ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

三 ⑮

 赤根あかねぞめあけべにばなくれないきんじきとしてまとここのえ皇家おうけの蔑称、またその配下たる二華ふたえの蔑称だ。二本角おにが好むあかいろ。民草から搾り取った血の色の。人血で染めたこうけちめの。

 から搾り取った全てを費やして、千万丈塔せんまんじようとう踏破ばかりに血道をあげる──己一人がそらの高みを目指す、お前たちは。


「何も救わないくせに神さま面で人を裁いて、でもそんなのは裁きじゃない。お前たち二華ふたえはただ人を殺してるだけだ。お前たちはみんな、の血に千年まみれ続けた人殺しのだ!!」


 今、直剣すぐみの血に汚れたように。こいつらの手は血みどろだ。

 直剣すぐみの最後の言葉を切り捨てたように、これまでもこの先もあらゆる犠牲者を切り捨て続ける、二本角おまえたちけがらわしい血みどろの大罪人だ!

 火を噴くようににらみつけたぎんもくせいに、二人の術師はその時、違う顔だちに同じ酷薄なを浮かべて応じた。



 そしてされて口をつぐんでしまったぎんもくせいを、桜重ねのころもの術師が片手で引きずり起こす。奇妙に無機質な、それでいて苛烈にひかそうぼうが至近距離からのぞきこむ。

 心無い鬼の。情無き蛇の。瞳。


「元よりお前も予備の情報源として確保対象だ、〈〉首領。鬼とて良く鳴く鳥は嫌いじゃない、好きなだけさえずればいい。秦吉了きゆうかんちようだ」

「っ……」


 天を飛び、人語をかいし、もつて高く悪を鳴らす鳥。その含意さえも無慈悲に塗り潰して。

 がっくりとうなだれたぎんもくせいを、天茜あかねは元のとおりまだらきに放り投げ。

 その時どこかで、寂しい小鳥のような声がなげいた。

 哀れなこと。

 殺されて首を奪われて、望みは何もかなわなくて。

 哀れなこと。可哀かわいそうなひと。

 だからもう一度。

 滅びの姫たるこのわたくしが、〈巨悪くじらさらす〉てんけんの機会をさしあげる。

 倒れてうち捨てられたままの直剣すぐみの首なし死体が、音を立てて引き裂ける。

 同時にほとばしったまがまがしい霊力を、天茜あかね碧燈あおひが察知して振り返った時にはすでに霊術が発動している。展開する霊術陣は朧月おぼろづき初音鳥ホトトギス。死者の世界より飛び来たる不吉の小鳥。

 読み取った術式に天茜あかねは息をんだ。


「《国土結界》のそうさい突破陣……!?」

の直接招喚……七堕ナナエの!? ──んなこと出来るような下法士げほうしがまだいたってのか!?」


 既に起動した霊術だ。の術師の演算速度をもつてしても破却術式の構築は間にあわない。

 八千穂国やちほのくに全土を侵蝕しんしよくから守る《国土結界》にぽつりと不可視の穴が開く。倉庫の空間がずるりと引き裂け、さんらんの暗黒が結界と空間の傷を通り、あふれてその場に充満する。

 そして切り裂かれた空間を通り抜け。裂けた直剣すぐみの死骸からまるで生まれ出るように。

 滅びの竜がその姿を──傲然と、顕現させた。

 その様に、まつりかは血の気を引かせて凍りつく。

 覚えている。忘れたことなどない。

 父を殺した七堕ナナエは。友達だった人型使役ハシタたちを殺した七堕ナナエは。

 その人型使役ハシタの一人の体を、突然、内側から引き裂くようにして出現したのだ。

 ぶちまけられた人型使役ハシタたちの血の海を踏み、獣の骨の姿をした七堕ナナエが疾風と駆け去る。

 まつりかと、……父親の暮らす帝都の外れのやしきの方へ。

 通いのじいやは帰って、母はまつりかが覚えてもいないくらい昔に出ていって、けれど父一人はひっそりと、他に行くところもないからそこにいるはずのやしきへ。

 自分はそれを。

 おびえて、すくんで、震えて立ち尽くして、……ただ見ていた。