ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

四 ③

、戻る。……あんたの兄貴が、死ぬかもしれなくてもあんたを助けに戻った理由と同じだ。相方なんだから、兄弟なんだから、──見捨ててなんか帰れない」


 琉璃揚羽るりあげはは小さく嘆息したようだった。


『……仕方ありませんね。となっても困ります。──ただし、参戦はみつむしようの術師と合流、〈月滴子げつてきし〉を渡してからです。それまでは現在地で待機。それと無理はしないように。避難完了と増援の到着まで、時間を稼ぐつもりでいなさい』


 やりとりの間、もちろんたちも突っ立っていたわけではない。一部はぎんもくせい亜人スサビヒナの護送の手配をし、残りは避難誘導に戻るべく衛門府えもんふ本部に状況を確認し指示を仰ぐ。その中で、まつりかはやりとりを終えた碧燈あおひに近づく。


碧燈あおひ。……戻るならわたしも、」


 連れていって、と続けるより先に、碧燈あおひいちべつした。

 冷徹な


「無茶言うな、一咲ひとえ七堕ナナエと戦えるか。はっきり言うけど足手まといだ」


 言いながらその表情はわずかにゆがんだ。

 足手まといだから、ではないけれど。かばわれたから逃がされたと彼自身、自覚しているからこそ屈辱と無力感にゆがんだ。


「その備えがされてる破竜儀式場じゃないから、《戦場隔壁アオミズガキ》の補強だの周りの避難状況だのに気ィ回しながら戦わないといけない。その上お前まで守るのは厳しいんだ」


 まつりかはけれど引かなくて、だから二人はにらみあう。けがれたの、裏路地の夜の闇の中。


「……じゃあ、守ってくれなくていい」

「なんだと」

「勝手についてくんだから、放っておいてくれていい。手、離さないから、一緒に行くことになるでしょ」


 言いながら腕をつかんだ。離さないという意志をこめて握りしめた。

 碧燈あおひは顔をゆがめる。


「……なんでそこまで」


 出会って間もない、友人ではあるだろうけれどただそれだけの自分たちに。

 まつりかはこの時、初めて碧燈あおひから目をらした。


「……似てるの。さっきの天茜あかねは、くなる直前のお父さまと」


 大嫌いな父だった。

 そう思っていたけれど本当は、……怖かった。

 いつでも沈んだ顔をして、ゆうもんと苦悩に沈んだ顔をして、ひっそり息を殺すように生きているひとだった。白い下直衣さげのうしの背中ははかなく細くて、目を離したら消えてしまいそうで怖かった。

 そして実際、見ていない間に死んでしまった。

 消えてしまいそうで怖くて、だから幼いまつりかがいつも逃げだしていたやしきで。まつりかに置き去りにされたやしきで独り、七堕ナナエわれて死んでしまった。

 今ならわかる。

 父はずっと、どうにかして死にたかった。

 強力な術師の血統であるここのえ皇家おうけにけれど一咲ひとえとして生まれた父は、そのを死んで償いたかった。役立たずな、無力な、無価値な自分を捨て去りたかった。いつも罪悪感にさいなまれて息をすることさえ後ろめたい苦しい人生を、一日も早く終わらせたかった。

 そのまとった色濃い絶望の気配こそが、幼いまつりかには恐ろしかったのだ。


「さっきの天茜あかねは、お父さまと同じなの。生きてるのが苦しくて申し訳ないって思ってて、だから目を離したらきっと死んじゃう。お父さまみたいに」


 自分が見捨てた、父のように。

 愛されなかったからと愛さなかった。そのせいで苦しいまま死なせてしまった父のように。

 だから。

 だから。


「見捨てさせないで」


 今度はまだ、助けられる人を。

 見捨てたらまた、苦しいままに、独りのままに、死んでしまう人を。

 碧燈あおひはしばし、沈黙した。


「……あんたは術師じゃない」

「わかってる」

「わかってねえ。……霊力が一番弱いから、七堕ナナエの前に出たらあんたが真っ先に狙われる。おとりになりに行くようなもんだぞ」


 まつりかは一瞬、目を見開いた。

 ピカ=ピカが、そこまでは黙って聞いているだけにとどめてくれていたまだらきが、何か言いかけるのを制して必死に笑った。


「じゃあ、役に立てるんじゃない。いいよ。おとりでもなんでも」

「ったく……」


 短くぼやいて碧燈あおひは左手をかざす。の観測演算を終了、手の中にたちを召喚した。右手に携えたままの真神まがみたちと同じ長さ、同じこしらえの、おそらくは予備の。

 ずいと突きだして押しつけた。


「持ってろ。お守り程度だけど、ないよりはマシだから」


 半町六十メートル四方の戦場では狭すぎるのは、全長七丈二十メートル暴君竜テイラノサウルスにも同じだ。たとえばその重量を武器に突進しようにも、加速の距離がろくに取れない。

