亡命天使 ~窓際外交官は如何にして終末戦争を阻止したか~
第四章 神なき地で交わす約束 ①
明け方、サピンは大使館の仮眠室のベッドに横たわっていた。窓からは、サピンたちが襲われた通りが見える。燃えた馬車の残骸が、周囲にロープを張られただけで、片付けられずに置いてあった。
あれから、帝国警察がやってきて、現場検証と事情聴取が行われた。当初は殺人、拉致事件として捜査がなされたものの、ある瞬間から、警察の仕事は明らかに適当になった。きっと上から、この事件に深く関わるな、と指示があったのだ。帝国とはそういう国だ。
当然、エンシュロッス大使も
大使は帝国政府に正式に抗議すると息巻いているが、サピンは、あまり意味がないと思っていた。今回の件が、帝国政府の差し金であることは明らかだが、彼らが自分たちの関与を認めることはないだろう。
「うっ……!」
気になるのは、ラジャだった。ラジャとは、あれ以来
部屋が、遠慮がちにノックされた。入室を促すと、ミアスが入ってくる。
「サピンさん、傷の具合はどうですか?」
「まだ、死ぬほど痛いよ。ミアスは、落ち着いた?」
「はい、なんとか。でも、眠れなくて」
ミアスは
「まだ、信じられません。ヘーメルさんが、
スキルパ・ヘーメルは死んだ。【
サピンは目を閉じる。炎の逆光の中、刺客の男が、ヘーメルに魔石武具を突きつけ、【
「私の祖父は、昔、統一政府で議員をやっていて……その頃、帝国も統一政府に入るべきだという主張をしていたんです。結局実現はしませんでしたけど。正式に、国際社会の一員になれば、帝国人の考え方も変わり、他の国と協調していけるはずだと」
ミアスは視線を
「でも、帝国がこんな態度をとっているようでは、無理です。こんな野蛮な行いをする国が、国際社会の信用を得られるはずがない。帝国人は、なぜそんなことに気づかないんですか?」
ミアスは泣き出しそうな声で言った。サピンは淡々と答える。
「それは、一方的な視点だ。帝国からすれば、統一政府入りなんて願い下げだよ。味方のいない議会で孤立して屈辱を味わうより、欲しいものは力で勝ち取った方がいい」
「じゃあサピンさんは、帝国のやり方を認めるんですか!?」
「認めるわけないだろ……!」
サピンは
「すみません、サピンさんにこんなことを言ってもしょうがないですね」
「いや、気持ちはわかるよ。俺は今まで、戦国時代がくるとか何とか、わかった風に言ってきだけど、たぶん、本気じゃなかった。心のどこかで、平和は続くだろうと、楽観してたんだ」
サピンは力なく笑うと、ベッドのシーツを
部屋には、真冬の夜の空気のような、身を切る沈黙だけが満ちていた。
そのとき、サピンはふと異変に気づいて窓の外を見た。大使館に、一台の馬車が入ってくる。
「何だ、あの馬車? こんな明け方に。事件関係かな」
ミアスも気づいて立ち上がり、窓を
「ああ。あれは、『分割案』に賛成の署名をしてくださった方々を保護する馬車だと思います。ヘーメルさんがあんなことになって……大使館総出で、身柄の保護に動いているんです」
「そうか。他の協力者の保護に」
「はい。今のところ、ヘーメルさん以外に、殺されたり襲われたりした方はいないそうです」
ミアスはそう言って、顔を
そう考えて、サピンは小さな違和感を覚えた。
「協力者や、迎えに行った外交官で、俺たちみたいに襲われた人間はいないのか?」
「はい、いないそうです。ヘーメルさんが襲われたのは、特に皇帝に近かったからというのもあるんでしょうかね」
サピンには、ミアスの言葉が妙に遠く聞こえていた。他の協力者も、その安否を確認しに行った外交官たちも、襲われていない。襲われたのは、自分たちだけ。
サピンは、誰かの指示でヘーメルを保護しに行ったのではない。危険に気づき、独断で勝手に行ったのだ。そのヘーメルだけが襲われて、もっと行動の遅い他の協力者が野放しなのはなぜだ? ヘーメルは皇帝の主治医だが、リストにはもっと位の高い人物はいる。
一つ気に掛かると、
帝国には、無理をしてでも三人を殺さねばならない事情があったのだ。他の協力者にはなくてスキルパ・ヘーメルにはある、外交官もろとも消さねばならない理由とは、何だろうか? 彼が、皇帝に近い人物だから? それだけでは、サピンやミアスを道連れにする理由にはならない。問題は、ヘーメルを殺すことではなく、サピンとミアスを一緒に狙った理由だ。
そのとき、ある考えが
「いっっっっっっったたたたた……!」
案の定、
「サ、サピンさん!? 何してるんですか? 安静にしてないと!」
「い、いや……ちょっと調べたいことがあって。手伝ってくれないか?」
それからサピンは、ミアスに支えられながら、資料室に向かった。
「一体何を調べるんですか? 急ぎじゃなければ、今は傷を治すことに専念すべきです」
「いや……多分、急いだ方がいい。ミアスも手伝ってくれないか?」
「それはいいですけど……何を調べるんですか?」
「過去二年……いや、一年でいい。新聞でも雑誌でも、皇帝が出席した式典やイベントの記事があったら集めてくれないか?」



