藍坂素敵な症候群

第一診「初期症状」-the president of medical club, her name is...- ③

 無骨な傘のを幸せそうにでていた彼女の目が、こうこつとしたものからいつしゆんでムシケラを見るようなものへ。ここが屋外ならつばの一つでもかれていたかもしれない。


「い、いきなりそんな視線を向けられる理由がじんもわからんのだが……! とりあえずあいさか、このまぎらわしいお嬢様をしようかいしてくれるとうれしい。あるいは今すぐ帰らせてくれるとさらに嬉しい」

よいやみはらかげる。医術部の部員よ……二年は二組になったんだっけ?」

「ええ、おとなりさんですわね。てきさんとクラスが分かれてしまったのは本当に残念です……でも体育の授業は一緒なのでそれでよしといたしましょう」


 陰子はとしたしようを素敵に返し、


「へーそうなんだなるほどわかった理解したお隣さんね。じゃあ俺はこれで」

「お待ちなさい」

「ぐえっ!」


 どさくさにまぎれて帰ろうとしたこうすけにはあのれいてつな視線。おまけに傘のを浩介の首筋に引っ掛けてグイと引っ張るあくの所業つき。


「話が始まってもいないのに帰るとは何事でしょうか。貴方あなたには聞きたいことがたくさんありますのよ……ウフフフフ!」

「わ、わかった、わかったから離し……息がッ……!」


 とりあえず逃げるのはあきらめた。転校初日にちつそくするつもりはなかったからだ。


 てきすすめてきた丸に座り、医術部の部室を見渡してみる。

 全体的には普通の教室を流用した空間だ。なのでそれなりに広いのだが、教室の後部三分の一ほどはついたてとカーテンで仕切られた別スペースになっている。向こうのスペースには何があるのだろう。

 浩介がいるこちら側の空間は、単純に言えばエセしんさつしつだった。部屋のすみには大きなスチール机と椅子があり、その近くにいくつかの丸椅子、かべぎわにはファイルやら本やらが詰まった本棚、そして診察台のようなあしの長い簡易ベッド。まがりなりにも《診察室っぽい》というわくくくられるのはそこまでで、その他はかなり雑然としている。オセロやら人生ゲームやらが積まれたテーブル、なぜかセーラー服一式を着せられているマネキン、大きな白い動物……アルパカ? のぬいぐるみ、体重計、ホワイトボード、一昔前にったみょんみょんするブレード型健康器具、何かがいつぱいに詰まった段ボール箱……まったくもって統一感がない。


かげるさん、くーは?」

「さあ。招集をかけたわけでもありませんし、今日は顔を出さないかもしれませんわね」

「ふーん……ついは相変わらず入院中だし、新年度初日だっていうのにちょっとさびしいわね。ま、いいか。ええと、昨日作ったやつどこにったっけ……あ、あった」


 がさごそスチール机を引っき回していた素敵が、そこでようやく引き出しの中から小冊子のようなものを引っ張り出した。を回して浩介に向き直ってくる。そして、


「さて。まずはもう一回確認ね」


 などとつぶやきながら、素敵は首に引っ掛けていたちようしんを耳に当ててこちらに上半身を寄せてきた。


「お、おい」

「動かないでよ。集中しないとわからないんだから」


 首筋にぺたりと冷たいかんしよく。けれどそれはすぐに気にならなくなった。素敵の整った顔がすぐそこにある。小さな口元からのいきが胸元に触れていて、こうに感じるのはその髪からただよかすかなシャンプーのにおい。表情はみように真剣だったが、やはりその肌は白く柔らかそうだ。触ったらどんな感じなのだろうか──いや待てまずいこんなことを考えるのはまずい。少し離れたに座ってこちらを見ている傘女から殺気が届いてきているような気もするし。


