ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

四 ④

 結界内の大気を侵蝕しんしよくするそれを、天茜あかねひるがえしたたちの刃音ではらう。浄化をけて〈シヅハナ〉は狭い戦場を後退。今や己の全長ほどにも伸びた百足むかでの双腕を持ちあげ、またも頭を下げてとつかんの──少なくとも初撃は必中すると確定した攻撃の構えをとる。

 その割れたけんこうこつが、砕けたろつこつが、ひびの入った脊椎が不意に、ずるりと伸びてうごめく。


「……君、」


 そして二人のやりとりが聞こえていたのだろう。ぎんもくせいがどこか後ろめたく口を開いた。


「そこのの君、君だって一咲ひとえだろう。なのにどうして術師を……を助けるんだ」

「……天茜あかねがいなくなるなり元気だな、あんた。むしろ俺のが、天茜あかねほどあんたににはなれねえんだけどわかってんのか」


 はっきりいとわしげに碧燈あおひが横目を投げ、ぎんもくせいはびくりとなったがそれでもまつりかから視線をらさない。なおも後ろめたげに、何かを恐れるように言葉をつむぐ。


みたいにびを売っても、皇京おうきようは君を受け入れない。なのに」


 長く裾をく遊女、おうぞくや貴族の侍妾じしょうを侮蔑する言葉にも、まつりかは目をすがめただけだった。


「さっきも思ったけど、……やっぱり、ちゃんと見てないのはあなたの方だわ」


 かりゆうがいの闇を直視しているようで、この国のいびつさを正しく見抜いているようで、……それ以前の肝心なことに見ないふりをしている。


まだらき、この前の現場写真を、投射サイズ最大で」


 ふっとまだらきが眉を寄せた。人型使役ハシタ特有の、強膜しろめの見えない真っ黒なそうぼう


「……平気か、嬢」


 人型使役ハシタは改造元となった犬の本能そのまま、人間を愛してくれている。そんな人型使役ハシタの中ではまだらきの無愛想さは珍しい部類だが、だからといって彼が人を嫌いなわけではない。むしろ任された新人のまつりかを彼なりに可愛かわいがってくれて、……本当は耐えなくてはいけないことからもかばってくれていた。

 その優しさに、これまで甘えてきてしまった。でも。


「うん、大丈夫。……もう大丈夫」


 うなずいたまだらきが、やはり懸念けねんがおのブル=ブルに指示した直後。

 空中に大きく映し出されたのは、七堕ナナエによる殺害現場の記録写真だった。

 一面に鮮血と、わずかながぶちまけられた──に侵されて消滅するのではなく七堕ナナエい殺されたケースだ。割合としては少ないが、毎夜確実に千件以上も発生する事例。

 ひゅっ、とぎんもくせいが息をんだ。

 まつりかもまたきつく歯を食いしばった。全く同じ真紅の記憶が──父と友人たちの死に様がフラッシュバックしかけて、その恐慌きようこうを、てのひらの熱さを思いだして必死に抑えた。

 何度もかばってくれたてのひらの。八尋鰐やひろわにから、七堕ナナエから、父の死への罪悪感から、かばってそして支えてくれた天茜あかねの手の、少し高い体温と力強さを。

 その熱にかき消されて、よみがえりかけた惨劇の情景が少しずつ遠ざかっていく。

 映像とはいえ初めて乗り切ることが出来てそろそろと息を吐くと、まだらきにくしゃっと頭をまわされた。頼りない仔犬こいぬを見守ってきたいぬからの、最後の子供扱いだとわかった。

 そしてぎんもくせいはそのまつりか以上に真っ青になっていて、眼前の酸鼻に釘付くぎづけになっている彼女を、見据えてまつりかは低く告げる。


「あなたがしようとしたのは、こういうこと」


 この国はなるほど、たしかに根深くゆがんでいる。塵霧じんむの帝都を眼下に、己ばかりが清浄と安寧を享受する皇京おうきよう。国家の大権を帝都以下たみには渡さず、独占する朝廷。叛逆はんぎやくを封じる厳重な監視網。有為でなければならない民。──あらゆるものが皇家おうけのためだけに存在しているかのようなこの国のかたちに、まつりかだって父だって傷つけられた。

