ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

三 ⑭

 おりの中の亜人スサビヒナたちから視線を外して、静かに天茜あかねは応じる。


「ヒト遺伝子ベースの違法いほうせいたいは、厳密な人間とはいえないから臣民権を得られない」

「……うん」

「だから典薬省てんやくしようの保護施設で、臣民として暮らすことになる」


 まつりかはぱちくりとまばたいた。予想外の回答だったようだ。


「準臣民? ……具体的には」

「医療施設併設の、専用の学校での生活だ。彼らはたいてい、教育を与えられていないからまずはそれを取り戻すための。……はあるけど、希望する将来も考慮の上で」


 他生物の遺伝子を無軌道に導入され、多くは無茶な成長促進の代償として知能や運動能力、免疫系が未熟な亜人スサビヒナは、日常生活や生命維持に補助が必要だ。いきなり自立生活を送るのは難しく、それゆえの学校を模した保護施設である。

 やはり成長促進の代償でしばしば極端に短命の亜人スサビヒナは、学生生活の間に生涯を終える者が大半なのだがそれは天茜あかねは説明したくなかった。当の亜人スサビヒナの目の前で、寿命が短いなんて口にしたくない。鳥獣の名であるトラツグミぬえの俗称をけた碧燈あおひも同じ気持ちだったろう。


「そのままでも悪くは扱われないだろうけど、帰投したら長官にご助力を依頼しておく。仮にも皇子おうじ殿下だ。慈善は為政者の務めだと、後見についてくださるはずだ」


 高位おうぞくの下、安寧に、幸福に。憂い一つ知らずに過ごさせてやることができる。

 贔屓ひいきといえばそのとおりだけれど、……直接関わった者くらい構わないだろう。

 いきなりの高位おうぞくの名に頭が追いつかなくなったか、まつりかは目をみはって固まってしまう。


「……慈善だって?」


 そしてどこかがくぜんと、声が吐き捨てた。

 ぎんもくせいだった。


「なにが慈善だ! おりに入れて餌をやって、かわりに自由と誇りは奪い取って! そんなもの家畜だ。この子たちをもてあそぶ下劣なやつらと何も変わらない!」


 すぐさままだらきらが押さえこんだが、ぎんもくせいは今度は従わない。拘束されたままじたばたともがき、まっすぐに天茜あかねにらみ据えて怒鳴る。

 だってそんなのは結局は籠の鳥だ。おうぞくの気まぐれにすがらされご機嫌を取らされ、その意志一つに境遇を左右される──己の全てを他者に支配される愛玩動物の生涯だ。

 福祉の名の下に、臣民の侮蔑のために飼い殺される〈たにぞこ〉と何もかも同じ。代償に人として生きる誇りを奪われる、あまりにもむごみじめな家畜の境遇だ。

 それを。それを。


「お前たち皇京おうきようは民草へのだと、……まさか本気で考えているのか!?」

「──愛情なんだろうさ、ぎんもくせい二本角おににはそれが」


 吐き捨てて直剣すぐみは立ちあがる。からおりが積み重なり、誰からも死角になった物陰。太い柱の一つに設けられた、りゆうかせい工場からの隠し階段の中から。

 彼自身の体をに、べったり塗られた血の線が長く続く。崩落で潰れた右腕からの、瓦礫がれきからいだすために自ら千切り捨てた右腕からの大量の出血。

 長くはない。


セイヤク〉の部下は全滅し、ぎんもくせいさえ捕らえられた。自分の計画は水泡に帰した。

 けれどだからこそ、この一撃だけは成し遂げる。

 抜き出したのは老ブッキリから仕入れた拳銃、密造ながら信頼性の高いベストセラー。拳銃にはやや遠い三丈十メートル余り先、いまいましい術師の側頭部を狙うと決めた。

 薬室に初弾が装塡され、安全装置セイフテイも解除したダブルアクションの自動拳銃は。

 あとは人差し指を少し動かすだけで、弾が撃ちだされる。ひとを殺せる。

 それは精鋭たるの術師が相手でも、いまさら発動されるどんな術よりも速く。

 極度の集中に遅くなる時間の中、術師は気づいてこそいるだろうがいまだ振り返ることも出来ていない。視線さえもまだこちらには向かず、──いける。この一人だけは仕留められる。

