亡命天使 ~窓際外交官は如何にして終末戦争を阻止したか~
第三章 会議室の武士 ②
上座では、エンシュロッス大使が今後の説明を始めた。帝国との交渉は、次のステージに移る。今回集めた有力者の署名を武器に、今度こそ、帝国外務省に『分割案』を認めさせるのだ。だがサピンには、エンシュロッスの声が妙に遠く聞こえ、身が入らない。
「これなら、帝国政府にも分割案を
ミアスも、小声で耳打ちしてくる。この会議室の誰一人、『分割案』の成功を疑っていないようだった。それは、サピンにははっきり言って異様な光景に思える。
「……そう、
大使館の職員用食堂のテラス席で、サピンとラジャは夕食をとっていた。
時間が合うときは一緒に食事をするのが二人の日常になっていたが、今日は、普段と少し違うことがある。ラジャが、サピンが渡した、アルトスタのガイドブックを熱心に読んでいるのだ。ページをめくっては、白身魚のムニエルをフォークで小さく切り、口に運ぶ。
サピンは、テーブルに
「ラジャ、どこか行きたいとこ見つかったか?」
サピンの言葉に、ラジャは無言で首を振る。それから二ページほど読み進めたところで、サピンはまた口を挟む。
「そことかどうだ?」
ラジャはまた首を振り、ページをめくる。サピンは少し身を乗り出してページを
「お、そこはいいんじゃないかな!」
するとラジャは手を止めて顔を上げ、無表情にサピンを見た。
「ソンナニスグ、ミツカラナイ」
いつになく
「はい……ごめんなさい」
「……何やってるんですか?」
声に振り向くと、
「ご一緒していいですか」
「あ、ああ、もちろん」
ミアスはラジャの隣に座る。
「サピンさん、よかったですね。あんな風に、大使に褒められて」
「別に。ほとんどの
「でしたら、私から皆に説明しておきます。ヘーメルさんの説得は、サピンさんの成果だと」
「そこまでしなくても……何怒ってるんだ?」
サピンは、ミアスの口調や態度に、
「別に、怒ってはいませんよ。ただ、人の手柄に便乗するほど落ちぶれてはいないので」
怒ってはいないかもしれないが、確実に機嫌は悪かった。プライドの高い彼女は、付き合いの長いヘーメルに関して、サピンに手柄を取られたことが悔しかったのだろう。
「それに、私、あなたの手腕は認めますが、やり方は好きではありません。あんな、モノで釣るようなやり方……」
サピンは脱力してため息をついた。さっきはクルンバンから
「どいつもこいつも。じゃあ、どうすればよかったんだよ。あれ以外、あの
「それはそうですが……やはり、今回の分割案の意義を伝え、納得の上で、自発的に動いてくださるよう説得するのが理想だったと思います」
そう言って、ミアスは悔しそうに視線を
「サピンさん。私から見て、あなたは優秀な人だと思います」
ミアスが唐突に言い、サピンは驚いて振り返った。
「え……それは、まあ、どうも」
「正直、今回は負けを認めます。でも、だからわからないんです。それだけの力があって、なぜ外交官という仕事に真面目に向き合わないんですか?」
サピンは適当に言い逃れようとして、やめた。ミアスの表情が、真剣だったからだ。
「あなた一人だけがラジャちゃんを助けたことといい、今回の交渉といい……私はもう、あなたが本気で、自分
サピンは、どう答えるべきか悩んだ。が、誤魔化せる空気でもないと思い、覚悟を決める。
「……俺の父親は、弁護士だった。田舎の小さな街で事務所を開いてた」
雰囲気が変わったことに気付き、ミアスは背筋を伸ばした。
「金持ちを客にすればいいのに、街の人たちの役に立つんだ、って言い張って聞かなくてな。人も雇えず、それこそ身を粉にして、貧乏人のトラブル解決してたんだよ。それなりに尊敬はされてたし、俺も
サピンは水を一口飲んで、
「ある日、地元の貴族の企業と、街の住民の間でトラブルが起こった。住民の大半は、多かれ少なかれその企業のおかげで飯を食ってるような大企業だけど、その横暴ぶりに、住民の不満は前々からたまってた。それで結局、街全体と企業の戦いみたいな訴訟に発展したんだ。
サピンはミアスを見ると、顔を
「ひどい話だよ。
サピンはコップをテーブルに置いたが、思いのほか力が入り、少し大きな音が鳴った。サピンは誤魔化そうとするかのように、
「そんな悲惨な少年時代を送れば、他人のために頑張る生き方なんか選べなくなる。自分の人生は、自分のために使ってやりたい。それだけだ」
少し、
ミアスはしばらく黙っていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。
「サピンさんの気持ちはわかりました。でも、本当に、心からそう思っているなら、何でへーメルさんの交渉にやる気を出したんですか?」
「それは……」
「心の奥では、人々のために尽くしたお父上を、尊敬しているんじゃないんですか? 少しでもその気持ちがあるなら、もう少し、別の生き方もできるはずです」
サピンは答えられずに視線を



