ぼくと魔女式アポカリプス

魔女の自傷に要する第一代償 ─Letter ⑧

 さぁね、と草太は肩をすくめてから、腹で泣きじゃくるロングにそれを聞いた。答えは、わからない、とだけ。ほうになって校舎を出てからのおくがないらしい。少なくとも表情を見る限り、発言にうそはないように思える──こいつらに演技力などという高尚な能力が備わっているとも思えないし。後ろを振り向いて、きぬたがわに小声でどういうことだと聞く。


「わかりません……あ」


 鞄に耳を近づけてふんふんとうなずいてから、彼女はぼくをうわづかいに見上げて言った。


「えと、複製影人イミテーターが滅んだから、本物が出てきたのではないか。『肉体』という部分がいねんだけを補足、仮物質に入れ替えた人形が複製影人イミテーターであろう。それが存在を失ったならば、じゆつてき拘束力がリセットされてじゆつ前の状態の本体が強制的に解放されるはずじゃ……らしいです」

「何を言ってるのかよくわからんぞ帽子野郎、と伝えろ」


 砧川はちよくにその言葉をかばんの中にささやき、次のしゆんかん、あうっとうめいて鞄から顔を引きはなした。よほどすごののしりを返されたらしい。

 いきが聞こえたのでせんを前に戻す。


「ねえ……そろそろ、泣きんでくれない?」


 だがロングはまだ下品に鼻をすすり続けている。仕方ないなあ、とそうおどろきの行動に出る。

 ロングの唇を奪ったのだ。しかも結構ディープに。女の目がとろける。


「ほら、とりあえずけんしつ行こうか。そこの二人も連れて行かないとね。立てる?」


 きようがくするぼくに、不敵に唇をゆがめた草太が口を近づける。


「ひひ、そんな目するなよ。ま、昔に一回だけって約束で遊んでな──これからもちょっと遊んでやるつもり。さっきのやつとの予定がパーになったし、人数でカバーな。れいも参加するか?」

「力強くえんりよする」


 けたミドルを肩で支えて立ち上がったロングが、なみ? と首をかしげた。


「あ、ごめんごめん。じゃ、ボクはこの子手伝うね。さ、行こう行こう」


 偶然ここに来たにしちゃ決断が早いじゃないか……それだけ女に飢えてるってことか?

 ぼくは何だかしやくぜんとしない気分になる。その理由の大部分はあの三人組と草太がからむというヤな想像のせいだ。小部分については──よくわからない。

 草太達が保健室に行くのを見送った後も、ぼくはなんとも言えない不快感に身を浸していた。


「機波くん、やさしいですね」

「あの優しさの構成成分は性欲が百%だ。もうちょっと人の内面を見抜く努力をしろ。ま、あいつの対女限定の内面隠し術はたいしたもんだし、ぼくに言えるこっちゃないが」

「……?」

「ぼくも、だれかがじよだったなんて全然気付かなかったからな」


 そう言うと、きぬたがわは思い出したように顔を暗くしてうつむいた。

 それからぼくたちは校門を出て、いえ辿たどる。無言の帰り道。

 理解できないほうを脱出したというのに、いつもと同じ空はいつもと同じように九月のあかねいろに染まっていて、腹立たしくなるほどに温かな光がさかいもりの街並みを照らし出している。

 たてみや高校は市の北東部の高台にあり、高台の下は学校通りとでも言うべき中途半端な商店街。本格的に遊ぶ場所は市の中心部にある大通りの役割だ。商店街を過ぎればそこは何の変哲もない家々が密集する住宅街となっており、ぼくの家はそこだ。どうやら砧川も同じらしい。

 さんを右に曲がろうとしたところで、砧川が左側に行こうとしていることに気がついた。


「ぼくの家はこっちだ」

「あ、じゃあ、その……」


 と砧川は無意味にくちごもって、頭をぺこりと下げた。ぼくはまゆを寄せる。


「勘違いしてるな」

「へ……へ?」

「何のためにいつしよに帰ったと思ってるんだ……つーかあれだけのことをしておいて、まさか『じゃあまた明日あした』とか普通に帰れると思ってたわけじゃないだろ? 説明責任、なんつー便利な言葉が最近作られたみたいでね。納得いくまで今日きよう起こったことを聞かせてもらうさ」


 きぬたがわは目を見開いた。その顔に、ぼくは内心で苦笑した。

 ぼくは普通がつまらない。だがそれは同時に、普通でない変人にはきようを持つということだ。

 じよにエルフ、変なあやつり人形。しかもどうやら幻覚とかトリックとかでなく、すべてが本物らしい。これでぼくの変人センサーが働かない理由があったら教えてほしいものだ。


「金銭的立地的心情的安心感的に考えて、場所はぼくの家一択だ。ちなみに拒否権はない」

「……よ、よいもとくんの、家!? そ、そんな、です。わたしなんかが行ったら、その、あれで、とにかく駄目ですっ……」

「拒否権はないと言ったぞ。心配しなくても茶くらい出る。たぶん」


 砧川はひんの魚類のように口を動かし、そして手にしたかばんを見下ろした。意味もなく空を見て電柱を見て、胸を反らしたりうつむいたり。

 そのしよをぼくが根気強く見守っていると、砧川はようやく、カクカクした動作でおじぎをする。彼女は顔をにして、よろしくおねがいします、とズレたことを言った。

 ぼくは肩をすくめることで返答し、だれかが鞄の中でげんそうに鼻を鳴らした。