ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

四 ①

 七堕ナナエを構成するとは滅びそのもの、万物を侵蝕しんしよくし、消滅せしめる虚無のほのおだ。

 てつおりがまとめてぐずりと朽ちる。がれた尾がコンクリートの壁をごっそりとかき消す。長い太い尾はそのままに迫り、防御の麻の葉紋にはじかれて激しく火花を散らした。

 招喚陣の破却は間にあわないと見て天茜あかねが展開した汎用防御結界《白瓊壁シラニガキ》のおり七堕ナナエを、共に漏出した濃密なを、閉じこめてそれ以上広げないための。

 同時に《汎用防壁シラニガキ》の外側に《しゆくち》の双翼陣が複数展開、亜人スサビヒナたちとぎんもくせいを吐き出す。七堕ナナエに近くてそのままでは結界内に取り残される彼らを、碧燈あおひが転移させたのだ。

 獲物を眼窩がんかに捉えた七堕ナナエが巨大な頭部を下げて構え、結界壁へと全身をぶちかます突進。跳ね返ってきた猛烈な『重さ』に天茜あかねは歯を食いしばった。


「ッ……!」


 数万斤数十トンはあろうかという巨獣の重量。そしてそれほどの巨体を構成する膨大なの、霊異存在の強大さとしての霊圧おもさだ。

 全長は実に七丈二十メートルはあろうか。その威容に比してなお馬鹿げた巨大さの頭骨、下手な短刀よりも凶悪な牙をそろえた顎骨。立ち枯れた巨木めいた背骨からろつこつが伸びて胸骨につながり、とがった竜骨の向こうに頑強な後ろ脚と分厚いかぎづめ、長く長く連なる尾の骨が続く。

 それは人類の出現よりもはるかに以前、このに君臨した獣脚類じゆうきやくるい恐竜の完成形。

 暴君竜の王テイラノサウルス・レツクス──その全身骨格だ。

 パレードでの大王烏賊ダイオウイカがそうだったように、ほとんどの七堕ナナエは瞬間的にしか顕現しないものだが、覇王の竜は《汎用防壁シラニガキ》の結界の中、いつまでもせない。破竜儀式以外ではごくまれにしか現れない、膨大なを飽食して完成した成体の七堕ナナエだ。

 ただ待っていても、この七堕ナナエは消えない。破竜儀式と同様、撃破し浄化せねばならない。

 天茜あかねはそう判断を下す。

 一方で、ここは戦場として種々の備えがなされた破竜儀式場ではない。儀式場外への流れ弾を防ぐ《アオミズガキ》結界もなければ、周辺の臣民の退避もなされていない。《国土結界》の傷そのものはすでに自動修復されているけれど──《国土結界》は国家守護・救済のだい祭祀さいしつかさどみかどを術者とし、大気や大地の霊脈から霊力供給を受ける極めて強固な結界だ──漏出した大量のいまだこの地下倉庫に残ったままだ。

 守らねばならぬものが多い現状で、この戦場はあしかせが多すぎる。

 だから七堕ナナエを見据えたまま、天茜あかねは双子の弟に短く呼びかける。


碧燈あおひ」「おう」


 応じてたちを構え直した碧燈あおひに。


「〈月滴子げつてきし〉は任せた」


 観測演算を押しつけるなり、空いたグリア系の演算能力で《しゆくち》を展開。

 自分以外の全員を、まとめて転移の陣に取りこんだ。まつりか亜人スサビヒナぎんもくせいも。

 目の前の碧燈あおひも。

 ぼうぜんとしたのは一瞬、かっと碧燈あおひげつこうする。


「てめえ!」

七堕ナナエの討滅は、はりゆうがたの俺の役目だ」

「だからってこんな、《戦場隔壁アオミズガキ》もないとこで一人で戦う気か。俺も残った方がいい!」

わきまえろ、踏破方とうはがた


 ぐっと碧燈あおひは言葉に詰まる。

 踏破方とうはがたは原則、七堕ナナエとの戦闘は行わない。

 そして失わせるわけにもいかない。

 最も人数が多くはりゆうがたと違って、踏破方とうはがたは常に一人だけだ。

 はりゆうがた天茜あかね踏破方とうはがた碧燈あおひでは、同じの術師でも全く価値が異なる。千年を投じる三十五万八千階の全行程の、残る未開城・未解析階層は、ついに儀式の終わりが見えた今この時に、二十二万階までを踏破した術師を失うなど。


