C3 ‐シーキューブ‐

第一章 「布団に移るものを知らない」/ "Night of Rubik's Cube" ④

(昼って言えば、あいつ大丈夫かなあ。一応置き手紙も残したし、弁当の残りも出しといてやったが……は。そういや日本語読めないかもしれん)


 朝見たときは、用意してやった部屋で幸せそうに丸まって寝ていた。起こそうとしても起きなかったので放置してしまったのだが……ひょっとしたらまだ寝ているのだろうか。というか貸してやったとんを放り出してこの自分の布団をかぶっていたのはなぜだ。いつのまに部屋から持っていかれたのだろう。なぞすぎる。


「おいはるあき、なんで弁当開けて固まってんだ。そのおじいちゃん現象はいくらなんでも枯れすぎだぞ……やっぱお前は料理とか家事とかばっかしてないで何かスポーツするべきだな! 野球いいぞ野球!」


 同じ机を囲んでいた仲間のうちの一人、短髪のはくたいぞうが言うと、


「枯れてるのはいつも通りだけど、なんかちょっといつもとは違ううれい顔だねー。さては──にんしんでもしちゃったか? うはは」

! 下品な冗談はめろ!」


 健康的な日焼け肌の渦奈がついずいし、それをな顔でうえきりいさめる。

 まったく、とあきれの息を吐いてから、錐霞がふと春亮に視線を向けた。


「渦奈のもうげんはさておき……確かに、今日は集中力がないように見える。何かねんごとでも?」

「え? いや、ははは。特に何もないんだが。ちょっと寝冷えとかしたせいかな」

「聞きましたか泰造さん。今、錐霞ちゃんはこう言ったのですよ……『私は君のことをいつも見てるの! だからわかるの! ああーん、なぐさめてあげたいっ』と」

「なんてやつだ。春亮、お前はいつのまに委員長の心を盗んだんだ。姫様を助けたのか、にせさつ工場を燃やしたのか、時計ではさみ殺したのか!?」

「二人とも! わけのわからないことを、い、言わない! まったく鹿げている!」


 泰造と渦奈は中学時代からのくされ縁だったが、錐霞だけは高校からの友達だ。

 成績優秀で冷静沈着な委員長オブ委員長。二世代ほど時代遅れな、ふともも以前にひざぞうすら隠れるほどのったいスカート丈が生真面目な性格をよく表している。加えて肌を見せること自体が好きではないらしく、体育は常にジャージ、夏でもながそで制服という姿だった。そんなところから、当初は男も女も何だか近寄りがたい孤高の存在としてクラスで浮いていたのだが──人見知りしない渦奈が無理矢理に彼女を仲間に引き込んだのだ。

 そして一緒に昼飯までるようになった直接の理由は、


「くだらない馬鹿話はさておき、だ。二人とも、いつもの判定を頼むぞ。この『卵焼き』勝負は自信がある。今日こそはいつむくいるのだ……!」


 ずい、ときりが自分の弁当箱を向かいのたいぞうに向けて滑らせる。


「錐霞ちゃん、今日は勝算ありげなのかにゃ?」

「何度も試食を繰り返した。加えてさっきの発言は朗報──は寝冷えで、つまりは気味なのかもしれない。すると味覚も正常ではないだろう。そのわずかなズレが勝機と見た」


 妙な気迫のこもった目がぎらりとはるあきを射抜いた。


「うっ。毎日毎日、なぜそんな気合を……」

「ま、体調管理も勝負のうち。おれらは厳正なる審査員だから味しか見ないぜー。じゃ、いただきまーす」

「いただきー。おっ。錐霞ちゃんのこれは……中のベーコンがカリっとしてて、いいね!」

「そうか! いいか! フフフフ……!」


 真剣な目で二人のしやくながめていた錐霞がにやりと笑う。だがすぐに油断は禁物という様子で顔を引き締めた。その視線の先で、今度は二人が春亮の弁当箱に手を伸ばし──


「あっきーのもうまーい! うまいぞーっ! ……でも何の味じゃこりゃ?」

「春亮、これ何だ? 中に入ってるの」

「アボカドだ。ふふ、昔の料理マンガを参考にしてやった」


 顔を見合わせる泰造と渦奈。そして二人はウム! とばかりにうなずいてから、それぞれ片手で勝者の弁当箱を高々と持ち上げる。何か変な彫像のような線対称のポーズを取りつつ、