 それでも七堕ナナエは巨大な頭部を低く下げて構える。を軽く超える頭部の重量に引きずられるように踏み出し、勢いに乗って前進、疾走。踏みしめるあとあしでコンクリートに亀裂を入れ、前のめりに倒れこむようにして頭部の重量をたたきつける。

 回避して《戦場隔壁アオミズガキ》に激突されれば〈ヒロモ〉へのダメージが大きい。受けるしかない。霊力を圧縮硬化した防壁霊術《醜楯しこのたて》を刀身に展開、衝撃緩和の術式を追加。相手の速度が乗り切る前に自らも踏み出して、天茜あかね暴君竜テイラノサウルスとつかんを真正面から受けとめる。

 硝子ガラスの割れるような大音響をらし、比べれば小枝のような真神まがみたちが巨竜の突進を冗談のように防ぎとめる。

 左目角膜に情報更新の表示、がちがちと牙嚙きばがみする七堕ナナエの頭部に〈シヅハナ〉の識別名がオーバーラップ。皇京おうきように状況が伝わったようだ。それなら続く対応も動きだしたか。

 妓楼ぎろうの──解語の花売る店の無念をかてに生まれた七堕ナナエには、ずいぶんと皮肉なだが。

 ……花ならとりあえずは、焼いてみるか。


「《夜はほたるの》」


火焰呪ほたるび》を詠唱。霊術の劫火ごうかが眼前に顕現。

 全身にほのおの牙がいこんだ暴君竜テイラノサウルス──〈シヅハナ〉がごうえてり、火をいとう獣そのままに退すさる。なおもまといつくしゆえんを払いのけんと激しく身を震わせ、ついには天を仰ぎほうこうしてけがれた風巻しまきを生みだした。

 激しく吹き荒れる暴風にほのおが吹き散らされる前に──《火焰呪ほたるび》が返される前に天茜あかねも術をキャンセル。幻のようにれいえんえ、はいえんいろの風をまとった〈シヅハナ〉があとあしでがりがりとコンクリートをく。再びの突撃。

 見た目どおりにのない。否。


……!」


 背後の《戦場隔壁アオミズガキ》をかばっていると、この一度の交錯で。

 そしてそのとおり、天茜あかねに回避の選択肢はない。たちに《醜楯しこのたて》を再構築、再び激突。けがれの風巻しまきの分だけ浅い裂傷が装束の袖や裾に、腕に頰に刻まれ、またやいばの向こう、牙嚙きばがみの奥でうなりがとどろく。──詠唱。七堕ナナエの、霊術行使の。

 天茜あかねの身長と大差ない長さをした、前脚の骨が

 またたにとぐろを巻くほどの長さに達する。円柱からへんぺいへと変形し、鋼鉄のごとき背板と腹板をよろう。側面から数十対のとがった歩行肢を、先端に触角とまがまがしい大顎を生やしたそれは、左右一対のおお百足ムカデだ。

 同時に暴君竜テイラノサウルスの本来のあぎとたちむ。本体にたちを封じさせ、百足むかでの両腕がかっと大顎を開いて左右から天茜あかねに襲いかかる。


「〈ノウゼン〉!」


 応じて上空、〈ヒロモ〉の直下で待機していた──高度のかたちで位置エネルギーを保持していた鋼鉄のもうきんぐん動力降下パワーダイブ。巨大な翼が生みだす速度に重力加速を加え、〈シヅハナ〉の大樹めいた脊椎に、たてごとけんこうこつに、おりのようなろつこつとつかん

 背部を痛打された〈シヅハナ〉が衝撃にたちを取りこぼす。自由を取り戻した得物を天茜あかねはすかさず振るい、百足むかでの大顎を左右ともにはじかえした。

 砕けた骨の、斬り削ったキチン質の破片がに戻ってらされる。