「マジで何があったんだ……フィア、フィア!」
「う……ううん。そんなに、揺らすな。大丈夫だ、私は……」
「本当か」
「ああ。まったく、大変だったのだぞ」
縁側で女の子座りして、フィアは軽く頭を押さえる。俯いたまま、今から重要なことを言うのだぞ、という気配を必要以上に込めて何度か息を吸ったり吐いたりした。そして──ひどく真剣な瞳で顔を上げ、
「実は……つい先程、黄緑色で三本足の宇宙人がこの家に押し入ってきて!」
「でやあ!」
最後まで聞くことなく、反射的に彼女の頭頂部を平手で軽く一発。すぱーん、とやたら小気味いい音が響いた。
「い、いきなりなにをする! 呪うぞ!」
「何をする、はこっちの台詞だ! 暇に任せて好き勝手に遊んで暴れたんだな、そうだな! 家が滅茶苦茶になってるじゃねぇか!」
「そ、それは……違う」
ぷい、と顔を背けるフィア。
「じゃああれは何だ、押入れの奥に仕舞っといたレア食玩コレクションが掃除機に吸われてるなんて普通ありえないだろうが! 悪意がないとできないことだぞ、俺への嫌がらせか!?」
詰め寄ると、彼女はむくれた表情で春亮を睨みつけ、
「うるさい! 知らんわあほー! 眠いから寝る! 邪魔するな!」
全速力で部屋へ逃げていった。あまりの逆ギレに追いかける気力もなくなる。
「畜生め……片付ける身にもなれよ。恩を仇で返すってのはこのことか」
「……あのー」
肩をつついてきたこのはを見ると、彼女は何だかバツの悪そうな顔でもじもじしていた。
「今のは、ちょっと……春亮くんもアレかなーって思わなくもないです」
「なんでだよ。どう考えてもこりゃイタズラ以外の何物でもないだろ」
「そこを、よく見ればなんとなく別の意図が読み取れそうっていうか……ほら、あそこの庭とかですね。んと、洗面所も見てくれればわかると思うんですけど」
言われた通り、庭を見てみる。確かに朝とは様子が変わっていた。意味は全くわからないにしても、そう、それはイタズラ以外の意図がなくば決してそうはならない変化で──
「……あ。まさか、あいつ……?」
自室に戻ったフィアは、まず布団をマウントポジションでばしばし叩いてストレスを発散した。息切れを契機に攻撃を止めて布団に潜り込むが、鬱憤が完全に晴れたわけでもなく、
「ふん……ふん! あほ春亮め、ハレンチ小僧め……! なんであんな……」
こちらの言い分を聞きもせずに、イタズラなどと決め付けて。まったく腹立たしい。
とはいえ、説明する気があったのかと問われれば答えは否だった。
「今まで何をしていたかなど……言えるものか」
あんなことを説明するなんて、恥ずかしすぎるし悔しすぎる。そのくらいのプライドはあるのだ。だから仕方ない。仕方ないが──なんとなく、むかつく。
もう一度だけ大きな鼻息を吐き出し、フィアは布団を頭から被り直した。
◆
飛行機に積まれるまでの僅か数日間だが、日本語の読み書きは最低限の現代知識と共に崩夏から教えてもらっていた。だから書き置きも問題なく読めた。放置とはけしからん、と多少腹を立てながらも、台所に朝飯兼昼飯として置いてあった料理を食べ終え、
「……ふぅ。暇だのう」
縁側に腰掛け、ぼんやりと呟く。なんとはなしに空を眺めていると、急に衝動が襲ってきた。新鮮といえば新鮮だが、恥ずかしいといえば恥ずかしい──自然の欲求。
「ヒトというのもこれはこれで面倒だな」
口をへの字にしながらトイレに向かい、試行錯誤の末にミッションを完了する。
「なかなかやりおる。捻れば水が出る、あれが水洗というやつだな。驚いた」
世界の変化を実感しつつ、洗面所の蛇口を捻って手を洗う。水道の扱いも完璧。便利さに驚きはするが、近代文明恐るるに足らずだ。
