あの夏に捧ぐ逢いことば
chapter.2 真夏の断片、壊れた世界で星を数えて ④
「さらさら、さらさら、と木の葉が擦れあう音の中を、
……何だこれ。
「雑念は払ってください。わたしが言ったことだけを、思い浮かべて」
「わかったよ」
「おほん。
「……、」
「あ、見てください、シマリスですよ! 目がクリクリで
……と、ここまで景色を思い浮かべて。
パン、と音が鳴った。
同時に、頭の中に電流が走る。少しも痛くない、暖かい電流が。
感覚としては、トンネルの中から急にひらけた大地に出たような。
暗い密室から解き放たれたような……有り体に言えば、世界が広がったような感覚がした。
「はい、完了です。では、目を開けてください」
ユウの一言で、
蒸し暑い夏の夜。崖の上のベンチに、はるか遠くの街明かり、周囲を取り囲む森林と、数刻前と全く変わらない景色が目に入る。
だけど、一つだけ。
異常すぎるほど異常な存在が、僕の横でベンチに腰掛けていた。
暗闇で一層映える、
薄情な世界を照らすように。自分はここにいると突きつけるように。
自ら淡く光を放つ
「……え?」
目を疑う。
先ほどまで小さな電子機器に収まっていたはずの少女が、その枠を飛び出してこちらを向いてにっこりと
「これで、疲れ目は軽減されるはずです!」
ユウは、ほんのりドヤ顔で胸を張る。
その仕草は、どう見てもこの世界に存在している人類の動きで。
目の前の現象が、まるで信じられなかった。
「……ホログラム、とか……?」
「どちらかと言えば
見えている光景にCGなどを重ね合わせ、あたかも実在しているかのように見せる技術。
僕が小学生の時にも、ARでモンスターを捕まえるゲームが
だけどあれは、スマホを通して初めて実現する話だ。僕は当然ながら、何も通していない。
「先ほど、わたしが告げた描写と
「……えっ」
「
「軽く言わないで!? そっ、そんなこともできるの!?」
「できるんですよ、AIですから」
「AIを電子の神か何かと勘違いしてない?」
「神、ですか。日本では
「いや、勘違いしてないか調べろって意味じゃなくてさ……」
皮一枚分ずれた回答。AIことばがきちんとしていないと、こういうことになるみたいだ。
……でも。この、腹の底から湧き上がる高揚感は何なのだろう。
何か、誰も知らないことを知れているような、特別感。
「すごいですか?
闇に輝く
「
晴れやかな笑みで、ユウはぺこりとお辞儀。
釣られて、僕も
人影の一つもない山間に、世俗から切り離されたような空間が確かに存在していた。
***
翌日。土曜日。
駅舎で一晩を明かした後、人が来る前に僕たちは駅から離れていた。
上空は澄み渡る快晴だ。陽射しが強く、気温は高い。セミが競い合うようにシャワシャワと鳴き散らかしている。このあと太陽が高く上がって更に暑くなったら、へばるんだろうか。
ふわぁ……と一つあくびが漏れた。
「眠そうですね、
僕の隣で、派手なカラーリングの少女が笑う。
やっぱり不思議な感覚だ。あのYouTuber
これが、僕の脳が起こしている錯覚? リアルすぎて、普通に照れくさい。同世代の女子と、二人で歩いたことなんてないし。地面がふわふわした感じがする。
「まぁ、野宿なんて初めてだからね」
なんとなく、視線を合わせずに答える。あぁ、人生経験の薄さが露呈して恥ずかしい。
空がゆらゆらと泳いでいる。雲も。家も。きっと、僕が挙動不審になっていて……
「……あれっ」
ふと自分が立っているのかわからなくなり、近くの電柱にもたれかかった。
まだグラグラする。車酔いみたいに吐きそうだ。あれ、これって。
「大丈夫ですか?」
ユウが心配そうに下から
「無理せず、少し休みましょう」
ユウはこめかみに指を突き立て、瞳を閉じる。五秒ほどして、西の方を指差した。
「あっちに
「うん……わかった、行けるよ」
息を大きく吐いて、ゆっくり歩き出す。
頭がグラグラする。体もだるい。駅舎でなんて寝たから、風邪でも引いただろうか。
ユウの言う通り、少し歩いただけで広い公園に出た。木々の間では、網を持った子どもたちがセミ捕りに興じていた。そして、肝心の
平べったい
「……大丈夫ですか、
「大丈夫大丈夫。ちょっと休んだら治るよ」
強がってはみせたものの、頭痛が
セミの声がうるさい。頭に響く。どんどんしんどくなってきた。気持ち悪い……。
「
「え、起きたばっかなのに……?」
「睡眠中も水分は失われますよ。それに、昨日の夕食以降、水分を
確かに、喉はカラカラだ。起きた時は汗だくだったし、脱水の傾向はあるかもしれない。
「あそこに水飲み水栓があります。ひとまず飲みに行きましょう」
ユウが指差した先二〇〇mくらいに、確かに水道があった。
僕はベンチからなんとか立ち上がり、歩き出す。
陽光が当たる。頭がガンガンする。水を飲むついでに、頭から浴びた方がいいかもしれない。



