C3 ‐シーキューブ‐

第一章 「布団に移るものを知らない」/ "Night of Rubik's Cube" ⑥

 首をかしげつつ、かしゃこかしゃこと立方体をひねる。色が移動した。なるほど、くすれば全部の色がそろいそうだが……?


「……。……。……。はっ。こんなことをしている場合ではない」


 ふと我に返って玩具おもちやを置いたとき、ちよう電子音が聞こえた。そうだ、洗濯をしていたのだ。


「なんとまあ、派手だな。これくらいやらんとれいにならんのか」


 洗濯機は山のように泡を吹いていた。しかもあふれた水がようしやなく床をみずびたしにしている。

 ともあれ、洗えば干さなくてはならない。洗濯機に沈んでいた服をかごに放り込んで救出し、庭へ移動する。短い草が生えているので裸足はだしの裏が心地よかった。物干し竿ざおの前で背伸びし、れた服を絞ってから引っ掛ける。ぎゅい。ばふ。ぎゅい。ばふ。竿には鳥のくちばしのような三角形のものが何個もくっついていたが、じやだったので全部退けた。何かのまじないか。


「これで最後、と……おう。かんぺきではないか……」


 自分の銀髪の向こうで、洗濯物がぱたぱたと牧歌的にはためいている。この光景を作り出したのは自分なのだ。そう思うと不思議な満足感が胸の中に生まれてきた。

 だが、完全なる作戦の成功を確信してきびすを返そうとしたとき──風。

 一枚のタオルがふわりと舞い上がった。追いかけるが手が届くはずもなく、それは家の屋根に着地。顔をしかめてから、仕方ないので。ばきんとあしもとで変な音がしたが、それよりも今はタオルだ。回収し、庭に飛び降りる──そのせつ、努力をあざわらうかのように再びの突風。今度は何枚かの衣服が横手にある背の高い木に引っ掛かる。えいくそ面倒だな、とタオルを物干し竿に引っ掛けてそちらを救出しようとしたところ、手を離した瞬間にそのタオルも木にることになった。きりがない。


「……ええと……その、なんだ。服は風が吹き乾く。つまり高いところのほうが早く乾く。大局的には、むしろあのほうがよい……ような気がするな、うん」


 無理矢理自分を納得させ、枝の先端ではためく服を見ないように家のほうへ向き直る。

 すると、そこで視界に入ったのは──

 まずは居間。だなは倒れ、なぜか中央にあったはずのテーブルが斜めになってふすまに脚を突き刺していた。テーブルには掃除機のコードが変な具合にからみ付いており──クモの出現やら立方体の玩具おもちややらで忘れていた、あのなぞ現象の答えがなんとなくわかった。さらには押入れから雑多な小物がたたみの上に流れ出ていて、変なものを吸った掃除機は死亡している。

 何かが屋根から落ちるのに気付いて見上げれば、それは砕けたこつかいしよくがわらだった。さっき屋根にジャンプしたときに聞いた音は、きっと、これで。

 時ここに至り、初めてフィアは思った。不可思議なことに、いろんな部分が掃除の前より散らかっているように見える。有りていに言えばちやちやになっている気すらもする。なぜだ。

