ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

四 ⑤

「意味ない。七堕ナナエ下法士げほうしなんかよりずっと霊的に強くて硬いから。俺らの拳銃も、七堕ナナエ相手にする時は弾頭に《ふじゆつ》しこんであんの。……てか、そんなのより」

「……うん」


 りんこうに包まれたままのピカ=ピカが、ふといたずらげに全身を傾ける。


「今こそ、ピカピカ言うところでしょうか?」


 らしくないくらいに張りつめていた碧燈あおひの表情が、少し緩んでくしゃっと笑った。


「いやいいってば。それは天茜あかねに言ってやって」


 ふふ、とピカ=ピカも安心したように微笑ほほえむ。


「そうですね、天茜あかねさまに」


 けわいちようでは今まさに天茜あかね七堕ナナエとの激闘が繰り広げられているようで、《認識阻害キリゴモリ》結界がないから戦闘の光がめまぐるしくけがれた夜空を染める。はいえんめいた七堕ナナエ呪詛じゆその照り返しと、七彩の雷華の色をした天茜あかねの霊術の激光と。

 七堕ナナエとの戦闘はこんなにも。激しく苛烈なものなのだと初めてまつりかたりにする。

 ──戻ってくるな、馬鹿。

 だからこそその戦闘から、天茜あかね碧燈あおひを逃がしたかったというのもあるのだろうけれど。


「ねえ、碧燈あおひ。……何があったのか、聞いてもいい? 天茜あかねに」


 父のように、死にとらわれてしまう何か。

 天茜あかね二華ふたえでそれもおうしつ直属のの術師で、だから一咲ひとえの父のような罪悪感や無力感とは無縁のはずなのに。父と同じ死の虚無に魅入られてしまったその理由を。

 碧燈あおひはその時、身すくむように口をつぐんだ。

 かりゆうがいの避難は少しずつでも進み、《戦場隔壁アオミズガキ》の範囲も次第に広がりつつあるが、それでもいまだ全力での戦闘ははばかられる範囲だ。《》で吹っ飛ばすのはけ、《切断呪フツタチ》の仮想単分子刀身を、《火焰呪ほたるび》のれいえんたちまとわせて斬り飛ばし、また焼き払うことで天茜あかね暴君竜テイラノサウルスの巨体ととを削る。


シヅハナ〉の百足むかでの腕はなおも増え、けんこうこつろつこつと脊椎に加えて今や胸骨、腸骨にだいたいこつからも生え伸びる。〈ノウゼン〉の数を上回る大顎の迎撃に、いつかれて撃ち落とされる機巧自在からくりじざいも出てきた。水平方向のひしようには距離が足りず、上昇と下降の縦の動きに限られるからどうしても動きを読まれやすい。

 またたちと霊術が七堕ナナエの体をぐたびには振りまかれ、狭い結界内のの濃度はすぐさま跳ねあがる。そのたび《きんじゆ》で押し伏せて一時的に動きを止め、そのわずかな隙にまとめてはらう。複数霊術を高速で切り替えつつの、いまだ間合いの取れない接近戦。

 巨軀きよくそのもののぶちかまし、からの暴君竜テイラノサウルス本体と百足むかでの群のみつき、更には太い尾の骨によるはらいの連撃を、しのいだところで《醜楯しこのたて》が砕け、音を立てて真神まがみたちが折れ飛ぶ。霊術を砕かれた反動が左腕を一直線に切り裂き、目もくれずに天茜あかねは近くに突き立っていた別のたちを引き抜いた。痛覚はとうに遮断し、また狭い戦場の数少ない利点。たちを破壊されてもすぐに代わりに手が届く。

 ただし霊力の源である血を無闇に失うのはけたい。傷に血を流すことを《禁じ》、ややあって負傷を前提に設計された体の仕組みが血管を緊縛して止血。一連の対処を隙と見てみつきにきた〈シヅハナ〉から、〈ノウゼン〉の一が身をていして主人をかばった。

 鋼のもうきん暴君竜テイラノサウルスあぎとまれ、くだかれてばきばきと機械部品を散らす。即座に天茜あかねたたきつけた《切断呪フツタチ》を、七堕ナナエは巨体に似合わぬ俊敏で身を引いて回避──突撃のための距離をまたしても開ける。

