亡命天使 ~窓際外交官は如何にして終末戦争を阻止したか~
第三章 会議室の武士 ⑩
サピンは、その光景を
場の動きが止まったのは一瞬だった。ラジャは、男が落とした魔石武具を拾うと、
「え?」
そのまま、ものすごい勢いでサピンを引きずって走りだした。シャツの襟で息が詰まるが、体を動かすこともできない。歩道の縁石にぶつかったのか体が大きく跳ね上がり、そのまま地面に
ラジャがサピンの頭を地面に押さえつけた。その瞬間、すぐ頭上を、空を切る甲高い音が通り過ぎた。敵が【
敵の【
「
その声は、普段大使館で過ごすときと変わらず冷静そのものであった。ラジャは、街路樹から顔と腕だけを出して魔石武具を刺客たちに向けた。魔石が青く輝き、魔石から【
激しい【
が、戦いは長く続かなかった。窓に明かりがつき、人々が顔を出していた。騒ぎに気付き、近隣の人々が騒ぎ始めたのだ。これ以上注目が集まるのを恐れたのか、刺客たちは、手首を折られた男が起き上がって合流したのを合図に、仲間の死体を回収し、車に乗って去っていく。
戦いは、終わったようだった。頭ではわかっていたが、顔をあげるにはかなりの勇気が必要だった。恐る恐る、身を起こす。通りは、燃やされた馬車の炎で赤く照らされていた。風にのって
ラジャは、魔石武具を通りの方に投げ捨てた。魔石武具は、硬い音を立てて何度か弾んで、道の真ん中で止まった。
サピンは、ラジャの背中を見つめる。かける言葉が見つからなかった。ラジャの胸の内側の青い光が、ゆっくりと弱くなっていき、やがて消える。一連の出来事は、頭が処理できる限界を越えていた。傷の痛みすら忘れていた。今頭を支配しているのは、ラジャが、少女とは思えない異様な力を発揮し、刺客を撃退した、という事実である。
ラジャの【
ラジャは、サピンを見て介抱するような素振りを見せたが、驚きの視線を向けられていることに気付き、気まずそうに目を
「サピンさん! どこですか? サピンさん!」
ミアスの声が聞こえて、振り返る。大使館の門から、ミアスに連れられ職員たちが出てきたのだった。皆、通りの惨状に凍りつくが、サピンの姿を見つけ駆け寄ってくる。
「サピンさん、大丈夫ですか! ……ラジャちゃん? 何でここに?」
ミアスは驚いて立ち止まった。ラジャは目を伏せて答えない。
「窓から俺の様子を見て、心配して出てきてくれたんだ」
サピンは、
「おいアエリス!
ミアスの背後にいたクルンバンが、サピンの脚の傷を見て悲鳴を上げる。
「俺は大丈夫だよ……それより、ヘーメルさんが……」
サピンがヘーメルの方を見ると、ミアスたちもその視線を追い、顔を引きつらせる。
全てが、あっという間の出来事だった。さっきまで乗っていた馬車は燃え続け、サピンは重傷を負い、スキルパ・ヘーメルは死体となって路上に転がっている。
「……これが、外交官の仕事なのかよ」