 それでも。


亜人スサビヒナは殺せなかったのに、この街や〈裾野すその〉や〈やますそ〉や、あなた自身の仲間さえ平気で七堕ナナエに殺させようとした。〈セイヤクしゆかいは平気で天茜あかねを撃とうとして、あなたはそれを平気で見ていた。……なにが、殺すことはなかった、よ。自分たちが先に、誰も彼も問答無用で殺そうとしておいて。碧燈あおひの目の前で天茜きようだいを撃ち殺そうとしておいて」


 反撃するなんてひどい。殺し返すなんてひどい。

 そんな言いぐさがあるものか。


「他人を人間扱いしてないのは……皇京おうきようも〈やますそ〉も〈裾野すその〉もけだもの扱いしてたのはそっち。呼ばわりしてばけもの呼ばわりして、から目をらしてたのはあなたたちの方だわ」


 位袍いほうの袖を振るい、七堕ナナエによる殺害の光景を示した。ぎんもくせいたちが帝都にもたらそうとし、けれどそれがどれほどの無惨むざんであるのかは考えもしなかった光景を。

 たりにしてしまえば、そうやって恐ろしくて目も背けられないくせに。

 それほど恐ろしい無惨が自分たちの行動の結末だと、本当はどこかでわかっていたくせに。


「人が殺されるのは怖いでしょ。人を殺すのは怖いでしょ。だってそれは悪だもの。どんなに理由をつけてもどんな正義を掲げても、人を殺したらそれは悪だもの」


 七堕ナナエに父を殺された、その喪失にこそ今なおまつりかは傷つき続けている。国のゆがみよりも一咲ひとえに生まれついたことよりも、もっとずっと傷ついている。

 その七堕ナナエによる死を、人の死とそれに伴う悲しみを。自分だって平気じゃないからこそ見ないふりをして、他人に与えようとするだりゆうこうふるまいこそがまつりかにはいっとう許せない。


「そんなこともわからないあなたは。本当はわかっていたくせに、わからないふりで誰も彼も殺そうとしたあなたたちは、──ただの甘ったれのひとごろしだわ」


 ぎんもくせいはその断罪に、そっと目を閉じる。

 まったくそのとおりだ。そして言うとおり、とっくに気がついていた。あの時。直剣すぐみを殺されてそれを糾弾して、術師の一人にひきずり起こされた時に。

 直剣すぐみよりもぎんもくせいよりも。背丈も年齢も二人より小さな、まだ幼さの色濃い顔立ちと背の伸びきらない細い体軀たいくをしていた。

 討とうとした二華あいてが子供だなんて、──自分たちのせいで子供が死ぬかもしれないなんて。……そんなこと、自分も直剣すぐみもたしかに、考えてもみなかった。

 今度はなにを勝手に納得したのか、ぎんもくせいはおとなしく護送されて。一方で亜人スサビヒナたちは協力を申し出たこの町のブッキリの、わかしゆと違法改造の電気駆動車くるまの備品だろううちかけやらガウンやらの提供の下で移送されていって。

 護送と移送には最低限の頭数を回して、残ったたちが避難誘導に散っていく。かりゆうがいの外からも応援のはら使えしが向かっているそうで、その一班と共に来るという〈月滴子げつてきし〉使いのみつむしようの術師を待ってまつりか碧燈あおひは待機する。

 預かった真神まがみたちは、佩用具はいようぐがないのでてぬぐいで帯にくくりつける。気合のために髪もきつく結い直すまつりかかたわらで、碧燈あおひはピカ=ピカを両手に乗せる。


「ピカ=ピカ、消費した鎮酒しづきのかわりに俺の霊力、容量満タンまでチャージしていい? 想定外の運用だからピカ=ピカには負荷かかっちまうけど、まつりかの防護の足しになるから」

「もちろんです、碧燈あおひさま。お願いします」


 うなずいたピカ=ピカがほのじろりんこうに包まれる。髪を結い終えてその様を見守って、まつりかはふと思いついて問うた。下法士げほうしにはくのだから、もしかして。


AMなら、七堕ナナエにも手傷くらい負わせられる?」


 碧燈あおひはけれど首を横に振る。