ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

三 ⑬

 啞然あぜんまつりかたちが見つめる中、すぐにほのおは消えて人間サイズの重量がばたばたぶっ倒れる音が扉の向こうで響く。数名がそっとのぞきこみ、数秒沈黙してから全員をひっぱり出した。

 幸い失神しているだけというか、まぁ焦げてはいない蜥賊トカゲどもから視線を戻して、まつりかはこの容赦もなければ風情ふぜいもない制圧をやらかしてくれやがった相手に言う。


天茜あかね、あの、……死刑相当犯だけど、なるべく殺さない方がいいからね?」


 数人なら七堕ナナエ出現にはつながらないとか、捕らえて情報源にとかそういうあれこれ以前に、死刑相当犯とて逮捕が前提なのであって現場処刑はあくまで最後の手段なのである。

 天茜あかね怪訝けげんそうに小首をかしげる。


「だから酸欠で気絶させたんだが……。竜人は装甲があるから、焼けても死にはしない」


 まだらきが片手で額を押さえ、まつりかとついでにピカ=ピカは思わず宙を仰いだ。いやまあ、たしかに死んではいない。死んではいないが。


「……やっぱり天茜あかねって、碧燈あおひと双子なんだね」「ええ。大変よく似ていらっしゃいます」


 思慮深いようで実はそうでもないところとか、たまにものすごく雑なところとかが。

 待ってくれ、と天茜あかねは真剣にうめいた。


「……なんか悪口言われてる気がするー」


でんしん》とかで何か聞こえたわけでもないのだがそう感じて、碧燈あおひはぼやく。

 こちらはちょうど、を制圧したところである。ここもやはり培養槽の円柱の並ぶ、けれどごく小さな区画を見回して半眼になった。


「……にしてもこれ、建築許可だしちまった下京職しもきようしきは大失態だよな。衛門府えもんふも」

みつむしようの再調査では、帝都大改造に紛れて曲鉤楼まがりろうの下にごく小規模の研究施設を、それから百年がかりでこつこつけわいちようの地下全体に工場を広げたようだ。後からまとめて確認すれば気づけるが、一つ一つの計画からでは難しかったろうよ」


 応じたのは合流した裏部うらべの隊長だ。彼と直属班はここに来る途中、人工子宮を出て成長促進槽に移された幼い亜人スサビヒナの育成室に行きあたったそうで、班員はそのまま保護に残り、隊長も護送のために本物のはら使えしとんじよからの応援を、みつむしようの通信本部に要請してからここに来ている。


「それでもは失態だろ。下京職しもきようしき衛門府えもんふみつむしようの」「手厳しいな」


 苦笑する裏部うらべの隊長に、碧燈あおひも気づいて矛を収める。……やつあたりだ、これは。


「ごめん。……てか、応援呼んで大丈夫なの? 顔あわせちまって」

「帝都のはら使えし全員を覚えてるやつなどいないし、別にこれも本当の顔じゃあないからな」


 よく見ても本物の顔にしか見えない、生体素材製のにせの顔を緩めて裏部うらべの隊長は続ける。


「そろそろ兄さんが心配だろう、ヤエブキの。こちらはもう任せてもらって構わないぞ。管理室の制圧はまだ終わってはいないからその支援にでも、」


 と、言ったところでその曲鉤楼まがりろうの地下、〈セイヤク〉が立てこもっていたはずの管理室のあたりから派手な《火焰呪ほたるび》の気配が漂ってきて、二人はちょっと沈黙した。


「……ええと。まだぎんもくせいが逃げてるから捕縛の支援に。というか〈月滴子げつてきし〉を抱えたままの援護に行っちまった兄さんに、そろそろ帰ってきて直剣すぐみの回収を手伝えと伝えてくれ」

「あ。……そうだった、ごめん。急いで行ってくる」

やつこさんを生き埋めにした場所は管理室の下だから、そのまま回収に行ってもかまわんがな。……なんというか。勧めはしないぞ」

「知ってる」


 、今日はではなく裏部うらべと突入することにしたのだが、……とにかくバカなあの兄ときたら結局まつりかの方に行ってしまって。


ぎんもくせいの現状、一応聞いても?」「ああ」


 そちらにも潜りこませているのだろう〈ムジナ〉の情報を左目に表示して。

 ふっと裏部うらべの隊長は眉を寄せた。

 確実に全て割れるようにかばんから出した羽化精うかせい封印保存瓶アンプルを、抱えて近づくぎんもくせいに──亜人スサビヒナたちにとっては見知らぬ他人に、おりの中の子供たちはいよいよおびえて縮こまる。


