ぼくと魔女式アポカリプス

魔女の自傷に要する第一代償 ─Letter ⑦

 とつじよひびいた一発のが、そのすべてを無意味にした。


 乾いたちんにゆうしやは同時に二種の音を引き連れてくる。窓が割れる音と、強くするどい、女のこわ


「──hagalazハガラズ!」


 声にやや遅れて、白い何かが無数に空を裂く。消しゴムほどのサイズのそれは、角ばったひようだ。数十個の雹が横合いからショートヘアの全身にたたき込まれ、さらには雹の中でも最も大きくりゆうせんけいをしていた一つが、すぽんとそのこめかみに挿入された──挿入されたのだ。頭の中に。

 ぼくは当然ながらのう漿しようと血液の散布を想像したが、現実はあくまで背信的だ。

 ショートはくりんと白目をいたように見えた。そして次の瞬間、。まさしくその身体からだが風船だったかのように、人間としての全ての体積は消滅──代わりに現れたのは黒いタールのような液体だ。それはリノリウムのゆかに落下し粘り気のある悲鳴をあげると、そのままそこに染み込むようにして消える。初めから何も存在していなかったかのごとく。

 ぼくはゆっくりとそこからせんを外し、雹弾が飛んできた方向に顔を向けた。

 その瞬間、肩から力が抜けた。精気も抜けた。それほどのインパクトを受ける。

 割れた窓を乗り越えて入ってくるのは、ははははは。

 。さて、目覚まし時計が鳴る時間はまだか?


しるしうつわる現象かんしよう……刻印魔術ルーンマジツク!《エルフ》か!」

「いかにもだ、魔女ウイツチ導き手ナビゲータよ。直接顔を合わせるのは初めてだな」


 二十歳ほどの金髪の白人女性だ──ただし耳はお約束として長くとがっている。切れ長で鋭い印象を与える顔立ちに加え、小さな眼鏡めがねが鼻の頭にちょこんと乗っていた。アンバランスと言えばそうで、美人司書のようだと思えばひどく似合っている。身に着けているのは……手に持っているリボルバーといい、ファンタジーにも近代化の波が押し寄せているのか? ふかみどりいろをしたチェックのスカートに、上半身はすそを出している白いワイシャツだ。なんとなく女子高生っぽい。目をくのは長い手足で、腕もふとももも、顔と胴体以外ので肌がしゆつする部分は全て白い包帯が巻かれている。その姿に妙にゴツいサバイバルブーツとウェスタンな感じのマントを加えれば、丁度ぼくの前にいる自称エルフ様一丁上がり。

 敵意がないことを示すためか、彼女は銃をマントの下にしまい込みながら、ちらりと三人組がいた場所をいちべつした。ぼくも机のすきかくにんしたが、だれの姿もない。さっきのショート以外は、砧川のでんげきで死んで──あのタールみたいになって消えてしまったのだろうか。


「《ドルイド》の誓約魔術ゲツシユマジツク……複製影人イミテーターか? 厄介だ」


 独白するようにつぶやき、再び砧川を見やる。はっと身を引いた彼女にえんぜんとした苦笑を返し、


「気を張るな、魔女ウイツチ代替魔術師ポステリオルマギス。私の目的はお前と戦うことではない。手を出すつもりもなかったが──どうにもきゆうのようだったのでな。ああ、私はレンテンシア・イズラデリという」

「は……はぁ。きぬたがわめいです。どうも……このたびは、助けていただいて」


 毒気を抜かれた間抜けな表情で、砧川はぺこりと頭を下げた。天然なやつだな。

 困惑している砧川とは対照的に、帽子はこの世の終わりが来たかのようにわめいていた。


「何をしておる、奴はエルフ、代替魔術師ポステリオルマギスじゃぞ! これは油断させるための策じゃ、気を抜くな、戦え! 倒して根源闇滓ルート・アンシイを奪え! 殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!」


