『かッけろぉぉおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオアアア!!』
「うおっ!?」
目論みどおり、碧燈は飛び起きた。
ついでに厨女が茶碗を取り落として門衛の人型使役が反射的に警戒モードに入って隣の邸第の松から鴉が慌てて飛びたって同じ三条大路沿いに住んでるヤエブキ機関長官が今日はなんだと嘆息して、気弱な松鷺がびっくりして泣きだした。
で。ご近所の皆さまにご迷惑ですのでこのようないたずらは二度となさってはいけませんぞ天茜さまよろしいですか二度とですぞおわかりですな、と、邸第の誰一人として頭のあがらない物静かな老家令から、天茜は小一時間ほど正座でお説教をうけた。
なぜか碧燈もとばっちりで、横で正座させられていた。
「──そういうわけですので祭花さま。お迎えにいらしてくださったのに申し訳ございませんが、どうかもうしばらくお待ちくださいませ」
「あっ、はい」
天茜の近侍だという、落ちついた物腰の若い女房がたおやかに頭を下げるのに、さきほど例のニワトリ機巧自在の絶叫が轟いた寝殿をつい見つめていた祭花は慌ててうなずく。
碧燈さまがまだ寝ておいでですのでこちらでお待ちを……と通された、苑池に臨む釣殿でのやりとりだ。納涼のための釣殿は素通しで、花盛りの蓮が薄紅色の艶姿で覗く。
供された蓮茶は甘い香りがほどよく移って華やか、……それはいいのだが一緒に出された菓子皿が、手をつけないのも失礼かなとか思う以前の問題で異常に大量だ。
そんでもって庭師は満開の花枝ばかりを摘んできてくれるし雑色は庭の白孔雀を捕まえては釣殿の周りに連れてきてくれるし。ついには池の向こうのもう一つの釣殿で、糸竹の心得がある女房と家司一同がさりげなく楽など演奏し始めた。
なんだか大変な歓迎ぶりである。
要するに、年頃の息子が女の子を家に連れてきたのでテンションがあがりすぎている親とかの反応なのだが、祭花はそれには気づかない。
近侍の女房も握り拳を作りそうな勢いで、ずずいと身を乗りだしてくる。
「お暇でしょうし、舟遊びなどいかがでしょうか。それとも蹴鞠の見物など」
近くにいた雑色の青年が、お任せくださいとばかりにキリッとした顔になった。
とはいえ彼らも仕事があるのだから悪いだろうし、だいたい今も寝殿では天茜(と、ついでに碧燈)がお小言を貰っているはずで、うるさくするのも良くないだろうから。
「お庭を散歩させてもらってもいいですか?」
「もちろんでございます。不肖この夏雪、この季節の見どころをご案内いたしますわ」
雑色がさっそく祭花と夏雪の緒太を取ってきてくれて、二人で庭に降りる。さらさらと夏の生絹の女装束を鳴らしながら、夏雪がふといたずらっぽく微笑んだ。
「……でしたら天茜さまのお説教は、多少長引いた方がよろしゅうございますわね」
そして多少長引く、どころか小一時間もたっぷり叱られてぐったりした天茜と、起きぬけに小一時間も正座させられてすっかりげっそりした碧燈が、邸第を出る前からよれっとした武官直衣でふらふら外廊下を歩いてくるから、祭花も釣殿に戻る。
半歩前を行く天茜の背中を碧燈が何度も小突いているのは、まあ、それはそうだろう。天茜も珍しく、まったく逆らわずに甘受している。
中門廊に至ったところで逆側から来る祭花を見つけて、疲れた顔がようやく笑った。
天茜だけが。
「おはよう。それと待たせてすまない」
「はよー。待たせたのは百パーセント天茜のせいだからな」
碧燈はきっぱり機嫌の良くない半眼のままで、祭花は笑って双方に応じる。
「うん、おはよう。お説教長かったねぇ」
「おはようございます。碧燈さまは災難でしたね」
ピカ=ピカが今日も礼儀正しく続けてほんとだよと碧燈が呻いて、その愚痴はピカ=ピカに任せることにして祭花は言った。
「今日もよろしくね、二人とも」
ああ、とか、おうよ、とか。──すっかり聞き慣れた応えが二つ揃っているのが、なんだか無性に嬉しかった。