明けの空のカフカ

第1章 空のない空の上で ⑧

 わたしの前にボールを置いて、なんだかほこらしげ。ヨダレまみれのボールを拾って、今度は真上に投げた。ぴょんっとジャンプして、これも器用にキャッチ。フワフワの毛並みをきしめるみたいになでてあげる。

 元気でお利口でわいいダウ。でもちょっとだけけな時もある。ごはんを見ると人(犬)が変わったようにヨダレを垂らしながらぐるぐる回って興奮するの。

 そういえばハヤテもコチちゃんを見たとたんに大興奮してたよね。男の子ってみんなそんな感じなのかな。


「ねえダウ。わたしね、昨日二足歩行のわんちゃんに会ったんだよ。ダウは会ったことある?」

「くわん」

「ダウも立ったりしゃべったりできればいいのにね」


 わたしの報告なんて興味なさげに、いいからもう一回投げてーってボールをわたしてきた。べたべたのボールを受け取ってうでりかぶったら、とつぜんダウがげんかんドアのほうを向いて、ドアに前足を置いて後ろ足で立ち上がった。


「どうしたの?」


 少しなやんでからドアを開けてあげたら、ダウはすぐに家の中にんだ。


「なんだろ。もしかして長老がしんぞうほったおれてたり?」


 犬って飼い主の危険を察知したりできるらしいし、わたしは心配になってダウの後をついていくことにした。


「おじゃましまーす」


 長老の家に入ってダウが走っていったたりを左に曲がると、半開きになったドアの前でダウがウロウロしている。ちょっとためらいつつドアノブに手をかけると、それと同時に中からカツン、カツン、って金属の音がした。


「む、カフカちゃんなんでここに」

「あ、生きててよかったぁ」


 ドアの向こうは小さな部屋で、長老がびっくりした顔でわたしを見ていた。

 部屋の中央おくかべには金属製のハシゴが打ちつけられていて、てんじょうまで続いていた。長老はわたしと目が合うなり上に向かってはらうような仕草をしている。


てんじょうに何かいるの?」

「いやいやいやなんでもない、さあ外へ行こうか。うちはホコリっぽいもんでな」

「ねえ何してたの? かくごと?」


 わたしを室外へ追いやろうとする長老のわきをすりけて、しゃがんでてんじょうを見上げる。てんじょうにぶら下がったフタのせいで見えないや。


「何も無い! 気にするな」


 ぜーったいうそだ。ちがいなくなにかかくしてるあせりようじゃない。どうにかすりけられないかとすきをうかがっていると、


「おぉカフカちゃんどうした。ワシらといっしょに飲みたくなったか」

「お前出てくるなと言ったろうが!」


 てんじょうから二人目のおじい、ジョンさんが現れた。赤い顔をてんじょうからのぞかせて、フラフラしながらハシゴを降りてくる。


「二人でコソコソお酒飲んでたの? うへぇ、お酒くさい」

「カフカちゃんってば、そんなこと言わんどくれぇ。ジジイ傷つくじゃろ」


 ジョンさんがくねくねしながらそんなことを言う。この人相当ってるよ。ちょっとあきれちゃう。


「上にかくしバーでもあるの? 美人のバーテンダーさんがいたりして」

「いんや、美人よりいいもんがあるのよ」


 長老がぎょっとした顔でジョンさんに飛びかかる。だけどジョンさんは構わずヘラヘラ笑いながら、


あらしが去った後の夕暮れはれいでなあ。二人で西の空をさかなにしとったの。カフカちゃんもいっしょにどう?」


 長老が「だまっとれって!」とって、ジョンさんの頭をはたいた。

 わたしはぽかんと口を開けて、言われた言葉をゆっくりくだく。夕暮れ? 西の空? どういうこと? ……この村の中にも外の景色を見られる場所があるってこと?


「その上、どうなってるの? 空が見えるの? わたしも見てみたい」

「いや、ちがう。いいからあっちに行こう。な?」

ちがわないでしょ。ね、ジョンさん。そこから外が見られるんでしょ?」

「うん」

「このバカ!!」


 長老はジョンさんをりつけると、難しい顔でわたしを見た。


「なんでうそつくの? ちょっと外に出るくらいいいじゃんか」

「いかん」


 いつものんびりとしている長老が、別の人みたいにきっぱりとした声でそう言った。思わずひるんだけど、じんさへのいら立ちが勝つ。


「なんで?」

「いいから言うことを聞きなさい。大人になるまで外には出たらいかん」

「だからなんで!」


 わたしが大きな声でさけんでも、だれも答えない。さっきまでヘラヘラ笑っていたジョンさんにまで気まずそうに目をらされた。

 すごくすごく腹が立った。自分たちはいいのにわたしはダメなの? 理由を聞いても答えてくれないのはなんで?


「……みんなで意地悪してる? わたしのこときらいなの?」

「そんなことはない。カフカちゃんのことが大事だから言ってるんだ」

「全然わかんない! 大事ならちょっとくらいワガママ聞いてくれたっていいじゃんか。だれかにめいわくかけるわけでもないんだから」

「いいから、もう帰りなさい」

「ヤダ。なによ色んなことないしょにして、聞いてもごまかしてばっかりで。……わたし、地上にはヒトがいないって知ってるんだからね。毛むくじゃらの人たちがたくさんいるって。みんなないしょにしてるけど、昔の人がけんしたせいで仲良くいっしょに住めなくなったって!」


 長老がけんにシワを寄せて低い声を出した。


「……シアの本を読んで知ったのか。だがワシらは何一つ悪くない。あのケダモノどもが裏切ったんだ」

うそだ。アリーさんはみんないい子だったって言ってたもん」


 わたしがさけぶと、長老が目をげてこぶしにぎる。こわかったけど真っ向からにらみ返した。


「あいつらはやさしくなんかない! 昨日まで笑って話してた人間を平気で裏切るようなれつやつらだ。本なんぞで聞きかじっただけで分かったような気になるな!」

「そんなことないもん! 少なくとも二人よりはずーっとやさしいに決まってるよ!」


 小さな部屋がごえでいっぱいになった。胸がぐちゃぐちゃに苦しくなって、言葉が勝手にのどから出てくる。くちびるをぎゅっと結んでふるえている長老と困りきった顔のジョンさんに向けてさけぶ。


「みんなのせいだよ! わたしがこんなお年寄ばっかりの村で暮らしてるのも、としの近い友達がいないのも、自由に外に行けないのも、全部みんなのせいだったんだ!」


 いかりでいっぱいだった長老の目が悲しそうにゆがんだ。


うそつき。分からずや! だいっきらい!」


 ……ひどいこと言っちゃった。そう自覚したしゅんかん、血が上っていた頭の中がみるみるうちに冷めていく。


「くん」