藍坂素敵な症候群

第一診「初期症状」-the president of medical club, her name is...- ②


 こうすけはただ思う。

 おかしい。さっきまでは「どうやら希望に満ちた学校生活が送れそうだぞ」なんてことをのんに思っていた気もするのだが……どうして、たった十分でその感想をてつかいしたい気分になっているのだろう。


 それからすぐに担任がやってきた。白衣の彼女もさっさと自分の席に座ってしまったので、それ以上どうすることもできなくなる。視線で疑問を投げかけてくるながには「まあちょっとな」というあいまいな言葉でお茶をにごしておくしかなかった。

 ホームルームは今後のスケジュール説明と自己しようかいタイムにてられ、浩介も自分の番になって当たりさわりない言葉で転校生であることを説明する。あの少女は女子の一番目に名前を言うだけのそっけない自己紹介を行っただけだった。他の生徒達はさもありなんと言うふんで、浩介は「変な名前だ」と胸中でツッコミを入れた。

 次の時間は体育館での始業式。おかしな生徒達の姿がそこかしこに見られることを除けば、式はただの式だった。始業式が終わると、学校は午後を待たずして放課後を迎え、そして──


「どこ行くんだよ」

「落ち着いて話せるところよ。いいからついてきなさい」


 浩介は白衣の背中を追って廊下を歩いていた。これから楽しいイベントが待っているとは思えなかったが、一応ながら彼女はクラスメイトなのだ。話があるというなら無視するわけにもいかない。それに、その話が昨日の不可解な出来事についてのものなら多少は興味がないでもなかった。あの変な見間違いはともかくとして、どうしてあんなところから降ってきたのかというのはやはりそれなりに気にはなっている。

 ぼんやりと昨日のことを思い出しつつ、浩介は横の教室のプレートを確認する。天文部。次の教室には、プロレス同好会。さらに、部、写真部、ボランティア部。どうやらここは文系の部室とうらしい。窓からは学校を囲む塀が見え、ここが校舎の一番はしにあるへきだということがうかがえる。

 そのとき白衣の少女がちらりと肩越しに視線を向けてきて、


「きょろきょろしないっ。はぐれたら校内放送で呼び出すわよ」

かんべんしてくれ。つーか転校初日なんだ、校舎の見学くらいしてもバチは当たらねぇだろ」

「呑気すぎるかんじや予備軍ね、まったく……自覚しようじようがないのが一番困るわ」


 そんなよくわからないことをしかめっつらで言ってから、あきれたようなたんそくくせなのか、胸元のちようしんをくるくると回すようにして指でいじっていた。自己紹介タイムや始業式のときの彼女はひたすらにちんもくと無表情をしていたが、今は昨日見たときと同様に、感情と直結したなおな表情を見せている。どちらが彼女の地なのだろう。

 ふと、彼女が何かに気付いた様子で視線を前方に戻す。行く手から誰かが歩いてきたのだ。


「あらあら〜。その後ろの子は、確か……今日から転校してきた子よね?」


 そこにいたのは年若い女性だった。女子大生だと言われれば普通に信じられそうだ。ふちなし眼鏡めがねにウェーブがかかった髪、みようにほえほえした声と能天気な表情。最もとくちよう的なのは──眼前の少女のようにエキセントリックな制服あわせではない、クリーム色のスーツの上に着込んだ正式な白衣。保健室の先生だろうか。


「あ……はい。俺は転校生です、けど」

「うんうん、そうよね〜。今朝保健室に新しく保健カードが届いたばっかりだから覚えてたのよ〜。まあ先生、学校にいる生徒ちゃん達の顔は全員覚えるようにしてるんだけどね〜」


 にこー。と、やたらうれしそうに笑う。前の学校のおばちゃん先生(四十代)とは大違いだ。


「あ、先生は桐生きりゆう長閑のどかっていいますー。頭痛発熱腹痛その他心の悩み、何かあったらなんでも相談してきてね〜」

「ど、ども。ぎりこうすけです……って、覚えてるんなら今更ですけど。ていうか生徒全員の顔と名前覚えてるのってすごいですね」

「そう? んふふ、まあ先生、みんなのこと愛しちゃってますから〜。お安いようですとも!」


 長閑は冗談めかした仕草で自分の胸をこぶしたたく。それから視線を動かし、


「で、さつそくかんゆうなのかな〜? うんうん、やる気にあふれた生徒ちゃんで先生は嬉しいっ。入部届はあったっけ? なかったら保健室にあると思うから、取りに来てね〜」


