ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

四 ⑬

『かッけろぉぉおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオアアア!!』

「うおっ!?」


 目論もくろみどおり、碧燈あおひは飛び起きた。

 ついでにくりやめちやわんを取り落としてもんえい人型使役ハシタが反射的に警戒モードに入って隣の邸第やしきの松からからすが慌てて飛びたって同じさんじようおおじ沿いに住んでるヤエブキ機関長官が今日はなんだと嘆息して、気弱なまつさぎがびっくりして泣きだした。

 で。ご近所のみなさまにご迷惑ですのでこのようないたずらおいたは二度となさってはいけませんぞ天茜あかねさまよろしいですか二度とですぞおわかりですな、と、邸第やしきの誰一人として頭のあがらない物静かな老家令から、天茜あかねは小一時間ほど正座でお説教をうけた。

 なぜか碧燈あおひもとばっちりで、横で正座させられていた。


「──そういうわけですのでまつりかさま。お迎えにいらしてくださったのに申し訳ございませんが、どうかもうしばらくお待ちくださいませ」

「あっ、はい」


 天茜あかね近侍きんじだという、落ちついた物腰の若い女房にようぼうがたおやかに頭を下げるのに、さきほど例のニワトリ機巧自在からくりじざいの絶叫がとどろいた寝殿をつい見つめていたまつりかは慌ててうなずく。

 碧燈あおひさまがまだ寝ておいでですのでこちらでお待ちを……と通された、苑池えんちに臨むつり殿どのでのやりとりだ。納涼のためのつり殿どのは素通しで、花盛りのはすが薄紅色の艶姿あですがたのぞく。

 供されたはすちやは甘い香りがほどよく移って華やか、……それはいいのだが一緒に出された菓子皿が、手をつけないのも失礼かなとか思う以前の問題で異常に大量だ。

 そんでもって庭師は満開の花枝ばかりを摘んできてくれるしぞうしきは庭のしろくじやくを捕まえてはつり殿どのの周りに連れてきてくれるし。ついには池の向こうのもう一つのつり殿どので、糸竹しちくの心得がある女房にようぼう家司けいし一同ががくなど演奏し始めた。

 なんだか大変な歓迎ぶりである。

 要するに、年頃の息子が女の子を家に連れてきたのでテンションがあがりすぎている親とかの反応なのだが、まつりかはそれには気づかない。

 近侍きんじ女房にようぼうも握り拳を作りそうな勢いで、ずずいと身を乗りだしてくる。


「おひまでしょうし、舟遊びなどいかがでしょうか。それとも蹴鞠けまりの見物など」


 近くにいたぞうしきの青年が、お任せくださいとばかりにキリッとした顔になった。

 とはいえ彼らも仕事があるのだから悪いだろうし、だいたい今も寝殿では天茜あかね(と、ついでに碧燈あおひ)がお小言をもらっているはずで、うるさくするのも良くないだろうから。


「お庭を散歩させてもらってもいいですか?」

「もちろんでございます。不肖このなつゆき、この季節の見どころをご案内いたしますわ」


 ぞうしきがさっそくまつりかなつゆき緒太ぞうりを取ってきてくれて、二人で庭に降りる。さらさらと夏の生絹すずしの女装束を鳴らしながら、なつゆきがふといたずらっぽく微笑ほほえんだ。


「……でしたら天茜あかねさまのお説教は、多少長引いた方がよろしゅうございますわね」


 そして多少長引く、どころか小一時間もたっぷり叱られてぐったりした天茜あかねと、起きぬけに小一時間も正座させられてすっかりげっそりした碧燈あおひが、邸第やしきを出る前からよれっとした武官直衣のうしでふらふらを歩いてくるから、まつりかつり殿どのに戻る。

 半歩前を行く天茜あかねの背中を碧燈あおひが何度も小突いているのは、まあ、それはそうだろう。天茜あかねも珍しく、まったく逆らわずに甘受している。

 中門廊ちゆうもんろうに至ったところで逆側から来るまつりかを見つけて、疲れた顔がようやく笑った。

 天茜あかねだけが。


「おはよう。それと待たせてすまない」

「はよー。待たせたのは百パーセント天茜あかねのせいだからな」


 碧燈あおひはきっぱり機嫌の良くない半眼のままで、まつりかは笑って双方に応じる。


「うん、おはよう。お説教長かったねぇ」

「おはようございます。碧燈あおひさまは災難でしたね」


 ピカ=ピカが今日も礼儀正しく続けてほんとだよと碧燈あおひうめいて、その愚痴はピカ=ピカに任せることにしてまつりかは言った。


「今日もよろしくね、二人とも」


 ああ、とか、おうよ、とか。──すっかり聞き慣れた応えが二つそろっているのが、なんだか無性にうれしかった。