亡命天使 ~窓際外交官は如何にして終末戦争を阻止したか~
第四章 神なき地で交わす約束 ⑭
「ふふふ、いや、失礼。いいだろう、認めよう。話を聞こうではないか。そこに座りたまえ」
「が、
レナードが制止するが、バタイユは無視してサピンに自分の向かいの席を示した。
う、うそ……。ミアスが小声で
床が傾き、机も椅子もぐちゃぐちゃになった会議室。斜めになった机を挟んで、巨大な帝国の
「名前を聞こうか?」
バタイユが顎をしゃくると、サピンは笑みを浮かべて言った。
「在帝国アルトスタ大使館総務部庶務班、サピン・アエリスです」
*
時は遡り、十日前。
深夜、大使館の食堂のテラスで、サピンはラジャと向かい合っていた。アルトスタは負ける。だから遠くへ逃げろ。サピンは、ラジャにかけられた言葉の真意を測りかねていた。
「どういうことなんだ? ……アルトスタが、負けるというのは」
ラジャは感情の読めない瞳でサピンを見据えた。
(帝国は、皆さんが言う【
さすがにアルトスタ語では伝えきれないのか、ラジャは古語で言い、サピンは理解に少しの時間を要した。古語だったからではない。むしろ、古語は勉強し直していたので、言葉自体は聞き取れていた。問題は、内容があまりに荒唐無稽だったことだ。
「【
(開発したんじゃありません。発掘したんです。帝国は、【
鼓動が速まっているのが、自分でわかる。サピンは唾を飲み込んだ。
「……じゃあ聞くが。ラジャは、なぜそんなことを知っている」
(私も、一緒に発掘されたモノだから)
ラジャは、取るに足らない身の上話でもするように答えた。サピンは僅かに
「ラジャ……お前は一体……何者なんだ?」
ラジャは、唐突に上着のボタンを外し始めた。サピンは驚くが、ラジャは構わずに胸をはだける。そして現れたものに、サピンは目を見開いた。ラジャの胸の中央、喉の下辺りの肌が円く切り取られ、青い石が埋め込まれている。魔石だ。
(この胸の魔石には、筋力の増強、傷の治癒、代謝の制御、免疫力の強化などの魔石技術が記術されています。どの技術も、現代には残っていないものです)
サピンは吸い寄せられるように、ラジャの胸の魔石を見た。一見するとアクセサリのようだが、よく見ると、魔石周辺の肉は生々しく盛り上がり、摂理に逆らってねじ込まれた異物であることがわかる。透き通っているはずの青い石の奥は、夜より暗く、見通せない。
(私は、現代の人間ではありません。生きていたのは、今から数百年前……同じように、魔石で体を強化された仲間たちと、『フォンスヴィーテ』という組織に属していました)
「フォンス、ヴィーテ?」
その言葉には聞き覚えがあった。確か古典教会語で、〝命の泉〟という意味だ。
(当時は、人々が【
サピンは何も言えず、
ラジャは、現代の人間ではなかった。古代に生まれ、古代の魔石技術によって強化された人間だったのだ。
「そうか……すごい話だが……なんと言うか、
(いえ。元々私たちは、使命を終えたら、全員、自ら命を絶つことになっていました)
「……え?」
ラジャの口調があまりに淡々としていたため、サピンは一瞬聞き違いかと思った。ラジャは、サピンの戸惑いに気づく様子もなく続ける。
(私たちは、この胸の魔石をはじめとして、昔の優れた魔石技術を沢山持っていました。その中には、【
ラジャはあくまで当然のように語り、その姿は、サピンには、熱病のときに見る夢のように
(あの日、私は……【
そこまで語ると、ラジャは口をつぐんだ。サピンは、ボタンを留め直すラジャを見ながら、
フォンスヴィーテ。【
だがその泉から湧き出るものは、文字通り、ラジャたちの命だった。フォンスヴィーテは、人類再生のためだけに生き、涸れることまであらかじめ予定された、使い捨ての泉なのである。
ラジャは、今後の人生でやりたいことも希望も持っていなかったが、そんなのは当然だ。ラジャたちは、そもそも自分の人生を生きるという発想を持っていないのである。彼らにとっては、使命の終わりが、命の終わりをそのまま意味するのだから。
大使館前の戦いで、表情一つ変えずに敵を殺したのは、命の奪い合いが当然の環境に生きていたからだろう。崩壊した世界で、秩序を守るために戦うというのはそういうことだ。
赤の他人のために、そんな過酷な使命に身を投じ、役目を終えたら自ら命を絶つ。
そんな組織も、そのことに疑問を抱く様子もないラジャも、何もかもが、おかしい。
サピンは大きくため息をついて、頭をかいた。



