亡命天使 ~窓際外交官は如何にして終末戦争を阻止したか~
第三章 会議室の武士 ④
彼は、昨今強硬な外交姿勢を強める帝国に、先頭に立って立ち向かっている人物だった。去年も、帝国が少数民族フォルビエの弾圧を行った際、その仲裁を務めている。もっとも、帝国の強大な軍事力を前に、ほとんど有効な手を打つことはできなかったのだが。
「……カンボ殿。これ以上、帝国に好きにさせるわけにはいきますまい。彼らの身勝手は、ここで必ず止めましょう」
エンシュロッスが励ますように言うと、ペンザレ・カンボは
「はは……そうですな。平和のために、我々の使命は重大です」
カンボは歯切れの悪い返事をして、そのまま黙った。エンシュロッスの胸に渦巻く不安が、確かな形を取り始める。本当に、大丈夫だろうか? 自分は何か、重要なことを見落としているのではないだろうか?
そんなエンシュロッスの不安をよそに、馬車は着々と、帝国外務省に近づいていった。
ほどなくして、一行は外務省に到着した。元々は有力な皇族の私邸だったらしく、首都テラージェの中心部、
よく磨かれた石材が輝くロビーに入ると、若い職員が待っていて、一行は応接室に通された。応接室も豪華な造りで、靴が埋まるような柔らかい
応接室の中央には、大きなテーブルが置いてあった。テーブルの上には台座があって、青い半透明の石が一つ置いてある。魔石だ。
「パテンテ・ヴィクチュラ」
案内役の職員が、魔石に向かって小声で詠唱すると、魔石が発光し、魔石の上に巨大な四角い光の枠が浮かび上がった。枠の中には、何かの記録映像のようなものが映し出されている。
「こちらは、先日行われた、我が軍の魔石動力式空中移動要塞、『ノヴァ・テクタ・ルウェンティス』の初飛行式の映像となります。標準的な魔石飛行艇と比較して、二十倍の体積を誇る要塞が空を駆ける姿は壮観ですので、交渉開始までのお時間、是非お楽しみください」
案内役は、映像について説明すると、一礼し、応接室を出て行った。ドアが閉まった瞬間、アルトスタの面々は、紙芝居に群がる子供のように、映像の周りに集まる。
「な、なんだこれは!」「カラクリじゃないの?」「こんなものが空を飛ぶのか?」
皆、映像に驚きを
「報道写真では見たことがあるが……ここまで巨大だとは」
魔石が映し出しているのは、巨大な建造物が、ゆっくりと空を飛ぶ姿であった。
魔石の力で空を飛ぶのは、今や珍しい技術ではない。実際、旅客機としての魔石飛行艇は実用化されて久しく、外交官は乗る機会が多い。だが、今映し出されているこれは、大きさも形状も、エンシュロッスの常識から大きく外れていた。
それは、下から見上げると、巨大な花のようにも見えた。
「帝国軍は、こ、こんなすごい兵器を造っているのか……」
背後で、政治部の若手のクルンバンが、動揺を
「こんなもの、造ったところで何に使うんだ? 新しい観光名所にでもするつもりか?」
「そんなの、これに大砲をつけたり爆弾を落としたりするに決まっているだろう」
「でも、これだけデカいと、下からも狙い撃ちされると思うけどな」
「そうならないよう、かなりの高空を飛ぶんだろう……いやお前、何やってるんだ!」
クルンバンが叫んだ。驚いてエンシュロッスも振り返ると、サピンはワゴンに用意された食事と飲み物に手をつけていた。ワイン片手に生ハムを食べている。
「お前には緊張感がないのか! この状況でよく食えるな!」
「生まれが
エンシュロッスは思わず笑ってしまった。
「それくらい落ち着いているのは大したものだ、アエリス君。私もいただこうかな」
「大使まで……!」
「いいんだよ。せっかくのご厚意だ。皆もいただこう」
エンシュロッスはワゴンに近づき食事を始めた。すると、他の皆もおずおずと集まってくる。
空中要塞『ノヴァ・テクタ・ルウェンティス』の映像は、明らかに、自分たちを威圧するためのものだ。交渉前に圧倒的な軍事力を見せつけて、萎縮させることが目的なのである。相手の手に乗ってはいけない。
エンシュロッスはチーズを
エンシュロッスの目は映像に
今までは、大国の大使は、ごく短時間ではあるが、着任時に皇帝に謁見するのが慣習となっていたはずだった。だが、皇帝の多忙を理由に、エンシュロッスの着任時にはその機会が流れた。どう考えても、帝国のあからさまなアルトスタ軽視の現れだ。
エンシュロッスの心臓が大きく波打つ。
帝国にとって、アルトスタなど眼中にないのだ。もし本当に戦争になったら、きっとアルトスタは勝てないだろう。元の国力が違いすぎる上、長年の平和で、アルトスタ軍は弱体化しきっている。帝国は、こんな巨大な要塞まで造り上げているというのに……。
エンシュロッスは、弱気になる自分を
応接室の端の椅子では、ペンザレ・カンボ委員長が、ひっそりと座っていた。彼は、映像を見るでも食事をするでもなく、ただ
しばらく待つと、さっきの若手職員がやって来て、会議の開始を告げた。
会議室に入った瞬間、サピンは