 流れるように構える。銃口が上がる。照準の合う瞬間を予期し、直剣すぐみは無意識に息をめ。


「──ああ。考え方悪くないな」


 視線もやらず、ただ指先を向ける程度のわずかな動きで。

 袖の中から滑り出た機関拳銃の銃把をつかむや、天茜あかね直剣すぐみの腹部へと射撃をたたきこんだ。

 動きが少なく、それでいて的が大きく、頭部や胸部のように腕を水平にまで上げずとも射撃できる──照準動作さえも省いた速射が可能な部位に。

 ダブルアクション、トリガーセイフティ、初弾装塡ずみ、セレクタ位置はフルオート。すなわちひきがねを引くだけでマガジンの全弾を吐き出す状態にある機関拳銃が、そのとおりに斉射する。

 不意打ちだというのに悠長にも頭部を狙い、照準動作の途中にあった直剣すぐみに向けて。

 拳銃は。

 事前準備を怠らなければ攻撃動作が少なくてすむ。なるほど術よりは発動も速い。

 だからこそ、の術師とて予備武器サイドアームの一つに携えている。

 複数霊術の同時行使中でそれ以上の術が使えない時に、瞬時に全弾たたきこんでけんせいとする程度の役割ではあるが──だから手に取れる速さを最優先に、袖に仕込んで邪魔にならないライカー式の小型拳銃を選択しているのだ。照準動作に時間をかけては本末転倒だ。


「っ……!?」


 悲鳴もあげられずに直剣すぐみくずおれる。対人殺傷力の高い裂頭弾イーグルクロウをまとめて十発、内臓の詰まった腹部と太い血管が走るだいたいへの掃射だ。およそ耐えられるものではない。

 きぬを裂く悲鳴と彼の名を叫ぶ声が、始まるなり終わった惨劇の場に白々と散った。


「──直剣すぐみ!?」


 悲鳴のようなぎんもくせいの声に、倒れ伏したまま直剣すぐみはわずかに視線だけを彼女に向ける。

 ここでのてんまつの全てを悟り、ああ、とめた。

 ぎんもくせいは、殺せなかったのだ。でもそれで良かったのかもしれない。

 彼女が人殺しをせずに済んだのなら、それはそれで良かったのかもしれない。

 父祖や、部下たちや、犠牲にしてきたおおぜいの女郎や亜人スサビヒナたちには顔向けできない思考だけれど。それでもぎんもくせいにとっては良かったのかもしれない。

 ぎんもくせい。小さな頃からひそかに憧れた──やさしい君には。


「俺は、……ぎんもくせい、」


 きみのことがずっと すき だったよ

 そう、告げようとした直剣すぐみの頭部を──瞬間、演算による観測を受けて実体化した量子論的仮想精霊の透明な体が、刹那に包みこんでもぎ取った。

 のけぞらされてそのまま首を奪われた胴体が、仰向けにどうと倒れる。

 内部の専用結界に頭部を格納した式神が、青白くぼうと発光する。術者である天茜あかねもとにゆらと戻り、水中でそうするように空中を漂う。透明な円形の傘。絹糸のような細い長い触腕。

 量子論的仮想精霊〈月滴子げつてきし〉。

 人間の首を瞬時に切断する触腕と、切断した首を格納保存する胴からなる飛空する断頭刃フライング・ギロチン。死刑相当犯の霊体を頭部と共に剝ぎ取り、その者の生涯の記憶を全て保持する霊体と、想起のトリガを有する脳とを合わせて確保するみつむしようの首狩り海月くらげだ。

 これによりみつむしようはあらゆる情報を保存頭部から読みだすことができる。手間がかかる割に不確実な拷問よりも、妄想との弁別が必要な薬物よりも、正確かつ効率的な情報収集ヒユーミント手段。


「──最優先目標・直剣すぐみ。……発掘の手間が省けたな」


 首謀者である直剣すぐみに自害を──情報取得の妨害を行わせないため。発見次第の〈げつ滴子てきし〉による鹵獲ろかくを指示されていた、その任を終えていっそ酷薄に天茜あかねは告げる。


「……あ、」


 目の前で直剣すぐみの頭が、その言葉の先が青白い軟体に奪い取られて、ぎんもくせいぼうぜんとなる。


「あ、あ。あああああ…………!」


 最後の言葉だった。自分に向けた言葉だった。せめてそれだけは受け取るべき言葉だった。

 その言葉は、けれど無慈悲に、そしてあまりにも無造作に摘み取られてしまった。

 こみあげたのは嚇怒とも悲嘆ともつかない、坩堝るつぼのような激情だった。


「どうして殺した。なにも殺すことはなかったじゃないか! カミガタりの血染め衣あけごろも!!」