 エルフはまゆひそめ、ぎらぎらと彼女をにらみつける帽子の圧力を受け止めながら一歩下がった。


「好戦的だな、魔女ウイツチ。信じろ、私は」

「耳を貸すなメイコ! 代償魔術ペインマジツクを放て、指を断ち血を流し肉をえぐり──殺すのだ、ただひたすらに殺すのだ! でなくてはお前に未来はない! わかっておるのだろう!?」


 止まらないしつに、とりあえずは砧川も帽子の言を聞くことにしたらしい。気乗りしない顔のまま、机に置いていた包丁にそっと手を伸ばす。その行為にエルフは目をすがめて、自分が飛び込んできたまどわくに手をかけた。軽くひとみを左右に動かし、周囲をかくにんしているようだ──

 そう、ほうと言えど窓の割れた音を聞きつけた生徒が皆無というわけでもないだろう。外は次第にさわがしくなってきている。ここにだれかがやってくるのも時間の問題かもしれない。

 軽く舌打ちを残して、エルフは身軽に窓枠に飛び乗った。


「──まぁいい、のも尚早か。今は退こう」

「聞くな! 聞くな!」

「忠告だ。先刻の敵はドルイド──誓約魔術ゲツシユマジツクを見出したしゆだろう。詳しくは知らんが、複製影人イミテーターという人形を作って意のままにあやつるらしい……用心することだな」


 一方的に言ってから、彼女は窓の外に消える。騒がしい帽子がくうののしりの言葉を発した。

 さて、残ったのは何か。調ちよう実習室の姿はいつもと変わりない──砧川の電撃でげた箇所を除けば。砧川がゆかや机にこぼした多量の血液すらいつのまにかはつしている。あるのはただ、顔を浮かせる角付き帽子と、それをかぶったくろくめのじよだけ。いや──わかっていた。かんできないものの筆頭が、たしかにぼくの前に残されていた。

 それは何か。決まっている。

 疑問だ。


 たいいくかん裏でかばんを回収して、さわぎのほとぼりが冷めるのを待ち──数十分後。

 ぼくと砧川は校門を目指して歩いていた。制服姿に戻った砧川は、ぼくの後ろでうつむいて歩いている。げんそうだったやかましい帽子は、今は彼女の鞄に押し込められているはずだ。

 視界の端に見えたものに気づき、ぼくはふと足を止めた。それについてこれなかったのか、ぺち、と背中に軽い感触。振り向けば砧川が鼻を押さえて顔を赤くしている。


「……前を見て歩け」

「あうう、ごめんなさい……」

あやまらんでもいいが。それよりも、あそこにいるのは」


 校舎と校門を結ぶ道、その横の植え込みに数人のひとかげ。栄養不足の木の根元にへたり込んでいるのはあの三人組だ。そして彼女達を介抱している男子は、ぼくの見覚えのあるやつだった。


そう。何やってるんだ?」

「うわっ! と。あ、れいか……じゃなくて、澪くん。助けてよう~」


 背後から突然に声をかけたせいか、女の子座りしている草太はなぜかいつしゆんだけおおおどろいた。それから困り顔で振り返ってくる。その腹にはあのロングがしがみつき、しようを涙で崩していた。なんかわかんないけど頭が痛いだの怖くて涙が出るだの彼女はつぶやいている。

 ぼくはそっと草太の耳元に口を近づけた。


「どうなってんだ? ていうかムカつくから猫かぶりモードやめろ」

「うっさいな。こいつらも一応女だから仕方ないだろ……ここで三人そろって倒れてやがったんだ。さすがにほっとけん。かんたんに起きたのはいいが、それきりこんな具合だ」


 ロング以外の二人は、寝起きのようにぼんやりとはんがんになってまばたきしているだけである。そのよううかがいながら、草太はぼそぼそと調ちようで答えてきた。ぼくはさらに質問する。


「いつだ?」

おれが見つけたのはついさっきだよ。ああ不運だ。忘れた携帯なんか取りにくるんじゃなかった。いや、夜も別の奴と予定あるから携帯は絶対いるんだが……本当ならいまごろ、さっきのロマンス映画の五倍はいベッドシーンに突入してたはずなのに」

「ダブルヘッダーとはいい度胸だ。のろわれろ。で、倒れてた原因は?」