「えー、味は同点ですがざんしんさにて春亮氏の勝利ー」


 瞬間、錐霞ががっくりとうなれた。机に置いた両のこぶしをぷるぷるふるわせながら、


「くっ……! 斬新さ……そうだ、味にかまけて私は先進性を考えることをしなかった……! 保守的な思考はいずれすたれるのみということだったか……!」

「……いんちょーさん、毎度のことだがそんなにマジにならなくても」


 春亮のフォローに、錐霞がばっと顔を上げて言った。


「お、男に料理で負けっぱなしというわけにはいかない! 次は勝つ!」


 その台詞せりふはもう何十回聞いたかわからないのだが、それを言ってもさらにこの委員長の機嫌を悪くするだけだった。お手柔らかに、と春亮は苦笑いを返すしかない。

 それから普通に昼食を食べていると、不意に教室の入り口あたりから「夜知くーん。お客〜」という声がした。見ればこちらに手を振る女子生徒がいる。


「このはさんっ……相変わらず、なんていうか、なんていうかアレだな!? くそう春亮、『今日もべラドンナのようにおれいですね』とこの泰造が言っていたとさりげなく伝え──」

「そこでなぜはくは毒草のイメージが強い花を選ぶのか。実に鹿げたチョイスだ」


 背後の会話を無視して廊下に出る。このはと顔を合わせるのは今日これが初めてだ。


「どした?」

「特にどうもしないんですけど、何かちょっと気になったので……あの子、どうしました?」

「起こしても起きんから書き置きして放ってきたけど」

「え」


 固まる。


「ひ、一人にしといて大丈夫なんですかね?」

「とりたてて悪いやつには見えなかったから、大丈夫のような気がしたんだが……むう、言われてみると怖くなってきたぞ。あんまり深く話もしなかったしな」

はるあきくんは、あの子の本性……見たんですか?」

「最初に少しだけ。変な箱だった。何なのかは知らんけど」


 軽く何かを考えていたこのはだったが、わかんないですね、とすぐに首を横に振る。


「まぁ、春亮くんが大丈夫だって言うんなら大丈夫ですよ、多分。気にしないでください」


 ぺこりと頭を下げ、このはは隣のクラスに帰っていった。


(気にしないで、と言われても……!)


 気になり始めると止まらない。確信を持って書いたはずのテストの答えが、見直して不安になったたんに間違えているようにしか見えなくなるのと同じだ。授業が始まっても不安感が消えることはなく、春亮は動きの遅い時計の針をそわそわとながめ続けるしかなかった。


 放課後、ばこでこのはと一緒になった。


「委員会がある日じゃあ?」

「休んじゃいました。なんとなく」


 意思つうはそれで完了。対外的にはということになっているこのはと共に、なぜか早足で家路を辿たどる。あわただしく門のかぎを開けて中に入り、とりあえず居間へ向かうと──


「なっ!?」


 そこはさんたんたる有様になっていた。斜めにひっくり返って立つテーブル、その脚が突き刺さり破れたふすまたたみにダイブしているだな、床に転がるのは押入れに仕舞っていたはずの不用品……いこいの場がたった半日でこのアナーキーっぷり、ただごとではない。

 心臓をねさせながら、春亮は白銀の髪をした少女の姿を探す。すぐに見つかった。

 縁側でうつ伏せになって倒れている。ぴくりとも動かない。急いで駆け寄り、声をかけながら激しく揺り動かすと、ややあってそのまぶたが開かれた。うつろに目をしばたたかせている。

 水を持ってきます、と慌てて居間を飛び出すこのはだったが、帰ってきたときにはさらに慌てており、


「大変ですよ、洗面所のあたりも何かすごいことに!」