 ……の負傷や弱点につけこむのは、狩猟獣プレデターには当然の策略とはいえ。

 敵の思惑どおりに踊るしかないのをいまいましく思いつつ、天茜あかねは《切断呪フツタチ》を終了、新たなたちに《醜楯しこのたて》を展開して身構える。

 皮膚も筋肉も持たない暴君竜テイラノサウルスの頭部骨格が、けれどその時、たしかにこうかつわらった。

 そう、獲物の弱点を突くのは──何かをまもっているならば身をていしてかばわせるのは、戦場では当然の策略だ。

 どうせ守る内腑ないふも持たない、〈シヅハナ〉のろつこつの一対が自ら消失。

 骨を構成していた、物質化するほど多量のが頭部に集まって渦を巻く。がぱりと開いたこうこう火焰かえんからくさの霊術陣がうごめく。渦巻くを全て注ぎこんだ、大威力の《ミツハノホコ》の。

 狙いは──


「ちっ……!」


 投射。

 暴君竜テイラノサウルスが適当に首をひねり、放った《ミツハノホコ》のその軌跡上に危うく天茜あかね


シヅハナ〉が狙ったのは《戦場隔壁アオミズガキ》。──脆弱ぜいじやくな臣民を流れ弾から守るべく、七堕ナナエの術師に比べればやはりあまりに脆弱ぜいじやくな人造霊獣が展開する防御結界。

 七堕ナナエ成体の《ミツハノホコ》の直撃になど、とてもではないが耐えきれない。

 ゆえに天茜あかねは結界をかばわざるを得ず、被弾を承知で射線に割りこまざるを得ない。まもる対象を狙い撃つことで、天茜あかね

 今、可能な最大数で多重展開した《醜楯しこのたて》が──重なりあって網代あじろを成した麻の葉紋のたてが熱線を受けとめ、砕かれ、砕かれると共に新規起動されてなおも《ミツハノホコ》に立ち塞がる。砕かれながら《ミツハノホコ》の威力をも削りとっていく。……《戦場隔壁アオミズガキ》も〈ヒロモ〉も被弾に耐えられないのだから、絞りこまれた怒濤どとうごとはいえん天茜あかねは弾くこともらすこともできない。真っ向から全て、受けとめてそうさいするしかない。

醜楯しこのたて》破壊の反動が身を引き裂く。無茶な負荷にさらされるたちが悲鳴のように鳴り響く。激突の余波と大気を引き裂く不協和音をらしながら、麻の葉のたてはついに《ミツハノホコ》を削りきり──直後、陰圧で生じた薄霧を突き破り、〈シヅハナ〉の巨体が天茜あかねの眼前に飛び出した。


「っ、」


 そう来るだろうと予想はしていた。けれど対処のしようもなかった。せめてたちたてわりに体の前に立てて構え──暴君竜テイラノサウルスとつかんがまともに入った。

 元より刀身のひび割れていた真神まがみたちが、瞬時にへし折れて砕け散った。

 それでなくとも桁違いの体重差だ、大きく天茜あかねばされる。一度地を跳ねたところでコンクリートに指をいこませてつかみ、無様に《戦場隔壁アオミズガキ》にたたきつけられることだけは防いだが、今の一撃かたちを折られた反動ではらわたのどこかを傷つけたらしい。吐き出した息には血の匂いが混じった。


「くそっ……」


 血塊と共に吐き捨てる天茜あかねを、勝利への道筋を確信した覇王の傲慢で見下ろして。

 暴君竜テイラノサウルスは再び、ろつこつの一対を消費して《ミツハノホコ》の霊術陣をつむいだ。

 何があったのか、天茜あかねに。……あの六年前に。

 問われて碧燈あおひは思いだす。六年前。

 そしてそうなる前の、自分たちのこと。

 千桜ちくらやまの一角。静かな深い霊域の森の、大きな大きな殿舎やしきで自分たちは育った。

 同い年の兄弟だけでも、自分を含めて八人いて。兄さん姉さんたちはもっとたくさんいて、やがて弟や妹たちも加わって。

 その中でも、双子のきょうだいはいっとう特別な存在だった。

 だって自分の最初の瞬間、まだたった一つの細胞だった本当に最初の瞬間から、同じ場所で共に育った相手だ。