ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

四 ⑥

 母の鼓動に加えて相手の鼓動を聞き、母の体温と同時に相手の体温に触れ、常に互いの存在を感じながら成長した。母の血も息吹いぶきも霊力も、歌声も見る夢も何もかもを、分かちあい共有しながら人の形を成した。肉も霊も魂も心のかたちも、己を構成する全てが全く同一の血と霊と経験から生み出された──これ以上なく深く深く、結びついた相手だった。

 その存在が感じられないことなんて、一度だってなかった。

 生まれてからはもちろん別々の時間を過ごす機会もあったけれど、いつだって互いの声や気配は近くにあった。感じ取れないことなんてなかった。

 だから、あの時。六年前のあの時に自分は。


「……六年前の〈纐纈染しぼりぞめくのつき〉。その発端も、下法士げほうし七堕ナナエ招喚テロだったんだけど、」


 思いだしたくない話なのか、言いさして碧燈あおひは口をつぐんでしまって、そのことをすまなく思いながら、うん、とまつりかあいづちを打つ。

 六年前はまつりかは、父を失って編入した初等学校の生徒だったけれど、将来になると決めていたからニュースは毎日見るようにしていた。それに〈纐纈染しぼりぞめ〉については初等学校でもうわさになっていたのだ。征伐使せいばつしによる大捕り物も、その発端となった七堕ナナエテロについても。


うわさじゃ、……その。その七堕ナナエのせいで、の術師が殉職したって」


 まつりかにはその人は、六年前にも今でも顔も名前も知らない人でしかないけれど、でもの術師の碧燈あおひ天茜あかねにはその人は先輩で、仲間で。碧燈あおひがこんな反応をして、天茜あかねが虚無感や罪悪感にとらわれてしまったなら、その人はきっと。


「仲のいい人だったんだね。友達とか、……お兄さんかお姉さん、とか」


 六年前なら、まつりかと同い年の二人は十歳だ。恋人ということはさすがにないだろうけれど、……もしかしたら許嫁いいなずけ、とか。

 碧燈あおひはいよいよ、苦しそうに顔をゆがめる。


「そうじゃなくて。……そもそもまず、死んじゃいねえんだ。死にそうなおおはしたけど。そんで……」

「死にかけたそのの術師が、天茜あかねだ」


 よりにもよって成体の七堕ナナエと破竜術師との、破竜儀式場の外での戦闘だ。滅多にないその事態にも対応すべく、帝都に備えられた霊的防衛システムが次々に稼動かどうを開始する。

 まずはかりゆうがいと周辺一帯の積層森林スタツク・テラリウムから、〈ヒロモ〉への霊力供給ラインが構築。陽光と水と風の霊力を蓄える草木、生命活動でささやかながらも霊力を生む小動物と鳥と虫の織り成す狭苦しくも濃密な森が、それら霊力を束ねてジンベエザメの人造霊獣へと送り出す。

 同様のラインが封印森林シールド・テラリウムからもつながり、こちらの大樹は根ざす大地からの霊力も蓄え、息づく獣、鳥も大型だ。より強力な霊力流が大気を走り、大霊力を受けた〈ヒロモ〉の霊術器官が高らかに詠唱歌うたを鳴り響かせた。

 続けて、帝都の地下に張り巡らされたあんきよが次々と流路をきりかえかりゆうがい周辺を循環して流水の霊力を塗り重ね、巡り波立って内部の霊力場を賦活する。帝都中の〈ヒロモ〉と〈サモノ〉がそれぞれの空を旋回して歌い舞うことで風を生み、帝都のどこでも根と枝葉を広げ、年経としふりた太い幹を力強く伸ばす街路樹の古木がめこんできた霊力を夜空に立ち昇らせる。

 注がれ、賦活され、満ち満ちる水と風と生き物の霊力を受けて。〈ヒロモ〉の《戦場隔壁アオミズガキ》は本来の想定をも超え、ひたすらにひたすらに強化されていく。

ミツハノホコ》そのものはけられないが、続く七堕ナナエの突撃をもそう何度も無抵抗に喰らうほどには、天茜あかねにも対抗手段がないわけではない。無理やり《きんじゆ》で足止めし、突きこんだ真神まがみたちの霊性を暴走させて自爆させ、《爆轟呪イカリヒ》を乗せた〈ノウゼン〉を特攻させて脚を吹き飛ばして、己が身と装備を削りながらも天茜あかねは〈シヅハナ〉の猛攻をしのぎ続ける。

