「意味ない。七堕は下法士なんかよりずっと霊的に強くて硬いから。俺らの拳銃も、七堕相手にする時は弾頭に《符術》しこんであんの。……てか、そんなのより」
「……うん」
燐光に包まれたままのピカ=ピカが、ふといたずらげに全身を傾ける。
「今こそ、ピカピカ言うところでしょうか?」
らしくないくらいに張りつめていた碧燈の表情が、少し緩んでくしゃっと笑った。
「いやいいってば。それは天茜に言ってやって」
ふふ、とピカ=ピカも安心したように微笑む。
「そうですね、天茜さまに」
鉛華町では今まさに天茜と七堕との激闘が繰り広げられているようで、《認識阻害》結界がないから戦闘の光がめまぐるしく穢れた夜空を染める。灰焰めいた七堕の呪詛の照り返しと、七彩の雷華の色をした天茜の霊術の激光と。
七堕との戦闘はこんなにも。激しく苛烈なものなのだと初めて祭花は目の当たりにする。
──戻ってくるな、馬鹿。
だからこそその戦闘から、天茜は碧燈を逃がしたかったというのもあるのだろうけれど。
「ねえ、碧燈。……何があったのか、聞いてもいい? 天茜に」
父のように、死に囚われてしまう何か。
天茜は二華でそれも皇室直属の八重の術師で、だから一咲の父のような罪悪感や無力感とは無縁のはずなのに。父と同じ死の虚無に魅入られてしまったその理由を。
碧燈はその時、身竦むように口を噤んだ。
歌流街の避難は少しずつでも進み、《戦場隔壁》の範囲も次第に広がりつつあるが、それでも未だ全力での戦闘は憚られる範囲だ。《打撃呪》で吹っ飛ばすのは避け、《切断呪》の仮想単分子刀身を、《火焰呪》の霊焰を釼に纏わせて斬り飛ばし、また焼き払うことで天茜は暴君竜の巨体と堕素とを削る。
〈沈ク花〉の百足の腕はなおも増え、肩甲骨と肋骨と脊椎に加えて今や胸骨、腸骨に大腿骨からも生え伸びる。〈凌霄〉の数を上回る大顎の迎撃に、喰いつかれて撃ち落とされる機巧自在も出てきた。水平方向の飛翔には距離が足りず、上昇と下降の縦の動きに限られるからどうしても動きを読まれやすい。
また釼と霊術が七堕の体を削ぐたびに堕素は振りまかれ、狭い結界内の堕素の濃度はすぐさま跳ねあがる。そのたび《禁呪》で押し伏せて一時的に動きを止め、そのわずかな隙にまとめて祓う。複数霊術を高速で切り替えつつの、未だ間合いの取れない接近戦。
巨軀そのもののぶちかまし、からの暴君竜本体と百足の群の嚙みつき、更には太い尾の骨による薙ぎ払いの連撃を、凌いだところで《醜楯》が砕け、音を立てて真神の釼が折れ飛ぶ。霊術を砕かれた反動が左腕を一直線に切り裂き、目もくれずに天茜は近くに突き立っていた別の釼を引き抜いた。痛覚はとうに遮断し、また狭い戦場の数少ない利点。釼を破壊されてもすぐに代わりに手が届く。
ただし霊力の源である血を無闇に失うのは避けたい。傷に血を流すことを《禁じ》、ややあって負傷を前提に設計された体の仕組みが血管を緊縛して止血。一連の対処を隙と見て嚙みつきにきた〈沈ク花〉から、〈凌霄〉の一羽が身を挺して主人を庇った。
鋼の猛禽が暴君竜の顎に吞まれ、嚙み砕かれてばきばきと機械部品を散らす。即座に天茜が叩きつけた《切断呪》を、七堕は巨体に似合わぬ俊敏で身を引いて回避──突撃のための距離をまたしても開ける。
……獲物の負傷や弱点につけこむのは、狩猟獣には当然の策略とはいえ。
