あの夏に捧ぐ逢いことば

chapter.1 電子の訪客、白昼夢のインストール ③

 自室のドアが開き、鼻水を垂らした二人の小学生がのぞいてきた。

 僕と同じくつばめ園に養護されている少年だ。彼らが物心つく前から(数ヶ月の空白期間はあるが)ずっと一緒に過ごしている。あまり僕からは関わらないけど。


「やめとけよ、カノジョだよカノジョ。しゆう兄ちゃんもお年頃なんだよ」

「えっ!? しゆう兄ちゃんカノジョできたの!?」

「そーそー。んじゃ、しゆう兄ちゃん、あとはごゆっくり〜。あ、記念にパシャリ!」


 二人は盛大な勘違いをして、写真をデジカメに収めて去っていった。嵐みたいだ。


しゆうくんはこんな古いスマホを使っているのに、彼らはデジカメなんて持ってるんですね」

「どっかで買った動作未確認ジヤンク品だけどね。一○○○円もしなかったらしいよ」

「なるほど。でも、動作はしていそうですね。では、ソレを使いましょうか」


 何が? とかぶせる前に、彼女は指をパチンと鳴らした。

 一瞬、無意識のうちに身構えたが、四畳半の狭い部屋にこれと言って変化は現れない。

 いぶかしげに彼女へ視線を落とすと、スマホの中で相変わらずの笑顔を振りまいていた。


「えへへ。本当は指パッチンなんて要らないんですけど、雰囲気が出るかと思ったので」

「何の話──」


 言い切る前だった。

 チビ二人が出て行った廊下の方から「おわぁっ!?」と悲鳴にも似た絶叫が飛んできた。

 僕は反射的に出入り口を向いた後、ふと冷静になってあいたけユウを見やる。

 彼女は「ぜひ見てきてください」と言わんばかりの朗らかな笑みで、出入り口を指していた。

 正直、構いに行くのはだるいけどしょうがない。


「どうしたの?」


 廊下に出てすぐのところで、先ほどの二人が腰を抜かしていた。

 数メートル先には、オンボロデジカメが無造作に転がっている。

 二人が何かにおののき、思わずデジカメを落としたといったところだろうか。


しゆう兄ちゃん……死ぬの?」


 あまりにも突飛な問いかけに「え?」と眉をひそめる。

 彼はデジカメを指差し、震えが治まらない声で、


「しゃ、写真……さっき撮った写真、しゆう兄ちゃんが、兄ちゃんの……」

「わかったから落ち着いて」


 何もわかってはいないけど、とりあえず投げ捨てられたデジカメを拾う。

 電源はつけっぱなしで、液晶には先ほどチビが撮った、薄幸そうな顔をした僕が写っていた。


「これの何が──」


 次の瞬間。

 静止画を映していたはずの画面に、黒くうごめく影が出現する。

 その影は渦を巻いて形を成していき、やがて一つの姿を持つに至った。

 しんえんごとつつやみがんと、しの。生気の一切がせた青白いどくを覆うのは、毒霧のように揺らめくフード。その手には、生を根こそぎ刈り取る形をした大鎌が。

 ──死神。

 ソレは床を滑るようにこちらに接近し、撮影者をみ込まんと大口を開け──


「うわっ!?」


 いきなりの恐怖映像に、リピートしたように声を上げてしまう。

 ドッドッドッ、と心臓が脈打っているのがわかった。いや、これは、ビビる。


「……ねぇ、このカメラってさ、動画も撮れるの?」


 いまだ腰を抜かしてへたり込んでいるチビ二人は、ふるふると頭を振って、


「し、しらない……」

「そっか」


 だけど、保存されていたのは明らかにムービーだ。リアルな質感をもった死神が命を吸い取るべく迫ってきているような……。

 もう一度カメラの液晶を見る。今度は新緑色の髪をした例の少女が画面内にひょこっと現れ、『てへ』とでも言いそうに頭をこつんとたたいていた。


「……、な、に、してるの?」


 画面の中のあいたけユウは、ちょいちょいと指で『戻ってこい』と合図して去っていった。


「……ごめん、ちょっとカメラ借りるね」


 心配そうに見てきているチビ二人に声をかけ、そのまま自室へ戻る。

 後ろ手に扉を閉め、部屋のど真ん中で光を発しているスマホへデジカメを見せつけた。


「……これ、どういうこと?」

「えへへ。イタズラですよ。ちょっと電波を飛ばして、カメラをいじったんです」


 言って、彼女は忍者みたいに両手で印を結ぶ。すると、爆発したような白煙がデジカメの画面内で巻き起こり、煙の向こう側から彼女の分身(?)が出現した。


「このデジカメ、ジャンク品とはいえスマホとの連携ができる機種みたいなんです。なのでその通信機能を拝借して、デジカメの画面に、生成したホラー映像を映したわけです!」


 カメラの液晶に写っていたあいたけユウが、まばたきする間に死神へと変化する。

 つまり彼女は、デジカメを電波でジャックしたのだ。そんなこと──


「できるんですよ、AIですから」


 先読みしたように、少女は笑う。


「これが、わたしがAIであるということの証明です。……どうですか?」


 流石さすがに、疑いようもなかった。

 彼女は、あいたけユウはAIだ。それも、きっととびきり高性能な。

 会話を成立させる自我を持ち、人間のYouTuberをよそおって人をきつけ、イタズラ心まで持ち合わせ、それでいて電波を介して色んな機械を手中に収められるような。

 そんな、生きているAIだった。


「わかった……信じるよ」

「ありがとうございます! ぜひ、ユウと気軽に呼んでくださいね!」

「……また随分と脈絡なく」


 そういえば、彼女の特徴の一つとして『受け答えなどで時折発揮されるキレの良い天然ボケ』があった。中身がAIであることを考えると、妙にしんぴよう性が増す。


「ていうか、スマホめっちゃ熱いんだけど」


 耐えられなくなり、スマホをそっと床に置く。

 公園でカラフルなバグが起きていた時ほどじゃないけど、それでもずっと握っていれば低温やけどになりそうなくらいには熱を持っていた。


「あ〜。この旧式スマホだと、わたしが存在しているだけで過負荷なのかもしれないですね。できるだけ負荷を抑えるようにしますね」

「いや、それより出ていってよ」

「それは、ちょっとできない相談です」

「なんでさ。あ、そうだよ。結局、君がスマホに入ってきた根本の理由って何なのさ。セキュリティが甘かったからこのスマホを選んだのはわかったけど、そもそもどうして、乗っ取れるスマホがあったからって本当に乗っ取ったんだよ」


 あいたけユウは、普通にゲーム配信をしていた。別に乗っ取ろうと思って配信していたわけじゃないだろう。それなのに、セキュリティがなっていないスマホを検知したから乗っ取った。

 ──どこか、違和感が拭えない。

 まるで、前々からチャンスがあれば乗っ取ろうと画策していたような。

 そういった類の、周到さを感じる。


「……それは、」


 言いにくい内容なのか、ユウはいじけた子どものようによどむ。

 そして、ピンポーン! と、園のチャイムが鳴った。

 来客だろうか。こんな夜遅くに珍しい。


「……そうですね。しゆうくんが先ほど言った通り、わたしには伝える義務が、そして、あなたには知る権利があります」


 スマホの中では、意を決したようにユウが瞳をつぶっていた。

 遠くの方では、おんさんが「はいはーい」と玄関へ向かっている音がした。

 ドアが開く音がして、それらの声は同時に発せられた。


「えっ、警察?」