「……やっぱりね」


 こうすけが硬直していると、そのうちにてきは一つうなずいてちようしんを外した。乗り出していた身を戻し、自分の椅子に座り直す。微妙な名残なごりしさとあん感。

 それから素敵は先刻見つけ出した小冊子をぺらりとめくり、


「じゃあ次にいくつか質問をするから答えて。心理テストみたいなものだから気楽に答えてくれていいわよ」

「おい……その冊子の表紙に《ぎり浩介にする質問のしおり》と書いてあるように見えるのは俺の気のせいか」

「気のせいじゃないわよ。目が悪いの? 昨日あんたと会ってから作ったの。何もおかしなことはないじゃない」

「いや、わざわざしおりとか作らないだろ普通。何聞くつもりなのかは知らんが」

「うるさいわね、質問を明文化するのは思考の整理にも有益なのよ。いいから聞きなさい」


 こほん、と素敵はせきばらいを一つ。それから再びしおりに視線を落とし、


「では第一問。『自分はスカートの中に顔を押し込めることが三度の飯より好きだ』」

「なんだその設問!?」

「無回答はイエスとみなすわ」

「ノーに決まってるだろ!」

「第二問。『自分は女子の下着のにおいにたまらない興奮を覚える』」

「ノー! 待てお前、これのどこが心理テストだ!?」


 そのときカリカリという異音が聞こえたので首を回せば、そこにはかげるが向けてくるデンジャラスな視線。しかも彼女はあの買ったばかりだという傘のいらったようにがじがじとんでいた。異音の原因判明。ついでに言えば「素敵さんの……スカートの下に……下着……ここで殺しておいたほうが世のため人のため……」などという物騒なつぶやきも聞こえる。


「続いて第三問。『女子のふとももで顔をはさまれたときには、まるで母親のたいないにいるような安らぎを覚える』……」


 わかった。単純に、これは昨日の自分に対するきゆうだんなのだ。

 理解したしゆんかん、怒りを通り越してあきれてきた。昨日の出来事について何か説明してくれるかと思えば、とんだ期待外れだ。ならばこんな回りくどいことをしなくてもいいではないか。自分があそこに行ったのは純然たる善意からなのだし、その後素敵との間にあったなんやかやも、けっして自分がしようと思ってしたことではないのだ。

 浩介は徒労感に満ちた息をき、


「……はいはい、もうわかったよ。昨日は落ちてきたお前の下にいてすいませんでした、と。これにりたらもう人の上に降ってこないでくれると助かるぞ。それじゃ俺は帰る」

「ち、ちょー!」


 あわてると舌足らずになってしまうのだろうか、おかしな声と共にそでが引っ張られる。てきは子供っぽくほおふくらませてこちらを見上げていたが、やがてぷいと視線をらし、


「わ、わかったわよ……今のはあんまり本筋とは関係ない質問だったわ。あの後帰ってすぐこれ作ったから、三十問目くらいまではわりと感情がき出しになってたっていうか、その……ああもう! いいわよ、あのことは私も悪かったし忘れるわよ! ほら、本筋に入るから座りなさい!」


 ぐいぐいとさらに袖を引っ張られる。力ずくで逃げることもできなくはなさそうだったが、


「ったく……最初からそう言えよ。次におかしな質問したらマジで帰るからな」


 とりあえずに座り直す。


「で、本筋ってのは何だよ。昨日、なんであんなところにいたのかって話か?」

「それもあるけど、ちょっと違うわね。その前に基本的なところから話していかなくちゃ」


 ちようしんを指先でいじりつつ、素敵はもう一度しおりに目をやった。その後半のページに書かれている文を流し読みして確かめてから、最後に一つうなずいてしおりを机の上に置く。


「あんた、最近この街に来たのよね。この街についてどう思った?」

「どうって……まあ、わりと栄えてるな、とか。あと、なんだか解放感があって明るい感じがしたかな。自由で元気な街っつーか。前住んでたところがここより小さかったせいかもしれんけど……いいところなんじゃねぇの?」

「そうね──素敵なところよ、この街は。そこは私も誇りたく思う。でも──自由だということは、たがが外れやすいということでもあるわ」

「何の話だ?」