敵の思惑どおりに踊るしかないのを忌々しく思いつつ、天茜は《切断呪》を終了、新たな釼に《醜楯》を展開して身構える。
皮膚も筋肉も持たない暴君竜の頭部骨格が、けれどその時、たしかに狡猾に嗤った。
そう、獲物の弱点を突くのは──何かを護っているならば身を挺して庇わせるのは、戦場では当然の策略だ。
どうせ守る内腑も持たない、〈沈ク花〉の肋骨の一対が自ら消失。
骨を構成していた、物質化するほど多量の堕素が頭部に集まって渦を巻く。がぱりと開いた口腔に火焰唐草の霊術陣が蠢く。渦巻く堕素を全て注ぎこんだ、大威力の《呪詛砲》の。
狙いは──天茜ではなく。
「ちっ……!」
投射。
暴君竜が適当に首を捻り、放った《呪詛砲》のその軌跡上に危うく天茜は飛びこんだ。
〈沈ク花〉が狙ったのは《戦場隔壁》。──脆弱な臣民を流れ弾から守るべく、七堕と八重の術師に比べればやはりあまりに脆弱な人造霊獣が展開する防御結界。
七堕成体の《呪詛砲》の直撃になど、とてもではないが耐えきれない。
ゆえに天茜は結界を庇わざるを得ず、被弾を承知で射線に割りこまざるを得ない。護る対象を狙い撃つことで、天茜に自ら当たりに来させた。
今、可能な最大数で多重展開した《醜楯》が──重なりあって網代を成した麻の葉紋の楯が熱線を受けとめ、砕かれ、砕かれると共に新規起動されてなおも《呪詛砲》に立ち塞がる。砕かれながら《呪詛砲》の威力をも削りとっていく。……《戦場隔壁》も〈ヒロモ〉も被弾に耐えられないのだから、絞りこまれた怒濤の如き灰焰を天茜は弾くことも逸らすこともできない。真っ向から全て、受けとめて相殺するしかない。
《醜楯》破壊の反動が身を引き裂く。無茶な負荷に晒される釼が悲鳴のように鳴り響く。激突の余波と大気を引き裂く不協和音を撒き散らしながら、麻の葉の楯はついに《呪詛砲》を削りきり──直後、陰圧で生じた薄霧を突き破り、〈沈ク花〉の巨体が天茜の眼前に飛び出した。
「っ、」
そう来るだろうと予想はしていた。けれど対処のしようもなかった。せめて釼を楯代わりに体の前に立てて構え──暴君竜の吶喊がまともに入った。
元より刀身のひび割れていた真神の釼が、瞬時にへし折れて砕け散った。
それでなくとも桁違いの体重差だ、大きく天茜は撥ね飛ばされる。一度地を跳ねたところでコンクリートに指を喰いこませて摑み、無様に《戦場隔壁》に叩きつけられることだけは防いだが、今の一撃か釼を折られた反動で内腑のどこかを傷つけたらしい。吐き出した息には血の匂いが混じった。
「くそっ……」
血塊と共に吐き捨てる天茜を、勝利への道筋を確信した覇王の傲慢で見下ろして。
暴君竜は再び、肋骨の一対を消費して《呪詛砲》の霊術陣を紡いだ。
何があったのか、天茜に。……あの六年前に。
問われて碧燈は思いだす。六年前。
そしてそうなる前の、自分たちのこと。
千桜山の一角。静かな深い霊域の森の、大きな大きな殿舎で自分たちは育った。
同い年の兄弟だけでも、自分を含めて八人いて。兄さん姉さんたちはもっとたくさんいて、やがて弟や妹たちも加わって。
その中でも、双子のきょうだいはいっとう特別な存在だった。
だって自分の最初の瞬間、まだたった一つの細胞だった本当に最初の瞬間から、同じ場所で共に育った相手だ。