啞然と祭花たちが見つめる中、すぐに焰は消えて人間サイズの重量がばたばたぶっ倒れる音が扉の向こうで響く。衛士数名がそっと覗きこみ、数秒沈黙してから全員をひっぱり出した。
幸い失神しているだけというか、まぁ焦げてはいない蜥賊どもから視線を戻して、祭花はこの容赦もなければ風情もない制圧をやらかしてくれやがった相手に言う。
「天茜、あの、……死刑相当犯だけど、なるべく殺さない方がいいからね?」
数人なら七堕出現には繫がらないとか、捕らえて情報源にとかそういうあれこれ以前に、死刑相当犯とて逮捕が前提なのであって現場処刑はあくまで最後の手段なのである。
天茜は怪訝そうに小首を傾げる。
「だから酸欠で気絶させたんだが……。竜人は装甲があるから、多少焼けても死にはしない」
斑牙が片手で額を押さえ、祭花とついでにピカ=ピカは思わず宙を仰いだ。いやまあ、たしかに死んではいない。死んではいないが。
「……やっぱり天茜って、碧燈と双子なんだね」「ええ。大変よく似ていらっしゃいます」
思慮深いようで実はそうでもないところとか、たまにものすごく雑なところとかが。
待ってくれ、と天茜は真剣に呻いた。
「……なんか悪口言われてる気がするー」
《伝神》とかで何か聞こえたわけでもないのだがそう感じて、碧燈はぼやく。
こちらはちょうど、工場最奥の最後の区画を制圧したところである。ここもやはり培養槽の円柱の並ぶ、けれどごく小さな区画を見回して半眼になった。
「……にしてもこれ、建築許可だしちまった下京職は大失態だよな。衛門府も」
「密務省の再調査では、帝都大改造に紛れて曲鉤楼の下にごく小規模の研究施設を、それから百年がかりでこつこつ鉛華町の地下全体に工場を広げたようだ。後からまとめて確認すれば気づけるが、一つ一つの計画からでは難しかったろうよ」
応じたのは合流した裏部の隊長だ。彼と直属班はここに来る途中、人工子宮を出て成長促進槽に移された幼い亜人の育成室に行きあたったそうで、班員はそのまま保護に残り、隊長も護送のために本物の祓使屯所からの応援を、密務省の通信本部に要請してからここに来ている。
「それでもこれは失態だろ。下京職と衛門府と密務省の」「手厳しいな」
苦笑する裏部の隊長に、碧燈も気づいて矛を収める。……やつあたりだ、これは。
「ごめん。……てか、応援呼んで大丈夫なの? 顔あわせちまって」
「帝都の祓使全員を覚えてる奴などいないし、別にこれも本当の顔じゃあないからな」
よく見ても本物の顔にしか見えない、生体素材製の偽の顔を緩めて裏部の隊長は続ける。
「そろそろ兄さんが心配だろう、ヤエブキの。こちらはもう任せてもらって構わないぞ。管理室の制圧はまだ終わってはいないからその支援にでも、」
と、言ったところでその曲鉤楼の地下、〈製薬〉が立てこもっていたはずの管理室のあたりから派手な《火焰呪》の気配が漂ってきて、二人はちょっと沈黙した。
「……ええと。まだ銀木犀が逃げてるから捕縛の支援に。というか〈月滴子〉を抱えたまま衛士の援護に行っちまった兄さんに、そろそろ帰ってきて直剣の回収を手伝えと伝えてくれ」
「あ。……そうだった、ごめん。急いで行ってくる」
「奴さんを生き埋めにした場所は管理室の下だから、そのまま回収に行ってもかまわんがな。……なんというか。勧めはしないぞ」
「知ってる」
だから、今日は衛士ではなく裏部と突入することにしたのだが、……とにかくバカなあの兄ときたら結局祭花の方に行ってしまって。
「銀木犀の現状、一応聞いても?」「ああ」
そちらにも潜りこませているのだろう〈ムジナ〉の情報を左目に表示して。