 ほおに一筋の汗が流れた。


「ひょっとして……私の仕事はあまりくいっていないのではなかろうか?」


 その問いに対する答えは、家の外から聞こえてくる二人分の足音。

 フィアはゆっくりと縁側に上がり──

 ポルターガイストと宇宙人。はたして説得力があるのはどちらだろう。

 そんなことを考えながら、冷たい縁側に額をつけてうつ伏せた。


    ◆


「うーむ。ベタすぎる気がしないでもないが、やっぱあれは、そういうことなのか……?」


 庭の木に引っ掛かってはためく洗濯物を見ながら、はるあきつぶやいた。


「遊びじゃあ、洗濯機にちゃんと洗剤なんて入れないですよ……量はともかく。見てくればわかりますけど、今はカニさんみたいにぶくぶく言ってます」


 かに、とこのはは頭の横で指をチョキにする。春亮はルービックキューブを拾い上げた。


「ったく。どっから見つけたんだ、こんなの」

「あの、春亮くん……覚えてます? わたしがここに来たときのこと」

「まぁ、なんとなくは。お前も最初は色々変なことやったよなぁ」


 彼女がここにやってきたのは、春亮が小学校に入るか入らないかのころだった。当然、はっきりした記憶は薄れているが……印象だけは残っている。


「やっぱり。忘れててほしかったんですけど……今は、それでよかったかなと思います」

「なんで?」

「ふふ。昔のわたしに対して言ったのと同じことを、フィアさんにも言ってあげればいいんですよ。それで万事解決です」

「覚えてないぞ。なんて言ったっけ……?」

「まぁ春亮くんは昔から変わってないので。深く考えずに思うままを言えば大丈夫ですよ」


 それからこのはが片付けを手伝う提案をしてきたが、丁重に断る。それは自分一人がやるべきことのような気がしたのだ。彼女もそれ以上食い下がることはなかった。

 このはが離れの部屋に帰っていくと、春亮はルービックキューブを置いた。天井を見上げる。


「やれやれ。どうすっかなぁ……」


 そしてその夜。


「おい。起きてるか」


 しんぼう強く待っていると、ややあってしようの向こうからぼそぼそと返答があった。


「うるさい。寝ておる」

「返事できるなら起きてるじゃねーか」

「うるさい黙れ。のろうぞ」

「はいはい。で、なんだ、何かおれに言うことはないか」


 数秒の間があり、「あるものか」と吐き捨てる言葉が返ってきた。それならいいけどさ、と春亮は息を吐く。まったく、意固地というか何というか。


「お前はともかく、俺にはちょっとだけ言うことがある。まぁその……悪かったよ」


 返事はない。仕方ないので一方的にしやべった。


「わかってたけど、忘れてた。お前は人みたいだけど、人じゃなくて──でもやっぱり人だから、最初は苦労するんだと思う。わかんないことがあって、色々失敗しまくって、だれかに迷惑かけたり、誰かとぶつかったりすることもあると思う。このはだってそうだったからな」

「何だかわからんが、あのウシチチと一緒にするな。不愉快だ」

「へいへい。つまりだな……のろいを解くのに時間がかかるってことは、急いでも仕方ないってこった。無理してあせらんでもいいんじゃねぇの、と。わかんないことがあったら、ま、おれに教えられることは教えてやっからさ。んじゃな……夕飯は台所に残してあるから、食いたきゃ食えよ。あとプレゼントここに置いとく。とっとけ」


 はるあきは持ってきた紙袋をしようの前に置いて、欠伸あくびらしながら部屋に帰っていった。

 その数分後、フィアの部屋の障子が音もなく開く。しばらく様子をうかがうような間があってから、さっと白い手だけが伸びて紙袋をつかみ、そしてまた音もなく障子が閉じた。


 袋の中身は服。多少大きめではあるが、厳密なサイズにあまり左右されないワンピースが中心だった。さらには新品であろう、ビニール袋に包まれた下着も。そこでひらりとメモが落ちる。『お子様には下だけで充分ですよ』……


「死ぬれ!」


 反射的にメモをたたみたたきつける。すると裏にも何かが書かれているのが目に留まった。『ブラが欲しいならいずれアルバイトでもして買いなさい。生活に慣れたらできるようになります……まぁ、私たち身体からだは成長しないから必要ないっていうかだと思いま』


 最後まで読まずにかかとで踏みにじった。

 紙袋に入っていたのはそれだけではなかった。昼間に見た立方体の玩具おもちや。それと。


「……おせんべ」


 腹が鳴った。昨日食べつくしたと言っていたから、春亮がわざわざ買ってきたのだろう。


「ふ……ふん。かいじゆうなどされぬぞ……こんな、子供のような。食べ物でろうなど」


 ぶつくさと言いつつ、手は包装を破っている。口元からはせんべいが割れる音、手元からは、なぐさみにルービックキューブをいじる、プラスチックが触れ合う音。


「ぬ。。胡麻入りか。なんと香ばしい……」


 暗い部屋に二つの音を響かせながら、フィアは思っていた。

 仕方がない。ここはかんだいな心で、あのハレンチ小僧の謝罪を受け入れてやるとしよう──何よりもまず、この素晴らしい食物がどこで売っているのか教えてもらわねばならんしな。