ぷるぷると濡れた手を振っていたとき、ふと目に留まったのは、
「ふむ。知っているぞ。あれは洗濯機、洗剤と服を入れておくと勝手に洗ってくれる機械」
そこで昨夜の会話を思い出した。《人のタメになる》ことをしろ。さらには自分の状況を考えた。自分は今、暇だ。ならば、今から人のタメになることをしてやればいいのではないか。呪いを解くのに時間がかかるというなら、早く始めればそれだけ早く終わる。となれば──
「……ふふ、感謝しろ。そして私の実力に驚嘆するがいい……!」
とりあえず近くの篭にあった服を機械に叩き込んでみる。洗剤は、と探すと、わかりやすくも洗濯機の脇に粉入りの小箱があった。嗅ぐと石鹼に似た匂いがする。間違いない、と確信を持って入れた──一箱まるごと。そして適当にボタンを押しまくると洗濯機が揺れ始め、
「いける……くくく、なんという対応力! では次は……掃除でもしてやるかな!」
必要なのは掃除機というアイテムだ。一抱えほどの箱に長い首がついているモノらしいが……と探すと、居間の押入れの中で窮屈そうに首を曲げて寝ていた。
「そして今の機械は電気で動く。壁に鼻っぽい穴があるはず、と。おう、これだな。確かに鼻だ鼻だ。それで──むぅ、しかしどう見てもこの尻の突起の位置では刺さら……わ!?」
適当に摑んで弄っているとコードがずるりと伸びた。予想外の動きにビクリ。
咳払いしつつ胸を張り、細めた目を左右にチラと走らせ、
「……フェイントだ。ちゃんとわかっておった」
壁鼻穴に突起を差し、それから手元のボタンをまた適当に触ると掃除機が唸りをあげ始めた。楽勝だ。畳の上をゆっくり進み、塵を機械に食べさせる。何やら愉快になったので、この際徹底的にやってやろうと部屋の中を縦横無尽に掃除した。コツがわかり移動速度もスピードアップ。が、そのうちにコードがえらく重くなったり背後でぎこぎこばたんと異音がしたりまたコードが軽くなったり、という謎の現象が発生。
はて、と思って振り返ろうとしたとき、その謎現象を頭から吹き飛ばすモノが視界に入った。畳の上を一直線に進んでくる、醜悪な八本足を不気味に蠢かせるその生物は──
「く……クモ!?」
産毛が逆立った。よりによって世界で唯一苦手な生物がなぜここで出現するのか。ひとしきり運命に罵詈雑言をぶつけ、しかしここで逃げてどうするとヤケクソ気味に克己。掃除機のホースを振りかざして突進する。今のコレは便利な清掃マシーンではなく、異次元へと敵を吸い込む超近代兵装だ。
「電気の力で塵となるがいい!」
しかし敵もさるもの、素早く方向転換しホースを搔い潜る。向かう先は開けたままにしていた押入れだ。後に引けなくなったフィアは追撃を開始、ちょっぴり腰が引けた姿勢でホースを押入れに突っ込み搔き回す。中の物品が崩れて外に出てきた。そのうちに何か硬いものを吸い込んでしまったらしく、カタカタという異音が掃除機から聞こえ始め──そして完全沈黙。
「な!?」
攻めていたはずが一転して窮地だ。フィアは慌てて後ずさり、渾身の力を込めて押入れを閉めた。へたり込んで息を整え、そろそろと押入れの襖から手を離す。どうする。さらなる追撃か。そんな馬鹿な。少なくともこうしていれば奴はここから出てこれないのだ。うんそうだ、そうしよう。春亮が帰ってきてから奴に駆除させればいい。
「私は何も見なかった……そういうことだ……!」
そこでフィアは足下に何か親近感を覚えるものが転がっているのに気付いた。押入れから出てきたのだろう。片手で握れるほどの立方体で、表面は3×3のタイル状に分割されている。それぞれ塗られている色が違っていた。