赤根染の緋と紅花の真紅を禁色として纏う九重の皇家の蔑称、またその配下たる二華の蔑称だ。二本角が好むあかいろ。民草から搾り取った血の色の。人血で染めた纐纈染めの。
一咲から搾り取った全てを費やして、千万丈塔踏破ばかりに血道をあげる──己一人が天の高みを目指す、僣称する神に真実、なりかわらんと欲するお前たちは。
「何も救わないくせに神さま面で人を裁いて、でもそんなのは裁きじゃない。お前たち二華はただ人を殺してるだけだ。お前たちはみんな、一咲の血に千年塗れ続けた人殺しの化物だ!!」
今、直剣の血に汚れたように。こいつらの手は血みどろだ。
直剣の最後の言葉を切り捨てたように、これまでもこの先もあらゆる犠牲者を切り捨て続ける、二本角は穢らわしい血みどろの大罪人だ!
火を噴くように睨みつけた銀木犀に、二人の術師はその時、違う顔だちに同じ酷薄な表情を浮かべて応じた。
「そうだ」
そして気圧されて口を噤んでしまった銀木犀を、桜重ねの袍の術師が片手で引きずり起こす。奇妙に無機質な、それでいて苛烈に炯る双眸が至近距離から覗きこむ。
心無い鬼の。情無き蛇の。瞳。
「元よりお前も予備の情報源として確保対象だ、〈秦吉了〉首領。鬼とて良く鳴く鳥は嫌いじゃない、好きなだけ囀ればいい。どうせ天に悪事など告げない、無駄鳴きの鳥が秦吉了だ」
「っ……」
天を飛び、人語を解し、以て高く悪を鳴らす鳥。その含意さえも無慈悲に塗り潰して。
がっくりとうなだれた銀木犀を、天茜は元のとおり斑牙に放り投げ。
その時どこかで、寂しい小鳥のような声が歎いた。
哀れなこと。
殺されて首を奪われて、望みは何も叶わなくて。
哀れなこと。可哀想なひと。
だからもう一度。
滅びの姫たるこのわたくしが、〈角蛇を剪り巨悪を曝す〉天譴の機会をさしあげる。
倒れてうち捨てられたままの直剣の首なし死体が、音を立てて引き裂ける。
同時に迸った禍々しい霊力を、天茜と碧燈が察知して振り返った時にはすでに霊術が発動している。展開する霊術陣は朧月に初音鳥。死者の世界より飛び来たる不吉の小鳥。
読み取った術式に天茜は息を吞んだ。
「《国土結界》の相殺突破陣……!?」
「堕素の直接招喚……七堕の!? ──んなこと出来るような下法士がまだいたってのか!?」
既に起動した霊術だ。八重の術師の演算速度を以てしても破却術式の構築は間にあわない。
八千穂国全土を堕素の侵蝕から守る《国土結界》にぽつりと不可視の穴が開く。倉庫の空間がずるりと引き裂け、燦爛の暗黒が結界と空間の傷を通り、溢れてその場に充満する。
そして切り裂かれた空間を通り抜け。裂けた直剣の死骸からまるで生まれ出るように。
滅びの竜がその姿を──傲然と、顕現させた。
その様に、祭花は血の気を引かせて凍りつく。
覚えている。忘れたことなどない。
父を殺した七堕は。友達だった人型使役たちを殺した七堕は。
その人型使役の一人の体を、突然、内側から引き裂くようにして出現したのだ。
ぶちまけられた人型使役たちの血の海を踏み、獣の骨の姿をした七堕が疾風と駆け去る。
祭花と、……父親の暮らす帝都の外れの邸の方へ。
通いの爺やは帰って、母は祭花が覚えてもいないくらい昔に出ていって、けれど父一人はひっそりと、他に行くところもないからそこにいるはずの邸へ。
自分はそれを。
怯えて、竦んで、震えて立ち尽くして、……何もしないでただ見ていた。