ミツハノホコ》によりらされ、また迎撃のたびにこぼれるの漏出量は、結界にとざされることもあって二華ふたえでさえも危険なほどだったが、の術師ならばまだ耐えられる。どうせ浄化の余裕もない。

 最後のろつこつを消費しての《ミツハノホコ》が《醜楯しこのたて》に削りきられて消え、らされた濃密なの渦を突き破って〈シヅハナ〉がとつかん。今や一町百二十メートル余りの戦場の広さを存分に生かし、速歩から疾走、またたばくしんに至る。

 最後の〈ノウゼン〉が特攻し自爆。踏み潰した暴君竜テイラノサウルスの右脚が吹き飛ぶが、即座に再生してそのまま踏み出す。機巧自在からくりじざいすべてをしての悪あがきをあざわらうように七堕ナナエは牙をき、あぎとを開いて天茜あかねへと迫る。匂う血肉もないくせになまぐさい殺気が、ごうっ、と吹きつける。

 刀身上の《醜楯しこのたて》、そのいろごとくだかんとかぶりつく。霊性ととが干渉する雷光を散らし、〈シヅハナ〉の牙が霊術陣をがっちりとくわえこんだ。

 強大極まるあぎとでぎりぎりとみしめる。それによりたちごと天茜あかねの身動きを封じこめ。

 その状態で尾椎びついの先端をに還元、こうこうないに《ミツハノホコ》陣をきらめかせた。

 小細工を使い切らせてからの、拘束し回避を封じての至近からの砲撃。突撃だけではしのがれると学習した〈シヅハナ〉の、切り札としての二連撃だ。

 膨大なはらんだ霊術陣がはいえんいろの激光を放つ。射爆はもう次の瞬間。


「──《ゆらけ》」


 転瞬、天茜あかねの放った破却霊術が、七堕ナナエの霊術陣を


シヅハナ〉のあぎとが霊術破壊の反動で後方へとはじかれる。驚愕きようがくの気配は一瞬、暴君竜テイラノサウルスはじかれた頭部の勢いを利用して体を反転、長く太い尾による横撃に切り替えた。

 体に比して重い頭部を回転のおもりにした、固定尾テタヌラ類特有の硬質の尾によるはらい。腰回りと背面の百足むかでぐんも加わった、線ではなく面のたたきつけを。


「《ゆらけ》」


 多重起動した──《千五百チイホノ》の光条の群が迎撃。

 百足むかでの毒液と大量のを盛大にらしながらも、光のひちさめ百足むかでの胴を焼き、脚を斬り捨て、大顎を破砕して無力化する。袖のを鳴らして放った浄化の霊術が、濃くよどをまとめてはらった。

 唯一残った尾の横撃に、真神まがみたちが真っ向から交錯する軌跡で振りぬかれる。

 太く重く頑丈な巨獣の骨に、鍛えられた霊重鋼れいじゆうこうやいばいこむ。水のように切り裂いていく。滑らかに斬り進み、そのまま反対側まで通り抜ける。

 切断された暴君竜テイラノサウルスの尾が、振り抜かれた勢いのまますっ飛んで《

 半ばから尾を失った〈シヅハナ〉がたじろぎ、そして戸惑ってたたらを踏んだ。

 トカゲの切れた尾のように跳ね回る尾の骨を、天茜あかねは即座に刃鳴りをもつはらい散らす。

 これまでは《きんじゆ》で時間を稼ぎ、攻撃霊術を解除してから行使していたはらい。

 加えてこれまでは霊力と術式解析のための演算能力が足りずに行えなかった発動前の《ミツハノホコ》の破却、砲撃系霊術である《》の使用に、半ばで切られた尾だけとはいえ激突されて揺るがない《戦場隔壁アオミズガキ》。


〈ヒロモ〉への霊力供給はいよいよ強く、それに伴って《戦場隔壁アオミズガキ》はなおも強化されて、その分だけ結界の補強をしていた天茜あかねの負担が減じつつあるのだ。

 そしてなにより、共にある種の頂点捕食者である天茜あかね七堕ナナエとの決定的な違い。

 七堕ナナエとはの塊であって、生き物ではない。

 体を削られればそのぶんは漏出し、を力として術を放てばその分はやはり消費される。そして生き物ではなく何を生みだすこともない七堕ナナエは、滅びを喰らって力を増すことはできても消費したを自ら生成することができない。