ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

四 ②

 内蔵する霊能器官──移植された霊獣の心肺と脳──を解放、結界を構築。トビエイ型の〈サモノ〉は避難範囲の外周に一方通行の《きんそく》結界、出る者は通すが入る者ははばむそれを。ジンベエザメ型の〈ヒロモ〉は七堕ナナエ出現座標の周辺に、の漏出を封じる《戦場隔壁アオミズガキ》を。

 常の破竜儀式場に比べれば狭くささやかな結界内の戦場が、泥犂ないりの町に形成される。

 天茜あかねの霊力は、の術師では低い部類だ。成体の七堕ナナエを閉じこめるほどの《汎用防壁シラニガキ》と数十名を一度に転移させる《しゆくち》とを同時には行使できない。

汎用防壁シラニガキ》のおりが消え、暴君竜テイラノサウルス七堕ナナエが立ちあがる。巻き起こったの渦に天井は無論、地上のすうすんどうまでもがえぐられて崩落。落下の途中でけてせる。

 即座に天茜あかねは《きんじゆ》で七堕ナナエの動きを封じ、それ以上の地上の破壊を防ぐ。《汎用防壁シラニガキ》を構築し直し、あらためて七堕ナナエとを地下に封じた。

 すうすんどうにいた〈〉の学生は全員が護送されている。残っていたのは封鎖担当のくらいだろうし、その彼らも七堕ナナエ出現の報を聞いて退避しただろう。

 問題はその外、けわいちようの避難状況だ。

 もともと切見世きりみせの人間は、彼らを切り捨てた朝廷にい感情を抱いていない。つい先ほどまで顔役の〈セイヤク〉相手に強行突入などしていた以上、現在の住民感情は最悪の域だろう。命令するなだの出ていけだの、避難誘導の楯突たてつく者もいるようだ。

 七堕ナナエに対してもに対しても無力な一咲ひとえが、その危険も顧みない義理や恩義で……というわけではなく、単に七堕ナナエの危険性を認識できていないがために。

 もういい殴って従わせろ、死ぬよりマシだと乱暴な命令を部下に投げ、はら使えしふんしたままの裏部うらべの隊長が報告をす。


『周辺半町六十メートル四方はクリア。それと〈ヒロモ〉の第一陣がいま真上に、』


 の幕にも似た《戦場隔壁アオミズガキ》の結界壁がその半町四方を囲んで降り、《でんしん》が一瞬とぎれる。無言で《汎用防壁シラニガキ》の設定を変更、《戦場隔壁アオミズガキ》に重ねた──戦闘に備えて自ら流れ弾への対策をした天茜あかねに、裏部うらべの隊長はやきもきと申し出る。


『小隊総出なら補強の助力くらいは可能だ。不慣れで邪魔だというのでなければ──……』

「邪魔ではないですが、不要です。それより一帯からの住民の退避を急いでください」


 に潜む顔無しの裏部うらべに、こんなことで『顔』をさらさせるわけにはいかない。それに近くに臣民が残っていることこそが、これからの戦闘には最悪の邪魔だ。


〈ヒロモ〉の《戦場隔壁アオミズガキ》は所詮、呪禁師じゆごんじや破竜術師の到着まで七堕ナナエを閉じこめるだけの最低限のものだ。内部で討滅まで行う想定ではなく、戦闘に耐えうる強度は持たない。

 だから補強のための《汎用防壁シラニガキ》を、天茜あかねは多重展開して重ねていく。左目の補助脳の観測演算を全て終了。を全解放し、《汎用防壁シラニガキ》の維持を補助脳に移管。空いたグリア系の演算領域に、銃弾を装塡するように攻撃霊術を構築していく。

 から落ちてきた予備の真神まがみたちが周囲に突き立つ。幾羽いくわもの〈ノウゼン〉が囲われた空に舞いあがる。

汎用防壁シラニガキ》に霊力をわれて弱体化した《きんじゆ》が七堕ナナエの抵抗に押し負けてきしみ、返されると察してその前に自ら解除した。術を返される──つまり他者にかけた霊術を破壊されると、物理・霊理的な衝撃が反動として術者に跳ね返る。戦闘を控えた今、手傷を負うのはけたいし、どうせ弱体化させる前の七堕ナナエをいつまでも止めておけるような霊術でもない。