「〈月滴子げつてきし〉とぎんもくせいの引き渡し、それにさっきの招喚陣の報告をしてくれ。特に招喚陣とその術者については現状、お前以外に詳細を報告できるやつがいない」


 が根付経由でを、蜥賊トカゲりゆうかせいを使用しにんぎよしゆ製造の霊術機械を動かしているとおり。あらかじめ構築された術式に鎮酒しづきにんぎよしゆで霊力を供給し、起動するのは一咲ひとえにも可能だ。原理や構造を理解せずとも、電池を入れてスイッチを押せば懐中電灯は点灯する。

 けれど《国土結界》の──一帯の霊力分布の変化に応じ、刻々と構造を流動させる超複雑な大霊術の、ごく一部でも読み取ってそうさい霊術を構築するのは一咲ひとえどころか並の術師にも不可能だ。まして万一の誅戮ちゆうりく失敗・七堕ナナエ招喚に備えて強化されていた今宵の帝都の《国土結界》をあろうことか独力で穿うがつだけの大霊力。

 だりゆうこうの〝下法士げほうし〟、朝廷に服従せずまつろわず、ゆえに千年前の〈大粛清〉の対象とされた二華ふたえ血統の生き残りは、危険な朝敵としてこの千年、優先して摘発されて六年前の〈纐纈染しぼりぞめ〉でとどめを刺されて、だからこれほどの実力者が残っているはずはないというのに。


「それに招喚のタイミングも不可解だ。独力で《国土結界》が突破できるなら。最後の最後でこれ見よがしに七堕ナナエを招喚してやる義理も」


 仮に協力の理由があったとしても、それなら〈セイヤク〉は羽化精うかせいによる間接的な七堕ナナエ招喚ではなく、下法士げほうしを術者に、にんぎよしゆを霊力供給源にした直接招喚を行えた。監視網をかいくぐらずとも結界内で会合を持てた。工場に突入された後も、もう少し時間が稼げたろう。

 何もしてやらなかったくせに、何もかもが終わってから無意味に七堕ナナエを招喚して。

 それによりの術師に──朝廷にわざわざ己の存在を知らせて。

 くっと天茜あかねは目をすがめる。


「意図が読めない。なにか、想定していなかったかたちの敵がいる」


 個人か、結社か、それ以上か。それはわからないけれど、……何かがまだ潜んでいるというこの情報をこそ、おうしつ直属の術師である天茜あかね皇京おうきように持ち帰らせねばならない。


「けど……!」


 だというのにまだバカは物分かり悪くぐずるから、きつさきを鼻先に突きつけて黙らせる。


「そういう馬鹿なところは心底腹が立つが、お前は俺の弟だ。……誰にも殺されてたまるか」


 生意気だし寝汚いぎたいし何かというと頼りにしてくるくせに人の話は聞こうともしないけれど、弟だ。守らなければならないと、この世で唯一思う相手だ。

 ぎゅっと碧燈あおひは唇を引き結ぶ。

しゆくち》の陣が閉じきる直前、その隙間から吐き出すように叫んでした。


「すぐ戻るからな、この馬鹿!」


 碧燈あおひは、まつりかは、その瞬間、見た。

しゆくち》の羽根の扉の向こうの天茜あかねが──ふいと目をそむけるように背を向けたのを。


「戻ってくるな、馬鹿」


 七堕ナナエの出現そのものは八千穂国やちほのくにの日常の危機だ。碧燈あおひの報告を待つまでもなく御所・うちみや深部の三基の〈琴宮ことのみや〉が七堕ナナエ成体の出現を検知。出現地区一帯に向けて自動命令が発令。

 かりゆうがいで清掃業務に従事していた〈アラモ〉〈ニコモ〉が全機、一斉に動きを止めた。

 色彩可変絹さいうんおりの外装が警告色の赤シグナルレツドに切り替わる。げろりと開けた大口の奥から大音量のサイレンを発し、七堕ナナエの出現とそれに伴う避難命令の電子音声をやはり大音量で流しながら近くの酔漢・しようぎへと突き進む。

 大口を開けて迫りくる真っ赤な機巧自在からくりじざいにこそ驚いて、住民も客も慌てて反対側へと──かりゆうがいの外へと逃げていく。あらがう者や立ちすくんでしまった者はその巨体でぐいぐいと押してまで、清掃機巧自在アラニコは安全圏への住民の誘導にいそしむ。

 同時に、周辺の上空をゆうよくしていた大気浄化幻獣ヒロサモが進路を変更してかりゆうがいへ。