ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

四 ⑪

 これだけずたぼろにしてやったなら後は増援到着まで、得意の《きんじゆ》で足止めしていればいいだけなのにか捨て身で攻撃を仕掛けようとしていたのだから、天茜あかねはやっぱりまた死に急ごうとする悪い癖が出ていたのだ。

 まつりかに言ったとおりだ。目を離したらその間に、天茜あかねは死んでしまいかねない。だからどうにも、目を離せない。

 そんな放っておけない、手のかかる兄だから。


「──たかだか数分早く生まれたってだけで、兄貴面されたくねえんだっての」


 自分こそ傷ついていたくせに、自分こそつらいくせに碧燈あおひを見捨てられずに帰ってきてくれて、今も共にいてくれる、それ以上には、もう。

 天茜あかねの《きんじゆ》が解除され、察知した〈シヅハナ〉が残る拘束を跳ねのけんとくのを呪縛を強めて押さえつける。結界の外からも《きんじゆ》が重ねられて、増援の先陣であるかげのべがようやく到着したようだ。まったくの突発事態だったから仕方ないとはいえ遅いっての。

 聞こえることだまは《鎮魂みたまふり》、──破竜術師は七堕ナナエを消滅させるために用いる霊術だ。

 その正式なことだまを唱えている天茜あかねをちらりと見やって、ほっとしたような、少しだけ寂しいような気持ちで肩をすくめた。


「……でも、今後は大丈夫かな」


きんじゆ》も《》も解除した全力をぎこんで、天茜あかねは正式な《鎮魂みたまふり》のことだまを唱える。存思ぞんしするのは八千穂国やちほのくにの八つの神宝、略式詠唱では数を数えるごとに一つずつを身にまとう、の術師の血脈に今なお息づく太古の霊威。

 一つ。


「《天つ鏡》」


 二つ。


「《すみみず》。──《みづやま》《うなばら》《いわそこやみ》《斎霧さぎり》《万籟くさぐさのこえの鈴》《いかづちつるぎ》」


 真澄鏡ますみのかがみを胸に。五つの珠玉は連ねて首に。まとい、鈴を手纏たまきに、剣を手に。

 古代の両刃のかたちをした霊威の剣を、左手に携えて正面に立てた。


「《その身を振るえ 血流ふるえ あめつちふるえ 霊威みたまふるえ》」


 それは天の彼方かなたより降り注ぐ、鴉神からすがみに象徴される陽光の霊威。流水の蛇神かがちのかみの、地脈の狼神まがみの、海流の鮫神さひのかみの、はるか地の底より湧きあがるこのの脈動の。天地の間に満ち満ちる無数の水の。そしてこの世に在る全てのものの。

 それら霊威を寄せ、らせて束ねる、この身は。


「《この身は 我がにはあらず ちはやぶる 蛇霊かがちの神の 斎座さくら》」


 おやがみである水の管理神格カミの。──天地の水の霊性に、親しい自分たちのその始まりの。

 太古の神世かみよにはその玉座として、さくら千桜ちくらの山をいろどったのだという。


「《この手は 我がにはあらず なるかみの いかづちを かざす神の手》」


 いかずちは天の水より生じ、剣と蛇とに象徴される。

 蛇霊かがちすえにして水に親しく、たちもて生きる己が振るう霊威として、これ以上のものはない。

 霊威の剣を天にかざす。雲もない夜空に唐突に、絶縁体である大気をも引き裂くごうおんで雷鳴が響き渡る。

 寄り添うまつりかがさらに強く身を寄せた。

 すがるのではなく支えるために。

 その力と心に応えるように、ことだまの最後の一節をつむいだ。


「《まがものつるぎなくば 何をもつてかまがれるをたださん》!」


 瞬時に、戦場全体を駆け巡った青の雷華が四羽の鴉を成して旋回、臥鴉丸の雲術陣を描く。己が羽の残像を軋跡に残して幾重いくえにも、それは千万丈塔の万華鏡天井の如き精緻さで。

