅ、くそぉおおおおおおオオオオァアアアアア!!」


 苦し紛れの斬撃をこんの一端で払い飛ばし、逆端で刀身をからめとって体ごと回転して奪い取る。投げ飛ばした抜き身が壁に突き立つ音が聞こえた時には、回転そのままたたきつけたさんせつこんが、竜人のよこつらを猛烈に張り飛ばしている。

 鉄色をした《》が、ダメージの累積に砕け散った。

 元の人間の姿に戻ったブッキリが、そそけた畳に顔面をたたきつけて沈黙する。

 手足を投げだして伸びたその背中を見下ろし、大規模演算の負荷に高熱を帯びたピカ=ピカを片手で支えて、まつりかはふぅっと鋭く息を吐いた。

 すうすんどうの真下、出荷直前の亜人スサビヒナおりが並ぶ倉庫を過ぎて、ぎんもくせいは独り工場管理室に駆けこむ。今日のような日に備えた、籠城ろうじよう仕様の管理室。


「散布装置のスイッチは……!? あれか……!」


 工場内の羽化精うかせい散布装置はもう設置が完了していると、工場への増援に向かうブッキリに教えられた。地上のけわいちようのミスト発生装置への仕掛けも、三分の一ほどが。

 あとは自分がスイッチを押せば、けわいちようの地上と地下で七堕ナナエが招喚される。

 一方的に制圧されるばかりのこの形勢を、逆転できる。