 それほど七堕ナナエが弱いのならば天茜あかねは、破竜術師は全身の強化改造などを施されていない。

 自由を取り戻した暴君竜テイラノサウルス七堕ナナエが、うつろな眼窩がんか鬼火おにびを燃やして低く身構える。

 現在の結界範囲は半町四方、避難の進行に従って拡大するとはいえ、六十四町一キロメートル四方を戦場とする踏破儀式場に比べればあまりに狭い。間合いは取れず、《戦場隔壁アオミズガキ》への負担を考えれば──結界破壊の反動で〈ヒロモ〉を殺しかねないことを考えれば、砲撃系霊術も使えない。

戦場隔壁アオミズガキ》の補強に霊力を割いた状態での、暴君竜王テイラノサウルス・レクスとのインフアイト。そうだとしても。


「破竜儀式を開始。──来い」


 我らは〈八重山吹ヤエヤマブキ〉。つむぐ先など元より持たず、ただひとときを華々しく咲く八重咲やえざきの花。


七堕おまえを滅ぼすことだけが、破竜術師の存在理由だ」


しゆくち》は通常なら二十令里十キロほどを一跳びにするが、なにしろ倉庫内の全員だ。その後の戦闘も考えれば隣町の外れまで転移させるのが精一杯だったようで、双翼の扉を飛び出して碧燈あおひが見回したそこは、古今東西の後宮を模したビルの立ち並ぶ中見世ちゆうみせ町だ。

 客としようぎ清掃機巧自在アラニコとこの町のブッキリが避難させたようで人けはなく、けわいちよう上空では〈ヒロモ〉がゆうよくしている。移動した者の感覚では一瞬だが実際には数分の時間を費やす、《しゆくち》の転移の間に進行した状況を確認して。

 碧燈あおひはまずは感情のままに吐き捨てた。


「あの馬鹿……!」


 そのまま《でんしん》でヤエブキ機関本部につなぐ。相手は帝都各所に散開したの術師の統括のため、本部寝殿で待機するはりゆうがた局長の。


琉璃揚羽るりあげは! 知ってると思うけどけわいちよう七堕ナナエだ! 天茜あかねが応戦中、増援と、〈月滴子げつてきし〉管理の術師の派遣たのむ!」

『ええ、把握しています、碧燈あおひ。当該七堕ナナエは〈シヅハナ〉と呼称。かげのべが一次展開を開始、夜叉やしやぶしうすばつ椿ばきが向かっています』


 辺塞府へんさいふ呪禁寮じゆごんりようの支援や破竜儀式の失敗に備え、はりゆうがた同士でペアを組む二人だ。やはり誅戮ちゆうりくで何か事故があり、七堕ナナエが招喚された場合に備えて待機していたのだろう。

 帝都に出ているの術師が多い今宵こよいは、普段の破竜儀式のあいだ待機する右衛門府うえもんふ登星橋とうせいきようの詰所ではなく皇京おうきようの、北端の御所外廷の機関本部に。


「それと報告。──〈シヅハナ〉を招喚したのは下法士げほうしだ」


 ふっと琉璃揚羽るりあげはが沈黙した。


『……戦闘記録の送信を』


 左目の補助脳の、捉えた映像をそのまま録画している戦闘記録ミツシヨンレコーダから当該場面を抜き出して送信。合わせて口頭でも、映像だけでは伝わりにくい補足事項や状況からの推察を報告する。

 映像ファイルに目を通す一瞬の間を置いて──の術師は思考も高速化されている──揚羽あげはは続けた。


『了解。……長官への報告と詳細確認のため、あなたも本部に戻りなさい。〈月滴子げつてきし〉の受け渡しもその時に。七堕ナナエの討滅はあなたの務めではありません』


 ぎっと碧燈あおひは奥歯をきしらせる。


「ふざけんな琉璃揚羽るりあげは。──俺も行く。増援ったってそとみやからこっちに来るんだから、近くにいる俺がまず戻るのが一番早い!」


しゆくち》は禁足系の結界と距離とを同時には越えられない。一度の転移には数分を要する。

《外廷結界》と《皇京おうきよう結界》、数十の距離をも越えてくる二人は、到着にはまだかかる。

 琉璃揚羽るりあげはの声が低くなる。


『……私の兄が死んだ理由は知っていますね? 天茜あかねがどうして、あなたを遠ざけて一人戦場に残ったのかも』


 琉璃揚羽るりあげはは現在、かいせきがた局長・おぎつゆと組んでいるが、生来のペアではない。二人のどちらもが踏破儀式で双子の片割れを失い、残された同士が組んだ仮初めのペアだ。


『その上で、なお。戻る、と言いますか。


 いっとき、碧燈あおひめいもくした。

 目を開けて強く、応じた。