 そして収束。なにか大いなるもののほうこうめいたかむときとどろかせ、ほとばしった極大のらいていが──振り下ろされた天茜あかねの剣に従い、まっすぐに〈シヅハナ〉を撃ち貫いた。


シヅハナ〉はらいてい神威しんいについにき滅ぼされ、あとかたもない。

 確認して碧燈あおひは《でんしん》をつなぐ。出撃させたのは琉璃揚羽るりあげはだが、碧燈あおひ自身もそれを要請した相手の。


「悪いうすばつ椿ばき。……倒した」


 増援として急行していた破竜術師同士のペア、どうもかりゆうがい手前まで来ていたらしい二人の一方である。夜叉伏やしやぶしは性格がアレで碧燈あおひは大変苦手なので、かつたつな人格者のうすばつ椿ばきに。

 うすばつ椿ばきはなにしろとっても人格者なので、気を悪くするでもなく笑って応じてくれる。


『それはよかった。後始末の手伝いくらいはさせてもらえるのかな?』

「頼む。てか、天茜あかねが割とおおしてるから、《しゆくち》とかで力貸してほしい」

『またあの子は……了解。とりあえず待機するから落ちついたら指示を』


 ところで当の天茜あかねは、無事な左足と《》の義足でひょこひょこ歩き回っていてまつりかが心配そうに後ろをついて回っていて、碧燈あおひは半眼で問う。別に、の術師は痛覚と同様に出血だって制御できるし、霊力量が膨大なぶん生命力も極めて高い自分たちはちょっとやそっとの失血では死んだりしないが、それにしても。


「なにしてんの天茜あかね


 怪我人けがにんだという自覚くらい、そろそろ持ってほしいのだが。


「〈ノウゼン〉が全滅した以上、自分で見て回るしかないだろう。持ち帰れる情報は持ち帰りたい」

「ああ、手掛かりとか。けどさぁ……」


 半眼のまま、碧燈あおひは地下倉庫──の、残骸を見回す。


「このザマだぞ。なんかあったとしても、もう残ってねえだろ」


 本来、専用の戦場が必要な七堕ナナエ成体との術師との激闘の果てに、大技二発がさくれつした後なのである。どかどか爆撃されてもここまでにはならないだろうという焼け野原っぷりだ。

 もしかしたら何か、下法士げほうしの仕掛けが施されていたかもしれない直剣すぐみ身体からだも、〈シヅハナ〉の招喚時に消し飛んでしまったのだし。


「それもそうか。……下法士げほうしについては特に、なるべく手がかりを集めたかったんだが」


 するりと繊手が、後ろからまつりかの首に巻きついた。


「呼んだかえ?」


 まつりかはぞっと凍りつき、振り返った天茜あかねも即座に身構えた碧燈あおひもそれ以上は動けない。なにしろまつりかを人質に取られたかたちだ。首にからむ指は細いが、戦闘用の身体改造者や術師ならそれでもけいこつを瞬時にへし折ることができる。

 まつりかの肩口につかまったまま、やはり下手には動けないピカ=ピカががくぜんうめいた。


「今、どこから……」


 天茜あかねにつき従って歩いていたまつりかが、ほんの直前に通りすぎた空間から現れた相手だ。誰もいなかったことはこの場の誰もが目にしている。

 そしてやはりからともなく、闇色の装束に身を包んだ一団が滑り出て取り囲む。

 むちのように引き締まった体軀たいく、無造作にひっさげた抜き身の、つやしの黒い刀身の小太刀。同じく闇色の布を巻いて顔を全く隠しているが、隙間からのぞそうぼうは瞳孔が縦に長い金色、目元の薄い皮膚のかわりに細かいうろこいろどる。

 りゆうかせい

 それも……そこらのだりゆうこうには使い得ない、特別製の。

 きり、と碧燈あおひが歯をきしらせた。


「……〝こくりゆうごぜん〟」

「いかにも。我こそはだりゆうこう七堕ナナエの主、その名もこくりゆうごぜんよ」