ふっと裏部の隊長は眉を寄せた。
確実に全て割れるように鞄から出した羽化精の封印保存瓶を、抱えて近づく銀木犀に──亜人たちにとっては見知らぬ他人に、檻の中の子供たちはいよいよ怯えて縮こまる。
「ごめんね。でも、同じ生贄ならせめて復讐の方がマシだろうから……」
君たちを弄ぶ支配階級に、それを黙認する朝廷に復讐できるのだから──七堕を招喚するというかたちで君たち自身が復讐できるのだからその方がよほど…………
ふと気づいた。
亜人たちの髪や、相当する獣毛や冠羽や鰭や翅や花弁には、全員違う花鈿がある。
人間だけではない、鳥獣も草木も、人工子宮で生産される人型使役さえ、生き物はみな珀玉を持つ。持たないのは二華だけだ。だから二華とは魂のない化物で、だから亜人のこの子供たちとて珀玉は持っていておかしくない。けれど。
冷水をかけられたように立ちすくんだ銀木犀の眼前で、亜人の少女が呟いた。助けて。
「怖いよぅ。たすけて、……直剣」
倉庫の扉を天茜が吹っ飛ばして、斑牙ら人型使役衛士が先陣を切って突入して。
祭花たちが見たのは、人魚酒の小瓶を抱えて立ち尽くした銀木犀の姿だった。
のろのろと見返した美貌が泣きそうに歪む。人魚酒を強く抱きしめて、けれど結局、誰もいない倉庫の隅へと放る。直後、突入した勢いのまま迫った斑牙たちが彼女を押し伏せた。
嘆きのような高音で儚く割れた封印保存瓶の群から、薄朱い液体がコンクリートの床に広がる。顔をしかめた天茜が《逆手》を打ち、人魚酒の池が全て青い光に変わって消える。
銀木犀の──鉛華町テロの最後の一人の捕縛はこうして、あまりにもあっけなく完了した。
「ブル=ブル。小隊長に捕縛の報告を」「了解、斑牙」
銀木犀を取り押さえたまま、斑牙が己の根付に指示してヒヨドリ型の根付が応じる。残りの人魚酒や、仕掛け爆弾などの罠がないかと衛士たちが倉庫全体に散開し、一部は檻の鍵を探しに管理室に戻る。
天茜はどこか沈痛な眼差しで檻の中の子供たちを見つめていて、なんだか放っておけない気がして祭花は傍らに佇んだ。
実際、祭花だって目の当たりにすれば改めて胸が痛む。人と他の生き物の遺伝子を好き勝手に継ぎ接ぎするのも、その人たちを玩弄用の人形だなんて言って売りさばくのも。
その売買を知り、あげく七堕招喚の贄にしようとしていたはずの銀木犀がぽつりと言った。
「直剣は、この子たちを死なせたいわけじゃなかった」
亜人たち一人一人に、それぞれ違った花鈿を選んで贈った直剣は。
親かそれに準じる者が贈る花鈿を亜人たちに贈った直剣は、子を思う親と同じくらいに。
「大切にしていた。できるなら幸福になってほしかった。それが叶わなかったからせめて復讐をさせてやろうとしただけで……本当は死なせたくなんてなかったんだ。だから、」
それがわかってしまったから、自分も、殺せなかった──……
「……お、よかった。ずいぶん生き残らせたな」
入口からひょっこりと顔を覗かせて言ったのは碧燈で、怪訝に天茜は眉を寄せる。
「叛逆予備はどんなに軽く済んでも永久禁牢だ。生き残っても別に、良くはないだろ」
「ああいや、蜥賊連中のことじゃなくてさ」
酷薄な現実を天茜は口にし、輪をかけてひっでぇことを碧燈は言って、それから亜人たちの檻を見回してくっと眉を寄せた。
「……違法生体の保護って、管轄どこだっけ」
「基本的には祓使だが。ヒト遺伝子を含む可能性があるなら典薬省の検査が先だ」
「そっか。じゃ、典薬省に連絡して保護してもらうのが二度手間にならないってことだな」
祭花が問う。少しおそるおそると。
「この子たち、どうなるの?」