 さすがに教師にまでは尊大な態度は取れないのか、白衣女は微妙に首を縮めるようにしつつ、


「いえ……とりあえずは、見学、みたいな感じです。えと、必要なら取りに行きます……」

「はいは〜い、よろしくね。それじゃ先生、そろそろ保健室に戻ります〜。らびゅー」


 おかしな別れのあいさつをしつつ、ぱたぱたと手を振って長閑は歩み去っていった。この学校、生徒だけじゃなくて先生にも変人が多いのだろうか。


「えっと……勧誘? 何の話だ?」


 再び歩を進めながら、振り返りもせずに少女が答えてくる。


「あの人、部活のもんだから。名義だけっていうか、実際の活動にはあまり関係ないけど」

「部活……?」

「そう、部活」


 当たり前のように言い、彼女の足が止まる。だが、ん、と親指で軽く指し示されたその部室のプレートにある名前は全く当たり前なものではなかった。単語自体は一般的にしても、それが《部》と組み合わされていることなど普通ありえない。だから浩介はぽかんと口を開けてそれを見つめる──《》と書かれているそのプレートを。

 そんなこうすけの様子をふんと鼻を鳴らして見やってから、少女は尊大に腕組みをして、


「そして私はこの部の部長。あいさかてきよ」


 さっきの自己しようかいタイムでも聞いた名前が繰り返される。なので浩介も、先刻と同じ感想を──今回は実際に言葉にして──繰り返した。


「……変な名前だな」

「うっ。いきなり、しちゅ、失礼な男ね! ちょっと病的なくらいの無礼さだと思うわ!」

「こんな変な部にいきなり連れてくるお前もじゆうぶん無礼だと思うぞ。あとむな」

「か、噛んでないっ」


 顔を真っ赤にした素敵がにらんでくる。浩介も真正面からその視線を受け止める。いつしよくそくはつの空気。だがそれがばくはつすることはなかった。そのとき、部室の中からその空気を台無しにする声が聞こえてきたからだ。

 その声はひどくうっとりしたもので、熱がもっていて、言葉のそこかしこに荒いいきが混じっていて──率直に言えば。


「うふふ……大きくて、硬くて。ああ、すごいのぉ……」


 なんだかとても、聞いてはいけない声のような気がした。


    +


ぇ……駄目ですわ……ああ、もう、凄すぎます。こんなに、しく、反り返ってるなんて。もっと、もっと触らせてくださいましね。んん、凄い……」

「あ。かげるさん、もう来てたのね」

「いやいやいや!? なに冷静に言ってるんだよ、もうちょっとあわてろよ!」

「なんで慌てなくちゃなんないのよ。いつものことだし」

「いつものこと!?」


 この学校はどうなっているのか。フリーダムにも程がある。浩介が戦々きようきようとしつつ、そのドアの向こうに広がっているであろう未体験世界をあれこれ想像していると、


「まぁいいわ。とにかく入って。中で話をするわよ」

「入るのかよ!? ちょ、おい、マジで!?」


 止める間もなく、素敵は無造作に部室のドアを開ける。なので浩介は見てしまった。部室の中にいたのは、ああ、部室の中にいたのは──


「……あら、素敵さん」

「それ、新しく買ったの? なんというか……その、素敵ね」

「そうでしょう? 特注品で、先程やっと届いたんですのよ!」


 に座る女子生徒が、自分の顔に近付けてうっとりとさすっていたものを軽くかかげる。


「か…………!?」

「おや、よく見れば見知らぬ男がいますわね。誰でしょう?」


 どこかごうなドレス風に改造された制服、お嬢様然とした手袋、れたからす色の長い黒髪、色白の肌、そして──傘。


「昨日話したやつよ」

「ほぉう。貴方あなたが……」