「ごめんね。でも、同じいけにえならせめて復讐ふくしゆうの方がマシだろうから……」


 君たちをもてあそぶ支配階級に、それを黙認する朝廷に復讐ふくしゆうできるのだから──七堕ナナエを招喚するというかたちで君たち自身が復讐ふくしゆうできるのだからその方がよほど…………

 ふと気づいた。

 亜人スサビヒナたちの髪や、相当する獣毛や冠羽やひれはねや花弁には、全員違う花鈿かざしがある。

 人間だけではない、鳥獣も草木も、人工子宮で生産される人型使役ハシタさえ、生き物はみな珀玉はくぎよくを持つ。持たないのは二華ふたえだけだ。だから二華ふたえとはたましいのない化物で、だから亜人スサビヒナのこの子供たちとて珀玉はくぎよくは持っていておかしくない。けれど。

 冷水をかけられたように立ちすくんだぎんもくせいの眼前で、亜人スサビヒナの少女がつぶやいた。助けて。


「怖いよぅ。たすけて、……直剣すぐみ


 倉庫の扉を天茜あかねが吹っ飛ばして、まだらき人型使役ハシタが先陣を切って突入して。

 まつりかたちが見たのは、にんぎよしゆの小瓶を抱えて立ち尽くしたぎんもくせいの姿だった。

 のろのろと見返した美貌が泣きそうにゆがむ。にんぎよしゆを強く抱きしめて、けれど結局、誰もいない倉庫の隅へと放る。直後、突入した勢いのまま迫ったまだらきたちが彼女を押し伏せた。

 嘆きのような高音ではかなく割れた封印保存瓶アンプルの群から、うすあかい液体がコンクリートの床に広がる。顔をしかめた天茜あかねが《逆手さかて》を打ち、にんぎよしゆの池が全て青い光に変わって消える。

 ぎんもくせいの──けわいちようテロの最後の一人の捕縛はこうして、あまりにもあっけなく完了した。


「ブル=ブル。エナガ一三一に捕縛の報告を」「了解、まだらき


 ぎんもくせいを取り押さえたまま、まだらきが己の根付に指示してヒヨドリ型の根付が応じる。残りのにんぎよしゆや、仕掛け爆弾などのわながないかとたちが倉庫全体に散開し、一部はおりの鍵を探しに管理室に戻る。

 天茜あかねはどこか沈痛な眼差まなざしでおりの中の子供たちを見つめていて、なんだか放っておけない気がしてまつりかかたわらにたたずんだ。

 実際、まつりかだってたりにすれば改めて胸が痛む。人と他の生き物の遺伝子を好き勝手にぎするのも、その人たちを玩弄用手すさび人形ひいなだなんて言って売りさばくのも。

 その売買を知り、あげく七堕ナナエ招喚のにえにしようとしていたはずのぎんもくせいがぽつりと言った。


直剣すぐみは、この子たちを死なせたいわけじゃなかった」


 亜人スサビヒナたち一人一人に、それぞれ違った花鈿かざしを選んで贈った直剣すぐみは。

 親かそれに準じる者が贈る花鈿かざし亜人スサビヒナたちに贈った直剣すぐみは、子を思う親と同じくらいに。


「大切にしていた。できるなら幸福になってほしかった。それがかなわなかったからせめて復讐ふくしゆうをさせてやろうとしただけで……本当は死なせたくなんてなかったんだ。だから、」


 それがわかってしまったから、自分も、殺せなかった──……


「……お、よかった。ずいぶん生き残らせたな」


 入口からひょっこりと顔をのぞかせて言ったのは碧燈あおひで、怪訝けげん天茜あかねは眉を寄せる。


叛逆はんぎやく予備はどんなに軽く済んでも永久きんろうだ。生き残っても別に、良くはないだろ」

「ああいや、蜥賊トカゲ連中のことじゃなくてさ」


 酷薄な現実を天茜あかねは口にし、輪をかけてひっでぇことを碧燈あおひは言って、それから亜人スサビヒナたちのおりを見回してくっと眉を寄せた。


「……の保護って、管轄どこだっけ」

「基本的にははら使えしだが。ヒト遺伝子を含む可能性があるなら典薬省てんやくしようの検査が先だ」

「そっか。じゃ、典薬省てんやくしように連絡して保護してもらうのが二度手間にならないってことだな」


 まつりかが問う。少しおそるおそると。


「この子たち、どうなるの?」