あの夏に捧ぐ逢いことば

chapter.2 真夏の断片、壊れた世界で星を数えて ③

 おせっかい焼きのおんさんが入れた、

 ──かつての、家族の姿。


「やめろッ!」


 僕の怒号に、ユウの手から写真がこぼれ落ちる。

 その表情が困惑に沈む。オロオロと目線を泳がせながら「と、統計的には……」とかよくわからないことを念仏みたいにつぶやいていた。


「……ごめん。でもそれは、本当に見たくないんだ」

「……すみません」


 僕は、意味もなく天井を見上げる。居心地の悪い静寂。

 だめだ、頭の中に、さっきの写真が焼き付いて離れない。

 僕は充電ケーブルからスマホを抜き取り、駅舎の外へ出た。

 そこは完全に山の中──とまではいかなかったけど、町の明かりは少し遠い。あまり人がいなそうなのは都合が良かった。

 僕は当てもなく、光の少ない方を目指して歩き始めた。

 頭上に浮かぶ満月だけが、足元を照らしていた。


「……すみません」


 ふと切り出したのは、ユウだった。


「統計的に、家族がたくさん写っている写真は大事な物であると──「待って」


 僕は改めてスマホを見やる。人工的な光の向こうにいる少女の両目をしっかり見て、


「その話はもうしないで」


 ユウは数秒の間黙り込んだが、やがて申し訳なさそうに「……わかりました」と言った。

 それからもう少しだけ歩くと、そり立つ崖の上に出た。

 駐車スペースがあって、その奥にベンチが二つ鎮座している。暗くて見づらいけど、カメラのイラストが描かれた看板もある。夜景が有名なフォトスポットなのかもしれない。

 落下防止用の柵に体重を預けて、ユウも見えるようにスマホのカメラを景色へ向けた。


「わぁ……お星様みたいですね」


 ユウがため息をもらすような声で感嘆する。

 確かに、れいだった。空の星は点々としか見えないけど、地の星は無数にまたたいていた。


「もしユウと本物の天体観測をしたら、どれがどの星座だとか教えてくれるの?」

「もちろんですよ。すぐに検索にかけて答えをはじします」

「そんな堂々としたカンニング宣言初めて聞いた」


 だけどそれも悪くない、と思った。

 きっと彼女なら、星座の形だけじゃなくて、それが何光年離れているだとか、星座にまつわるエピソードだとか、そういったプラスアルファまで手が届くのだろう。


「誰もいない、どこか遠くへ……か」


 ふとこぼれ落ちた、感傷的な言葉。

 ここから見えるのは、残業の光や人々の営みの明かり。

 ここには、人のあかししかない。

 まだ、約束の場所じゃない。


「ねぇユウ、逃げ出したって言ってたよね。どうして?」

「……AIことばが不十分なので、お答えできません」

「逃げないでよ。……面倒だな」


 僕は少しだけ頭を回し、


「ユウは、いつ、誰から、どういう理由で逃げ出したの? 僕にもわかるように言って」

「……回答を生成します」


 そう言ってユウは瞳を閉じる。独り言のように口元がせわしなく動き続け、一〇秒後。


「……だめですね。禁則事項が多くて、回答が正確に生成できません」

「どういうこと?」

「わたしの開発理由など高度にプロテクトされた情報が多くて回答できないということです」


 ユウは眉毛を八の字に垂らして、お手上げといったように肩をすくめる。


「なので、答えられる範囲で答える形でもいいですか?」

「えー……うん、まぁ、いいよ」

「では改めて『どうして』の部分について。これはわたしが『開発目的』を拒んだからです」

「開発目的?」

「どんな物にだって設定されていますよ。はさみだったら『裁断』ですし、電子レンジだったら『加熱』でしょう? AIであるわたしも、もちろん目的があって開発されています」


 言っていることは、理解できる。

 肝心の『目的』がぼかされているせいで、イマイチみ込みにくいけど。


「……わたしの人格データは、それを拒んでいました。ですが、わたしはAI。設定された目的からは逃れられません」


 自嘲的に笑うユウ。妙に心がざわつく、影の射した表情だった。


「なので、わたしが逃げ出した理由は、魔が差した、が最も近い表現です。拒否はできない、だけど一方で目的からは距離を取りたい。結果出力された行動は『遠回り』だったわけです」

「……そして、僕のスマホに侵入したと」

「そういうことです」


 なんだか、わかったような、わからないような。

 行動を決めるための思考回路が、そもそも人間と違う、ということだろうか。


「……だったら、ユウのしたいことって、何なの?」


 設定された目的は開発者から与えられただけで、本当にしたいことは別にあった、というのであれば、に落ちたけど。

 どうやら、彼女の瞳はそうじゃないと言っているらしかった。ただ、げんそうに僕を見て、


「すみません、よくわかりません」


 画面の中の彼女は、AIらしくそれだけ断言した。


「わたしは、入力された信号に適した信号を返すだけの、ただの人工物です。したいことも、自発的な目標も、わたしには持ち得ないんですよ」


 スマホが、より良いバッテリーを望まないように。

 自動車が、もっと速く走りたいと願わないように。

 あいたけユウも、自分から何かを求めることができない。


「……なんだか、いびつだね」


 彼女は、本当にAIかと疑いたくなるほどレスポンスがはっきりしているし、そこには感情だって感じ取れる。普通の人間と、さして変わらない。

 なのに、自発的な行動を取ることができない。

 何かを人間によって入力されないと、行動を起こすことができない。


「はい。なので、人間は素敵なんです」


 劣等感を絞り出したような声。

 ふと、僕たちは似たもの同士なのかもしれない、と思った。

 どこが似ているかは、うまく言語化できないけれど。

 少なくとも、同じ種類の鎖に縛られている気がする。

 ……いやいや、何を考えてるんだ。人間とAIだぞ。


「人間だって、そんな良いものじゃないよ」


 僕は、目頭をみながら吐き捨てるように告げる。


「……どうかしましたか?」

「あぁ、いや」


 僕はスマホを見下ろす。──あぁ、何回でも思う。まぶしい。


「目が、疲れるんだ。スマホがまぶしくて」


 一度、ぎゅっと瞳をつぶってみる。すると目の奥がじんとして、少しだけみた。

 僕は元々、そんなに夜型じゃない。暗い中で液晶画面を長時間見ることに慣れてないんだ。それに加えてユウの基本カラーは鮮やかな緑色と、目を刺すようなうるさい色。

 今後も逃避行を続けるにあたって、陽が落ちた後もユウと行動することはあるはずだ。

 そう考えると、ちょっとしんどいかもしれない。


「なるほど……ちょっと待ってくださいね」


 ユウがそう言って瞳を閉じたので、僕も腕で顔を覆って、目を休める。

 そろそろ二三時くらいだろうか。今日はユウと出会ってから激動すぎた。気を抜くと今すぐ眠ってしまいそうなくらいには、疲労がまっている。


「……お待たせしました、しゆうくん」


 はっ、と顔をあげる。

 かすみがかった思考を、首を振って吹き散らす。


「準備ができましたので、今からわたしの言うことに従ってください」

「……準備?」

「では、いきますね」


 問答無用、ということらしい。よくわからないけど、うなずいた。


「目をつぶって、わたしの言った景色を思い浮かべてください」


 言われるまま、瞳を閉じる。


「森林、こうぼうが射していますね。雲間から漏れ出た暖かい光が、木の葉の間を通り過ぎて地面に美しい木漏れ日を落としています」


 言われるまま、景色を想像する。